EDF6の発売が近いので。
思えば最初からだった。
生まれてはじめて飛行ユニットを
真新しさがないのである。
ジェネレーターの駆動音も、ブースターが大気を焦がすあの独特な芳香も、何もかもがひどく馴染み深いモノ。生まれ故郷の山河でも目の当たりにしたかの如く、有無を言わさぬ安らぎがたちまち心に満ちてきて、彼女はむしろ当惑し、ほとんど我を失いかけた。
が、そのような動揺の渦中にあってさえ、姿勢制御には些かの乱れも起こさせず、その日の技能実習を完璧に遂行してのけたのは、いったいどう解釈すればいいのであろう。
(はて、私はこんなに便利な人間だったかな?)
つまりは心と体の連絡を必要に応じて切断できる――肉体を一個の機械と看做し、予め目的を入力すれば精神状態の如何を問わずつづがなく動作を全うできる、そういう機能があったのか、と。
夜中ベッドで枕を抱えて思い悩んだものである。
が、そのおかげで飛行士としての免許取得がすらすらいったわけだから、文句を持ち込む筋もない。
すぐにどうでもよくなった。
どんな高度に浮かんでも、どんな突飛な動作をしても、相も変わらず新鮮味はなかったが、あるべきものがあるべき場所にぴったり嵌っているような居心地の良さは味わえた。
ならば何の不足があろうか。世間の多くがやりたくもない仕事をやって糊口を凌いでいるのに対し、いっそ贅沢と表現してもいいくらい恵まれきった境遇である。
「あれをみろ」
「新人であるにも拘らず、あの澱みない航跡はどうだ」
と、周囲の評価も上々だった。
なればこそ、EDFから働きかけがあった際。
基地を一般開放し、地元住民を大いに引き入れ、以って相互理解の一助とす――そういう意図のイベントに更に花を添えるべく、おたくらの手で飛行ショーをやってくれ。そんな依頼が所属企業に舞い込んだ際。
主役の座の選定に、並み居る先輩方を差し置いて、彼女にこそ白羽の矢が立ったのは、つまりそういうわけだった。
結末から逆算すれば、人類史上、これほどの英断は他にない。
名も知れぬ勤め人の判断が、彼女をあの日――空の涯てから侵略者が降臨し、絶滅戦争の開始を告げた運命の
ここで軍曹に救助され、暫らく行動を共にしなくば、果たして彼女はEDFに入隊志願を出したか、どうか。
あるいは初期の混乱に成す術なく翻弄されて、ごくあっさりと命を落としていたやもしれぬ。
だが、そうはならなかった。
軍曹は融通の利く男であった。事態の容易ならなさを即座に見極め、軍人どころか軍属の範疇ですらない、純然たる民間人の彼女に対し即座に武器を貸し与え、
――いざという時は、これで自分の身を守れ。
と、まるで杭でも打ち込むように厳として言ってのけたのである。
(この人、誤射がこわくないのかしらん)
目を白黒させながら、提示された武器を受け取る。
「……!」
その感触に、思わず声を上げかけた。
馴染むのである。
一番最初の飛行と同じ、いやひょっとするとそれ以上。ああ、なんともはや懐かしい。
(まただ)
知らないことを知っている、まるで覚えのない経験がある。
認識と記憶の正面衝突、去ることのない既視感は、勢いとして己が根幹への疑義に繋がり、心を千々に掻き乱す。私はいったい誰なんだ? 私なのは、本当に私だけなのか?
(なにを、馬鹿な――)
顛倒もまた甚だしい。
こんな愚問を思いつく、自分自身の神経組織が憎かった。脊髄ごと引き抜いて、石鹸つけてタワシで擦りたくなった。
「おそろしいか」
だがそれでいい、その恐怖を大切にしろ、自分が握った武器の脅威を忘れるな――と。
真一文字に引き締められた口元をべつな意味に取ったらしい軍曹は、的外れな忠告を親身になって与えてくれた。
彼女の既視感は、正しかった。
単なるストレスが原因の、脳の疲労が生み落とす錯覚ではなかったのである。そうでなければ、初めて身を置く戦場で、まして扱いの難しい、ウイングダイバーの装備を用いて、ああまですらすら敵勢力を殲滅できるわけがない。
彼女はまたもや考えざるを得なかった。いったい己の奥底に、何が潜んでいるというのか。
(それを解き明かすためにも)
EDFへの入隊は、彼女にとってもはや必須の選択だった。
サイオニックリンクという機器がある。
ウイングダイバーのヘルメットには漏れなく内蔵されている。用途は脳波による光学兵器の誘導制御。そのように説明されている。
この装置との直結なくして、ミラージュやガイストのエネルギー槍をきちんと目標に叩き込むのは絶対的に不可能だ。ウイングダイバーをウイングダイバーたらしめる、一つの目玉といっていい。
実際問題、サイオニックリンクとの適合率が一定値を超さぬ限りは、決して門戸を開かぬ兵科だ。しかも輪をかけて厄介なのは、この適合率、後天的作用によって変化されない。完全に生まれついての資質に頼る。EDFの一種花形でありながら、ウイングダイバーを絶えず苛む慢性的な人手不足は、かなりの部分、コレに由る。
このサイオニックリンクとの適合率が、彼女は異様に高かった。
「おかしい、計器の故障かな?」
入隊時の資格検査で、係員に首をひねらせたものだった。
いやもう、規格外と評するより他にない。
常人ならば脳が沸騰するような狂気の負荷にも容易く耐える。平気の平左で、鼻歌までうたってのける。ある研究員が好奇心を抑えかね、お蔵入りにされていた呪いの魔剣――サイ・ブレードαの封印を解き、持たせてみたがこれも難なく使いこなした。
「いいね、いい使い心地よ、気に入ったわ」
そのまま書類を誤魔化して実戦へと持って行き、三時間の連続稼働をやらかした。で、バイタルにさしたる乱れなし。テスト段階で一名を精神崩壊させたいわくつきの武装だと、この有り様でいったい誰が信じよう?
「あっははははは、素晴らしい! これが人間? こんなのが? どんな因子が働けば、ヒトの中からこんなものができあがる!?」
一部始終を観測していた研究員は、口から白い泡を噴き、膝を小刻みに震わせて、顔の皮膚をしきりに引っ掻き、ほとんど悩乱の態を示した。
本来彼女が受けるべきあらゆる負荷を、未知の手段で肩代わりしたかのようだった。
騒ぎを聞きつけ、同僚がやって来なければ、おそらく舌を噛みちぎっていただろう。
「彼の気持ちもわからなくもない」
やがて再び新兵装をねだりに来た彼女に対し、研究主任は
「いったいどうなっているんだろうね、君の脳内風景は。CTスキャンや脳波計では限界がある、隔靴掻痒のもどかしさだよ。一度でいいから開頭手術をやらせて欲しいと、かねがねみんな思っていたんだ」
「ふうん、それで? 開いてなにをどうするのかしら、電極でもぶっ刺すの?」
「まさか、そんな乱暴な真似はしないさ。見るべきを見、採るべきを採り、埋め込むべきを埋め込んだら、ちゃんと元通り片付けるとも。縫合跡も目立たないよう処置をする。女性は気にするんだろう、そういうの」
さても気軽な口調であった。
声だけ聴いたら趣味の悪いジョークだと、舌打ちひとつで済ませられるやもしれぬ。
しかし彼女は直に向かい合っている。その表情が窺える。
目が一ミリも笑っていない。
とろとろと、粘つく視線が眼窩から糸を引いて垂れている。
どう見ても好奇の狂熱の奴隷であった。
(こいつらはこの、これだから)
私に憑いた既視感を、片言半句も洩らせないんだ、と。
彼女は内心、大いに閉口させられた。
戦況の激化に引きずられるようにして、彼女を取り巻く認識異常も更なる深化をみせていた。
フラッシュバックが起きるのである。
特にそれは、誘導兵器――サイオニックリンクの多用によって誘発される眩暈の中に多かった。
虹色の輪が次から次へと浮かび上がって、視野一面を飽和させ、輝きの奈落を現出したとき。乱立するプリズムの中に、垣間見るのだ。
自分ではない、しかしよく似た、知らない誰かの戦いを。
敵はやっぱり宇宙からの侵略者、怪物を用い、プラズマを降らせ、ドローンで空を埋め尽くす。
ビルより巨大な獣が走れば、要塞もつられて歩き出し、前触れもなく宙が捻れて大艦隊が
敵戦力は底が知れない。量でも質でも、完全に圧倒されている。勝っているのは辛うじて、士気ぐらいのものであろうか。なんと素晴らしい。これぞ虐狂の極悪上弩、必ず死なすという意志が、天にも地にも満ちている。
キルゾーンと表現するのも生易しい、魔女の釜をぶちまけたような地獄の底で、しかし「誰か」は勇敢だった。
フライトユニットを巧みに駆使し、薄皮一枚向こうの破滅を巧みに回避し続ける。
(凄い、いったいなんという――)
同じ飛行士なればこそ、その腕前の途轍もなさがわかるのだ。
ただ逃げ続けるばかりではない。「誰か」は同時に、神の農夫としても優秀だった。
得物の強力は勿論のこと、どの方向から、何を優先して撃破すべきか、その判断が尋常ではない。常に最適解を叩き出し、気付けば戦局を変えている。
ほとんど魔法に等しい手並みだ。
見惚れずにはいられなかった。
魅せられ、しかも多くを学んだ。
効率はよかった。どんな詰め込み教育でもここまでの成果は上がるまい。怒涛の勢で彼女は「誰か」の再現をこなせるようになってゆく――スポンジが水を吸うというより、むしろ内から湧き出づる感覚。ずっと忘れていたものを、ふとした刺戟が契機となって突発的に思い出すのに、それは似ていた。
(なんだか「私」が塗り潰されてゆくようで、不快なことは不快だけれど)
さりとてもはや戦況は、個人の好悪を云々できる状態ではない。
敗色濃厚を通り越し、援軍のアテも補給路も断たれた籠城戦を強いられているようなものだった。
斃しても斃しても、敵の数が減らないのである。
地平線が盛り上がり、うぞうぞ奇怪に蠢いて、津波と化して押し寄せてくる光景を、いったい何度目の当たりにしただろう?
たとえ彼女が獅子奮迅の活躍をして狂瀾を既倒に廻らせど、結果は同じ。すぐまた次の波が来る。
――大元を断たなければ駄目だ。
結局そういうことになる。
誰にでも思いつける解法だろう。
しかし問題はいついつだとて「どうやって」。敵の本丸、マザーシップは金甌無欠。度重なる攻勢にも拘らず、EDFはその黄金の船体に傷ひとつ刻むことは叶わなかった。こちらの努力をその全身で嘲笑いでもするかのように、十隻すべてが今もなお、悠然と蒼穹に横臥している。
対してこちらが失陥した拠点は、都市は、
(計上するだに厭になる)
両手の指ではとてもおっつかないだろう。
徹底抗戦を呼号していた総司令官も死亡した。
遺言にも擬するべき、最後の通信内容は、
「こちらEDF総司令官。私は、極秘地点で活動を続けている。だが、とうとう敵に発見されたようだ。
皆に言っておく。この事態は想定済みである。新たな司令官が任務を引き継ぐ。何も問題はない。戦いは続く! エイリアンをこの星から追い払え! その仕事は皆に任せる! 以上だ!」
ついに僅かなひるみも見せず、あらん限りの鬼火を撒いて去って逝ったものである。
世界中のEDFに、彼の焔は燃え移ったことだろう。
この時局下で独り暢気に自分探しをやれるほど、彼女の性根は図太くなかった。
自分の総てを焼き尽くしてでも戦い続ける、EDFの隊員としてごくありきたりな道に流れた。
(……それが戦力の足しになるなら)
力以外のなにもかもを犠牲の祭壇に供する覚悟を、彼女はとうとう決めてしまった。具体的にはみずから進んでフラッシュバックを起しにいった。
幸か不幸か、手段については困らない。
「やあやあやあやあ、よく来てくれたね待っていたよ早速見てくれ、今度のはまた輪をかけて素敵滅法界な仕上がりだから。射程は半径500m、同時に15の対象をロック可能で、捕捉までに要する時間はなんとなんとの0.007秒だ。信じられるかい、前のモデルの三分の一以下だよ、以下。それでいながら威力のほどは倍を実現、夢みたいなスペックだろう? ミラージュの系譜はここにとうとう完結したんだ、この15WRの誕生でね。まあその代わり、サイオニックリンクの負荷は、もう処刑目的に転用した方が相応しいレベルであるけれど、なあに、君なら問題ないだろう? 存分に使ってみせてくれ、そして地球を救っておくれ、うひひひひひひひひひひひひひ」
研究主任もとうに狂っていたらしい。
一部情報部の人員が「神の卵」の捜索に躍起になっているように、この男もまた性能のみを追いかけて、使い手の事情をまるきり無視した極殺兵器の開発に余念がなかった。
(しかし、今の私には)
そういう狂気の産物こそが必要だった。
当たり前のことを当たり前にやっていては、ごく順当にすり潰されてお終いという、ありきたりな結末以外なにも待ってはいないのだから。
奇蹟を欲するのであれば、常軌を逸しなければならない。
誘導兵器の究極形を、彼女はいっそ淫するほどに多用した。
無線が聴こえる。
フラッシュバックは、既視感は、とうとう最終段階に進んだらしい。圧縮された時間の中で、鼓膜を介さず、脳に直接届く声。
『また新たな巣穴が出現しました』『巨大生物だ!』『状況を報告しろ!』『こんな馬鹿な……ウイングダイバーが! こんな事、予測できるはずがない……!』『あいつらは戦い続ける気だ……人類を殺し尽くすまで!』『死ぬ! 糸に巻かれて死ぬんだよぉ!!』『マザーシップを隙間なく空に敷き詰めるようなものだな』『敵の罠です! 敵の大群が接近。囲まれているようです!』『信じられない光景です! 飲み込まれています!』『ウイング破損! 落ちる!』『インベーダーだ。やつらが戻ってきたんだ!』『弾が、我々の弾丸が跳ね返されたんです!』『ジェノサイド砲が来るぞ! 退避しろ!』『エネルギー、急速に低下。反比例して質量が増大しています!』『生き残ったペイルウイング隊は独自に戦闘を続行せよ』『こちらEDF! 応答してください! 応答してください!』『フォーリナーが、地球を丸飲みにしています!』『おい、まじかよ、夢なら覚め』『デカい、あんなので歩くなんて!』『糸が、糸が取れない!』『アースイーターの攻撃により、世界中に被害が広がっています』『現在地がわからない! みんなどこに行った!?』『レーダーに反応。新手です!』『なんて走行能力だ!』『もはや地球は、月面のようなクレーターと、廃墟の星です』『誰か……! 応答してください! 誰か!』
『ストームチーム、戦い続けろ。地球が終わる、その時まで』
「………………」
インベーダー。
フォーリナー。
プライマー。
そして
外形、細部は違えども、繰り返される相克模様、その本質は変わらない。
一切が実在の記憶であるなら、宇宙とは、
絶望さえも灰と化す、こんな悪夢が、何度展開されたのだ?
なんのために?
“英雄”をあぶりだすためか?
つまりは私や、あの記憶の主たちを。
戦力分析がまるで無意味な計数外のアノマリー。如何なる死地を与えてもどういうわけか殺しきれない、四次元移動する袋のネズミ。
その観測が目的か?
ああ、だとすれば――やはり私の
きっとこうして死に狂いして築き上げたる我が戦歴も、ふしぎなチカラで抽出されて、別の地球の知らない誰か、異能生存体の資質を備えた憐れな器に注ぎ込まれるのであろう。
やがて、ほどなく、その地球にも、天を破って大戦争が顕現するのだ。
なんと腐れた連鎖だろうか。
殺戮、殺戮、殺戮、殺戮……あきれ返る血と死と虐と破壊の螺旋、そんな記憶を掻き集め、一個体に凝集させて、どんどん密度を増してゆき、それで、それで、窮極に待っているのはなんだ。
重力崩壊を起こした先に残るのは。
絶対捕食者、真性特異点、それとも、ああ、ドミナントの名で呼ばれるのがお好みか?
私も、あの前任者らも、とどのつまりは捨て石だ。
やがて生まれる素晴らしいナニカに至るため、地下百尺に積み上げられた
「ふふ、うふふ、うっふふふふふふふっふふうううぅぅぅっふふふ……」
喉の奥からせり上がる、無暗に熱い、これは嗚咽か、哄笑か。
どちらでもいい。
頃合いだ。
さあ、戦おう。
任務は発令されている。
ブザーだって鳴ってるじゃないか。出撃を催促する、あのけたたましい警報が。
もちろん応えてさしあげる、戦って戦って戦い抜くんだ。
烈火の大地を踏み越えて、絶対包囲を突き破り、星の船を墜としに征こう。
先達どもに劣らない、赫々たる武勲を立てよう。
宇宙に私の存在を、確固と刻み付けてやる。
電極の主に教えてやろう、この私がどれほどのものか。この地球にどれほどの可能性があったのか。
たとえすべてが、この決意さえ、誰かの思惑通りでしかなかろうと。
それでも私は戦うべきだ。それが、ただもうそれだけが、私が私を私と繋ぐ、最後の
そうだ、私はここにいる。
ここにいるんだ。
――プラズマコアが、緩やかに駆動しはじめた。
【狂人の智慧】
狂人の頭蓋骨。偉大なるものの知識に触れた人間の物。使用すると啓蒙を得る。
古の知識に触れることは祝福である。たとえその結果、狂気に陥ろうと、偉大な目的、後の世のための生贄となれるのだから。
(『Bloodborne』より)