“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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 お久しぶりの投稿です。自動車学校とか試験とか、いろいろ忙しかったんです許してつかあさい。


幕間 続くべきでなかった物語

「我が舞台はこれにて閉幕! 皆々さま、万雷の拍手をお願い致します!」

 

 

 シェイクスピアが壇上に立ち、その良く通る声を張り上げるまで、全ての物が静止したかのように何の音も起きなかった。だがそれも、劇作家の声が通るまで。人々は夢から覚めたように、まさしく雷が同時に降り注いだかのような拍手と歓声が鳴り響いた。

 

 それは立香を含めた一行においても例外ではなく、彼女は目を真っ赤に腫らしながら精一杯の拍手をしていた。アルトリアは頬を染めながらケンの手を握り、ケンもそれを振り払おうとはしなかった。

 

 

「すごい……すごかった……。」

 

「ふふふ、見ろケン。マスターももはや語彙力を失ってしまったようだぞ。」

 

「……まあ、マスターが喜んでくれたなら赤っ恥をかいた甲斐はあったかな。」

 

 

 しばらく動けそうにない立香を見守りたいところだったが、ケンにはこの後まだ約束がある。そのために用意したいものもあるため、上手くこの場を離れなくてはならない。

 

 

「……アルトリア、その、今から片付けとかに行かなくてはなんだが……。」

 

「それなら行ってくるといい。私のことを気遣っているのなら、気持ちだけ受け取っておこう。」

 

「ほ、本当か!?」

 

 

 あまりにも素直に行かせてくれるアルトリアに、思わずケンは聞き返してしまう。本当なら気の変わらないうちに逃げ出すことだが、意外過ぎてつい反応してしまった。

 

 

「もちろんだ。私もこのカルデアにやってきた以上、時間はいくらでもある。一時的に離れることになったとしても、それは川の流れが分かれただけのこと。私たちは必ず、最後には結ばれるのだからな。」

 

「……そうだな。」

 

 

 なんだかもう、いろいろ考えたくなくなってしまったケンは、いそいそと劇場を離れた。その足ですぐに厨房へ向かうと、宴は終わりに近づいているからか、今は落ち着きを取り戻していた。ケンとエミヤの交代で入ったブーディカとタマモキャットは、厨房奥の仮眠室にぶっ倒れていた。まあ、好都合ではある。

 

 

「ロボットさん、頼んでいた下ごしらえは終わってますか?」

 

「アイヨー!」

 

 

 ケンが声をかけると、鼠サイズのロボットたちが沢山の食材を持ってやってきた。それを検分して、満足そうに頷くとケンは腕まくりをし、手を洗い始めた。

 

 

「……よし、それじゃあ始めましょう。まずは―――」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――カルデア、シュミレーションルーム。今まで立香が行った事のある場所を記録し、再現する場所。当然エネミーの再現も可能で、サーヴァントの成長に足りない素材がある場合、ここにやってきて戦闘を行うのである。

 

 だが、ここを利用するのは何もマスターを伴ったサーヴァントのみではない。サーヴァントの多くは、数々の戦場で武勲を立てた者や、自分よりも遥かに強大な敵を打ち倒した者など、戦いに関する者が多い。そうなれば当然、血の気の多い者たちも含まれる。

 

 そういうサーヴァントたちが、古今東西の英雄たちが集まる場所に放り込まれたらどうなるか? ……無論、腕試しをしたいと思うものだ。そういう際に、ここシュミレーションルームは使われる。ある程度の地形へのダメージを無効化出来るため、マスターのいない時間を狙って多くのサーヴァントが訪れる。今日もどうやらその類のようで、室内では広々とした荒野が再現されていた。

 

 

 ―――だが、その部屋の中、一人の男が異彩を放っていた。

 

 

 荒野にあって不釣り合いな茣蓙を敷き、その上に座って盃を傾ける。まるで花見でもしているかのようだが、それに不釣り合いなほど、辺りには緊張感が満ちている。それは間違いなく、彼が目の前に置いた刀のせいなのだろう。

 

 そしてそこに、近づいてくる影が一つ。砂と岩の大地を踏みしめ、それでいて足音一つ漏らさない。長い髪をしたしなやかな体の人物は、まず間違いなく女性なのだろう。その美しい肢体が躍動し、座ったままの男の背中に向かって、朱色の槍が投擲される。

 

 

 

 

「――――!」

 

 

 

 

 それは、一瞬にして行われた。男が目の前の刀を抜きはらい、振り向きざまに槍を両断したのだ。切り上げによって真っ二つにされた槍は二股に分かたれ、男の両側をそれぞれ通過し、遥か遠くの岩山を破壊した。その轟音を背後に聞きながら、男は女から消して目を離すまいとにらみつける。だが女は、男のそんな顔すら微笑ましいといったように笑いだす。

 

 

「ふ、ふふ、はははは! まさかこの呪いの槍から逃れるばかりか、両断するとはな! 男子三日会わざればという奴か!」

 

「……少し、懐かしい思い出を思い出しましてね。その頃の記憶が戻ってきた、ということにしておきましょう。」

 

 

 笑みを浮かべる女―――スカサハは、その言葉を聞いて両手にゲイボルグを召喚する。

 

 

「ふふふふ、ならば力を示してもらおう! 今日、儂かお主かどちらかが死ぬのだ! ああ、何と心躍ることか!!」

 

「―――残念ですが、それは叶いません。」

 

「何?」

 

「……私は所詮、料理人です。やるべきことは、料理を供するだけのこと。」

 

 

 力強い目でスカサハを見つめ返したケンは、刀を握る右手を離すと指を鳴らした。すると、突然シュミレーションルームの風景が切り替わった。真っ赤に塗られた壁、金色の装飾。そして何より、中央の丸テーブル。

 

 

「これは―――。」

 

「私の記憶を再現してもらった施設です。どうせなら、本場の空気を味わっていただきたいのです。」

 

 

 言いながら、ケンは椅子を引いてスカサハを促した。ケンに戦意がないと察したスカサハは、憮然とした表情で席についた。それを確認してから、ケンも椅子に座る。丸テーブルはかなり大きなもので、ケンとスカサハの両手を伸ばしても、お互いの手にはまったく届かない。

 

 

「何をするつもりだ?」

 

「すぐにわかります。今、持ってきますので。」

 

 

 ケンが言い終わるより先に、どかどかと皿を抱えたロボットたちがやってきた。調理用の鼠サイズのロボットたちではなく、配膳用の人間サイズのロボットたちだ。入れ替わり立ち替わり、沢山の料理を運んでくる。あっという間にテーブルは埋め尽くされ、最後に二人の前に置かれた盃に恭しく清酒が注がれた。

 

 

「これは―――」

 

「何も言わず、ひとまず召し上がっていただけませんか? なにせこれは、『満漢全席』。食べ終わるまでに、三日三晩はかかります。」

 

「―――。」

 

 

 食卓を囲んでいるというのに、二人の間には妙な緊張感が張りつめる。ケンはあくまで刀にかけた手を離すことはなく、スカサハも微動だにしない。

 

 

 ―――その様はまさに、戦場だった。共に言葉は発しないが、確かな駆け引きと選択があった。

 

 

 そして。その静寂を破ったのは、スカサハの方だった。

 

 

「ふ、ふふふふふ。ははははははははは!」

 

 

 その笑いにケンは指をピクリと動かしたが、刀を抜くことはしない。おかしくてたまらないと笑うスカサハを睨み続ける。

 

 

「く、くくく……。いや、そう怯えずともよい。この勝負、確かに儂の負けだ。」

 

「―――! 流石は、死の国の女王ですね。」

 

「無論だ。儂は凡人の上に立つ者。それなりの振る舞いというものがある。この場に連れ込まれた時点で、負けは決まっていたな。」

 

 

 言いながらスカサハは箸を手に取り、熊の手を掴むと豪快にかじりついた。

 

 

「―――ほう、意外といけるものだな。」

 

「ええ。普通の熊ではなかったのですが、肉厚でいいものでしょう。」

 

 

 ケンもようやく刀を手放し、料理に手を付けた。自分を殺せる者を前にしてのこの豪胆な態度に、スカサハは改めて感心せずにはいられなかった。

 

 

 

 ―――何故、スカサハが負けを認めたのか? それにはこの場と、満漢全席という料理が深く関わっている。

 

 

 ケンが言ったように、満漢全席とは本来、三日三晩かけて料理を食す宴の様式だ。ケンはかつて、織田と武田の戦いが巻き起こった際に、捕らえられた秋山虎繁の助命嘆願のためにこの料理を出したことがある。信長にはあっさりと見破られ、処刑の日時が変わることはなかったが、それでも潔く死した彼と、ケンと信長。あの夜、確かに三人の心は通じ合ったのだ。

 

 そして今回も、同じ手を使った。スカサハは今日、どちらかが死ぬという想定でここにいた。だが実際には、三日三晩かけて食べなければならない料理が供された。

 

 それを断ることが、女王として出来ようはずもない。自分をもてなそうとしている人間を無視してならばなおさらだ。

 

 

「だが、わからんこともある。」

 

「何でしょう。」

 

 

 スカサハの問いかけに、ケンは箸を置いた。

 

 

「儂がもしも―――もしも、このような場など関係ないと言い、お主や女たちを殺そうとすればどうした?」

 

「……あえて、強い言葉を使いますが。」

 

「道理も風情も解せぬ雌犬ならば、斬るのに躊躇はありませぬ。」

 

「―――! ふ、ふふふ。儂を捕まえて雌犬とはな。」

 

「い、いえスカサハ殿のことではなく……。ただそういう心構えだったというだけのことです。」

 

 

 慌てるケンを見て一通り楽しむと、スカサハは再び料理に手を付け、食事は再開された。

 

 

「―――これは、持論ですが。」

 

 

 やがて、ケンはゆっくりと口を開いた。スカサハも料理を口に運ぶ手を止め、耳を傾ける。

 

 

「私たちは今、殺し合いが出来るような状況ではないはずです。世界の危機を前に、震えながらも前に進もうとしている人々がいる。それに背を向け、我欲を満たすためだけには動けない。」

 

「ふむ……。まあ、正論ではあるな。最も、儂の心を動かすには足りぬ。」

 

「そうでしょうね。あなたの事を色々聞きまわりましたが、力に裏打ちされていない言葉を嫌いそうだと思っていました。」

 

「ふふ、よくわかっているではないか。それがわかっているのなら、貴様は何を見せてくれるのだ?」

 

「―――約束を。」

 

 

 ケンは箸を置き、椅子から立ち上がった。だがその手に刀はなく、徒手のままである。

 

 

「あなたの逸話は山ほど聞きましたが……その中で特に興味を引いたものがあります。」

 

「―――神殺し。幾度となくそれを成してきたあなた相手だからこそ、私は約束に裏付けが出来る。」

 

「……ほう。」

 

「―――どうか、約束していただきたい。もしも私が、私でなくなったならば―――。」

 

「遠慮なく、私を討っていただきたい。」

 

「……ふふ、笑わせるな。もとよりそのつもりよ。」

 

「よかった。安心しました。」

 

 

 ケンはニコリと笑みを浮かべ、右腕を前に突き出すと、その二の腕辺りを強く握った。

 

 

「―――では、よろしくお願いします。」

 

 

 その時の雰囲気を、一体どう形容すればいいのだろうか。一瞬にしてケンの魔力の感じが変わり、周囲は異様な雰囲気に包まれた。例えるなら―――そう、根源的。山の斜面を流れ落ちていくマグマのような―――あるいは、荒れ狂う海の大波のような。そんなシンプルで、それでいて絶対に征服出来ないと思わせるような、偉大とも言える雰囲気があった。

 

 

「これ、は――――。」

 

 

 スカサハも、言葉を失わずにはいられなかった。ケンの手に握られていたのは、見間違えようもない―――

 

 

「ッ!」

 

 

 だがそれも、ほんの一瞬のこと。すぐに魔力ももとに戻り、ケンは右腕を抑えて蹲った。

 

 

「……どういう、ことだ。お主、あれは、あれは間違いなく―――。」

 

「……ええ。ご想像、通りです。これが私の、正真正銘の切り札。失敗すれば、世界が根底から変わりかねない―――文字通りの勝利か死か(オールイン)。」

 

「……マスターには?」

 

「……伝えていません。こんな危険すぎる賭けに、頼ってほしくはありませんから。」

 

 

 首を振るケンだったが、それを見つめるスカサハは打ち震えていた。それは感動か、あるいは恐怖か。それでもケンが言う、スカサハを殺すという約束。その裏付けには十分だったことは確かだ。

 

 

「……もう一度だけ、聞かせろ。儂を殺すという約束、二言はないな?」

 

「―――必ずや。世界を救い、私たちが不要になった時。あなたの首をもらいましょう。」

 

 

 そのために、これを―――。ケンは呟きながら、何かの包みを取り出した。それを縛る紐を解くと、真っ黒なチョーカーが現れた。

 

 

「これは―――」

 

「チョーカー。首につけるアクセサリーです。」

 

 

 ケンはおもむろにスカサハの首に腕を伸ばすと、チョーカーを付けた。締め付けがきつくないことを確認すると、満足気に頷いた。

 

 

「……これこそ、私の約束の証です。今の私は、あなたを傷つけることは出来ない。ですから、傷の代わりにこの飾りを。」

 

「……。」

 

 

 スカサハは、自分の首にそっと触れた。何故だか、暖かさを感じたような気がした。死の国の女王である彼女の体温ではない、生きた暖かさだった。

 

 

「……お気に召しませんでしたか?」

 

「―――いいや。これは……ふふ、約束の証、か……。」

 

 

 スカサハはこの先、これを手放すことはないだろうという確信があった。自分がいつか死を迎えるまで、これは永遠に自分の首を護るのだろうと思った。

 

 

「だが―――そうだな、お主、少し寄れ。」

 

「は、はい。」

 

 

 困惑した顔で近づいてくるケンを見ながら、スカサハは思った。こいつが証を渡すというのなら、こちらからも返さなくてはならないと。すぐには婿にすることは出来まいが、それでも唾をつけておく必要はあると。

 

 

「―――。」

 

「ッ!? 痛ッ―――!」

 

 

 ケンの首筋に、歯を立てたのだ。思わず頭を掴み、跳ね除けようとしたケンだったが、力はスカサハの方が強い。されるがままにされるしかなく、ただ噛みちぎられないことを祈った。

 

 やがてその口は離れ、ケンの首にはっきりとした歯型を残した。スカサハは妖艶な笑みを浮かべ、その傷を指先でなぞる。

 

 

「な、何を……。」

 

「ふふ、儂も―――いや、私もお前に、証を残しておきたかっただけのこと。言っておくが、すぐには癒えぬぞ。サーヴァントの身であろうと、遅延のルーンがかかっているからな。時間が経てば治るやも知れぬか、その間はついたままだ。」

 

「……。」

 

「そう嫌そうな顔をするな、死の国の女王のモノになれたのだぞ?」

 

 

 再びケンの首に顔を近づけたスカサハは、今度はいたわるように傷を舐めた。首筋に舌が這う感覚に悶えながらも、声だけは出すまいとケンは人差し指の腹を噛んだ。その態度すらスカサハを昂らせたのか、傷を舐めるのは、傷をつけることよりも遥かに長い間行われた。

 

 

「噛みついた後、傷跡を舐めるというのは―――確か、猫だったか? 自分に逆らうと恐ろしいぞという、警告であるそうだな。」

 

「……ならば、躾をせねばなりますまい。今日だけは許しますが、明日からは―――。」

 

「ふふ……。楽しみにしているぞ、婿()殿()。」

 

 

 やはりケンは、あまりいい顔はしなかった。それでもスカサハには、その顔すら愛おしく思えた。ようやく出会えた、運命の人。年甲斐もなく―――と言ったら殺されそうだが、浮き立つような気持ちは止められない。例え全てが静止する、死の世界にあったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――宴は終わった。全ては何事もなかったかのように片付けられ、立香は久々にぐっすりと眠りについた。それこそ、本来ならば夢すら見ないほどの深い眠りに。

 

 ……だが、相も変わらず空気の読めない夢魔が一人。夢の中は彼女のテリトリーであり、それは想い人の主であっても例外はない。

 

 

「やあやあ、ほとんど初めましてだね、マスター!」

 

「……あれ、マーリンさん? ここどこ?」

 

「ふふふ、マーリンさんとはくすぐったいね。それにいつか、男の私もやってきそうだし、マーリンお姉さんとでも呼んでくれたまえよ。」

 

「とと、こんな話をしに来たんじゃなかった。実はね、今回私がここに来たのは、王の話をするためなんだ。」

 

「王の話……? それって、アルトリアの話ってこと?」

 

 

 立香の言葉に、マーリンは満足そうに頷いた。

 

 

「うんうん、話が早くて助かるね! アルトリアたってのお願いで、君にケン君が死んだ後のブリテンのことを、話して聞かせてほしいとね。本当なら彼女自身から話すべきなんだろうけど……。まあ、少なくともハッピーエンドの話じゃないからね。」

 

「……。」

 

「―――それでも、聞いてくれるかな?」

 

 

 立香はマーリンの目をまっすぐに見つめ返し、力強く頷いた。

 

 

「うん。聞かせて、マーリンお姉さん。私、皆のマスターだから。皆のこと、ちゃんと知っておきたい。」

 

「それでこそマスター、マイロードだね! よぅし、それでは張り切って語らせてもらおう! 黄金時代のブリテンが、いかにして滅んだのかを!」

 

 

 誰も知らない、夜闇の中。王の話が語られる。それは愛する誰かを失った者の物語。めでたしめでたしの先にある、続くべきでなかった物語。




「……え、とうとうワシら一切関わりなく宴終わったんじゃが!?」

「ノッブがいけないんですからね……。入院中暇だからって、マイクラなんてダウンロードするから……。」

「完全に宴会そっちのけで遊んでましたからね。まあ、おかげで退屈はせずにすみましたが。」

「7章とか始まって終わったんですがそれは……。」

「うーむ、まったく手つけてないのう……。ま、そのうちようつべにでも上がるじゃろ! いちいち育成すんのダルイし!」

「この人自分のとこのゲームなんだと思ってんだろう。」
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