――この星は6度流星が訪れ
6度欠けて6組の月を産み、痩せ衰え陸がひとつの浜辺しかなくなったとき。
すべての生物は海へ逃げ、貧しい浜辺には不毛な環境に適した生物が現れた。
――月がまだひとつだった頃
繁栄した生物のうち逃げ遅れ海に沈んだ者が、海底に棲まう微少な生物に食われ、無機物に生まれ変わり長い時をかけ規則的に配列し結晶となり、再び浜辺に打ち上げられたそれが。
――我々である
――――――――――――――
いい天気、太陽が美味しい。頭上を見上げる誰かがそう話す。そうだね、その隣に立つ誰かがそれに返せばクスクスと笑う声が響く。
「散歩でもしようか」「でも遠出は駄目だよ」
他愛もなく話す彼らは陽光に照らされてキラキラと輝く。艶のある頭部が光沢を放って陽光で反射した。髪であろうその部分は重く揺れ、風で靡くこともない。歩く度にカチカチと硬い何かが落ちるその音は、やはり無機質なモノにも思えた。二足歩行で歩くそれらはかつて存在した古代生物をかたどっており、その胴体に付いた二本の手でモノを拾い何かをした。
――まるでかつての生き物のようだ
されど既にその生物は絶滅し、此処では宝石が生物として生を受けこの世界を生きていた。地上で話す生き物は彼らしか居ないし、それ以外を知らない。宝石である彼らは朽ちることはなく割れる以外で止まる術はなく、永遠とも言える時を生き続けていた。
――それでも彼らには生物としての天敵が存在する
優勝劣敗、弱肉強食。蝶が蜘蛛に囚われるように、昆虫が鳥に喰われるように。宝石として彼らの価値を見出す生物がそこに居た。月人と呼ばれた生物である。文字通り月を拠点とする彼らは宝石と同じく古代生物に似た形をしているが、言葉を発することはなかった。それどころか、個体ごとの意思は見受けられずそれが一層不気味に映る。対話の代わりに弓矢と投げやりを用いた攻撃をもって宝石に襲い掛かり、砕けた彼らを月へと攫う。
――攫われた宝石が戻って来たことは一度としてない
攫われた彼らの用途は、彼らの身体そのモノが文字通りの回答となる。かつて滅びた人間達が身に付けていたという装飾品。それが彼らの末路、煌びやかな宝石としての身体は月人好みなのだろう。実際武器として作り返られれば納得するしかなかった。宝石いえども意思がある彼らは月人の襲来に対抗すべく剣を取る。幸いなことに月人自体は脆く、切れば霧散するため彼らの襲撃を退くことが日々の営みとなった。宝石達の指導者たる金剛を中心に、増えては減りを繰り返す。宝石の国は今も昔も変わることはないまま、現在に至っていた。
――――――――――――
――最初に目に入るモノといえば太陽だろうか
時に穏やかに、時に刺すように、煌々と照り付ける陽だまり。その周囲に取り囲むように白い雲が飛び、青い空がそれらを縁取るようだ。時折それを台無しにするように黒で塗り潰される。
――それこそが、月人襲来の兆候である
黒点と呼ばれる現象は宝石達にとっても異常事態だ。周囲を警戒し哨戒する必要があり、見つけた宝石は最初に迎え撃たねばならない。
――それ故に見回りの作業は総じて戦闘の出来る宝石達が担当することになる
戦える、つまりは月人に壊れにくい、硬度の高い宝石。低い宝石達の大半は室内で役割を与えられることになるが、その中で唯一戦わぬ宝石がそこに居た。
――硬度は10、ダイヤモンド属に準ずるカーボナードだった
図書室の窓際、独り立ち本を読み込む。黒く短い髪が揺れ、睨むように文字を追っていた。書物の大半はかつて居た宝石達が綴った文字があり、月に攫われるまでに彼らが集めた知識が積もる。だが、攫われるまでしか書かれておらず大半の本は完結しないまま終わっていることも多かった。だがそれでも、読まずにはいられない。知識ばかり求めるその姿勢は誰よりも勤勉で、同時に誰よりも怠惰とも言えた。
――曰く、戦えぬダイヤモンド
曰く、腰抜け。曰く、長老。本の虫、引きこもり、硬度10様。どれを聞いても良い意味ではない呼び名は静かに囁かれ、それを知りつつも静かに口を噤ませる。愛称はカーボ、周囲の宝石はそう呼ぶが気に入らないことは明白で、その表情がそれを随所に物語った。好き勝手に呼んでいる癖に何故そちらで呼ばないのだろうか、甚だ腹立たしく怒りを募らせた。内心で抱く感情は苛烈で陰湿。長命な宝石達とは思えぬ程の感情的な性は敬遠されるには充分だった。孤立するもカーボはさして気にも留めなかった。
――何せ自分は硬度10、それ以下の有象無象に興味はない
そもそも弱い分際で僕に指図するな、高慢にも満ちたその意思は誰よりも硬く、それだけの態度が許せる程に長く生きていた。順番で言えば最初に近く、金剛も甘やかせば更にその態度を助長させた。聞き入れる相手は同等の硬度であらねばならなかったし、金剛を通さねばならぬ程に気位も高い。扱いづらいとも思えるが、彼に近い年齢の宝石ほど、カーボを庇った。
――彼にも色々あったから
言い淀む言葉で発言する彼らの表情が珍しく曇る。長く生き残り続ける宝石達は総じて精神が疲弊するモノだ。最たる例であるならばイエローダイヤモンドがそれにあたるだろう。不老にも近き肉体に持ち合わせたその心は、擦り減り続けて戦うことも分からなくなってくる。イエローダイヤモンドよりもずっと長く生き続けた彼は、どれ程心を砕いたのだろう。そう思わずにはいられない。
――攫われた宝石をどれ程見送り、彼らを失ったか
かつてのカーボを知る宝石は、辛うじてではあるが彼が刀を振るう姿を知っている。高慢でありながらもそれでも心強いその宝石の姿を。だがそれも、最早過去の姿でしかない。最後に組んだ宝石が攫われれば、彼は癇癪を起こした。次第に怒りっぽくなり、相手にも強さを強いる。年の近い宝石達も減れば現在の性格に至り、本を読みふける屑石に成り果ててしまった。
――彼は疲れてしまったのだ
今は随分と捻くれたモノだが、それも暫くすれば治る筈だから。そう締めくくりいつもその話はそこで終わる。宝石達にとって、時間はさして問題がない。疲れてしまった彼が休んでいるだけ、そう結論付ける程度には時間に対しては適当な種族だ。永遠ともいえる朽ちぬ身体は長期的な療養を良しとした。その指導者たる金剛も何も言わないのだ、宝石達も暗黙の了解として納得もした。
――これからも変わらぬ筈の関係だった
いずれ古くから居る宝石も攫われれば、不満に持っていた宝石達は最早彼に遠慮はしなくなる。いずれ孤立する運命にある宝石だが、それを壊す宝石が生まれた。
「ねぇ、カーボ。どうして、たたかわないの?」
つよいんでしょ?それは何気ない一言だった。その問いは誰もが気を使って聞くことが出来なかったモノだった。まだまだ若輩者故に恐れのないその物言いは無謀にも思えた。
――確か、末のフォスフォフィライトだったか
緒の浜から生まれて間もない、か弱い雛鳥のような宝石。まだまだ教養はないようで言葉も舌ったらず。いつも傍に居る金剛先生が居ないことも気になるが、その問いに問われたカーボの顔は今まで見たこともない程に歪む。だがそれも一瞬のことでいつものように冷めた表情に戻り本に視線を戻した。自分よりも低硬度には相手にすらしないことはいつものことで無視を決め込むことにした。
「…………」
「おしえてくれてもいいじゃないか!」
ケチ、そう言って頬を膨らませるその物言いは幼さ故だろう。ムッとしたように眉を上げるその宝石は薄荷色に輝く。図書室の窓から差し込む陽光に当たり、淡く儚さを感じさせるその色はまさに月人好みだ。だが、当人は無鉄砲とくればその脆い儚さすら濁って見えた。
――金剛が作る造形は総じて美形にデザインされる
平等に差異が無いように形作られるものだがとりわけ綺麗な造形をしていた。屈託のないような、そんな無垢。キラキラと輝く淡い緑の瞳がその眼窩に収まり、同色である筈の頭髪は室内の陰で鈍く輝いた。
「ねぇ、ぼくにおしえてよ?」
どうしてなのさ。そう言って彼はカーボの言葉を待つがカーボから返事はない。眉間に皺がより、ビキビキと軋む音がする。
「……三半ごときが、僕を語るな」
苦悶に満ちたようにも見えるその表情と裏腹に彼が抱いた感情は怒りだった。パキパキと散らばった表皮が剥がれ落ちる。白粉で隠された宝石が現れて黒い肌が剥き出した。普段彼らの宝石を覆う白粉、剥がれて落ちた顔がそこに現れる。白粉が無い状態を恥じる宝石達にとって、剥き出しの顔とは目も当てられない姿だ。髪の色同様に白子の下には瞳と同様の宝石しか彼らにはないのだ。それ故に、人間を模した顔の宝石しか残らない。その顔面は砕けたことで割れた断面ばかりがカーボの顔面を作り上げる。割れて砕けた、文字通り醜いと言える割れた石ばかりが顔面を黒く塗り潰した。
「……ぼくがきみならそとにでて月人とたたかうのにさ」
そう語る宝石は生まれて間もない若輩者だ。幼い年の宝石、無謀故に何も知らないのだ。カーボの耳に未だ残る、攫われた宝石の悲鳴も恨み言も聞いたこともない。あの声はいつまでも残り、眠れたことはないのに。無知とは罪だ、知らぬから無神経でいられる。それ故に沸々と胸に抱く感情は怒りに満ちた。冷たい無機質な宝石に似つかわしくない程に熱く苛烈な感情のまま拳を振ればウォーターの宝石の頭部は容易く砕け散った。
「ぁ、……れ?」
間の抜けた声は下へと落ちていく。砕けた口がただの宝石になって、パラパラと綺麗に反射する。砕けた宝石は、かつて見た光景にも見えて。カーボの目が大きく見開かれた。伸ばす手は虚空へと向かうが、そこには図書室の天井があるのみ。現実に戻り、カーボは叫ぶ。頬に触れた指先に力が加わり、更に皮膚が砕けていった。
―――――――――――
「彼はまだ若い、大目に見るべきだったのでは」
そう冷静に言うのは医務担当のルチル。僅かにその目を台座へと向ければ、その上には頭部の砕けたフォスフォフィライトが鎮座した。瞳は目を閉ざし活動をやめた砕けた頭部、断面はキラキラと薄荷色に輝く。
「あなたという方が、大人げないことをしますね」
「…………」
彼の嫌味にカーボが顔を顰めるも言葉を返すことはせず、黙り込んだ。ただされるがままルチルの治療を受ける。ルチルの医術は誰よりも優秀だ、かつて組んでいたパパラチアの穴の開いた特異体質を治すために磨かれた形成技術は芸術の域に達している。綺麗に糊付けされた宝石の欠片は次々とはめ込まれ、元通りに形付けられれば顰めた顔がカーボの表情を飾り付けた。
「黙っていても仕方がありませんよ」
今も眠り続けるパパラチア同様にルチルも昔から存在する宝石だ。硬度差はどうであれ、古株故に言いたいことをはっきりと言う。
「まずは状況の説明を、先生に話す上で報告は必要なので」
「…………、」
ルチルは砕けた宝石の大半を治す、それ故に大概の宝石達は彼の言葉に逆らえない。だが、それでも言いたくはないようでカーボは沈黙を貫いた。暫く彼の言葉を待つが長い沈黙ばかりが流れて、最終的にはルチルが折れた。
「……全く、相変わらず頑固者ですね」
ルチルは古株ではあるが、カーボと比べるとやはりカーボの方が長い。ある程度は口を利けるが、無理やりには聞けない。事情を話さないのならばそれでもよかった。何も事情を聞けるのは彼だけではないからそれ以上の追及をやめた。
「……はあ、全く。後はフォスだけですか」
ある程度は白粉をある程度カーボに塗り、ため息を零してカーボから離れた。今度はフォスフォフィライトの前に立つ。カチリカチリと破片を拾い上げて確実に大きな塊を形成する。暫く眺めていたが砕け散った頭部の形が整い始めればカーボはそれに背を向けて歩き出す。
「何か彼と話すことはないのですか?」
我々は長命です、ある程度は妥協しなくては。ある程度の関係の改善を、暗に求めていた。
「……、」
ルチルの言葉に、カーボは答えることはなかった。
続き書くかはちょっと気長に見てる。宝石パロ書いてたら思いついた派生なので。彼らの生活感ってアニメでしか知らなかったりするので解釈は自己解釈でかいつまんでますのでご了承を。
原作でのフォスの努力の空振りが気の毒で、それでいて身勝手なヒトらしい部分がグツグツとマグマのように煮立つようだった。理解者のような相手が欲しくてそういう宝石一つでも欲しいな、なんて思う。