鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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毒針を隠す少女 その一

………また、棄てられた…………、

 

 

 

黒いマントに身を包んだ軽装の少女が一人、砂嵐吹きすさぶ荒野の直中を歩いていた。

何者からか逃げているのか。何者からか隠れているのか。その歩みは独特で、荒野の住人たちですら少女の存在に気付かない。

 

雨は降らず、昼も夜も延々と砂嵐に(なぶ)られ、陽の光を返す(ひび)割れた大地までもが少女の幼い足取りに渇きを与える。

自生する草花は他人に分け与えることを拒むように乾いた体をこれ見よがしに見せつける。

無数の砂を孕んだ風たちは乾燥した肌に張り付き、血の気を奪っては挨拶もなしに去っていく。

家のない者に等しく与えられる痛みと気怠さが、少女を荒野の囚人に変えていく。

 

…それでも、まだ、体は動かせる……、

…私、仕事、したよ……?

 

数日間、少女は独り歩き続けていた。

何処に向かうべきなのかわからない。迎えに来るべき人も現れない。

そのどちらも、彼女には用意されていない。

不幸を呼ぶ種族はもう、この世には必要ない。

そう、ありとあらゆる世界が告げているように思えた。

それでも彼女は喉を嗄らせて訴え続ける。

 

…私、ここに、いる……、

 

砂嵐は、等しく吹き付ける。

愛も憎しみもなく、等しく「渇き」を与える。

絶望に暮れる涙も。喜びに(むせ)び泣く涙も。何もかも。

それは涸れた大地に雨雲を呼ぶためでもなければ、限られた者のための秘境から盗賊たちを遠ざけるためでもない。

彼らはただ、等しく「渇き」を望むだけ。それが自分たちのあるべき姿だと。

 

少女は彼らから逃れるように岩陰に隠れる。

しかし、そこが彼らの住まう「荒野」である限り、彼らは等しくやって来る。

震える彼女の膝をソッと折り、岩にもたれかかる彼女の瞼にソッと触れる。

 

…誰か……、

 

少女は太陽の下で笑い跳ねまわる小さな女の子の夢を見る。

 

…誰か……、

 

流れる涙を、砂嵐はソッと拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブーーーッ、ブーーーッ、ブーーーッ、ブーーーッ!

 

 

――――あ、れ……?

 

目を覚ますと、少女は聞いたことのない耳障りな警告音の中にいた。

「……」

ここ、どこ?

私、何、してるの?

そこは見知った荒野でもなければ、王侯貴族が住まう色鮮やかな庭園でもない。砂嵐もなければ、標的もいない。

 

少女は未知の世界にただ一人、訳も分からず放り込まれていた。

 

完璧に精錬された鉄造りの洞窟。外に続く亀裂でもないのに空色の光が洞窟内に射し込んでいる。規則正しく、延々と続いている。

そして、自分の体から微かに薬品の臭いが漂っていた。

…私、誰に、捕まったの……?

息の荒い人の気配がそこかしこを駆け回っている。

少なくとも仕事の成否を確認しにきた上の人間じゃない。

…だったらどうして、私を、生かしたの……?

あのまま放置していれば彼女は確実に衰弱死していた。放っておくだけで()()()は全て抹消できた。

誰が、何の目的でそれを拾い上げたのか?彼女には理解できなかった。

冷たい鉄壁(てつかべ)に身を預け、(かん)(さわ)る薬品の臭いに堪えて息を殺し、朦朧とする頭で彼女は状況の把握に(つと)め続けた。

「……」

そう、いえば……、

 

少女は僅かながらに、途切れ途切れに思い出した。

どうして自分がここにいるのかを。

 

――――確か……、

 

 

 

「…い…、おい……っ!」

「……?!」

荒野の岩陰に吸い付くように倒れていた少女は、見ず知らずの男の声で飛び起きた。

「良かった、まだ意識はあるんだな。」

それは奇跡的なことだった。普段なら、不用意に近付いた「敵」には反射的に撃退するはずなのに。この時は体が強ばるばかりで「敵」をただただ注視することしかできなかった。

そこに、不審な衣類に身を包んだ男が立っていた。

「水は飲めるか?」

男はヴイーヴル族のような角を生やし、弓矢を装備していた。

だが、それで彼女にトドメを刺す様子はなく。それどころか、バックパックから立派な水筒を取り出し、躊躇うことなく彼女に差し出した。

「……」

ここサルゴンで無償の「取り引き」は存在しない。

彼は何者なのか。彼が何を求めているのか。彼女には何も分からなかった。

 

全身で警戒を(あら)わにする少女の姿を見て、男はそこが()()()()であることを思い出した。

「…さすがに言葉は通じるよな?…まあ一応、怪しい者じゃないと言っておくよ。水はここに置いておく。落ち着いたら飲むといい。」

男は水筒を近くの岩の上に置くと、少女から少し離れて考え込んだ。

「…と、つい助けてしまったが、俺の一存で船に乗せていいのか?…ダメだよな、やっぱり。」

身の(こな)しから、かなりの戦闘経験があることは(うかが)えた。しかし、少女にとって警戒すべき対象ではないように思えた。自分を助けようとしてくれていることも理解できた。

けれども…、そんなことより……、

 

…見られた……、

 

仕事は自分を助けない。次の仕事なんかない。そもそも必要とすらされていない。

頭では分かっているはずなのに。唯一彼女を支えてきた生き方が、目の前の心優しい男の未来を決定付けようとしていた。

ところが、彼女が仕事の姿勢を整える前に男は立ち上がり、彼女の下から立ち去ろうとしていた。

「悪いが、やはり身元不明で武装しているキミを連れ帰る訳にはいかない。だけど俺はもう仕事が終わって帰投するだけだから。残った水や食料はキミにあげることにする。少ないけれど、どうかこれで生き残ってくれ。ここから南に一、二日歩いたところに村がある。だから、頑張ってくれよな。」

男は笑顔で大量の食糧を置いて、去っていった。

 

…に、逃が、さない……!

 

少女は男の置いていったものには目もくれず、男を尾行した。

男は気付いていない。残った体力でも男を仕留めるのは容易い。ただ、「何者」なのかを突き止めてからでも遅くない。

 

少女は自分が今までにない選択をしていることに気付かないでいた。

 

 

 

 

 

――――そうだ。私、敵を追って、空飛ぶ車に、乗ったんだ…。あれ、少し、怖かった……、

 

 

「キミ、どうしてここに!?いつ乗ったんだ!?」

気付かれた!?

どうして?!

 

少女は咄嗟に身構え、物陰に隠れて男の射線から逃れた。

 

…多分、車が飛ぶなんて、思わなかったから。驚いて、少しの間、気絶してたんだ。

…もう、尾行は、できない。…今、殺るしか、ない……、

少女は驚くべき素早さで忍び寄り、自分の身の丈ほどもある毒針を男の首目掛けて走らせた。

しかし、男はその必殺の一撃を躱してしまった。

「何を!?」

男は矢をつがえ標的に向けてはみたものの、目の前の少女が今にも倒れてしまいそうなほどに衰弱していることに気付き、躊躇(ためら)った。

おそらく与えた水の一滴さえ手に付けていないのだろう。だがなぜ?毒が入っているとでも思ったのか?

いきなり現れてあれだけの食糧を与えられたらサルゴン人は皆、不審に思うんだろうか。まったく、面倒な土地柄だな。

 

飛行機に不慣れなのか。少女は機体が気流に衝突するたびに驚き、それを繰り返すごとに動きが鈍くなっていった。

…ダメ、体が、重い……、

「どうした、騒がし―――!?うわ、なんだこの女。いつの間に!?」

仲間が、いたの……?

……もう、ダメ………、もう…、私……、

 

()()()()()()、少女は目的を果たすことなく敵と対峙したまま崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

――――次は、もっと怖かった……、

 

 

 

「待て待て、これはマンティコアじゃないか!?どこで拾ってきた!マンティコアなんて、もう何年も見ておらんぞ!」

狙った掘り出し物を安く買い叩く商人のように、殺気立った叫びが少女を休眠(たまご)の殻から引きずり出した。

…うるさい……、

…ま、眩しい……、

「……ッ!?」

「お、おい、コラ!暴れるでない!」

 

少女は手術台の上で手足、そして()()を拘束された状態で目を覚ました。

「安心しろ!(わらわ)たちはお主に危害を加えたりはせん!っておい、誰か鎮静剤を持ってこんか!」

アッ……、

…何か打たれた……、体、動かない……、

…私、死んじゃう、のかな……、

「…ふぅ。まったく、ここに運んできたのは誰じゃ!?マンティコアにこの程度の拘束具では意味がないこともわからんのか!?」

「す、すみません、ワルファリン先生……、」

 

…死にたく、ない……、

 

覗き込まれればその(あか)(したた)り落ちるのではないかというような深紅の瞳が、今まさに狂喜の表情を浮かべながら少女を見下ろしていた。

対して、全ての光彩(いろ)を喰らい付くして肥え太ったかのように毒々しい、無数の白髪(しろへび)が、少女から世界を()り上げようと、ゾロリと彼女の視界を覆い隠していく。

…いや、だ……、

少女は女悪魔(メデューサ)に見守られ、意識を失った。

 

 

「じゃが、よくやった。マンティコアは希少種じゃからな。…何か試せるものはなかったかな♪」

「先生、あまり勝手をやるとまたケルシー先生に叱られますよ?」

「バカを言うな。あんな小娘に怯えていては医学の進歩に貢献できるものも叶わんぞ?」

「…私は知りませんよ?」

毅然(きぜん)と語りながらも嬉々とした声色を隠さない悪魔たちの会話を耳にしなかったのは、少女にとってこの上ない幸運といえたのかもしれない。

 

 

 

――――そして、私、鉄の部屋で、目を、覚まして……、

 

 

少女は驚いた。

生きていたこと。体が軽くなっていること。何より……、

…温かい……、

少女は生まれて初めて清潔なマットレスと毛布に触れ、迫っていたはずの「死」は瞬く間に空気に溶けて消え失せ、「疲労」に押し流されるまま生まれて初めての「二度寝」という体験をした。

「こんにちはー、新人さん。起きてますかー?」

「!?」

しっかり半日眠った彼女は幼い女の子の声で完全に覚醒した。

…私、眠ってた!?

「ごはん、持ってきたんだけど、お腹空いてないですかー?」

跳ね起きた少女は素早く部屋の隅に身を潜め、声のする扉向こうの様子を静かに窺い、()()を待った。

 

…武器、取り上げられてる。それに、この服は?

見たことのない素材の服だった。見た目こそ奇妙だけれど、滑らかで丈夫なその服は、今まで使ってきたどの戦闘服よりも機能性に優れていると分かる紛れもない逸品だった。

それに、この(バンド)…、

左太ももには、仄かにエメラルドグリーンに発光する模様の入ったバンドが巻かれていた。

少女は気味の悪いそれを問答無用で剥ぎ取って捨てると、再び外の気配に意識を集中した。

 

「どうしたの~?」

…気配もなく、もう一人、現れた?!

…けど…、この臭いは…、知ってる、臭い……?

「新人さんが起きてこないの。ごはんも全然食べてないみたいだし、グム、心配なんだよ。」

「フ~ン、」

「ウタゲお姉ちゃんも?」

「え?ううん、アタシはただネイルが似合いそうな子だったから話盛り上がるかな~って思った、だ、け。」

……何の、会話?

…何か、試されてる……?

「え、ウタゲお姉ちゃん、新人さんの顔見たの?」

「うん、見たよ~。激オコなワルファリン先生から引き離されるところだけだけどね。」

…名前で、呼び合ってる……、

…演技、でもなさそう……。だとしたら、私、敵に捕まったの……?

「え?なんでワルファリン先生怒ってたの?まさか、新人さんが悪いことしたの?」

「それは違うんじゃない?ケルシー先生もいたし、またワルファリン先生がヤバいことしようとしてたんじゃないかな?」

「そっか。あー、良かった。悪い人だったらグム、何かの拍子にやっつけちゃうかもだったよ。」

…やっつける……、

 

「アハハ!さすがグムちゃん、フライパン持ったら人格が変わる人ナンバーワンだもんね~。」

「そんなこと言わないでよ。グムだって叩いて良い人と悪い人くらい見分けられるんだよ?」

「そうだよね。じゃあ、アタシは?良い人?悪い人?」

「え?」

意表を突く質問にフライパンの女の子は少しの間、考え込んだ。

「良い人?だと思うんだけど…。もしかして、違うの?」

「さあねぇ~、良い人か悪い人かなんて自分じゃ分からないもんじゃない?」

「…確かに、そうかも。」

「でしょ?だからグムちゃんにそう言ってもらえてアタシは少し安心したよ。ありがと。」

なんだか気の抜ける会話だった。マンティコアの少女にはその警戒心のなさが不気味にさえ思えた。

「じゃあ、じゃあ!グムは?グムは良い人?悪い人?」

元気で快活。マンティコアの少女はフライパンの女の子の声から、夢の中で見た女の子の姿を想像した。

「そんなの、良い人に決まってるじゃん。グムちゃんは最っ高に()()()だよ。」

「あ、ウタゲお姉ちゃん、今グムのことバカにしたねー?今度、お姉ちゃんのごはんにピーマン入れちゃうよ?」

「あはは、ゴメンゴメン。それよりさ、扉の前で騒いでたら新人さんかわいそうだし。休憩室行かない?」

「そうだね。また後で来ようっと。」

……行った?

…結局、何が、言いたかったんだろう……、

…私を、殺そうとは、して、ない、みたい……、

 

少女は人の気配のなくなった扉に何気なく近寄った。そして――――、

「!?」

…開い、てる…、どうして…?

「……」

…私は、どうすれば……、

 

 

少女は逃げ出した。

何に捕まったのかも分からず、どうすればいいのかも分からず。

施錠のされていない安全な部屋から、本能のままに逃げ出した。





※サルゴン
私もまだ「アークナイツ」の世界を完全には把握していませんが、「サルゴン」は一つの国、もしくは地域を指す名称です。
「アークナイツ」の世界には「天災」という天変地異が多発していて、人類はこれらから逃げ回りながら生活するために「移動都市」という「走行する都市」を建設しています。
一応の定期航路のようなものはあるようですが、それが「国境」を指しているのか私には分かりません。

サルゴンのイメージは南アメリカとアフリカ、中近東を混ぜこぜにしたような感じかなと思ってます。

※空飛ぶ車
一部地域では「航空機」の概念がないようで、こんな表現をしていたと思いまうす。

※アークナイツ内の人々
「アークナイツ」の世界では私たちのような猿から進化した「ホモサピエンス」はいないようです。
「ホモサピエンス」の体に何らかの「獣」の血が混じっていることを象徴するような、いわゆるケモミミや尻尾を持っています。

「マンティコア」の場合、そういう伝説上の怪物をモチーフとしたような特徴を備えています。
サソリの尻尾、コウモリの触覚、昇進Ⅱの画像では人の手がライオンの足のように変形しています(グローブを付けているだけかもしれませんが)
そして、なぜかエルフ耳。
このように、本来は種族を指す名称で個人を指すものではありません。

「ヴイーヴル」はフランス語で「ワイバーン」を意味するそうで、マンティコアが荒野で出会った男の頭にはそれらしい?角?が生えています。

※ワルファリンとケルシー
ワルファリンはいわゆる「吸血鬼」のような長寿の種族ですが、ストーリー上、ケルシーもかなりの長生きさんなのかなと思います。
なのでワルファリンにとってケルシーが「小娘」なのかどうか分かりません。
「ケルシー先生」と呼んでいる一面もあったような気がするので、この言葉は適当ではないかもしれませんね。

※マンティコアの太もものバンド
「サーベイランスマシン」という名前の高性能な機械らしいです。
オペレーター(ロドス製薬の社員)の鉱石病の感染判断・症候測定・症状追跡調査など様々な機能をもった高性能バンド。
着用する部位はオペレーターの都合によって様々。
(鉱石病に関しては次回以降に簡単に説明します)

ちなみに、マンティコアのそれは昇進Ⅱの画像で確認できました。
初めはズボンの柄だと思っていたんですが、よくよく見るとズボンは透けていて、その下に巻いてありました。
じゃあこれ、太もものラインなの?……あ、
「…ドクターの、エッチ……、」
……マジ、反省していますm(__)m

※ウタゲはピーマン苦手?
私の勝手な設定です(笑)多分、好き嫌いはそんなにないと思います。

※ホンマの後書き
少し前に私の推しであるマンティコアの固有ストーリーが追加されたのですが…、その内容が…とても薄い(TдT)
果たしてマンティコアちゃんをメインにしてくれているのかも怪しいお話で、物足りなさからこれを書くことを決めました。
おおよその話はすでに書き上げているので(全部で7、8話になると思います)定期更新できるとは思いますが、あくまでもメインは「聖櫃に抱かれた子どもたち」なので、間に合わない時はそっちを優先すると思いますのであしからずm(__)m
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