鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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魅惑の海 〜ヒーラの受難編〜 その四

俺が彼女に出会ったのは本当に偶然だった。

「ご注文は何になさいますか?」

彼女は町中のハンバーガーショップの店員にニコヤカに尋ねられていた。

 

俺はファッションに(うと)い方だが、彼女の装いはどちらかと言えば最先端の部類に入るのだろう。

夜のシエスタの海辺に佇めば、白い砂浜の妖精と見間違えてしまうかもしれない。

そんな彼女が昼日中に立てばまさに「妖精」と例えたように、その白い髪と肌は陽の光に溶け込んでいくように見えるのだ。

唯一、彼女の体としては異質なほどに黒く太いワニ族(アダクリス)の尻尾が彼女の存在を確固たるものにすると同時に、彼女の美しさ(しろさ)を改めて際立たせる。

そこに「田舎臭さ」は微塵も感じられない。道行く人々も、その洗練された姿に見惚れるものも少なくない。

ところが……、

 

次の一言が、世俗的なハンバーガーショップに現れた一羽の美麗な妖精の幻想を完全に打ち砕いてしまうのだった。

 

「あ、甘いものが食べてみたいです!」

「……甘いものですか…。」

少女々々した言動と顔付きが、瞬く間に彼女を「妖精」から親とはぐれてしまった「迷子」につくり変えてしまった。

「…はい、甘い物は、ありますか……、」

それにしてもまた、随分と漠然とした注文だな。最近流行りの喫茶店には呪文のような注文を要求するところもあるが、ここはごくごく一般的なハンバーガーショップだ。メニューにある商品名を一つ上げるだけで事足りる。

…もしや、文字が読めないのか?

おそらく俺と店員は同じ考えに至ったのだろう。百貨店のサービスカウンターよろしく、なんとか迷子(かのじょ)の要望に沿えるようサイドメニューのシェイクやアイスを読み上げては勧めていた。

 

「あ、い、いえ…、このマイルドヤンキーバーガーのセットを、一つ、ください。」

……なぜそうなる?

俺は一瞬思考が乱れたが、相手はハンバーガースタッフ歴数十年というような完璧な笑顔と明るい声で彼女の注文を受け付け、厨房へと通した。

そんなクルーたちの活気に気圧されたのだろう彼女は数歩下がって俯いてしまった。

「大丈夫ですか?」

「うぇ?あ、ご、ごめんなさい。…あ、アナタは……、」

正直、俺たちは艦内で一度、二度顔を見たという程度の、本当の意味での顔見知りで、お互いの名前もろくに知らない。

「はじめまして、私はロドスでお世話になっているマッターホルンと言います。アナタは確か、ガヴィルと同郷の方でしたよね?」

それも同僚たちから聞いた話でしかなかったが。自分のことを知っている人間が声をかけてきたことに余程安心したのか。

思った以上に元気な返事がかえってきた。

「は、はい!…ト、トミミと言います。私は、ガヴィルさんの相棒です!」

ガヴィルはサルゴンのジャングルの出で、ロドスでは古株の医療オペレーターだ。彼女と同じアダクリスのトミミは――その愛らしい容姿からは信じられないが――、故郷では一族の族長を(つと)めていたらしい。

「一人で町を歩いているんですか?」

すると今度は急に落ち込み、泣きそうな声で答えた。

「はい…、本当はガヴィルさんと観光するはずだったんですが。ガヴィルさん、急な任務が入ったらしくて帰っちゃったんです。」

ガヴィルは「エリートオペレーター」でこそないが、その働きは遜色ないと周囲からも認められている。

医療分野においてはもちろん、戦闘に関しても彼女の右に出るものはそうそういない。

さらに言えばロドスにおいてプライベートや休暇を返上しての勤務を求めることは異例で、それだけ彼女がロドスにおいて重要な役割を担っているということなのだ。

 

「彼女はとても優秀ですから。仕方ないと言ってしまえば仕方ないのかも知れませんね。」

トミミのことをあまり知らないためにどう言葉をかけるべきかわからず月並みな慰めになってしまった。

だが(はか)らずもそれは、彼女の性格を知るのに十分な言葉だったらしい。

「そ、そうですよね!ガヴィルさんは()()()()()だから仕方ありませんよね!」

「……トミミさんはガヴィルが好きなんですね。」

「え、え……っ!」

全く否定する気のない、赤面する彼女がとても眩しく見えた。

そんな遣り取りをしている内に俺とトミミの注文したものを()()()()()()()()()スタッフが私たちの下へとやって来た。

「マイルドヤンキーバーガーセット、ウルトラロッカーバーガーセットお待たせしました!」

「…トミミさんさえ良ければ一緒に食事をしがてら、彼女の話を聞かせてもらえませんか?」

「え、い、いいんですか?!」

どこか、あのスタッフの思い通りに操られているような感覚も否めないが。そして、昨日までの自分の失態を思えばこれは回避すべき事態なのかもしれないが。

しかし、こうも彼女の目を輝かせてしまった以上、俺もそれなりの責任を取るべきなのだろうと覚悟を決めざるを得なかった。

……まあ、嬉しそうに語る同僚と食事をするのは悪くはない。

 

その軽率な判断は、俺がまだ彼女の性格をよく理解していないがために下したものだった。

 

その時の俺は、耳に「ガヴィル」という名前のタコができるのだろうというぐらいの気持ちで彼女を誘ったのだが、そのタコは腕がドリルにでもなっているのか。「ガヴィル」という四文字の物量でもって鼓膜を突き破り、脳に蓄えた「知識」を根こそぎ踏み潰していくのだった。

話の内容を理解する間に次の「ガヴィル」が、また次の「ガヴィル」が押し寄せ、俺の脳みそは遂に「ガヴィル」の抑揚だけで全てを理解しなければならないのだと悲鳴を上げ始めていた。

そこには俺の想像していた、女性特有の同性への憧れを語る熱っぽくもいじらしい()()()姿はなかった。

どちらかと言えば、オリジムシやハガネガニを熱愛するバニラやビーンストークのような、あるいはかつては映画俳優だったというエフイーターの熱狂的なファンのウユウのような、もしくはその言動の9割が口からでまかせではないかと思わせるコンビクションのような……。

トミミは、それらの珍妙な人種に見劣りしない語り口調を見せたのだった。

「――――マッターホルンさんはどう思いますか?」

「え?」

「ガヴィル語」を解読することに忙殺されていた俺の脳みそは、突如として投げかけられた問いに怯えるかのように顔を引き()らせた。

しかし、トミミはやはり内向的な性格なようで、これだけ私にガヴィルへの「好意」を見せつけておいて、いざ俺とキャッチボールをしようとすると途端に声を(すぼ)め、俯き、上目遣いになるのだった。

 

「私、ロドスの人はとても優しいし、親切な人ばっかりだと思います。ですが…、」

そこまで言うととうとう、俺と会話していると証明できる「上目遣い」までもが下を向いてしまった。

「時々、ガヴィルさんは”医療部よりも戦士の方が似合ってる”って言葉を聞くんです。」

「……」

それは間違いない。

アダクリスの全てがそうとは言えないが、ガヴィルに限って言えば間違いなく「アーツ」や「医療器具」を使って患者の容態を診るよりも、その「拳」でもってそこにいる者たち全員を説き伏せる方が何倍も性に合っているように思える。

それだけ彼女の腕っぷしは――私ですら敵わないほどに――確かなのだ。

「私も、ガヴィルさんには戦士(ティアカウ)としてアカフラに帰ってきて欲しいし、大族長になって欲しいと思ってます。」

かつてのトミミはそのための手段を選ばなかった。

族長を決める祭典の時期にガヴィルの里帰りを催促し、ロドスの飛行ユニットを撃ち落とし、「ガヴィルウィル」という群れをつくってまでガヴィルのロドスへの帰艦を阻止しようとした……らしい。

それ程までに彼女のガヴィルへの執着心は強い。

 

「でも、私、ロドスに来て、ロドスで働くガヴィルさんを見て、自分がワガママを言ってるんだって気づいたんです。」

俯きながらも彼女の目は輝きを忘れない。その視線の先には常に憧れの人が立っていると錯覚させるほどに。

「患者さんを診てる時のガヴィルさんは闘ってる時には決して見せない顔をするんです。闘ってるガヴィルさんもカッコいいんですが…、そこには私の知らないガヴィルさんがいて…、なんだかそっちの方が本当のガヴィルさんに見える時があるんです。」

太陽は輝きを忘れない。だがそこに雨雲が走れば途端に、俺たちの目は彼女の輝きを見失ってしまう。大地を(いつく)しみ、俺たちに恵みを与えてくれる同じ「空」であるにも関わらず。

「私、ガヴィルさんには自由に生きてほしい…、自由なガヴィルさんが一番カッコいいんです。」

彼女の一面であるということを知らないのは俺たちだけで、彼女は常にその向こうで輝き続けているというのに。

「…だから彼女の一面ばかりを見ている人が許せない、と?」

「え?」

もしかしたらトミミは今、自分が語っていることにすら気付いていないのかもしれない。

ならばそれは間違いなく彼女の心の声なのだ。

「アナタはガヴィルを”型にはまった何者か”にしようとする周りの人間が疎ましいと思っているんじゃないですか?」

すると彼女はさらに内気な性格を発揮し始め、「あ…、えっと…、そんなこと……、ないです」とタイムラプスで枯れていく花のように顔も声も(しお)れていった。

 

……ふむ、どうしたものか。

 

食後のホットコーヒーをひとくち口に含み、その芳醇な香りで「ガヴィル語」で荒らされた脳みそを整える。

……「悩み」というのは得てして単純である場合が多い。

確かに、誰かが何かを成すのに「他人」という存在は厄介である場合も多い。だが……、

「では、トミミさんはガヴィルのどういうところが好きなんですか?」

すると思った通り、「ガヴィル」と「好き」という言葉に反応したようで彼女は幾分か溌剌(はつらつ)とした表情を取り戻し、さらに「…え?今さら?」というような困惑もしてみせた。

「…自由で、カッコいいところです……。」

「そうでしょう?」

「え?」

 

「悩み」は時に、単なる「栓」であることもある。

 

そこに問題なんか初めからないというのに、自分の手でそこに壁を(もう)け、一人で藻掻(もが)いて、一人で疲弊してしまうこともあるのだ。

これもまさにその一例なのだと、カフェインで自我を取り戻した脳細胞が辛うじてあれらの膨大な「ガヴィル語」の中から導き出してくれた。

「あのガヴィルが、他人に何か言われたくらいで生き方を変えるような()()()()()に見えますか?」

「……!?…い、いいえ!ガヴィルさんは、とても強い人です!誰にも負けません!」

「であれば、アナタはそんなガヴィルとガヴィルの魅力に気付いていく周囲の人間を傍観していればいいんですよ。」

「……」

今、まさに「栓」の存在に気付こうとしている彼女はポカンと口を開けて俺の言葉に聞き入っている。

「先に気付いている者の特権とでも言うんですかね。案外、気持ちいいものですよ?少しずつ理解者が増えていくのを待つというのも。」

「な、なるほど!」

それもまた無意識なのだ。足下に転がっている「栓」が何だったのかも分からず、自分が何に悩んでいたのかすらもわからなくなるというのも人間の面白いところなのだ。

 

この問題は自明の理とも言える。

なぜなら、幾人の心無い言葉に囚われているその時ですらも、トミミの瞳に「太陽(ガヴィルウィル)」の輝きは陰らなかったのだから。

それはもう、天気予報士など必要ないくらいに。

「マッターホルンさん!」

「はい?」

「も、もう一軒回りませんか?!」

「ハ、ハイ……、」

というよりも、俺は天気予報士として失格なのかもしれない……。

 

迂闊(うかつ)にも俺は、トミミというサルゴンの辺境で生きる女性の生命力(かがやき)を、(あなど)っていたんだ……。

 

 

 

――――その後、「海が好き」の交代時間ギリギリになるまで、(くだん)の言語を操る凶悪なタコに襲われ続け、辛うじて息を吹き返した耳も脳も――今日もまた――海の深淵へと(いざな)われてしまうのだった。




※トミミの水着
原作のイベント「理想都市-エンドレスカーニバル-」で着ていた黒いやつじゃなくて、購買部でコーデとして販売された、でっかいホネガイを持ってる白いやつですね。

※アカフラ
トミミやガヴィルたちの故郷のこと。サルゴン国のジャングル地帯をそう呼んでいるみたいです。

※大族長
アカフラではいくつかの部族が土地ごとに存在しています。
これらの頂点に立つ人間が「大族長」らしいです。

※あとがき(コラボ編)
某アプリゲームが「RWBY」とコラボしているらしいですね。
「……いいなあ……、」
百回くらい呟いたと思います(笑)

あ、小黒くんのアニメ(ぼくが選ぶ未来)も面白かったですよ。最近気付いたんですが、ショートアニメもあるみたいですね。
そっちの方にシャオバイやアグンが出るのかな?これからが楽しみです!
最初はただの「マスコットかな?」と思っていましたが、アニメを見るごとに小黒くんにそれとは違う愛着が湧いてきました。
コラボってそういう魅力があっていいですね!!
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