鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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魅惑の海 おまけ その一

●おまけその一 【ダイヤモンド★クオーラ】

 

海辺のリゾート地には宝石が無数に存在する。

無論、言葉そのままの意味ではない。それこそ、安易に感傷に浸ろうとする()()()()()()たちが使う、ごくごくチープな比喩でしかない。

その一つ、そして最も美しい輝きを放つダイヤモンドの中に今、名もなき小さなボールが吸い込まれていく。

 

 

「ホーーームラーーーン!!」

 

 

……なぜなんだ。

「ふむ、さすがはロドスのオペレーターだな。なかなか手強い。」

なぜ、こんなにも人の心を惹きつけて止まないエメラルドグリーンの海を前にして……、

「ゲームは始まったばかりです。気にせずいきましょう。」

足の裏を優しく包む真珠の絨毯を踏みしめながら……、

「……ねえ、これってホームランボールは全部、魚たちにプレゼントするシステムなの?」

なぜ、俺たちはベースボールをしているんだ?!

 

「おーい、シデロカちゃん、ガンバレ~!」

急ごしらえのコートを一周し終えた亀族(ペートラム)の少女が一際陽気に、バッターボックスに立つ見るからに強打者のフォルテに声援を送った。

「任せてください。私もクオーラちゃんに続きますよ。」

「随分な自信だな。なら私も全力でいかせてもらう。」

対峙する女性もまた、パッと見は細身ではあるがその実、元龍門の近衛局、特別督察(とくさつ)隊隊長という実力者だ。

「どうぞ。ミノスと龍門、どちらがよりベースボールに特化した人種か。ハッキリさせてあげますよ。」

……どうやら全員、暑さに頭をやられているらしい。

ならばこの際「どうして」などもうどうでもいい!一刻も早く試合を終わらせて、彼らへの長期休暇をドクターに申請しなければ!

「マッターホルン、いったぞっ!」

「え?」

 

……ポカリッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……イェラグの空は高い

 

 

霊峰を頂く麓の町から見上げたならそこが天国のようにも感じられるほどに。

降り注ぐ陽射しは鋭く、肌を刺すほどに凍てついている。痩せた大地から取れる作物も、辺りに生息する獣たちも多くはない。

一年を生き延びるために贅沢を控える私たちはどこか日々の温もりに欠けているように感じていた。

だから私は料理を覚えた。

たとえ質素な食材でも工夫次第でより美味いものに変えられる。

食卓が賑わえば、人は――作物たちと同じように――豊かになる。鍋や包丁は料理を作るだけでなく、人の心に温かな水を注ぐことができる魔法のような道具なのだ。

 

俺はシルバーアッシュ家に仕える護衛だ。

だが、ナイフの代わりに包丁を握れば旦那様やお嬢様の体調管理や人間関係の改善にも一役買えると気付いた時、俺の取った選択は間違いじゃなかったのだと自信がついた。

俺は、あの家の、旦那様の役に立つことができるのだと……。

あの人たちにとって必要な存在になれるのだと……。

 

 

 

 

 

 

 

「…う、う…ん……、」

「あ、気がついた?」

「……」

それに比べ、ここの太陽は低すぎる。俺が何をしなくても友人たちは皆、素敵な笑顔を向けてくれる。

「ここは…、私は、なにを……、」

無垢なペートラムはリターニアの画家も羨むような無垢な微笑みで、覗き込むように私を見下ろしていた。

 

……()()()()

 

「君、エラーしちゃったんだよ。」

「……え?」

情けなくも気絶していたらしい俺の頭を、彼女の柔らかな太ももが支えていた。……とても優しい、太陽の匂いのする………っ!?

「おっと、どうしたの?なにか怖い夢でも見ちゃった?」

あわや互いの頭をぶつけてしまう勢いで飛び起きた俺に驚いてはいたが、その表情にはあの笑顔の余韻がしっかりと見て取れた。

「い、いや、ただ、今の状況に驚いただけだ。……あ、あぁ、看病してくれていたんだな。すまない、ありがとう。」

だが、彼女には医学的知識はおろか、一般教養も標準に達してないことを俺は知っていた。

あの場にいた連中なら、ミノスの傭兵の方が適任だったろうに。おそらく彼女が進んで買って出てくれたのだ。

「お礼なんていらないよ。君のおかげで大好きな野球ができたんだもん。ボクの方こそ、ありがとう!」

「……そういえば、そうだったな。」

 

昨夜、「海が好き」の厨房で翌日の仕込みをしていると、夜の砂浜でランニングをする彼女を見かけた。

「休暇中だというのに自主訓練か?精が出るな。」

気紛れに俺はトレーニング中の彼女に適度に冷えた飲み物を差し入れた。

すると彼女はまるで初めて見る生き物を見るような目で俺をじぃっと見詰めてきたのだ。

「えっ…と、クオーラ、俺が誰だかわかるか?」

俺とクオーラはその役割上、同じ任務に就くことが多い。今では少なくとも顔見知り以上の関係にはなっていると思っていたが……、

「……」

「…お前は、クオーラ、だよな?」

あまりに反応がなさすぎて、俺の方が人違いか何かしてしまっているような気分にさせた。

彼女に話しかけてから少なくとも1、2分は経っただろう。そうして彼女はようやく口を開いた。

「君って、お友だちは多い方?」

……これが彼女の性格なのだ。

いつもながら、彼女との会話には頭の切り替えの速さを要求される。だがなぜか不快に思ったことは一度もない。

それが、彼女の魅力がなせる御業(みわざ)というものなのかもしれない。

「え?…まあ、少なくはないと思うが。それがどうかしたか?」

「じゃあ明日、野球しようよ!」

「…え?」

確かに、彼女は日頃から野球にただならぬ関心を抱いていた。戦闘も――そもそも彼女は戦闘向きではないのだが――、バットでの()()()()()()()に拘る徹底っぷりだ。

だが、なぜ今?

 

しかし、よくよく話を聞いてみれば彼女の場違いな願望は、なるほどそういうことかと合点のいくものだった。

「ボク、ロドスでもこうしてずっと自主練してるんだけどさ、実際に皆でプレイしたことってないんだよね。ロドスは野球をするには狭いし。球場のある町に泊まっても、そこにボクのお友だちはいないから。」

ああ、今の走り込みも戦闘訓練ではなく、走塁や守備のためだったということか。

「……ダメ、かな?」

同じ重装オペレーターとして、彼女と肩を並べた戦場も少なくはない。

戦闘のノウハウこそ少ないものの、ドクターの指示に忠実で、日頃の訓練を証明するような強固な「盾」となる姿には尊敬の念を抱いたこともある。

俺にとって彼女はユーモラスな友人であるとともに、大切な同僚なのだ。

そんな彼女の切実な願いなんだ。叶えてやりたいと思うのは当然のことだろう?

「ああ。もちろん、いいぞ。明日、できるだけ多くの人に声をかけてみる。」

「ホント?やったあ!!」

「…ただプレイをするのも味気ないと思わないか?」

「え?」

あまりに愛らしく飛び跳ねるので、俺はつい意地悪を思いついてしまった。

「負けた方が勝った方になにか美味いものを(おご)るというのはどうだ?」

……いいや。これは意地悪というよりも、より野球というゲーム性を高めた、彼女の意向に応えたいという俺なりのサービス精神だ。

そしてそれは思った通り彼女の意欲に刺さってくれたらしい。俺たちはとびきりの笑顔とフィストバンプを交わし、誰もいない砂浜で純粋無垢なスポーツマンシップを瞬く夜空に宣誓した。

 

 

そして俺は、迂闊にも自分が熱中症にかかっていることに気付けなかった。

 

連日の騒ぎも影響したのだろう。陽射しにやられた俺は、飛んできた打球にも反応できず頭で受けてしまったらしい。……なんて情けない。

まあ、そのことへの反省はひとまず置いておこう。それよりも今は……、

「それで、試合はどうなった?」

「フッフッフッ……、それはね……、」

まるで大根役者のように演技臭い笑みを浮かべた後、彼女はやはり彼女らしい笑顔で、

「ボクの勝ちだよ!」

俺の期待に応えてくれたのだった。

「…そうか。優勝、おめでとう。」

俺たちはまた友情を深めたフィストバンプで健闘を(たた)え合い、シエスタ一押しのファストフードを食べようと約束した。

少し値は張るが、あの青空に輝くダイヤモンドにも負けない笑顔がまた見られるなら、安いものじゃないか。

 

 

 

 

 

●おまけその二 【火山観測士の絵日記】

 

私はリターニア人だから、アーツの適性は他の人よりも高い。両親のおかげで教養もそこそこにある。

だけど、私は、耳が悪くて目もいいとは言えない。少しずつ、皆の世界から追い出されていくような感覚で悪夢を見るときもある。

 

だけど、私は幸せ。

 

だって、私には居場所がある。

私の健康を気遣ってくれる人。弱った私を励ましてくれる人。一緒に闘ってくれる人。そして、私の努力を見てくれる人がそこにいる。

 

 

 

「エ、エイヤ、フィヤトラさん……、私は……、」

 

 

 

久しぶりにこんなに走った。

部屋に駆け込み明かりもつけず、真っ暗な中で目を閉じて鳴り止まない胸にソッと手を乗せる。

 

……少し、恐かった。思わず打って、逃げてきた。

 

「……明日、謝りに行こう……。」

ようやく少し落ち着いて、ホテルのソファに深く腰掛けながら長い溜め息を吐く。

ホテルのベッドはとても清潔で、なんだか恐いから落ち着かない。

ソファも似たようなものだけど、ベッドよりかは私をソッとしておいてくれる。辛い想いにさせない。

 

……だけど今日の出来事は、もっと私を驚かせた。

 

……あれは何だったんだろう。

 

わかりきってるのに、知りたくない。

……本当にそう?

マッターホルンさんは良い人。礼儀正しくて、正義感があって、忍耐力もある。

じゃなかったら、私なんかのためにあそこまで支えてくれないもの。

だけど……、だから、恐かった。

 

「…ハンカチ、どこだっけ……、」

……私、情けないな。私を大切に想ってくれてるだけなのに、泣いちゃうなんて。

「……先輩、何してるかな……、」

本当は先輩と一緒に浜辺を歩きたかった。お喋りなんかしなくてもいい。ただ……、手を……、

「あ……、」

(きら)びやかな夜景を背景に薄っすらと、窓ガラスに浮かれた格好のキャプリニーが映っていた。

水着…、がんばったのにな……、

購買部で見た時、とっても可愛く見えた。……そう言ってくれることを、期待して買ってしまった。着る機会なんかこれっきりなのに。

あの時も、(おだ)てられて調子に乗っちゃったんだ。

でも、こうして見てみると……、

…なんだか、子どもっぽいな……、

 

 

 

 

――――夢を見た

 

 

 

 

 

湾曲する境界線から(まばゆ)いばかりの光を放つ宝石が現れて、線引された天と地を同じ色で染めていく瞬間を、私と誰かがゆっくりと上下するゴムボートに乗って眺めていた。

「……私、今、幸せなのかな……、」

そう言うと彼は、

「今、私は幸せだよ。」

そう言って彼は私を力強く抱き寄せた。




※クオーラ
ボクっ娘です。

※龍門とミノス
どちらも原作内の地名です。

※シデロカ
説明不足かもしれないので、追記すると、
シデロカはミノス出身の経験豊富な傭兵です。職種は「前衛」ですがスキルが回復スキルだったのでそっちの知識もあるのかなと。

※ダイヤモンド★クオーラ
硬ーい宝石と、硬ーい亀をかけましてクオーラと解きますその心は……、
「ボクっ娘の笑顔は最強」です。

※エイヤフィヤトラの言う「先輩」は……、
「ドクター」のことです。つまりプレイヤーのことですね。なぜ「先輩」なのかという疑問はぜひ原作を通して知ってみてください!
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