鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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魅惑の海 おまけ その二(終)

●おまけその三 【頂きます】

 

刃先を、鱗を落とした皮の上を滑らせる。

朝一で研いだ包丁と薄っすらと濡れた皮は合わせ鏡になって青白い光を反射させる。

皮は鱗を落としてなだらかになっていても、撫でる刃先は僅かに「カリカリ」という音を立てる。

(えら)という壁に突き当たり、そこから壁にならって滑り込ませるとソイツを支えていた一本柱に触れることができる。

俺はそれを壊さず、紙を通すように切り分ける。

その瞬間、俺はコイツを本当の意味で「頂いた」気分にさせる。

その後は供養、祈祷のような儀式的な工程が続く。

 

見る者が見ればそれは地獄絵図に映るかも知れない。

どんなに俺が感謝をもって「頂いた」ところで「殺し」に違えねえんだ。

そうだとしても俺は握る刃物を止めたりはしねえ。止めれば俺はただの「殺し屋」だ。

「……」

あの人の目を思い出す。

波間に釣り糸を落とし、あの人はただただ静かにその様子を眺めていた。

眺めていたものが何なのかはわからなかったが、あの時のあの人は何も殺しちゃいなかった。

それがとても大事なことなんだ。

 

「美味しいですね!!」

 

今の俺が店に立って客の笑う顔に幸せを感じているみたいに。

 

 

「B級グルメって言うけど、昨日アタシが行った懐石料理よりも美味しいわよ?」

 

それが、俺の責任ってやつだ。

アンタは血の臭いを隠さなかったけれど、その臭いが波を荒立てることもなかった。

黄金色(こがねいろ)の瞳は、ナイフがもたらす責任をごまかしちゃいなかったんだ。

 

「……おい、コイツ、いくらなんだよ。」

 

ウルサスだとかループスだとか関係ねえ。人相が良いとか悪いとかそんな話でもねえ。

戦えば人は誰かを殺すし、腹が減りゃあ何かを殺す。

 

「毎度、10龍門幣になりやす。」

 

だったらソイツは責任をもって海を育てなきゃならねえんだ。

魚の味を良くするためじゃなく、魚の泳ぎやすい穏やかな海ってやつを守るために。

 

 

「ジェイ、お前なかなか筋が良くなったな。」

「……そうですかい?」

 

そりゃあ、そうっすよ。

だって俺は、ずっとアンタのことを尊敬してたんすから。

 

 

 

 

●おまけその四 【二本の短剣】

 

理想郷(ユートピア)がもたらす虹色の陽の光降り注ぐビーチで紳士淑女が日常で負った傷や病を癒している最中、シエスタの某ホテル、その地下に(もう)けられたバーで企業のトップ同士のささやかな懇親会が行われていた。

 

「ノア、また腕を上げたな。」

毛並みの良い銀灰のフェリーンが椅子から垂らした大きな尻尾を、僅かに揺らした。

表情もさることながら、その身形(みなり)は企業のトップという立場に見劣りしないものだった。

コートのやや下品にさえ感じさせるほどの立派なファーは、丁寧に(なめ)された皮の渋い光沢と対比することで着用者の高潔さ、高圧的な気質を演出していた。

革手袋、簡素だが質の良いシャツに絹のネクタイ、その他、身に着けているもの全て――故郷の風習を示す独特の色使いの(ほどこ)された髪飾りを除いて――は「敵」を萎縮(いしゅく)させるためのものだ。

それは彼の家柄や留学で得た経験が彼に強いた「鎧」とも、普段対峙する商売相手へ優位な企業戦略を働くための「戦闘服」とも言いかえられる。

それらの性格、企みは彼の顔のあらゆるパーツからもハッキリと見て取れる。

 

そんな孤高を愛する彼が今、明らかに、向かう相手に心を許していた。

 

「そうか?まぁ、好きこそものの上手なれと言うしな。」

ところがその相手は、舞台の陰に徹するバーテンダーでさえも疑心暗鬼を顔に出さずにはいられないような不審な身形をしていた。

「それに、対戦相手がお前だからというのもあるかもしれないな。」

声以外では性別さえも窺い知れないその男は、天井の設けられた室内で撥水加工の皮の雨具を着込み、フードの下には騎士さながらの真っ黒な鉄仮面を着用していた。

大雨の予報が?それとも古戦場に向かう前のタイムトラベラー?はたまた、衣装を脱ぐことにさえ面倒臭さを覚えるただのズボラな舞台役者?

もしも三択目だとすれば、銀灰のフェリーンの必要以上に威圧的な装いも特殊メイクと豪華な舞台衣装というオチとしてバーテンダーは日常を取り戻すことができたかもしれない。

 

しかし、世界は彼が期待するような現実ばかりで出来てはいなかった。

 

時空を旅する天気予報士が大胆にも黒のキングを盤面の中央に進めると、白のキングはまた少し自慢の尾を揺らした。

「笑わせる。お前はいつからそんな安い世辞と挑発を使うような詐欺師に転職したんだ?」

「全ては世の中を上手く回すため。()()()()()()()()私は天使にも悪魔にでもなるさ。」

性懲りもなく予報士は軽口を交えて対戦相手を挑発し続けた。

すると銀灰の尾は天秤さながら、トラベラーの怪しい予報を計りにかけるように大きく――あくまでも静かに、人目につかぬよう――揺らした。

「フン、いいだろう。もしもこの勝負でお前が勝利したなら、お前たちが入手に難儀しているという上質な源岩鉱を1トン買い付けてやろう。」

そう答える銀灰の尾は椅子の裏をトントンとノックしていた。

「正気か?上級の流通量を知っているだろう?クルビアの全専門企業の年間産出量と同等の数字だぞ?」

 

一般に源岩鉱は、鉱石病(オリパシー)の感染源となる空気中の源石(オリジニウム)の吸着剤として用いられる。そして、吸着剤として用いられる程度の源岩鉱の価値は特別高くない。

しかし、このフェリーンが言う「上質なソレ」はあらゆる機器の装置(アーツユニット)稼働時に発生する負荷を効率的に軽減させることのできる、需要に対して極めて流通量の少ない、同量の金よりもはるかに価値の高い素材だった。

しかも、これの生成には高い精錬技術とクリーンルームが必須となり、大規模な生産は技術者不足と管理コストの関係上、未だ実現されていない。

「お前を悪魔にしてやろうと言うんだ。この程度の対価は当然というものだ。違うか?」

「……なるほど、それなら私は…、いや、()()()向こう十年間、お前の関係者の全ての治療費を賭けてやろう。」

 

金銭的負荷で見ればそれは圧倒的にフェリーンの方が大きい。しかし、この雨具男が所属する会社はあらゆる方面の外傷、病の治療を行っている。

その中には伝染病かつ流行病として恐れられる「鉱石病」さえも含まれる。この罹患者(りかんしゃ)に向けられる世間の目は、それだけで迫害の対象とされるほどに冷たい。

当然のように、彼らの「面倒」を診てくれる医療施設はほとんどなく、あったとしても多額の治療費を要求して追い返すことがしばしば。

それを、この端役(はやく)のようないで立ちの男は無償で処置しようと言っているのだ。

もはや金銭的価値など問題ではなく、従業員に「感染者」を抱える銀灰のフェリーンにとってまさに喉から手が出るような提案なのだ。

「……それは、やめておけ。」

「なぜ?」

聞くとフェリーンは彼と相対して初めて、刹那、眉間にシワをつくった。

「私がそこまで考えが至らないほど愚かだとでも?…いいや、お前はそういう奴だ。私の企みもすでに見抜いているのだろう?それを承知の上で、どちらに転んでも私が目論んでいたことを実現させようとしている。()()()()()()()()。」

「エンシオディス、そういうことは言うだけ野暮だと思わないか?」

その後、数分に渡って彼らはお互いに譲らず、ゲームはケンカ腰に始められた。

 

 

 

「……つまり、どういうことなのかしら?」

バーカウンターから壁際の二人の話に興味津々で聞き耳を立てるネズミ族(ザラック)が隣のヴイーヴルに尋ねた。

出身や役職こそ違えど、二人は間違いなく「同僚」の間柄ではあった。そして今も彼女たちは同じ任務を遂行している最中だった。

「他人のプライベートに立ち入るのもお前の仕事の内なのか?」

しかし、二人の共通点はそれしかない。

戦場で闘う相手も違えば、彼らの()()()も違う。話し方も、好みの食べ物も、自身の悪癖への客観的視点も。

そして、銀髪のヴイーヴルは「秩序」を乱すことを嫌い、赤毛のザラックは「秩序」という言葉そのものを嫌う。(ザラックのいた世界の「秩序」は彼女を奴隷にするから)

 

銀髪のヴイーヴルが世間の求める完璧な(よそお)いをしている一方で、

赤毛のザラックはドレスコードに(なら)ってスタイリッシュなドレスに身を包んでいながら、敢えて「過去の烙印」を(さら)していた。

その印を見れば多くの人間は彼女の身分を勘ぐるだろう。浅黒い肌やギラギラと光る赤い瞳に偏見を抱くだろう。

それは彼女の意中の相手の品位さえ下げるかもしれない。それでも彼女はそんな彼らの視線を故意に誘引することを止めなかった。

 

「あら、自分の主人…、いいえ。護りたい人のことをよく理解するって護る側からしたら重要なことなのよ?」

しかし、「共通点が少ない」ことが「気が合わない」ことを証明するとは限らない。

事実、ヴイーヴルはザラックの言っていることを違和感なく理解することができた。

元警備課主任という彼女の輝かしい実績がそれを物語っていたし、さらに言えば、今まさに彼女はその力を心から欲しているのだ。

それでもヴイーヴルにはザラックがそんな純粋な使命感をもって言っているようには聞こえなかった。

「……別に構わないわ。あの人の傍にいればいつかは分かることだもの。」

ヴイーヴルの表情を見て疑われていると気付いたザラックは「よくあることだ」と諦め、また二人の会話へと耳をそばだてた。

 

その甘い横顔は嘘くさく見えた。

「……お前は、なぜ彼を護りたいんだ?」

「……」

そして、その質問はザラックを素直に驚かせた。

 

今までにも何人かに同じような質問をされたことがあったが、それはそういう立場の人間だったから。彼女と同じように彼を護りたいと考えている人間だったから。

少なくとも、目の前のヴイーヴルのように他の誰かに夢中になっている人間の口から……いいや、だからこそ()()()()のかもしれない。

もしかすると彼女はまだ、自分の気持ちを理解し切れていないのかもしれないのだ。

 

ザラックは今まで自分の職分や異性であることを利用して彼らの質問を誤魔化してきた。

なぜなら彼女にとって彼らの立場は過去に自分を買った人間たちとあまり変わらないからだ。

目に見える親切を鵜呑(うの)みにしてはいけない。彼らが自分を脅かす「力」を持っている限り、彼女の存在が「不都合」になった瞬間、それは自分に向けられるかもしれないからだ。

その可能性を視野に入れて動かなければ、彼女は生きてこれなかった。

 

そして今、私はこの身の全てをあの人に捧げている。私が退(しりぞ)けるべきものは、彼を脅かす全ての「障害」。

私は、彼の前に現れるどんな賢い「障害」も見逃す訳にはいかない。

 

けれども、目の前のヴイーヴルはどうだろうか。

彼と協力関係になって随分立つ。仲違(なかたが)いすることも何度かあったと聞いている。それでも彼女がロドスから出ていこうとしないのは単にあの子のため?

……それとも、彼女も彼を脅かす何者かになるのかしら?

 

「すまない、私も不躾なことを聞いたな。忘れてくれ。」

「……」

彼女を見ていてふと、故郷の物語に出てくる主人公を思い出した。

 

狂気によって自らを喪失すまいとする理知的な佇まい、力を模索し苦悩する言葉遣い、怠惰を正す鋭い眼差し。

だけど、それだけでは彼の求める剣にはならない。

彼はそういう経験を、血と涙の区別がつかなくなるような気の遠くなるような戦いを経てようやく、人ならざるものを斬る(すべ)を手に入れた。

しかし、彼は失念していた。

手にした剣が「盾」を必要とするなど露ほども考えなかったのだ。

そうして目の前で愛するものを奪われた彼は剣に飲まれ、世のあらゆるものを滅する”大波”へと姿を変えた。

もはやその行為は天邪鬼という他ない。

それでも”大波”となった元騎士はやって来るあらゆる怪物たちを喰らい続ける。

「盾」など必要のない世界を創造するために。

 

――――”最初の騎士”

 

対となる古い伝承の物語を引き立てるため、今も存命の作家の手によってつくられた皮肉な物語。

 

 

私は、人気のある伝承の騎士よりも彼の方が憐れに思えた。「盾」を否定するために”大波”になった彼が築こうとする世界は「盾」はおろか、「(かれ)」さえ必要のない世界なのだと気付けていない。

そこまで追い込まれた彼が、愚かを通り越して憐れに思えるのだ。

目の前のヴイーヴルは、私なんか及びもつかない力を持ってる。けれども誰かと肩を並べて戦う時はいつも、彼女は拳を立てず、構えた盾を手放さない。

もしも彼が失う苦難を乗り越え「盾」を受け入れられたなら、このヴイーヴル…、サリアのような人間になっていたのだろうか。

 

そう思えばこそ、彼女が必要とする後押しをしてあげてもいいんじゃないかしら。

もしもそれが私の言葉の中にあるのならだけれど。

 

「アタシはね、あの人に感じるものがあるの。」

私は、惨めな生き方を送ってきた人間だけれど、敬意を表す相手を間違えたことはない。どんな頑固な人間だろうと、信じるべき相手は信じるべきなのだと、彼や大旦那様に教わったわ。

だから、誰に何を言われようとこの気持ちは確かにあるんだって自信を持って言える。

「これが”恋”というものならそうかもしれないわ。でもね、アタシはきっと違うと思うの。」

「……」

サリアは続くザラックの答えを辛抱強く待ったが、その忍耐が報われることはなかった。

「あら、これで終わりよ。だってまだ彼を知る途中なんだもの。当然でしょ?」

不満は残った。けれどもそれが彼女の本心であることに変わりはないのだと納得せざるを得ない。

「だからアタシはあの人の傍を離れない。たとえアナタが彼をたぶらかす悪魔だったとしても、アタシは恐れないわ。あの人が、こんな(いや)しいアタシを大切に想ってくれる限り。」

 

「……」

同僚を「敵」にするのには慣れている。しかしそれは事態がそうさせただけで私が望んだ訳ではない。

けれども彼女はどこか、()()()()()望んでいるように見えた。

私を(うと)ましいと感じているのか?いいや、であればその言葉にはもっと「敵意」があっていい。

だが、それはどこか「挑発的」だった。

まるで、私を試しているかのような……。私を?なぜだ?

 

「アナタは?」

「…私がドクターをどう想っているということか?」

「そうよ。」

「……」

私がドクターに敬意を払っているのは間違いない。だがそれを越えたことはないし、そう勘違いされるような真似もしたことがない。

ならばなぜ、彼女はこうも私に挑みかかってくる?

「…洞察力や先見の明に関しては尊敬に値する。アイツが後方に立っている限り、それがテラの両端で生じた問題であろうと無駄な犠牲など一つも生まれはしないだろうな。」

それ以上、何を言えばいい?

私も、なぜ言葉が続くような言い方をしているんだ?

…私の目的はイフリータだけじゃないのか?本当は心のどこかで拠り所を求めていたと?それが、あの男だと?

「……」

沈黙が長すぎた。

彼女は「…そう」と相槌を打ち、遂には私への興味を完全に失くしてしまったようだった。

 

 

ザラックが意中の相手へと視線を向けるとゲームは混戦を極めているらしく、戦いは盤外にまで及んでいた。

「お前の身勝手な行動と言えば、近頃、四六時中お前を見張っているあのザラック。お前はどう思っているのだ?」

「…お前らしくもない。(ねた)(そね)みは視野を狭めるぞ、エンシオディス。」

「盟友よ、私はお前を想って言ってやっているのだ。」

銀灰のフェリーンは視線を対戦相手から逸らし、カウンターの彼女へ向けた。彼女もまた、その視線を望みのままに受け留めた。

二人は彼を置き去りにして、ただ静かに睨み合っている。

「聞くところによると騎士の称号を持ち合わせているようだが、彼女を一見してそれを信じるものがどれだけいると思う?」

「…誰しも醜い過去の一つや二つある。それと向き合う器量があるだけ彼女は立派な人間だと私は思うがな。」

「なるほど、それは間違いないだろう。私も彼女の存在自体を否定するるもりはない。だが、世の中には多くの人間がいる、そういう単純な話だ。もしくは、そのイメージがお前、引いてはお前たちに及ぶことも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

――――一瞬にしてバーの空気が冷え切った

 

 

 

「……冷めてしまったよ。まさかお前がそんな幼稚なルール違反を犯すとはな。」

「それがお前の言い訳か?」

フェリーンは変わらず威圧的な表情を崩さず、ルークを敵のクイーンの目の前まで動かした。

「護るべき者は(しか)るべき方法でもって護るべきだ。それを怠るお前にそもそもルールを口にする資格はない。」

「…人には人のルールがある。その尊厳を削ぎ落としてまで人を護る価値がどこにある。」

「その理屈は矛盾しているな。ならば、私の目に映る世界に彼女を連れ込んだお前は私の尊厳(ルール)(ないがし)ろにしているんじゃないのか?それとも、お前にとって私はそもそも護る価値などないと、そう言いたいのか?」

盤外でさえも彼らは一歩も譲らない。

ともすれば戦いはさらに外へ伸びるかもしれない可能性を帯び始めた。

 

 

「…ねえ、あれ、止めなくてもいいのかしら?」

あくまで傍観者に徹するつもりだったザラックは、衝動的になろうとする自分を抑えようと隣の同僚に意見を求めた。

「なぜだ?」

ところが頼みの同僚は戦場の空気などお構いなしといった様子で二人を見守っていた。

「あれでも大企業ひしめく世間を渡り歩いてきた組織のトップだ。我々には理解できない心理戦を繰り広げることはあっても、その引き際を見誤ることはないさ。」

「……」

「それとも、これがお前の限界か?」

「……」

 

危なかった。

 

彼女に指摘されなかったなら、彼女が動かないことを理由に私は柄に伸びるこの手を止めなかったかもしれない。

あのフェリーンが言うように、卑しい自分が彼を辱めていたかもしれない。

「…ごめんなさい。アタシ、また失敗するところだったわ。」

「……」

その姿には「騎士」としてのプライドと、卑しい身分に打ち勝とうとする「(ひと)」としての意地が見て取れた。

「私は、」

その姿を目の当たりにしてようやく、サリアは見逃していた自分の気持ちの一つを探り当てることができた。

「お前のそれとは違うかもしれないが、あの男を大事に想っている。」

「……」

「だが、同時にこうも思う。あの男は多くの人間から好かれすぎている。」

それがただの友好関係で済むのなら何の問題もない。だが今、あのカランド貿易会社のトップが見せたように、よりあの男に近づこうとするがゆえにその他の人間を不幸にするかもしれない。

その責任はいったい誰が負うんだ?

そうなると私も、あのフェリーンの言うことに一理あると思わざるを得なくなる。

「お前は、そんなあの男が許せるか?」

「アタシは……、」

 

その後、酒を飲み、危険な口論が飛び交いながらもゲームが長引くことはなかった。

「私の勝ちだな。」

それは意外な結末だった。

「…今月中に契約書を書き直してそちらに送付しよう。」

黒のキングが力なくうなだれていた。

しかし、それでも物足りないと言わんばかりに白のキングは歩みを止めなかった。

「その必要はない。」

「……なに?」

勝負は着いていないと?それとも、もっと法外な賭け金(ルール)を上乗せする気か?…だが、さすがに彼はそこまでするような男じゃない。

敗北した天気予報士はどんな凶弾が飛んでくるのかと身構えた。しかし、

「理由は簡単だ、ノア。お前の言うルール違反というやつだ。」

銀灰のフェリーンは諸手を上げ、降参の意思を示しながら続けた。

「あの時、彼女を盤上に引きずり込まなければ私に勝ち筋は見つけられなかった。私は勝利とプライドを天秤に掛けてしまったのさ。」

そうなのだ。あの時、私は冷静でいたはずが、単純な読み違いをしてしまっていた。あそこから、私はミスを取り返すことができなかった。

 

会社のため、身内のためならプライドなど感じさせない攻めを見せる彼だが、こと私との勝負においてそれを見せたことは一度もなかった。

「……そんなに私のやり方が気に入らなかったのか?」

「当然だろう。あれではただの施しでしかない。」

少しずつ、酔いが醒めてきた。それくらいしか彼の視線にかける言葉が思いつかなかった。

「とにかく、今日はお開きにしよう。私もお前も飲み過ぎたのだ。君も、私のつまらないプライドのために、すまなかった。」

「アタシはアナタが彼に手を出さなかっただけで満足よ。」

「…ふっ、貴女は私の思う以上に強い人間らしい。」

「強さ」も、人によって求めるものが違う。フェリーンはその「強さ」でもって故郷に富をもたらし、権力を手に入れた。

しかし、ザラックもまた非凡な「強さ」をもって醜い過去を打ち倒そうとしている。

彼女を護ろうとする理由を、彼はようやく理解した。

 

「エンシオディス…、すまなかった。私は自惚れていた。お前の優しさに応えようと気取ってしまったんだ。」

彼は、久方ぶりに覚えた反省に打ちひしがれながら言った。

「ノア、私たちも人間だ。過ちを犯すことはある。それでも、この程度でこの友情に亀裂が入らないことを私は知っている。」

「…ありがとう。」

二人は固い握手でもって想いを確かめ合うと、今度こそ銀灰はバーを後にした。

 

 

 

……ねえ、ドクター。

私はアナタほど頭が良くないから、今日のケンカの理由もハッキリとはわからなかったわ。

それでも今日、わかったことが二つあるの。

私はまだアナタの盤上に立つには相応しくない。この「烙印」すらもアナタを護る武器にならないのなら、私はまだアナタの戦場を知らなさすぎるということ。

それと、サリアはアナタに警告するかもしれない。けれどそれはひどい誤解だってこと、私は今日ハッキリ理解したわ。

アナタは人にできないことができる人。アナタは誰よりも多くを助けられる人だから。

 

()しくも、私はあの物語の主人公と同じ称号を持っているけれど、彼と唯一違うところがある。それは、私は剣を()()持っているってことよ。

 

私はいつかそれをアナタに証明してみせるわ。




※ノア
私の書くお話の中での「ドクター」の本名です。

※シルバーアッシュの髪飾り
今回、まじまじとアッシュさんを眺めて初めて髪飾りの存在に気付きました。
黒と翡翠色で編まれたミサンガのようなもので、先端には呪術的もしくはエキゾチックさを象徴するような金属の留め金の付いた描写がされていました。
全スキンに採用されているところを見るに、やはり「イェラグ(シルバーアッシュの故郷)関係」ではないかと思います。

※罹患者(りかんしゃ)
病気にかかった人のこと。

※”最初の騎士”(若干ネタバレ注意です)
原作のイベント”狂人号”で登場した大波に立ち向かい続ける騎士(現在は怪物になっているようです)。
彼は作中で”最後の騎士”と呼ばれ、小説にもなっているようです。

”最初の騎士”は、この設定をお借りしてつくった私の創作です。
”最後の騎士”の後に生まれたのに”最初の騎士”とはこれいかにという皮肉を込めて名付けました。
ちなみに、”最後の騎士”の愛馬が”ロシナンテ”という名前から、”ドン・キホーテ”をモチーフとしているという考察が多く上がっているみたいですね。

※ドクターとエンシオディスのケンカの理由
わかりにくかったと思うので補足させていただきます。

エンシオディスはゲームに敗北した際、ロドスが必要としている高級な資源を提供する約束をしました。
これは遠回しに、彼の抱える従業員たちの治療への負担を軽減させようとしていたのです。
どういうことかというと、
ロドスがエンシオディスから支給された資源をもとに、彼らの活動を支える機器をアップグレードさせ、より効率的な活動をさせることで、本来そこにかかるであろう経費を削減させ、引いては支払い能力のある患者に求める費用も少なくてすむという……話です。
(これで筋が通っているのか自分でも怪しく感じますが(笑))

そこへビビッと察したドクターは、たとえエンシオディスが負けても、いいえ、むしろ負けた方が彼の特になるような提案をしてしまったため、彼のプライドが傷ついてしまったのです。

ドクターは、思いやりも完璧超人な人物のはずですが、エンシオディスを「親友」のように感じている部分でボロが出てしまったのかもしれません。

ところで、素材集めって大変ですよね~(笑)

※ホンマのあとがき
これで「魅惑の海編」は終わります。
最後のおまけに関してはほとんど今回のネタと関係ありませんでしたね(笑)
いや、下書きの段階では、シエスタのホテルのバーテンダーが延々とドクターとシルバーアッシュ(エンシオディス)の常人でない行動に驚く姿を書こうと思ってたんです。
そこにマッターホルン編で出たインストラクターも出演させたり、グラベル(ザラックの女性)とサリアもただのツッコミ担当のつもりで……、

でもフタ開けてビックリ、まったく違う話になってましたね(笑)

次回もネタを考えてから書き続ける予定でしたが、ちょっとばかし「夢」でも追っかけてみようかなと思っているので休載させていただきます。
それでも「アークザラッド」の方はなるべく連載していこうと思っていますので、そちらの方も読んでいただいている方はこれかもよろしくお願いいたしますm(__)m
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