鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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毒針を隠す少女 その二

「すみません!私のせいで皆さんに迷惑をかけてしまいました!」

どんなベテランも…、いいや。ベテランであるからこそ、ミスを犯してでも護りたいものを見つけてしまう時がある。

彼は、まだそれを「未熟者」だと思い込んでいた。

「騒動自体は小規模ですんだ。ストームアイ、君が悔やむレベルではない。」

謎の組織に保護された少女は、自分の身を護るために未確認の船の中を逃げ回った。だが、本調子でなかった彼女はその道のプロの手により速やかに取り押さえられた。

 

「それよりもワルファリンに気を付けた方がいいな。」

肩を露出したワンピースに皮のパンプスを着こなす姿だけを見れば、その猫科(フェリーン)族の女性を「医者」だとは思わないだろう。

だが、彼女は列記とした「医師」であり、ロドス・アイランド製薬という感染者問題における一流企業のトップに居並ぶ者の一人なのだ。

 

それらを証明する達観した表情はいついかなる状況に置かれても崩れない。

冷淡な声色はいついかなる時も彼女に問う者に最適な道を指し示す。

彼女の技能、知識は何人(なんぴと)にも劣ることなく、果ては歴史の彼方に埋もれたとされる知識さえも備え、武器に変えてしまう。

彼女、ケルシーはそれらを駆使して幾人もの患者、仲間、時には敵さえも救ってきた。

 

彼女のことをよく知らない者にとって「ケルシー」という生き物は野放しにされた怪物に映るかもしれない。

確かに彼女の「温もり」は理解しづらい。しかし一度でもそれに触れたなら、彼女の全てが揺るがない「希望の象徴」であると理解することができる。

そんな彼女の冷徹な視線が一人の男を刺した。

「Dr.ノア、これは君に言っている。彼女の乗船を独断で許可した責任は取らなければならない。よもや言い逃れをするつもりはないな?」

「…ああ、そんなつもりは毛頭ない。」

 

ケルシーの勧告にぶっきら棒に応えるその男は、この場で最も気味の悪い出で立ちをしていた。

「人を見た目で判断してはならない」多くの人間が体裁を気にかけ、そんな聞こえの良い言葉で自分を誤魔化すだろう。

だがもしも、前触れもなく男と遭遇したなら誰もが男を「重度の感染者」、もしくは危険思想を抱く敬虔(けいけん)な邪教徒、それらに連なる犯罪者と見なし、背筋の凍る思いをすることだろう。

 

ケルシーが「Dr.ノア」と呼ぶその男は、彼女とは違うシンプルなデザインの白衣を着用していた。

それだけなら誰の目にも、ごくごく一般的な「医師」として誰に警戒心を抱かせることもなかっただろう。

ところが男はそこに、意図的としか思えないようなファッションセンスを見せつける。

男は機能性を重視したかのような防水加工の真っ黒なコートを羽織り、さらには黒の不透明なフルフェイスで素顔を完全に隠してしまっていた。

どれだけの理解力を発揮すればそんな男を見て「医師(せんせい)」と呼ぶことができるだろうか。

 

―――ところが、この広い世界において常人には理解できないという物事は往々にして存在する。

 

ここロドス製薬で男は「ドクター」と呼ばれ、ケルシーと同等の権威と威厳を持ち合せていた。

「ドクター、私の直感なのですが、彼女は決して危険な人物ではないと思います。」

あらゆる紛争を経験し、権力者への偏見を感じずにはいられないストームアイまでもがその男を前にすれば「父と子」のような親しみと敬意が内から滲み出てしまう。

「ロドス製薬」という世界において、Dr.ノアは「救世主」のように誰からも愛されていた。

それだけの()()を男は今も積み重ね続けているのだった。

「分かった、参考にさせてもらうよ。」

ケルシーもまた、男の能力は認めている。

しかし一方では、「そんな男が肯定したなら事件はもはや解決したのだ」と錯覚してしまう会社員(オペレーター)たちの悪い癖を危惧しない訳にはいかなかった。

 

「問題を軽視すべきではない、Dr.ノア。彼女の所持していた装備は”暗殺”を意味している。仮にその標的が我々でなかったとしても、”それだけの脅威”を今、我々は懐に置いているということだ。命に優劣がないとはいえ、我々(すくうもの)がいなければ感染者(すくわれるもの)は誰一人助からない道理を努々(ゆめゆめ)忘れないでもらいたい。」

男には分かっていた。同じ答えに行き着いているはずの彼女が()()()()()()()()()()()()を。

「現に、ストームアイは帰投中に彼女に襲われている。さらにはロドスに収容されてからも反抗の意思は何度も見られた。これ以上の彼女への支援はオペレーターだけでなく、患者への危険も意味するが。それでも君は彼女をロドスに置いておくつもりか?」

 

ここロドスにおいて、ケルシーとノアという最高指導者同士が睨み合う光景はお馴染みのことなのだろう。

明らかに険悪な空気をかもし出しているというのに、ストームアイが殊更(ことさら)に取り乱すということはなかった。

「彼女の異常なまでのステルス性がアーツによるものかどうかも未だ確認できていない。であるにも拘わらず、君はその選択が正しいという根拠を提示していない。今のままでは君の選択を容認することはできない。」

「賭けるか?」

「何?」

男の放ったその一言は、彼女の()()()に容赦のない亀裂を打ち込んだ。

「時に、多くの死線を目に焼き付けてきた戦士の勘はどんな()()よりも真実に迫ることもあるということさ。」

ドクターもまた淡々と、しかしフェリーンの彼女とは真逆の挑発的な口調で言い放った。

「私はストームアイの言葉を信じるよ。彼女の今までの反抗的な行動は事故だとね。であれば、我々と彼女との信頼関係を築く余地はまだ十分にあるだろうな。そもそも彼女が暗殺者か一般人かという問題は重要じゃない。私たちにとって彼女が危険であっても、今の彼女にとって我々は絶対に必要な存在だ。()()()()()()、どうだろうか。私は何か間違ったことを言っているか?」

男は律儀に彼女が危惧する「独裁的な救済(ワンマンショー)」を否定した。

しかし、男の物言いは少なからず、彼女の自尊心や彼への想い遣りを傷つけた。たとえそれが、これまで彼に攻撃的な態度を取ってきた彼女自身が原因だったとしても…。

「私には()()()のその発言が、個人が背負うべき責任を体よく仲間に擦り付けているように聞こえるが?」

「そうかもしれないな。だが、それも仕方がない。私は()()()()()()()()()からな。私たちは支い、支えられて生き延びているに過ぎない。」

「キサマの”指導者”の器はその程度なのか?仲間の命を“直感”に置き代えてヘラヘラとしている今のキサマはまるで”ペテン師”のようだぞ?」

 

これこそまさに売り言葉に買い言葉。

火の点いたこの秀才たちを止められる者はそうはいない。少なくとも、ただのベテランごときが口を挟んだところで焼け石に水だということはベテラン自身がよく理解していた。

彼はただ、嵐が過ぎゆくのを見守るしかないのだ。

「史実に残る偉大な将も、名探偵による推理も、何事にも動じない大胆不敵さ(オプチミズム)と類稀な“(インスピレーション)”があればこそなせた功績じゃないのか?」

「反面、それらに頼り過ぎた暗君がどれだけいるかキサマは数えたことがあるか?良い面ばかりを見て全容を見ない今のお前はとてもじゃないが優れた指揮官とはいえないな。」

「万能の名君こそ暴君と表裏一体だ。言っているだろう?時には愚かでなければ仲間など必要ない。むしろ私には“万能”に拘るお前の狭量さこそが医療主任として問題だと思うよ。よくも今まで誤魔化せてきたものだな。」

 

……よくもまあ、こんなにも派手な言い合いができるものだ。

見守る部下は、二人の人間関係を心配するあまりゲンナリとせずにはいられなかった。

「…好きにすればいい。だが、次に彼女の姿が消えたなら、その時は真っ先にお前の命がなくなると覚悟しておくんだな。」

「必要ない。私は自分の直感も捨てたものではないと自負しているからな。」

「おめでたい奴だな。本当にそう思っているのか?キサマの()()()()()()()が”暗殺者”だけだとどうして言い切れる。だが、そうだな。”暗殺者”であった方がキサマのチンケなプライドとやらは護られるかもしれないな。優しい彼女が憐れな君を(おもんばか)ってくれることを心から願っておいてやろう。」

 

忍耐強く理知的なケルシー先生が、そんな目で人を見下すのはドクターくらいのものだろう。

ストームアイはとても、とても残念な気持ちで上司の片割れを見送った。

「ドクター、毎回思うのですが、やり過ぎではないんですか?」

恒例のこととはいえ、二人の痴話喧嘩は…、痴話喧嘩であるはずなのだが…、互いに容赦なく致命傷を狙い続けるデスマッチを見ているようで気が気でなくなる。

「すまないな、ステイ。なにも彼女を嫌って言った訳じゃないんだ。これくらい釘を刺しておけば、今回のことに彼女がこれ以上首を突っ込むこともないだろ?」

「え、じゃあ、さっきのはケルシー先生を庇ったってことなんですか?」

Dr.ノアは、その不審な出で立ちからは想像もつかない朗らかな苦笑を漏らした。

「ステイ、それじゃあまるで私が根っからの善人みたいじゃないか。私はどちらかと言えばマンティコアの子のことを想って言ったのに。」

ストームアイは驚いた。

犬猿の仲とまでは言わなくとも、口喧嘩の絶えない二人が二人とも、お互いのことを想い合っているという真実がそこに隠れているとは知る由もなかった。

あの言葉遣いからそれを予想できるものがいるだろうか?

もしかすると、自分を気遣ったウソなのかもしれない。そうであったとしてもドクターの口からそんな言葉が聞けたことに心の底から喜びを覚えずにはいられなかった。

 

「ケルシーはあれで時々、過激なところがあるからな。トラウマという点ではワルファリンといい勝負だよ。」

「…それだけは先生の前で言っちゃダメですよ?」

「どっちの?」

「両方ですよ!」

部下の肩を優しく叩きながら気を遣った冗談を言うその姿は根っからの善人なのに…。

ストームアイは尊敬する、けれども天邪鬼な二人がいつか肩を並べて笑える日が来ることを心から願った。

 

幸か不幸か。ノアとケルシーにとって人生最大の受難を胸に抱く厄介な存在が、今この瞬間に、誕生してしまった。

 

 

――――ロドス艦内、通路

 

 

「おや、ドクターじゃないですか。こんにちは。」

マンティコアの少女を見舞いに行く道すがら、フルフェイスの男は(コータス)族の青年に出会った。

「ああ、ドクターも彼女の所に行くんですね。ちょうど良かった。私も伺おうと思ってたところなんですよ。」

白髪で利発な口調の彼は、この不審な男の姿を捉えてやや表情を明るくしたように見えた。

「一人でか?」

「そうですね、あまり大勢で押しかけても良くないでしょう?」

「そうだな。じゃあ私は君の邪魔をしないよう心がけることにするよ。」

不安、というよりも緊張に近いものだとドクターは覚り、軽い冗談を言うと、コータス族の彼は、男性とは思えない愛らしい笑みと、それと同等の魅力をかもし出す長く垂れた耳をフワフワと動かした。

「ドクターも人が悪いですね。邪魔だなんてとんでもありません。むしろ参考までにお聞きしたいのですけれど、」

彼、アンセルはロドス医療部の医師見習いであり、医療部主任であるケルシー女医の直属の部下でもある。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでも彼女はどこかの誰かさんの身を案じて部下を送っていたらしい。

その分からず屋な事実を目の前にして、私は何とも言えないもどかしさ覚えた。

「彼女の緊張をほぐすのに、ドクターであればなんと声をかけますか?」

そのせいなのか。何の罪もない彼にまでアレへの皮肉を漏らしてしまったようだ。

「…そうだな、プライドの高い猫を一匹放り込んでみるというのはどうだ。ペット療法は手間もかからず効果的だ。……だが、君には少し難易度が高過ぎるか。」

「え、猫ですか?」

アンセルの、愛らしくも理知的な表情はどことなく「あの猫」に似ていた。そう思うと逆に申し訳なさが(つの)った。

「いや、今のは忘れてくれ。…ところで君はなぜ緊張しているんだ?普段から患者を相手にしているだろう?」

「…そうですね。少し言いにくいことなんですが。彼女、先日、治療室で恐い目に遭ったらしいじゃないですか。」

ああ、ワルファリンの件か。彼女も悪気があった訳じゃない。ただ、優秀過ぎるが故に知的好奇心に抗えなくなるということは…、あるものだ。

「どうすればその誤解を解けるのかということが頭から離れなくて。」

まあ、彼女の悪い所といえば、それを「悪い」と感じていないところだろうな。

…選り好みするあの高慢ちきな耳に「注意」なんて言葉は届かないからな。私の秘蔵の研究成果の一つでもチラつかせて自重させてみるか。

 

だが今は、彼の力になることの方が何倍も有意義かつ遣り甲斐があるというものだ。

「…そうだな、君自身のことを語ってやったらどうだ?」

「私の、ですか?」

「そうだ。そもそも”謝罪”は友好関係のある相手と、より深い関係を築くために一度リセットしようという前段階の儀式だ。それなのに、何者かも分からない相手から関係をリセットしようと持ち掛けられても混乱させるだけだよ。」

勤勉なアンセルの性格が視線となって私を見詰める。

その表情はどことなくアーミヤに似ていなくもない。彼の方が若干の幼さを感じさせるが。

「謝罪は関係が深くなってからでも遅くはないんだよ。」

…それも、程度によるだろうがな。

 

「それに、未だ彼女は訳も分からずにロドスに運び込まれているような状況だ。おそらく彼女はこの船の人間の為人(ひととなり)を知りたがっているだろうね。ましてや彼女は何かしらの戦闘員だ。彼女自身もまた、自分の立ち居振る舞いを決める材料を欲しているんだよ。アンセル、”得ようと思うならまず与えよ”だ。」

「まったく、その通りです。勉強になります。」

「こらこら、君が(かしこ)まってどうする。君自身がリラックスしていることも重要なポイントなんだぞ?」

…少しイジワルをしてしまったかもしれない。

彼の性格を思えば、教えを乞うている最中にリラックスできるようなタイプじゃないと分かっているのに。

だが、これは大切なことなんだ。一人でも多く、一つでも多く学ぶことは。

それはいつか必ずアーミヤの助けになる。ロドスを護る盾になる。

だから、皆には頑張ってもらわねば――――、

「は…、ハ~イッ!」

…彼は何か勘違いしたらしい。その声と仕草はまるで…そう、アイドルだ。

「ぷっ、ハハハハッ!」

「あ、ヒドイです!何が可笑しいんですか!?」

おそらくソラを真似たのだろう。そう思うと彼が普段、彼女のことをどう思っているのか分かったような気がしておかしかった。

 

「…それと、さっきから気になっていたんだが。その右手に持っているものはもしかして……、」

私は彼が握りしめている紫色のドリンク()()()()()を指して言った。

「ああ、これですか?これはハイビスの作った健康ドリンクですよ。彼女も一緒に来るはずだったんですが、仕事で来れなくなったので代わりにと渡されました。」

…緊張が彼の判断力を鈍らせたのか。

ただでさえ追い回して不信感を与えている少女に対し、信じ難くも「ロドスの洗礼」を浴びせようとしていた。

「そうか。フム。だが今回は止めておいた方がいいな。衰弱した体に健康食は刺激が強過ぎる。」

「…そうですね、確かに。さすがドクターです。彼女の容体を失念していました。医師見習いだというのに恥ずかしい限りです。」

「そう気に病むな。」

これだけは自信を持って言える。私は今、確実に一人の人間を救った。

 

 

 

 

――――砂嵐が、イナゴの群れのように荒野を縦横無尽に飛び回る中、岩陰に少女が蹲っていた

 

マントで体を覆い、微動だにせず、彼らが通り過ぎるのを待っていた。

砂嵐たちは彼女の鋭い五感と結託して少女を徹底的に痛めつけた。

悪意のない攻撃に晒されながら、少女は健気に自分の状態を(かえり)みる。

その痩せ細った体が、あと何日耐えられるのかを。

 

ノド、渇いた……、

辺りの音が、聞き取れない(わからない)……、

…肌、カサカサ……、爪も、割れてる……、

体のヒリヒリ、だんだん、酷くなってきた……、

マントの隙間から、砂、入ってくる……、尻尾、邪魔だな……、

 

体、休めても、意味、なくなってきた……、

…私…、もう……、

 

「そうやって身を隠して何日経つ?」

「きゃあ!?」

そんな叫び声を出す余力があることに、少女自身、驚いていた。

「酷い姿だな。」

唐突に現れた男は何の化粧もない不気味な白い(マスク)をしていた。

どこの部族なのか、少女にはわからない。けれども、真面な一族ではない。それだけは直ぐに察した。

「私、何も、してない……、」

殺される。男のかもし出すただならぬ気配が、彼女に危機感を覚えさせた。

ところが、男は彼女に何もしなかった。

「獲物も取れず、死にかけている。憐れだな。」

「私、誰も、殺してない……、」

「…そうやって無抵抗を主張していればどこかに自分を救う救世主(メシア)が現れるとでも思っているのか?そんな妄想にすがる余裕があるのなら町の偽善者どもの前でも同じことをしてみるといい。すぐにでも目を覚まさせてくれるだろう。」

「誰も、殺してない……、武器も、ない……、」

逃げ出す気力もない。それでも、彼女は必死に「危険」から逃れようとしていた。

「笑わせる。生まれ持った大層な武器はただの飾りか?」

「違う…、これ、気を付けてる……、誰も、殺して、ない……、」

「感染も随分進行しているはずだ。その衰弱した体では一週間も持たんだろうな。」

「ど、どうして、それを…!?」

 

少女の問いには答えず、男は水の入った皮袋を投げ寄越した。

「え……?」

「付いてこい。症状を抑える薬をやろう。その代わり、我々の下で働け。リーダーならキサマのような惨めな怪物でも利用価値を見出してくれるだろう。」

少女は戸惑った。

砂嵐が頭の中までも埋め尽くしているかのように、目に映る(かれ)の姿にノイズが走り続けた。

落ちている水筒(かわぶくろ)の中身が、毒なのか、(くすり)なのか分からないでいた。

「ここで死に絶えたいというのなら好きにすればいい。ここはいかなる死も拒まない。」

そう、彼は「死」ではない。

今、砂嵐の中に佇んでいる、立ち尽くしている自分自身こそが、「死」そのものだった。

「ま、待って、い、行く…、私、まだ、やだ……、」

少女は夢中で水筒にしがみつき、腹を空かせた獣のように罅割れた全身に流し込んだ。

「おい、一気に飲むと逆効果だぞ…。」

男が声を掛ける頃には皮袋の中は空になっていた。代わりに、少女の瞳に光が宿る瞬間を目の当たりにした。

そして、その目を見た男は悟った。

 

…俺の力ではもはや、この女をどうすることもできない。

殺すことも。()()()()()()()()

見たことのない色で輝く瞳に睨まれたその瞬間、男は抗いがたい恐怖を覚えた。

「…来い。飯を食わせてやる。」

でなければ、俺はコイツに喰われる。

 

少女にその意思は微塵もない。

それでも男の本能は告げるのだ。

俺は、この地に眠る邪神を起こしてしまったのかもしれない。

背中に触れる飢えた肉食の生温かい吐息が、男に絶えず悪寒を与え続けた。

 

少女は、鋭くも巨大な「死を注ぐ尾」を引き摺り、往く道をどこまでも(なぞ)り続けた。

 

 

 

 

――――ロドス艦内、宿舎区画の一室

 

少女は夢を見た。

自分の命が認められた瞬間の、罪深い夢を。それが、彼女にとって唯一すがることを許された居場所だった。

「…あ、れ……?私…、ここ……、」

それは、もはや見知った天井になっていた。

馴染み深くはない。けれど、なぜか「安全」を彼女に囁きかけるような穏やかな表情をしているように思えた。

「戻って、る……、」

優しく支えてくれるマットレスとフカフカの毛布が彼女の帰りを歓迎していた。

「どう、して……?」

決死の覚悟で逃げ出したはずの場所に帰ってきていた。

自分は「脱走した」という夢を見たのだろうか?

少女はどちらか区別のつかない記憶を手繰り寄せ、今に至る経緯を理解することに(つと)めた。

 

 

脱走は順調だった。誰にも気付かれていない。

頭上に注意を呼びかける機械が喚いていたけれど、それさえ黙らせてしまえば自分を見つけられる者は誰もいないはすだった。

そう思って行動していたのも束の間、何者かの罠に引っ掛かってしまったのを憶えている。

複数人で巧みにコミュニケーションを交わし、それと気付いた時にはすでに遅く、自由を失っていた。

奇妙な言葉を操り、見たことのない装備で身を包んだ彼らが近付く。

「Aer you OK?」

呪文のようだった。

奇しくも、それを裏付けるように急激な運動に耐えられなかった彼女は気絶してしまった。

 

けれど、誰も殺さずにすんだ。

…よかった……、

意識を失う中、なぜかそう思った。

 

軟禁部屋?から逃げ出したのだから「死」も覚悟した。

それなのに……、

「……」

そこに人の気配こそあるけれど、自分への監視の目は一つもない。

暗殺者(じぶん)という存在がここにあるのに、こんなにも平穏な空気が維持されていることが彼女には理解できなかった。

何か裏がある。

自分を騙そうとしているのかもしれない。

少女は気配を殺しながら辺りを調べ始めた。

「え……?」

それこそ何らかの意図があると勘繰らせるように、またもや扉は施錠されていなかった。

それはまるで「何をしても無駄である」と言われているようにも感じられた。

「……」

感じた途端に無気力になり、少女は肌触りの良い毛布へと逃げ込み、目を瞑ってしまった。

 

私、何、してるん、だろ……、

 

少し肌寒いけど、ここには血を吸う「砂嵐」はいないし、血を撒き散らす「酋長」たちもないみたい。

私を積極的に殺しにくる人は誰もいない。それに、殺さなくてもいい。

…だけど、ここでも私は一人きり。

もう、死んでるのか生きてるのかも分からない。

私、何をすればいいの?何をすれば、認めてもらえるの?

 

少女は気付いていた。サルゴンで彼女を生かした組織は彼女を見捨てた。利用価値がないと。「死」を突き付けられた。

 

けれども今、少女は感じていた。

 

…温かい……、

…私、まだ、生きてる……、

綿100%の温かさを抱きしめ、思い直した。

そうして少しの間、少女は考えることを止めた。




※会社員(オペレーター)
ロドス・アイランド製薬という会社では社員を「オペレーター」と呼びます。
オペレーターたちは「製薬会社」という業種に縛られない様々な業務を与えられます。「護衛」、「配達」、「外交」などなど。
それもこれも、彼らが「鉱石病患者(以下、感染者)に関与する諸問題への対処」という特殊な事業内容を専門としているためなのです。
感染者に対する各国での処置は様々で、「医師」というだけではロドスが彼らに関与することができないのです。

そのため、ロドスはあらゆるプロフェッショナルを必要としているのです。

※感染者
このゲーム「アークナイツ」の世界観の胆となる用語ですね。
アークナイツの世界では鉱石病(オリパシー)という「放射能により被曝する」というような流行病が存在しています。
これに(かか)った人々が「感染者」と呼ばれています。
感染源は源石(オリジニウム)と呼ばれる鉱石であり、この世界では貴重なエネルギー資源としても利用されています。(おそらく核エネルギーのような扱いなのだと思います)

この源石が原因の、やはり核の被曝と同じような経緯で発症する不治の病が鉱石病であり、進行具合に応じて心身に与える苦痛は異なりますが多くの国で「死の病」として恐れられています。
接触感染、空気感染も確認されているため、不当な差別を受けることも多いようです。

多くの要因が重なり解決困難であるためロドスのように「感染者問題」を専門にする企業はほとんどないようです。

※ストームアイ
荒野で倒れていたマンティコアを介抱したロドスオペレーター。
原作での表記はstormeyeと英語になっています。

なんとこの人、イベント”統合戦略「ケオベの茸狩迷界」(2021/02/25~ 03/18)”にて使用可能キャラになっていたそうです。しかも、星5!?……全然、知らんかった。
他にも、ユービーアイソフトのゲーム「レインボーシックス シ-ジ」とのコラボイベント”オペレーション オリジニウムダスト(2021/8/18~2021/9/1)”にも派手に登場していたんだとか…。全然、知らんかった。
そして、狙撃オペレーター「レンジャー」を尊敬しているんだとか。全然、知らんかった(笑)
……ごめんね。

ちなみにドクターが口にした「ステイ」というのは「ストームアイ」の愛称を私なりに考えたものです。
かなり私色に脚色したので「イメージと違う」と感じられる方も多いかもしれませんが、その辺はご勘弁くださいm(__)m

※オプチミズム
本来の意味は「楽観主義、楽観論」です。今回は意訳ということで「大胆不敵」のルビとして採用しました。

※アーミヤ
ロドス製薬の最高経営責任者の名前です。なにを隠そう原作のメインヒロインです。
驚くことなかれ、彼女は14歳の少女なのです!!

とはいえ公式の設定ではなく、さらには種族によって成熟速度や寿命が違うため年齢による先入観は持ってほしくないというような開発陣の声もあるようです。
……それを抜きにしてもアーミヤはうら若い少女でありながら聡明かつ大人びた考えをし、さらには重度の「闇属性」を持ち合せており、この点からも、とても私たちの知っている「14歳」でないことが窺い知れますね。

※ソラちゃんで~~すっ!!
言わずと知れたテラの人気アイドル。
ロドスでは彼女の「歌唱力」が魔法(アーツ)となり、オペレーターの大きな支援となっている。
どういう仕組みになっているのか分からないが、彼女の耳は伸縮自在(笑)

ちなみに「テラ」というのはアークナイツの世界の名前で、我々の言う「地球」のようなもの。
おそらくはラテン語(terra=地球)なのかなと思います。

※アークナイツの人々
みんな、何かしらのケモミミ一族です。ノーマルな「人間さん」はいない……と思われます(コラボキャラ除く)。
「アークナイツ」初見の方のために初登場の種族にはなるべく各々モチーフとなった動物、言葉を当てておきます。

※Dr.ノア・クライスト
名無しでは困るので、僭越(せんえつ)ながら勝手に付けさせていただきました。
ロドスの船が「ノアの方舟」ではないかと思えるのと、救世主様的なドクターの存在から「キリスト(クライストはchristの英語発音です)」で(あつら)えさせていただきましたm(__)m
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