鯨に戯れて   作:佐伯寿和2

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毒針を隠す少女 その四

「すまないが、これでは君たちの申請は受理できない。」

私とアンセルはマンティコア――サルゴンの荒野から密航した少女はロドスでの呼称(コードネーム)も種族名である「マンティコア」を希望した――との対談を記録した紙をもって、ケルシーとドーベルマンに社員(オペレーター)の適正を診断させた。

そして、二人は一通りの書類に目を通して5分と経たずに返答した。

 

一方は医療部において全ての患者の医療記録(カルテ)を記憶し、それらに適した医師、看護師を割り当てる敏腕の女医。

一方はボリバル軍で大佐を務めていた元軍人であり、ロドス加入後は「戦闘員」としての能力を求められるオペレーター全員を管理するロドスの最高位軍事顧問。

人を見る目に関して二人はこのロドスにおいて右に出る者のいない適任者だ。

 

「なぜですか、ケルシー先生?」

 

そうだと知っていても、アンセルは食い下がった。

合理主義の彼だが、必要な時にその後ろ盾になる「信念」も持ち合わせているということだ。

そんな愛すべき教え子の懸命な願いにも、ケルシーは()()()()()でもって拒絶の意思を明示した。

「確かに、これらのメモを見る限り彼女は誠実な人間なのだろう。だが、我々は未だに彼女とのコミュニケーションを確立できていない。このような、なんとでも言い逃れのできる記録だけで為人(ひととなり)を精査するには彼女の経歴は危険すぎる。」

「…教官も同様の意見で彼女を疑うんですか?」

「アンセル、これは疑う疑わないの話ではない。我々ロドスは”感染者の問題”を解決するという企業方針を掲げているが、一方でこれらの権利を維持するために政治への不干渉を貫かねばならない。それは君も承知しているな?」

「…はい。」

「よろしい。」

敢えて分かりきった答えを相手に口にさせることで共感性を高め、「自白」を誘導するのは尋問の基本中の基本だ。

アンセルは今、プロの軍人を相手に経験のない戦いを挑んでいる。

ドーベルマンはテンプレートに(なぞ)って勇敢なコータスの少年を何人目かの「ウソツキ」に仕立て上げようとしていた。

「では、改めてケルシー先生の言葉の意味を汲み取ってほしい。冷静沈着、理路整然を信条(モットー)にしている君なら我々の懸念が理解できるはずだ。」

「……」

ワルファリンいわく、マンティコアに付きまとう「認識阻害」は潜在的な能力(アーツ)によるものらしく、彼女に意識がある限り否応なく周囲に働きかけるのだという。

その能力を買われ、彼女はサルゴンの権力を裏で操ろうとする組織の一人として暗躍していた。

彼女自身にその自覚があろうとなかろうと、その事実は変わらない。

 

「ロドスは”感染者”というだけで誰も彼もを受け入れられる訳ではない。そして我々は彼女以外にも助けを必要とする多くの患者を抱えている。この際、彼女が誠実であるか否かも議論の対象ではないんだ。……教えてくれ、アンセル。私はどこまで君を追い詰めればいい?」

理性と人情に葛藤するアンセルの様子に溜め息を吐き、彼女は木槌(ガベル)を振り上げるように付け足した。

「これ以上、君に反論がないのならこの件はここまでだ。我々は彼女を受け入れることはできない。だが、彼女が暗殺を生業とする組織の一人であるように、ロドスが感染者へ救済の手を差し伸べる組織であることに変わりはない。下船するまでの間、できる限りの治療を約束しよう。…それで構わないか、ケルシー先生?」

「ああ、そのつもりだ。」

ケルシーは余計な口出しはせず、言葉少なに答えた。

 

「いいな、アンセル?」

ドーベルマンが、子どもに言い聞かせるように念を押すと、コータスの青年は覚悟を決めた表情で一つの単語を口にした。

「……SWEEP(スウィープ)、」

「…ッ!?ドクター!?」

彼の口にした言葉に過度な反応を示したドーベルマンはテーブルに拳を立て、容赦なく私を睨み付けた。

「アナタと言う人はいったい何を考えているんだ!」

「…ドーベルマン、少し落ち着け。」

興奮する相棒を(なだ)めるフェリーンは「やはりこうなったか」とでも言うように溜め息を吐き、できるだけ穏やかな声で青年に尋ねた。

「アンセル、君はその言葉の意味をどこまで理解している?」

対して、彼女の優秀な助手のコータスは上司の圧力に押し負けまいと眉間に目一杯力を入れて答えた。

「…何も。ただドクターからこの言葉が彼女を助ける糸口になると言われただけです。」

「そうか……、」

「そう思い詰める必要はない。いくら私でもこんな形で君をロドスの指導者の立場から追いやろうなどとは考えていないよ。」

彼女と共にロドスを支え合う立場であるはずの黒いコートの男が言うと、ケルシーはその特徴的な目尻をキツク吊り上げた。

 

「どうやら今回はこれまでのようだが、キサマならこんな手を使わずとも場をまとめることができたんじゃないのか?それとも、マンティコアの加入は手段に過ぎず、これこそがキサマの目的だったのか?」

「両方だよ。」

「…どういう意味だ。」

「言葉にする程のことでもないさ。お前がプライベートで何をしていようと私の知ったことではないが、彼女が手を貸してくれるのなら、お前のしたいことに大きく貢献してくれることは間違いないだろう?」

「……」

アンセルはもちろんのこと、ドーベルマンにとっても二人が交わしている遣り取りの全てを理解している訳ではない。

ともすれば、記憶を失くしたドクター自身、自分の言葉に100%の確信はないのかもしれない。

それでも全てを見通してしまう彼の異常なまでの慧眼(けいがん)をもってすれば、女医の「隠し事」も見透かしてしまうのかもしれない。

「何度も言うようだが、私はお前のしていることに興味はない。だが少なくとも、お前にはロドスを導く義務がある。私たちの手の届かない所で命を落としてもらっては困るんだよ。…ケルシー、”隠し事”は君の命を生かしも殺しもする。そういうことだよ。」

「……」

この男に限って、そんな気遣いをされることに虫唾(むしず)が走った。

「もしかすると、私も以前はそれに関わっていたのかもしれない。だが、お前は頑なにそれを私に明かしたくないらしい。ならばせめてこれくらいのチョッカイは許してくれてもいいんじゃないか?」

「…キサマはどこまでも他人に恩を売るのが得意な人種らしいな。」

「争いはないに越したことはない。この点に限って言えば私とお前は同じ考えだと思っていたんだが、私の思い違いだったか?」

「……」

 

アンセルは二人の上司を信じていた。信奉していると言い換えても差し(つか)えない。

意味深な言葉(SWEEP)」にも、そうしなければならない訳があるのだと言及するつもりなどなかった。

しかし、敬愛するドクターがさらに意味深な物言いをしたなら彼の心は簡単に揺らいでしまうのだった。

「…失望したか?所詮、私も清廉潔白な人間ではないということだ。」

大事な教え子の心境を察したケルシーだが、同情を求めるつもりなど微塵もなかった。

()()()()()()()()()()()()()同情や理解は、不要な痛手をこうむるだけなのだと身に染みていたからだ。

しかし、彼女の忠実な教え子がそう易々と彼女の()()()()()()()を受け入れるはずもなかった。

「そんなことはありません、先生は立派な人です。私は知っています。アナタの傍で、見てきましたから。ですが…、ただ…、先生の役に立てない自分が悔しい、だけなんです。」

教え子はすでに踏み込み過ぎていた。

たとえ彼女が止めたとしても…、いいや、賢い彼なら彼女の言葉に従ってくれるかもしれない。

ならばこそ、彼の身の安全を第一に考えてやる必要があった。師として。同じ船に乗る友人として。

「ありがどう。君の気持ちは嬉しい。そして、君に誓おう。私は決してロドスを(おとし)めるような真似はしていないと。」

「私は、先生を信じています。」

「…ありがとう。」

 

(はか)らずも、同じ医学(みち)を歩む師弟の絆は「隠し事」を通じて深まった。

……(はか)らずも?果たして本当にそうなのだろうか。

あの(さか)しい黒コートの男がそこにいて「偶然」がこんなにも堂々と我々の前を横切るだろうか?

 

「それで、審査は続けてもらえるのかな?」

男は、議論が尻込みするような感動の台本を彼らに渡した上で、白々しく言った。

「え?」

アンセルとドーベルマンは疑問に思った。

(くだん)の一言で決着のついた問答をなぜ続ける必要があるのかと。全ての仕掛け人であるはずの彼の口からそんな言葉が出たことが信じられなかった。

しかし、彼の()()()()()は驚かなかった。

「いいだろう。彼女が“暗殺者”であったという経歴は、今は不問にしよう。ドーベルマン、そのように続けてくれ。」

「…了解した。」

幾多の局面で機転を利かせ勝利を手にしてきたドーベルマンだが、この二人の得体の知れない小癪(こしゃく)な知略には一方的に翻弄(ほんろう)されることの方が多かった。

 

ドーベルマンは彼らの狙いを理解しないまま、せめて自分の納得いくようにマンティコアの適性をアンセルと再審し始めた。

「彼女の()()には目を瞑ろう。だが最低限、現時点において彼女が件の暗殺組織と関わりを断っていることを証明して欲しい。」

先日、マンティコアの宿舎を訪ねた時、彼女は予想以上に多くのことを語ってくれた。

生まれながらの感染者だということ。そのせいでサルゴンの町を転々とせざるを得なかったこと。自分に暗殺の才があると()()()()()()()()

自分のこと。他人のこと。経験と知識を、事細かに。

それでも組織の内情に触れると彼女は決まって口を閉ざした。

必要なことだと説明しても「ごめんなさい」という文字だけが繰り返し現れた。

 

「もう一つ、これは適性診断というよりも彼女自身を想って忠告することだが、君たちは彼女の”アーツ”への対処法を事前に見出しておくべきではないか?」

ドーベルマンは戦場で生死を分ける戦闘力ではなく、他愛のない日常を語り合うコミュニケーション能力を危惧していた。

集団の中で望まない孤独に晒される痛みは不治の病に等しい。

ドーベルマンの指摘の通り、日常的に意思疎通ができなければ彼女は鉱石病の治療さえ拒み、自ら船を降りるだろう。

やはり、「孤独」と「後悔」だけが自分の友人なのだという消えない傷を負って。

 

しかし、その指摘こそアンセルの待ち望んでいた展開だった。

「では、それらの問題を解決すれば、教官とケルシー先生は彼女のロドスへの加入を認めてくださりますか?」

その不敵な口調は()()()()()彿()()()()()

そして、その感覚は間違っていない。嗅覚の鋭い彼女は突如として変貌した「強敵」に身構えた。

「……考慮には値する。現状、これらの問題さえ解決すれば彼女のロドスでの生活は保証できるだろう。」

「同意見だ。」

そして、相棒であるはずのケルシー女医がいつの間にか「傍観者」に回っていることも、耳聡(みみざと)(さと)った。

「…ケルシー先生、アナタは今、どちらの味方なのだ?」

「どちらでもないさ。“SWEEP”の名が出た時点で私は反論すべき立場から突き落とされたからな。だが、アナタには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

その言葉を聞いて初めて、彼女は二人の小癪な企みの中身が見えた気がした。

 

しかし、気付いてみればなるほどそれはロドスにとって必要なことだと彼女も納得せざるを得なくなってしまった。

しかし…、どうにも納得いかない気持ちが彼女の溜め息を誘った。

「アンセル、どうやら我々は上司二人の見世物にされているようだぞ。」

「…構いません。私は私のすべきことをするだけです。」

「……」

そう答えられると、彼女にはガックリとうな垂れることでしか今の気持ちを表現する方法はないように思えた。

「…アンセル、そこは私に合わせるところだぞ。」

「……え…?あっ!す、すみません!」

真面目で年若い彼にはまだ「上司のご機嫌を取る」だとか「上司を転がす」というような()()()()()()()()()()()()は早かった。

「…まあ、いい。気にせず続けてくれ。」

今夜は久方ぶりにアイツに付き合ってもらうとするか。

彼女は密かに愛しの蒸留酒の香りを夢想して自分を慰めていた。

 

 

 

気持ちを切り替え、ドーベルマンが促すとアンセルは携帯用モニターを取り出した。画面には艦内の図面が表示され、さらには明滅する点が一つあった。

「…これは、発信機か?」

「はい、活性源石測定装置(サーベイランスマシン)を改良したものです。マンティコアさんに了承を得て着けてもらいました。」

「そうか。だが無論、それだけではないんだろう?」

「はい。クロージャさんにお願いして、無許可での攻撃的な行動を抑制する機能を追加してもらっています。」

 

彼が言うには、特定の人物による特定の操作がされない状態で体内の源石活性率が一定値を超えると、電流が流れ、装着者の自由と体力を奪った上で麻酔が投与される仕組みになっているらしい。

「つまり、彼女が作戦以外で攻撃性のある行動を取ると、その装置が作動するということだな?」

「はい。同様に、許可なくこの装置を外そうとする場合にもこの装置は作動します。」

ロドスの方針にそぐわない処置ではあるが、命を左右する問題であるならこのような非人道的な手段もいたしかたないと受け入れるべきなのかもしれない。

特に、彼女の「ステルス能力」は強力で、そもそもこちらから働きかけることが至難の業なのだ。

ならば「彼女自身」で問題を完結させる必要がある。

「装置が作動した場合、こちらはそれを感知できるのか?」

「はい、装置とこのモニターからアラームが鳴ります。もちろん、他の端末と同期させることもできます。」

だが、アンセルはまだ「方法」を提示したに過ぎず、問題を解決した訳ではない。

 

「これが彼女を鎮圧させられるという根拠はあるのか?ワルファリン先生に聞いたところ、マンティコアという種族はかなりの物理強度と薬物への耐性があるというが?」

ドーベルマンが問うとアンセルは間髪入れずに答えた。

「幸か不幸か。先日の脱走事件がその役に立ちました。」

逃走したマンティコアを捕縛したオペレーターが現場で観測できた範囲でのデータを提示してくれた。

麻酔の使用量、彼女の存在を感知するにあたった経緯の諸々を。

「その時、彼女が衰弱していたことを考慮して、データよりも高めに設定してあります。」

「これ以上となると、命の危機にも繋がるんじゃないか?」

「彼女も了承済みです。それに、彼女は装置を作動させません。絶対に。」

アンセルは数時間の間に築いた彼女との信頼関係を疑わなかった。

直に文字(こえ)を聞いた者にだけ感じる確信が彼にはあったのだ。

 

――――彼女は絶対に裏切らない、と。

 

実証例が一度しかない安全装置への信憑性は低い。だからといって、()()()()()()()()()()()()をする訳にもいかない。

今はそのデータを信じて経過観察する他ないのだ。

経験上、その数値が示す効力を知っているドーベルマンもそれ以上を求めることはしなかった。

 

 

「では、もう一方の問題への考えを聞こうか。」

ドーベルマンが促すとアンセルはモニターの映像を切り替え、二人に衝撃的なものを見せつけた。

「…これは……、」

そこに、年頃の少女らしく小さく丸まりながらも、大きな尻尾がベッドからはみ出し難儀しているマンティコアの姿が映っていた。

「現在、宿舎で休んでもらっている彼女の映像です。」

「カメラには映るのか。」

「はい。どうやら彼女のステルス能力は生体にのみ効果があるようで。カメラを使えばこのように画面に映りますし、レーザーを当てれば光は彼女を障害物として認識し、遮断されます。無線での会話も問題ありませんでした。」

「なるほど……。」

「なので、これは彼女のステルス能力の弱点でもあります。」

この事実は、自らも指揮を執る場面の少なくないドーベルマンの関心を惹きつけた。

 

「プライベートでは難しいかもしれませんが、作戦時において、隊員に専用の小型カメラと無線機を支給できるようになれば、指揮系統の問題は解決され…、あ……、」

途端に、青年の顔が青褪(あおざ)めた。

「どうした?」

「い、いえ…、その、彼女の部屋に私の忘れ物が映っていたので……、」

よほどマズイ物なのか。冷静になろうと努めるアンセルだが、表情筋の引き()る彼の心情は誰の目にも明らかだった。

「物は何だ?私が取りに行ってこようか?」

「い、いえ、ドクターの手を(わずら)わせるようなものでもないので。…多分、大丈夫です。後で自分で取りに伺います。」

煮え切らないが、彼の私物なのだし。私が手を出して余計な問題を起こすよりはマシなのかもしれない。

私たちは気を取り直し、本題に戻った。…というよりも、話しの腰こそ折れたが、議論はすでに終わっているようなものだった。

 

心なしか、ドーベルマンの表情も穏やかなものになっていた。

「アンセル、よくもこの短期間でここまでの成果を上げられたものだ。もはや認めざるを得まい。だが…、」

その逆接詞に僅かな沈黙を添えた彼女はまた、「鬼教官」と呼ばれるに相応しい厳しい顔付きに戻っていた。

しかし…、

「どうもそこに()()()()()()()()()()ように思えて腑に落ちない。私は君の言葉でこの件に方を付けたいと思っている。」

その表情は彼に向けられていながらその実、私に向けられたものなのだということは分かっていた。

 

そんなこととは関係なく、彼女の教師としての顔は向き合う者を容赦なく委縮させる。

それでも彼女の厳しい訓練を乗り越えてきたアンセルはキリリと顔を引き締め、鬼教官(かのじょ)の期待に応えようとしていた。

「教官は彼女が今もサルゴンの暗殺組織と繋がっていて、私たちを良くない事態へと追いやるのではないかと案じているんですよね?」

「…そうだな。彼女に限らず、犯罪組織に身を置く者というのは往々にして常人には理解しがたい人格を形成するものだ。巧みに、誠実さを訴えていながらその実、腹では満たされることのない欲求に素直で、関係のない者を巻き込むことに微塵の躊躇(ちゅうちょ)もない。それが”犯罪者”というものだ。そんな、いつ暴発するとも知れない銃を大事な仲間に持たせることなど、私にはできない。」

ドーベルマンの熱弁は私の脳裏に、高笑いをキメながら大好物の爆竹をバラ撒くW(ダブリュー)の姿を(よぎ)らせた。

…確かに、想像するだけでも目を背けたくなる光景だ。

 

だが少なくとも、マンティコアに彼女のような狂人の気質はない。私とアンセルにはその確信がある。

「教官は彼女のカルテを見ましたか?」

「…いや、」

ワルファリンがマンティコアの健康状態をチェックする際、アンセルは彼女の補佐をしていた。

「この数値を見てください。」

彼はカルテの中の「体内における源石含有率」の項目を指差した。

カルテには数値と、これを説明する備考が添えられていた。

―――中度の感染。現状、心身の衰弱により、より感染による影響は大きいと思われる

「彼女は対談の最中も、私たちが尋ねるまで痛みを我慢していました。当時の衰弱した体に対しこの数値であれば、全身にオリジムシの顎を強く押し当てられてるような痛みを伴っていたでしょう。命の危険とまでは言えなくとも、とても悠長に会話をしている余裕はないはずです。であるにも拘わらず、彼女は自分の不調を訴えるよりも先に、私たちの力になりたいと言ったのです。」

アンセルは画面の向こうの彼女を代弁するように”アナタたちの役に立ちたい”と書かれたメモを紙の山から引っ張り出した。

教養のない彼女の字はとても(つたな)く、読みにくい。けれども、しっかりとした筆圧と一片の欠けもない意思(もじ)がそこに(しる)されていた。

「……」

「これから口にする証言は私個人の感情的な意見です。教官には失望されるかもしれません。ですが、私は彼女と言葉を交わした”親愛なる友人”として、こう言わずにはいられません。」

血の飛び交う戦場ですら取り乱さない彼が狭い額をテーブルに押し付け、感情的に、断頭台に首を添えた罪人が命を乞うように、声を捻り出した。

「どうか、彼女を信じてください。」

「……」

 

「親愛なる友人」、たかだか数時間言葉を交わしただけの相手をそう呼ぶ人間は軽薄だと思われて然るべきだ。ドーベルマンのような厳格な人間から信用を勝ち取ることなどできるはずもない。

それでも、彼はその言葉を選んだ。

それは、ロドスへの密航、同僚の暗殺未遂、治療への抵抗、果てはロドスからの脱走を計った彼女の、手の平を返すような献身的な態度が彼の目に「憐れ」と映ったからなのかもしれない。

事実、「憐み」が「友人」をつくることもある。それもまた、()()()なのだ。

 

 

………本当に、そうなのだろうか?

彼がドーベルマンに見せた「命乞い」は果たして彼女への「憐み」か?

 

 

……いいや…、なんということだ!

私はとんでもない勘違いをしている!私が彼の気持ちを見誤ってどうする?!

懸命な彼を、私が侮辱してどうするっ!?

 

彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()。「孤独」や「後悔」がもたらす死から逃れたい一心で。

彼はこの場の誰にもできない『代弁』をやってのけたんじゃないか!

彼は言葉を選んだのではない。()()()()()()()()

 

…本当に久方ぶりに、私は自分の小賢(こざか)しさを呪い、(さげす)みたい気分になった。

 

 

 

そんな赤面する私を余所に、ドーベルマンは彼を睨み続けた。彼が頭を上げるのが先か、自分が声を掛けるのが先か。根競べでもするように。

そして…、

「…アンセル、これだけは憶えておいて欲しい。情で組織を動かせばどこかに(ひずみ)が生じる。間違いに気付いた後で歪を直そうとしても、それは体の奥深くにまで入り込み、手が付けられなくなることもある。」

それは、彼女の経験を物語っていた。

軍を辞めた理由。それでも軍人の気質を崩さない自分であることの必要性。それらが垣間見えたようだった。

 

アンセルは彼女の言葉に促され、ゆっくり顔を上げた。少し、怯えているようでもある。

折檻(せっかん)も覚悟の上の、思い詰めた表情の子どもを優しく、宥めるように、教師はほんの少し頬を緩めた。

「そんな顔をするな。君の命乞いのような願いは聞き届けられないが、君が提示した数値から推察できる彼女の心境は納得のいくものだったぞ。」

「それは、つまり……、」

「認めよう、彼女はロドスへの加入に適した人材だ。」

「…ありがとうございます!!」

その晴れやかな顔はまるで、出産直後の妻と子の元気な姿に感極まる夫のようだった。

 

そんな有頂天の彼を戒めるように、ドーベルマンは待ったをかけた。

「我々にもチャンスをくれないか。」

「…チャンス、ですか?」

「ああ。」

ドーベルマンは私とケルシーを交互に見遣り、決定権の所在を再度、確かめた。

「私は君の判断に任せるよ。」

「異論はない。」

「…了解した。」

何から何まで私に丸投げとはいい度胸だな。そんな言葉が聞こえてくるような、重みのある了承だった。

 

「アンセル、君が提示した証拠は目下解決すべき問題の回避に値すると認めよう。素晴らしい調査と弁論だった。加えて、過去を頑なに語らない彼女の姿は裏を返せば、味方に付けたなら決して我々を敵に売ることはないという忠誠心と捉えることもできる。」

彼女の特徴的な短く整えられた眉が彼女の性格を象徴するように凛々しく吊り上った。

「だが、それが彼女の”本性か否か”。これだけはこの目で直接見ないことには判断できない。」

アンセルもそれに気付いたのかもしれない。

反り返るのではないかというほどに背筋を正し、彼女の一言一句を全身で聞くように「緊張」が見て取れた。

「そこで彼女には、これから私が用意する軍事演習に単身で挑んでもらいたい。そこで取る彼女の行動で、私は彼女を見極めよう。」

おそらく、「勝利」は合否を決める要素にはならない。注意すべきは「単身」という点だ。

ろくに名前も知らない人間と組ませれば、現状、彼女の足手まといになる可能性が高い。

つまり、単身であれば彼女は「()()()()()()()()」ということだ。

彼女の「本性」を知るという課題にはなるほど適した条件だ。

だがどうにも、私にはそれだけではないように思えた。

「繰り返すが、彼女にはただの”軍事演習”とだけ伝えて欲しい。騙すような真似をするのは君たちの誠意に反するが、私もまた本当の彼女の姿を知りたい一心なのだ。理解してほしい。」

「…はい。」

ドーベルマンは早くも演習の日時を決定し、彼女に言伝(ことづて)るようにとアンセルを解放した。

 

「アンセル。」

興奮した面持ちで立ち去ろうとする彼を、彼女は今一度呼び止めた。

「君は、今回の交渉を自ら志願したのか?」

すると彼はすぐに言葉の意図を察したようで、彼女に負けじと精悍(せいかん)な顔で返した。

「教官、私たちはいつまでも()()()でいる訳にはいかないんです。」

そう言って退室する可愛い教え子の背中を見送ると、彼女は仄かに憂いを帯びた声で呟いた。

「まったく、教え子を奪られたような気分だな。」

すると、彼女たちを見守っていたケルシーがその小さな肩に手を添え、いつもの取っ付きにくい声色で慰めた。

「彼は間違いなく君の背中も視野に入れている。そして、ロドスは皆で支え合っていくべきだ。」

「…本当に、こんなにも人に恵まれた職場を私は見たことがない。」

その微笑みには「信頼」と「期待」で溢れていた。

 

そんな彼女たちのいる場所だからこそ、私は荒野に打ち捨てられた彼女にも手を差し伸べられると思ったんだ。




※ボリバル
「サルゴン」同様、国の名前の一つかと思います。

※ドーベルマンの役職
「最高位軍事顧問」と書きましたが、もしかしたら原作では、同じ教官のジュナーやグレース、ファロンらとの間に上下関係はないのかもしれません。

※モットー
日常生活における自身の立ち居振る舞いへの心がけ。
「もっとう」かと思いきや「モットー」が正式な表記なのだそうな。
今回は「信条」という文字を当てた方が読みやすいかと思い、採用させていただきました。

※木槌(ガベル)
裁判長が権限を行使する時に使うハンマーのこと。

※SWEEP
公式上では「S.W.E.E.P」と表記します。ケルシーの私兵を指す部隊名のようですが、詳細はわかりません。
構成されているメンバーは「暗殺」に関わっていた人たちが主なようです。

※記憶喪失ドクター
原作をプレイしたことのない方へ。
「ドクター」は「プレイヤー」になるために神から「記憶喪失」設定を授かっていますww

※ワルファリンのような真似
倫理観念の薄いお医者さま。
一時期、ロドスオペレーター(同僚)に対し無許可で人体実験をしていたそうな。…いや、よく許しましたねケルシー先生(笑)

※W(ダブリュー)
ロドスオペレーターの一人(女性)です。爆発物の扱いに長ける元熟練の傭兵で、性格はどちらかというと犯罪者寄りです(笑)

※後書き
始めの方で「誠実さは問題ではない」と言っておきながら「カルテから導き出されたマンティコアの心境」を認めたのは、間に「SWEEP(彼女の経歴は不問にする)」のくだりを挟んだからです。
「誠実だろうが彼女は権力者を手に掛けてきた暗殺者だ」から「死の危険性もかえりみず友好を求める少し危険な能力を持つ女性」に見方が変わったからです。
また、

荒々しい呼称で呼び合うドクターとケルシーですが、私自身「ドクター×ケルシー」であって欲しいドクターだったりします(笑)
しかし、今回はえらい長いな(笑)
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