「お、おはようございます、ドクター。」
「…ああ、おはよう。」
そこに、メランサを筆頭に、スチュワード、カーディ、アドナキエル、アンセルの行動予備隊A4の面々が勢揃いしていた。
そして、ドーベルマンが少し遅れて入室してきた。
「おはよう、ドクター。調子はどうだ?」
ロドスの問題児たちによる悪巧みを看破した時に彼女がみせる「人を見下す」顔が、現状の全てを物語っていた。
「…バレたのか?」
私は先日の若き戦友に耳打ちした。
「はい…、それとなく聞いてみましたが”それは私への侮辱か?”と言われてしまいました。」
アンセルとドーベルマンらの話し合いによってマンティコアの処遇が決められた数日後、約束の日時にロドスの行動予備隊A4は集められていた。
その理由は一つしかない。
「あの時、君たちがどうしてあの短期間にマンティコアの弱点を見破ったのか自分なりに考えてみたんだ。だが渡された映像記録が編集されていることに気付いた時、もしやと思ったよ。」
そう。私たちは偶然、彼女のステルス性を看破した訳ではなかった。
「モニター室に確認しに行ったところ、バッチリ映っていたよ。彼女と彼女に撃退される
そう。今、目の前にいる5人はすでに
「ドクターに唆されたのかまでは私の知るべきところではないが。アンセル、君は同僚の失態を隠すためにわざとあんなプレゼンをしたな?」
「…は、はい、すみませんでした。」
『ご、ごめんな、さい……、』
スピーカーから蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「マンティコア、君が脱走した理由についてはこちらも納得している。だからこそ、この場を設けたんだ。君が気に病む必要はない。」
彼女の姿は別途用意したモニターに映っている。
私たちは今、普通にコミュニケーションを取っている。それだけでも素晴らしいことだった。
そうだ、そういうことにしようじゃないか。
お通夜のような面持ちで俯く予備隊に私は心の中で謝罪を送り、目を背けた。
「とはいえ、メランサ、カメラで確認した限り君たちはよく対処していた。だから君たちをこの場に召集したのはなにも罰を与えるためではない。そうだな、単純な追試だとでも思ってほしい。」
「は、はい……、」
「そうだよ、メランサ。僕たちは全く気を抜いていたのに。君の注意喚起がなかったら、もっと情けない姿を晒すところだったんだから。」
予備隊A4は他の隊に漏れず、固い絆で結ばれている。
爽やかな声でフォローするスチュワードに合わせて他の面々がメランサを鼓舞し、落ち込みやすい彼女を支えていた。
『……』
カメラを盗み見ると、マンティコアが所在なさげに俯いていた。
やはり、羨ましいのだろう。
仕事上の仲間はいても失敗すれば簡単に見捨てられるような環境で生きていた彼女にとって、「友人」という存在は夢でさえ見ることの叶わないものだったに違いない。
そんな落ち込む彼女の背中をビクリと震わせるような、ことさら明るい声が唐突に響いた。
「そうだよ、アタシだってカメラを見なきゃここに女の子がいるだなんて信じられないもん!」
『ちょ、ちょっと……、』
そう言ってエリートオペレーターのフェリーンが目の前にいるらしい彼女を手当たり次第に撫で回し、彼女はそれにただただ縮こまって耐えていた。
ブレイズに悪気がないのは分かっているが、こういうものは理解者が仲介してやらないと関係は悪くなっていく一方なのだ。
「…ブレイズ、今の時代、同性でもセクハラが適応されるのを知っているか?」
すると彼女はいつもの、裏表のない直情的な――愛嬌
「え、そうなの!?っていうか、アタシ何も悪い事してないよね!?」
「犯罪者は決まってそう言うのを、君が知らない訳ないだろ?」
「うっ…、ご、ごめん。気に
『だ、大丈夫、少し、ビックリ、した、だけ……、』
内向的な性格をこじらせた人間の、典型的な反応だ。
…まあ、視界に入りにくい分、プライベートでは標的にされにくいだろうし、その辺りは取り敢えず様子を見てみるしかないだろう。
ブレイズに解放されてもまだ、彼女はこの慣れない環境にビクビクしているようだ。
「それで、アタシはどうすれば良いの?」
ブレイズは説明を受ける前から意気揚々と訓練用の得物を振り回し、早くも準備運動をし始めていた。
この場で一番関係のない彼女が、この場の誰よりもこの演習へのやる気を見せつけていた。
もっと違う反応を望んでいたドーベルマンは「どうしたものか」と首を振りながら元気一杯のフェリーンに今回の趣旨を説明した。
「追試とは言ってみたものの、現状把握しているマンティコアのステルス能力は彼女たちが受けるべき訓練のレベルを遥かに超えている。だからといってこのままにするのは逆に、このような特定の任務に苦手意識を持ってしまうかもしれない。そこでだ。君にはせめてものハンデとして予備隊A4に加勢して欲しい。無論、メランサの指示に従うという形でだ。」
「え!?私が、ブレイズさんを…!?」
「そうだ、メランサ。アンセルはこう言っていたぞ。自分たちはいつまでも予備隊でいる訳にはいかないと。ならばお前はどうだ?お前たちはどうだ?肩を並べるのが気心の知れた友人ばかりでいいのか?」
「……」
だからと言って、急にエリートオペレーターをチームに入れるのはショック療法めいていて、気の毒に思う所もある。
エリートオペレーターは彼ら予備隊が七転八倒してようやく達成する任務を単独で熟してしまうような「超」のつくベテラン勢なのだ。
だが、同じフェリーンであるブレイズに自分の姿に重ねたのか。メランサは彼女の挑戦的な視線を受けて闘志を燃やしたようだ。
「…分かりました、私、やります!」
「そうだね。こういうことがないとブレイズさんと関わることってないし、いい経験になるかもしれないよね!」
どこかブレイズを一回り若くしたようなカーディがメランサに合わせて元気一杯に答えた。
そんな健気な彼女たちの姿に胸を打たれたのか。ブレイズはメランサの体を壊さんばかりに抱きしめた。
「か、かわいいっ!」
「ブレイズ、ドクターに言われたばかりだろう。そういう過度なコミュニケーションは時に
「だって、アタシこの後、別任務があるんだよ?もっといっぱいお話したいのに!それなのに、こんなにカワイイ後輩ちゃんたちが…、こんなの、生殺しだよ!」
「……ドクター、なんとかしてくれ。」
ここ最近、ドーベルマンが眉間を押さえて苦悶の表情を浮かべる姿をよく目にする。
近頃は一癖も二癖もあるオペレーターばかりが加入しているせいもあってか。心労が溜まっているのかもしれない。医療部からの警告もあった。
…近々、まとまった休暇をプレゼントすることにしよう。
「ブレイズ、アーミヤを呼んできた方がいいか?」
私は、一人の愛らしいコータスの名前を出した。すると、豪気で名を売るフェリーンの利かん坊は途端に固まり、冷や汗をかき、顔を青くした。
「…じ、実は、昨日も怒られたんだよね。毎回、血だらけで帰還するからフォリニックが頭を抱えてるんだって。」
アーミヤは誰にでも優しい。どんな人間にでも手を差し伸べる。心を閉ざした感染者でさえ、彼女と触れ合えば希望を見出してしまうほどに魅力的な人物なのだ。
…だが一方で、彼女ほどロドスの
「今ある仕事が片付いたら一度様子を見に来ると言っていたな。」
「え、ホント!?」
彼女が冷めた目で一瞥したなら、それがたとえ戦地で敵を
「よ、よし、ブリーフィングをしよっか…。」
これでこの演習の間は大人しくしているだろう。
「それならマンティコアは私が指導しよう。」
『…え……?』
「え、ドクターが指揮するんですか?」
やる気を見せたはずの
「マンティコアも経験のない訓練に付き合わされるんだ。簡単な戦術だけでも教えなきゃフェアじゃないだろ?」
「オモシロイじゃない!ドクターとの真剣勝負って訳だね!」
…どうあってもブレイズはこのイベントを楽しみ尽くすのを止められないらしい。さっきまで凍り付いていた顔がもう
「……」
「そんなに心配しないの!これは演習なんだからさ!」
どっちなんだ。
『……』
「ほら、君も縮こまっている暇はないぞ。相手はやる気満々だ。それに、今回の成績次第では君のお給料が底上げされる可能性だってあることを忘れないようにね。」
『…お、お給料……?』
やはり肩身狭く感じているのか―――画像越しで判別しにくいが―――、見上げる彼女の目は薄っすらと潤んでいた。
「そうだ。これまで君は金銭での報酬を貰ったことがないだろ?ここでは仕事の対価の大部分が貨幣で支払われる。使い方は君次第だ。服を買うも良し。休暇を取ってリゾート地で疲れを取るも良し。」
『……』
どれも経験がないからか。いまいちピンとこない、ボンヤリとした顔で私を見詰めている。
「”自由”だ。君はここでそれを学んでいくんだよ。」
『…自由……、』
「興味ないか?」
『う、ううん…!私…、がんばる……、』
ようやく、こっちもエンジンが掛かってきたらしい。
ここに来て初めて、彼女の
―――そうして双方の準備が整い、演習は滞りなく開始された。そして……、
いくらかマンティコアに不利な状況であったにも拘わらず、演習はマンティコアに軍配が上がった。
「いやあ、凄いね!あの時、あと一歩反応が遅れてたらアタシも一撃で仕留められてたかもしれないよ!」
マンティコアが実戦経験豊富だったこともあり、演習中に緊張するという様子はまったくなかった。
自分の能力を最大限に発揮し、厄介な射撃手から順々に仕留め、アッという間にメランサとブレイズを孤立させた。
おそらくは磨き上げられた直感で二人が周囲の変化を把握する感覚に優れていることも見抜いたのだろう。
この二人に関してはジックリと、慎重に間合いを詰めている様子が窺えた。
メランサに死角はなかった。警戒も怠っていなかった。それでも空気と一体化したマンティコアの襲撃を感知するには今一歩、経験が足りなかった。
マンティコアのナイフは先にブレイズを襲った。これに関しては、襲撃の瞬間にできる隙を、ブレイズなら捉えてくると私が予め忠告しておいたことだ。
彼女は指揮官の指示を的確に判断することができる能力があることも確認できた。
しかし、ブレイズもエリートの意地を見せつけた。
直前でマンティコアの接近を感知し、ナイフを躱しながら彼女を投げ飛ばした。不意を突かれたマンティコアだが、それでも反射的に体が反撃に転じていた。
彼女の身体的最大の特徴である巨大なサソリの尻尾がブレイズを横薙ぎに吹き飛ばした。
その間、メランサはブレイズの奮闘で発見するに至ったマンティコアを襲撃。彼女の剣の腕はエリートオペレーターにも引けを取らない。
しかし、ここでもマンティコアのステルスが発動したのか。あろうことか無防備な彼女に剣をいなす隙を与えてしまっていた。
この瞬間にできた隙をマンティコアは見逃さなかった。
彼女のゴムナイフがメランサの腹を裂いた。
そうして彼女は演習の攻略条件を満たした。
「……」
「先程も言ったが、マンティコアのステルス能力は実戦においても稀なケースといって良いレベルだ。レインボー小隊でさえ、彼女が弱っていなければ追跡できなかったレベルなのだ。むしろ、君の奮闘は誇れるものだと忘れないでくれ。」
そして、カーディの言う通り、間違いなく良い経験になったはずだ。
遠距離支援が主体のスチュワードとアドナキエルにとっては前に立つ二人に頼らず「自分は常に危険に晒されている」という意識がこれまで以上に高まっただろうし、カーディに関しては自分の、たった一枚の盾がチームの「砦」であることを自覚しただろう。
もしも彼女がメランサほどに感覚が鋭ければ、状況判断に優れたアンセルがそれを補えたなら、その盾で後衛を延命させることができただろう。
そして、メランサ、ブレイズとの
こういうシュミレーションの積み重ねが彼女たちを唯一無二の「戦友」へと育てていく。
絆を育む手段が「戦闘」というのは
……そう、私たちは生き残るべきなんだ。いかなる手段をもってしても。
「そして、マンティコア、」
私が何か頭の片隅にある古い何かに触れそうな感覚に襲われている一方で、ドーベルマンはマンティコアへの評価を下し始めていた。
「今回は君の勝利だが、その戦闘方法にはやはり注意すべき点がある。」
『え……?』
「君のそれはどこまでも”暗殺”に特化しているということだ。」
心臓を刺し、首を落として
そもそも同じ「命の奪り合い」に複数の言葉が存在することすら理解できていなかった。
ドーベルマンは、彼女のその「教養の無さ」を解決することが一番の課題だと伝えなければならなかった。
「ロドスの作戦の中には”生け捕り”や”無力化”という内容も少なくない。見たところ、君はナイフがヒットした相手への注意力が極端に欠けているようだ。また、例え実戦において、致命傷を与えたとしても、敵の脅威が直ちに消えないこともままある。君もそれは経験済みのことだろう。」
ドーベルマンにも
「であるにも拘わらず、注意力が欠けてしまうのはやはりそのアーツに絶対の信頼を置いているからと言わざるを得ない。」
暗殺者の思考する傾向はよくよく心得ていた。
「とはいえ……、」
その意味深な接続詞が、雲行きの怪しい彼女の評価に一筋の光を見せた。
「おおいに評価すべき点もあった。」
彼女の仕事には「成功」か「失敗」しかない。「安全な寝床」か「サルゴンの荒野」しか与えられない。そんな彼女にとって、「褒められる」という報酬は未知の体験なのだろう。聞き慣れない言葉にキョトンとしている。
「君はアンセルを狙わなかった。それはなぜだ?」
『え…、あ……、』
「問い詰めている訳じゃない。君の考えが知りたいだけだ。落ち着いて答えてくれ。」
マンティコアは両手の指先を合わせながら、明らかに「幹部」の空気を持つドーベルマンを度々上目遣いに覗きながら
『アンセルは、私を、攻撃、しなかった、から……、これは、仕事じゃ、ない…、から……、』
本当はもっと言いたいことがあるのだろう。彼女は何度もそれを口にしようとしては言い淀み、口を
言葉を選んでいるのか。それとも、ただ弱気な性格がそうさせているのか。
どちらであったとしても、ドーベルマンは彼女の言動を好意的に捉えているらしかった。彼女の発言が終わったことをシッカリと確認すると、進展のある問いを付け足した。
「君は自分を仲間想いな人間だと思うか?」
多くの人間はその問いに言葉を失うだろう。言われるままに解答すれば「信じてもらえない」そういうブレーキが掛かってしまうものだ。
そこに「その人間の性格」が現れる。ドーベルマンはそれを期待していた。
マンティコアもまた例に漏れず、黙り込んでいた。
だが、彼女が言葉に詰まっているのはなにも、あれこれと聞こえの良い言葉を探しているからではない。
それがよく窺い知れる答えが、静まり返った部屋にポツリ、ポツリと涙の滴る音を聞いているかのようにさめざめと響いた。
『……私、本当は、誰も、殺したくない……、』
それは一見、ドーベルマンの求める答えとして適切ではないように思える。ロドスへの加入を拒んでいるようにも聞こえる。
だが、先日のアンセルがそうであったように、それは彼女の決心の現われだった。
多くの命と引き換えにすることでしか得られなかった「安全な寝床」。彼女はそれを
”アナタたちの役に立ちたい”
それは鉱石病の苦痛を押し込めてでも伝えたかった彼女の「希望」。小さな勇気を語った「親愛なる友人」に見せた、「マンティコア」というサルゴンの荒野を彷徨う少女の心の叫びだった。
彼女の言葉は拙く、聞き手に依存している。決して褒められるような答えとは言えなかった。
だがそれは言い換えるなら、聞き手を信頼しているからこそ口にできる言葉でもあった。
それらを理解した上で、加味した上で、ドーベルマンは少女の愚直な答えに満足できる未来を見ることができたらしかった。
彼女は一同が胆を抜かすほどに柔和な笑みを浮かべ、少女の頭を優しく撫でた。
「君の考えはよく分かった。私はそれに、君の信頼を裏切らない評価をしようと思う。」
『……』
撫でられることもまた、経験のないことだと分かる顔で、マンティコアは彼女を見上げた。
「加えて、演習時に見せた君の挙動から環境把握能力に優れていることも確認できた。今後、その力を伸ばすことができたなら、エリートオペレーターと遜色ない活躍も期待できるだろう。」
『え……?』
「それはつまり、彼女は…、」
言われたことへの理解が追い付かず、言葉に詰まっている彼女の代わりに声を返したのはアンセルだった。
「…フッ、」
あの遣り取りが「嘘」でなかったと証明されたことに彼女は安心し、グズる少女にソッと手を差し伸べた。
「ようこそ、ロドスへ。我々は君を歓迎しよう。」
『…え、えっと…、よ、よろしく…お願い、します……、』
おずおずと握る彼女の姿にはまだまだ「希望」と「不安」の間で右往左往している様子が窺えたが、それでもドーベルマンはロドスでやっていけると判断してくれたことに私はホッと胸を撫で下ろした。
※レインボー小隊
……なんでいるんでしょうね(笑)
(原作未プレイの方へ、「レインボーシックスシージ」はフランスのユービーアイソフトより2015年12月10日に発売されたFPSゲームで、レインボー小隊はコラボキャラクターです)
※希望……、
欲しい招集券が来た時には枯渇していて「絶望」を繰り返すドクターが私です。
※ホンマの後書き
原作をプレイしていて気付きました。ドーベルマン、「ケルシー」って呼び捨てにしてるやーん!……まあ、いっか、書き直すのもアレだし(笑)
あと、すみませんが今後、初登場のオペレーターの紹介は省かせていただきたいと思います(キリがないから(^_^;))。