たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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 前回が最終回感薄い気がしたので書きました。


エピローグ

 

 島を支配していたカイドウと同格である四皇が、近くまで来ていたこと。世界最高戦力である海軍大将が島に入り込んでいたこと。将軍たちが奮闘したこと。

 そういったことを一切知ることもなく、そして知らされることもなかった市民たちは、心のままに祭りを楽しんでいた。

 対処が終わった一行もまた、祭りを楽しむために戻っている。

 

「聞くタイミングを逃してたけど、あの楽器は何?」

 

「あの櫓の上にあるのは大太鼓。あっちのギターに似てるのは三味線だよ」

 

「太鼓……は、まあそうだよね。知ってる音と響き方が違うけど、これもいいね。三味線も良い音。ヤマトもできるの?」

 

「音を出すだけなら。さすがに演奏とまではいかないよ」

 

「そうなんだ。……買って帰れないかな」

 

「モモの助か日和に話を通せば買えるんじゃないか?」

 

「じゃあ2人に会わなきゃ。行こ。ベルナート、ヤマト」

 

「祭りを楽しむんじゃなかったのか?」

 

「それも楽しみながら! だって、時間ないんでしょ?」

 

「……」

 

 ワノ国の華やかな衣装を着ているウタが、左手にりんご飴を持ち、右手でベルナートの手を握る。ヤマトも祭りを楽しみながら2人の後をついていく。

 ヤマトは当初、2人の時間をと思ったのだが、ウタに誘われて今の状態になっている。ヤマトがワノ国に残ることを知ったのだろう。再会がいつになるかわからないから、今の時間を3人で過ごしたい。

 ウタが時間を密にしているのも、世界情勢を知ったからこそだ。四皇が変わった。七武海制度も変わった。大きく荒れることは容易に想像でき、エレジアが心配にもなる。ガープとバギーの名を借りた抑止力は、世界政府への加盟のタイミングで消えている。

 大きく動くこれからの時代に備えられるように、早くエレジアに戻ってゴードンと話を詰めたい。音楽の島エレジアは、軍事力が低いのもある。

 

(本当ならもう出発しないといけないのに。ベルナートが優しさで私に祭りの時間をくれてる。なら、思い残しのないように目一杯甘えて過ごさなきゃ)

 

 そんなわけで、ベルナートの見聞色を頼りに移動していると、道中で一部の麦わらの一味と出会った。

 

「あら、ウタとベルナートにヤマト。祭りは……楽しんでそうね」

 

 ロビンとナミ、ジンベエが椅子に腰掛け、ビールを片手に談笑していた。ウタは言うまでもなく、ヤマトは両手に食べ物を持っており、お互いに満喫中なのは明白だ。

 

「ロビンさん、今は3人だけ?」

 

「そうね。うちは宴の時、わりかしこうよ。みんな好きに楽しんでる」

 

「ルフィならウソップとチョッパーとブルックの4人であそこ。たいてい目立つ場所にいるわよ」

 

 ナミが指を差した先には、ワノ国の住人と輪になって踊っている姿が見える。その姿は、どの島であろうと、何歳であろうと変わらない。

 

「話をするなら呼び戻すわよ?」

 

「うーん、どうしよっかな。あとでもいいんだけど……」

 

 ウタが悩んでいると、ロビンが能力でルフィの頬をつつく。それでウタに気づいたルフィは、一度輪から抜けてそちらに向かう。

 

「話せるなら先に話した方がいいわよ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 一度何も本音を言わず、一味から離れて死を選ぼうとしたロビンの言葉は、本人の口調とは裏腹にとても重かった。

 それを素直にウタは受け止め、りんご飴を食べ切ってごくりと飲み込む。

 

「なあ、ウタは歌わねえのか?」

 

「先に済ませたいことを済ませたら歌うつもり。出航前にね」

 

「出航? もう船を出すのか?」

 

「早くエレジアに戻ったほうが良さそうだから」

 

「……世界会議(レヴェリー)か。どうやら大きく変わったようじゃな」

 

「れゔぇりー?」

 

「世界政府の加盟国が行う会議のことよ。私たちが通った島だと、ドラム島、アラバスタ、魚人島、ドレスローザも参加してたはずよ」

 

「へ〜。ってことは、ビビも行ったのか。懐かしいな〜」

 

「……ま、その会議で決められたことが今回大きくてな。王下七武海の制度が消えた」

 

「「「!?」」」

 

「七武海が消えると、どう変わるんだ?」

 

 ルフィは政治や体制への理解がほとんどない。温厚な村や山賊たちと山で育ち、海賊となったためにピンとこない。七武海のことも、元々知らなかったほどだ。

 

「七武海は元々、増え過ぎた海賊たちを抑える抑止力じゃった。腕の立つものを政府側に組み込み、海賊の力で海賊を減らすために」

 

「知名度と実力が条件。クロコダイルだって、事を起こすまではアラバスタで他の海賊を討ってたし、モリアもゾンビ兵を増やすために海賊を討ってたでしょ」

 

「んー、なるほど?」

 

((わかってなさそう))

 

「余談にはなるんじゃが、エースさんも勧誘されたことはあるぞ」

 

「え!? エースが七武海!?」

 

「本人は断ったがの。たしか、当時の七武海に勝ち、負けた者は失脚。穴埋めとしてエースさんを入れようとしたが蹴られ、結局後任に就いたのがバーソロミュー・くまじゃ」

 

「くまってその時になってたのか。まあでも、エースが断わるのはエースらしいや」

 

 そのエースに負けた七武海が、カイドウの部下になっているうるティとページワンの父親である。その事に気づいている者は、ヤマトを含めこの場の誰もいない。

 

「ともかく、その七武海制度が消えたことがエレジアにとって向かい風でな」

 

 逸れていった話をベルナートが引き戻した。エレジアという国は復活しており、今や歌姫ウタの本拠点としても知れ渡っている。荒らされない対策として、海軍と七武海の力を前まで借りていた。その抑止力の名残はあれど、すぐに薄れることだろう。

 

「その七武海の力を借りられなくなったわけね」

 

「それどころか四皇になっちゃったからなぁ」

 

「……ま、まさか」

 

「うん。その元七武海がバギーさん」

 

「「えぇぇぇ!?」」

 

「なんでだ!? あいつ本当に弱いぞ!?」

 

「縁があってね。海軍の方はガープさんだよ」

 

「げっ! じ、じいちゃん……!?」

 

「ウタ……だいぶすごいことするわね……」

 

「えへへ」

 

 ルフィたちにとっては衝撃の連続だが、事態が決して軽いものじゃないのも同時に伝わった。

 己が七武海になり、少しでも国を守る力になれればと活動したことのあるジンベエは、特にその事を理解している。

 

「荒業じゃが効果的ではあったはずじゃ。それが裏目に出るなぞ、誰も予想できん」

 

「ジンベエはどう見る?」

 

「そうじゃのう……。魚人島は当時、七武海のワシと白ひげのおやっさんの力で守られていた。いや、ほとんどは白ひげという名の力ではあったが」

 

 白ひげという名の抑止力。七武海ジンベエという実働の存在。その二重の壁が魚人島を守っていた。頂上戦争後はビッグマムに代わり、ビッグマムが討たれた今は新四皇の麦わらのわけだが。

 

「エレジアの場合、すぐに荒れることはないじゃろう。魚人島と違って海賊にとって必須の通過点でもない。多少時間の余裕はあるが、早いうちに内側から決めるべきじゃ」

 

「……そうだよな。ありがとう」

 

「ウタ。もしもの時はおれ達を呼べよ。必ず行くからな」

 

「ありがとうルフィ。世間的には海賊嫌いで通ってるから呼びにくいところもあるんだけど、どうしようもなかったら頼るね」

 

「ああ。任せろ」

 

 四皇シャンクスの娘にして、四皇バギーと縁があり、四皇ルフィの幼馴染である海賊嫌いの歌姫ウタ。いったい誰が手出しできようか。強硬な手段に出れば、最低でもシャンクスとルフィを敵に回し、民衆からも反感を買う。

 とはいえ、それは裏の事情まで知っていたらの話。表しか知らなければ、ウタはただの歌姫。そのウタの故郷となったエレジアを守るためには、表向きの力が必要だ。

 

「出航はいつにするんだ?」

 

「明日の朝には出る。エレジアへのログはあるからな」

 

「じゃあその時は見送りさせてもらうわね。なんだかんだ言って、シャボンディ諸島からほぼ一緒にここまで来た仲だし」

 

「もちろんおれ達も見送りに行かせてもらうぜ」

 

「ヨホホ。ウタさんと音楽の話ができなくなるのは寂しいですが、次の楽しみとして取っておきますね」

 

「ありがとう皆さん。あ、ブルックさん。あとでライブするから、その時に手伝ってもらってもいい?」

 

「ヨホホホホホ。喜んで力添えさせていただきます」

 

「やった! それじゃあまたあとで打ち合わせもしよ!」

 

 この後の予定がさらに追加された。ハードになりつつあるスケジュールではあるが、ベルナートは心配をしていない。ウタは音楽活動には特にストイックだ。最高のライブを届けるために、自身の体力も頭に入れてスケジュールを組む。できないことはしない。

 

 

 

 

 一度ルフィたちと別れた3人は、モモの助たちの下へと向かった。初めは住人たちとともに楽しんでいたが、緑牛の件以降は場所を変えていた。祭りの様子を一望できる建物の2階にいる。

 モモの助と日和と赤鞘たち。赤鞘の面々は交代で買い出しに行っているようだ。

 

「なにやら、また一回り大きくなったようだな」

 

「ベルナートか。お主の目にそう映るのなら、そうなのであろうな」

 

「謙虚なのか、自信を持つのが下手なのか」

 

「……まだ実感がついて来ぬのだ。将軍としての実感が」

 

「そうだろうな。今後わかることだ。国を治めることがどういう事かをこれから知る。幸い頼りになる奴らがいるんだ。頼って、悩んで、成長していけ。急に変わるのは見た目だけでいいだろ」

 

「ベルナート殿の言う通りでござる。拙者たちも全力でお力添えしまする故、なにもお一人で抱える必要はござらん」

 

「うむ。そうだな。皆の力、これからも貸してくれ」

 

「「御意!!」」

 

 この場にいた家臣たちの力強い返事は、不安を抱えるモモの助に大きな力となった。話を見守っていた日和も静かに頷いており、これまたモモの助の力になる。

 

「ベルナート、ヤマト、ウタ。改めてになるが、お主たちにもここまで大きく助けられた。ありがとう」

 

「ベルナートとヤマトはわかるけど、私はなにもしてないよ?」

 

「そんなことはない。ウタのライブとやらは、拙者の心に安らぎをくれた。拙者は臆病者故、国の外がずっと怖かった。海賊も、何もかも」

 

「……」

 

「しかし、ルフィたちやお主たちのおかげで、拙者はここまでこれた。苦しさも忘れ、笑っていられる時間も増えたのだ」

 

「そっか……。それならよかった」

 

「ウタはこの国の楽器、特に三味線に興味があるらしいよ。可能なら買って帰りたいって」

 

「買う必要はない。礼として贈らせてほしい。日和」

 

「はい。たしかな品質のものを用意し、お渡しさせていただきます。職人に特注させることもできますよ」

 

「それは嬉しいけど、実は明日には出航するんだ」

 

「なんと!? 一晩では礼をし切れぬ程、お主らには恩があるというのに! せめて5日、いや10日はどうだ!?」

 

「こっちの国も、ちょっと事情があってな」

 

 ワノ国は鎖国国家だ。世界がどういう体制を持っており、どういう変化が起きると、大きく変わるのか。そういうこともこの国の人間にはわかりづらい。

 ベルナートはモモの助たちが理解できるように、必要な情報だけを用い、時には言葉を変えながら説明した。

 

「なんと……そのような事態とは……」

 

「歩み直しという点では、似てるところもあるね」

 

「モモの助様」

 

「わかっておる。錦えもん。事情を知って止めるのは、恩返しどころか仇を返すことになる。別れ惜しいが、送り出さねばならん」

 

「ここに来たのは、別れの挨拶を兼ねてだ」

 

「何を言うか。出立も見届けさせてもらうぞ」

 

「三味線もそれまでにご用意させていただきます。お時間があればお教えすることもできましたが……」

 

「たぶん大丈夫。ゴードンならわかるだろうし、もしわからなくても、その時は教えてもらうためにまた来るよ」

 

「わかりました。三味線に限らずとも、またいらしてください」

 

「ワノ国はまだ開国できぬが、この先ワノ国が開国できれば外交を結ばせてほしい」

 

「もっちろん! それも楽しみにしてるね!」

 

 ワノ国が開国するとなれば、それは大きな戦いが始まることにも繋がる。20年という苦境を終えたばかりの国だが、まだ大きな山が残っているのはなんとも苦しい運命か。

 だが、この国ならばそれもまた乗り越えられよう。新たな主君を迎え、活気溢れるようになったこの国なら。

 

「私この後ライブするから、みんなも見ててね」

 

「それはなんとも楽しみな話だ! 必要なものがあれば周りの者に申してくれ。用意させる」

 

「うん! ありがとう!」

 

「錦えもん。ウタ殿のライブとやらはそれほどなのか?」

 

「お主らも楽しみにしておれ。日和様の三味線が天の演奏とすれば、ウタ殿の歌声は天の歌声ぞ」

 

「……ウタさん」

 

「ふふっ、たぶん同じことを考えてるね。ブルックさんと打ち合わせするから、日和さんも行こ」

 

「ええ。楽しみです。河松、お願いできる?」

 

「ハッ。どこまでもお供しまする」

 

 

 

 そうして開かれたウタのライブは、ワノ国全体に映し出された。花の都に限らず、周囲の島々、その村々に届けられている。

 歌い手はウタ。演奏するのは世界的に人気のあるブルックと、ワノ国の民たちから愛される小紫改め光月日和。ギターと三味線は似て非なる楽器。それをどう調和させるのか。演奏、演出はブルックが主導しながら3人で決めたもの。

 

「みんなー! ライブを楽しんでいってねー!」

 

 ウタの呼びかけに大歓声を上げるのは、ウタを知っている海賊たち。花の都にいるワノ国の民たちは、それに釣られる形で歓声を上げていた。

 しかしそれは、すぐに自発的なものへと変わる。ウタの歌声を聞いた瞬間、皆が直感的に理解し、日和とブルックの演奏も相まって魂を震わせる。

 

「あはは。やっぱりウタは凄いね。誰の子とか関係ない。歌声1つで、もうみんなの心を掴んでる」

 

「そうだな。……ワノ国と外じゃ、音楽の文化の違いもあるだろうに」

 

「うん。演奏はあっても、ライブはない。こっち方面でも、ワノ国は変わるだろうね」

 

 ウタと旅をしてきた麦わらの一味はもちろん。ハートの海賊団もキッド海賊団も楽しんでいる。両船長たちは腰掛けたままだが、どちらも聴き入っているようだ。

 

(……キラーはわりとミーハーだったか)

 

 普段の印象からはクール系をイメージさせるが、ウタのライブが始まっては見ての通り。他の船員たちと同じように腕を上げて楽しんでいる。

 

「それで?」

 

「さすがに気づくか」

 

「当然。ウタのライブを聞きながら、何か考え事してるんでしょ」

 

「考え事ってほどじゃない。……放っておいても解決しそうなことではある」

 

「その口ぶりからすると、僕1人に任せるか、協力するかで揺れてるんだ?」

 

「……筒抜けになるとは思わなかった」

 

「わかるよ。ウタほどじゃなくても、それなりにはね」

 

 ベルナートが悩むのは、ヤマトを信用し切れていないからではない。ヤマトなら大丈夫だと信じているからこそ、かえって悩んでいるのだ。ヤマト1人に任せられることを手伝うのか。それも出航に影響を与えてまで。

 

「悩む必要はないんじゃないかな」

 

「……それもそうだな。明朝でいいか?」

 

「いいよ。僕は急ぐ理由もないからね。キミに合わせるよ」

 

 そうと決まれば他に考えることもない。ベルナートはウタのライブにちゃんと意識を向け、不器用な親友に肩をすくめて、ヤマトもウタに意識を向けた。

 心から目一杯楽しみ、人々を魅了している。覇王色を持つような者たちとはまた違ったカリスマ性。一種の頂点でありながら、そう感じさせない近い存在。

 ベルナートとヤマトがちゃんと聞き始めたことを理解したウタは、2人に向けてウィンクする。

 

「あ、気絶者続出」

 

「ファンが倒れるから、ウタワールド内だけにしろって言ったんだけどな……」

 

「そんなこと言いながら、本音じゃ嬉しかったんでしょ」

 

「否定しない」

 

 気絶していった者たちの中には、今夜ウタを知ったばかりの者たちも含まれている。すぐにファンを獲得できるのも、これまでの経験で培ってきた力があるからだ。

 そんなウタの真似を日和がしてみると、

 

「日和様ぁぁー!」

「なんと可憐な……!!」

 

 さらに気絶する者たちが増えていった。いや、日和の人気は元より高い。それもあって倒れた数はウタの時よりも多い。

 そんな珍事も発生したが、ライブはその後も盛況となり、ワノ国では後世にまで語り継がれる1つ伝説となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ベルナートがその見聞色で気づいていたのは、百獣海賊団の残党のことだ。正確には元々その存在は認知していた。緑牛と戦った時には把握済みだった。

 放置していたのは、わざわざ手を出す理由がないから。仮に残党が挑んできたらワノ国側に手を貸しただろう。だがそうならなかった。緑牛が先に手を出していたのもあるが、そうでなくともキングがそうさせなかっただろう。

 ともかく、残党がワノ国に手を出さないのならベルナートも動かない。そのつもりだったのだが、妙な動きを察知した。

 

「進路が何回か変わってるよね?」

 

「向こうもいろいろとあるみたいだな。一枚岩じゃなさそうだとは思っていたが」

 

「弱肉強食だからね。上を倒せば自分がのし上がれる。そういう仕組みがあったから、野心溢れる人もいたよ」

 

「嫌な組織だな……。ともかく、すぐに済ませるために先回りするぞ」

 

「了解」

 

 祭りの翌日。日が登ると同時にベルナートとヤマトは行動を開始していた。ワノ国の中で、とある人物と接触するためだ。あまり時間をかけたくないベルナートにとって、これが最速の選択肢。

 

 

 その目的の人物は2人いる。その者たちは今も移動を続けていた。目的地があっての移動ではない。追われている身であるため、撹乱のために何度も進路を変えている。

 

「あいつら潰しとかねぇのか姉貴」

 

「潰すのは簡単でも、あいつらキリがないでありんす。下手に戦ったら時間稼がれて、あのクソ野郎が来るでありんす」

 

「たしかにな……」

 

 森の中を走り続けているのは、百獣海賊団の飛び六砲。うるティとページワンの2人。実の姉弟である2人は手練だ。その2人が逃げの一手なのは、相手が悪いからだ。

 2人を狙っているのは、同じく飛び六砲のフーズ・フー。元CPでありながら海賊になり、百獣海賊団に取り込まれた。圧倒的に強かったカイドウという抑えが消えた今、気に入らなかった相手に早速牙を剥き始めている。

 

(ふざけやがって……! 絶対許さねぇぞ……!)

 

 飛び六砲という枠では同格であっても、フーズ・フーはその中で上澄みだった。実力は確かなもので、姉弟が能力を使おうとその牙ならやすやすと貫くことだろう。

 うるティは、2人で戦えば負けることはないと考えている。最悪でも引き分け。しかし厄介なのは、フーズ・フーの部下たちだ。海賊団まるごと飲み込んだことで、当時の部下たちは今もフーズ・フーの部下。消耗戦に持ち込まれたら、姉弟で協力しても本命に負ける。

 その後に良い思いができる展開などない。興味はなくとも元同僚だったからこそ、それくらい考えなくてもわかる。

 

(絶対に、ぺーたんは守る)

 

 弟を溺愛するうるティの最優先事項は常にぶれない。今までも、これからも変わらない。

 それを見せるように、うるティは額に覇気を溜め、前方に現れた気配に渾身の一撃を放った。

 

「あっぶね!?」

 

 その人物はうるティの額に手を当て、その一撃を相殺しながら彼女を受け止める。同行していた人物も足を止めると、ぽかんとした様子で姉弟を見つめた。

 

「あ。うるティとページワン」

 

「……ヤマト。それにそっちは、ベルナートか」

 

「ベルナートが2人組って言うから、ひょっとしてって思ったんだけど。やっぱりだったね」

 

「チッ! 忙しいってのにさらに面倒なことになりやがった! 姉貴! ……あれ? 姉貴?」

 

「……」

 

「どうしたんだ姉貴……? おーい」

 

 いつもならすぐに噛み付いてそうなうるティが、静かなまま止まっている。ベルナートに受け止められた状態から、何も変化がない。そんな異常な光景にページワンの脳内では”?”が飛び交う。

 

「疲れが溜まってそうだな。大丈夫か?」

 

「……っ! うるせぇ! 全然平気でありんす! それより何しに来たでありんすか! 邪魔するならここで潰す!」

 

「よかった。いつもの姉貴だ」

 

「待ってうるティ。僕らはキミたちと争いに来たんじゃない」

 

「ああ?」

 

「面倒な奴に追われてるんだろ? それを今のうちに叩いておこうと思ってな」

 

「そういうこと。僕としても、百獣海賊団関係でこれ以上この国に迷惑をかけたくないからね」

 

「裏切っておきながらよく言えるな」

 

「出自は変えられないからね。僕は僕なりにけじめをつけただけだよ」

 

「その辺りの話は後でしてもらうとして」

 

「っ!?」

 

 隠れて動向を監視していたフーズ・フーの部下の1人を、ベルナートは電光石火の早業で捕らえた。他の者たちにも動揺が走り、うち数名は報告のために離脱。ベルナートはそれをあえて放置した。

 

「こいつらって口を割るタイプ? 割らないタイプ?」

 

「「さあ?」」

 

「なんで知らないんだよ……。ほんと、横の繋がりが薄い奴らだな」

 

「百獣海賊団に共通意識があったとしたら、カイドウ様を海賊王にさせる。それだけだったと思うぜ」

 

「……なるほど。ま、居場所は割り出せるからどっちでもいいか」

 

「捕まえたのは伝言係にするため?」

 

「そういうこと」

 

 ベルナートの見聞色の範囲は広い。今もフーズ・フーの部下の動向を掴んでいる。その方向、その先にある強い気配と他の気配の数。居場所を割り出すのはそう苦労しない。

 

「先に伝えといてくれ。この国から出ていくか。それとも身柄を侍たちに引き渡されるか。どっちか選べって」

 

「ひっ!」

 

 ベルナートの手によって、その部下はフーズ・フーの隠れ家へと飛ばされた。当然、死なないように加減は加えられている。

 

「さてと、行くぞヤマト」

 

「うん。2人はどうする?」

 

「ついて行くに決まってるだろ。頭突いてやらなきゃ気がすまないからな!」

 

「そういうことだ」

 

 

 

 ベルナートを先頭に、その後ろをヤマトが走る。最後尾はうるティとページワンが並んで走っている。

 なにやら考えていそうな姉に気づいたページワンは、声を抑えながら話しかけた。

 

「姉貴。どうかしたのか?」

 

「……なんでもない。クソ野郎に何発叩き込んでやるか考えてただけ」

 

「そりゃ気が済むまでだろ」

 

 そう答えながら、姉が別のことを考えていることは察した。その内容まではわからずとも、共有されそうにないことも理解して話を切る。

 うるティが今考えているのは、先頭を走っているベルナートのことだ。本来ならもっと速い男が、3人を置き去りにしないために速度を下げている。そんな甘い男との、先程のことを。

 

(なんなんだよ)

 

 弱肉強食の環境しか知らないうるティは、純粋な優しさがよくわからない。ベルナートの強さは1回で理解した。強い男の目が、なぜああなのか。世界の深みを知る男の手が、なぜ温かいのか。

 

(なんで、気持ち悪くないんだ……)

 

 あの時、なぜ心地よいと感じたのか。うるティにはわからなかった。

 

 

 

 

「つまり、ベルナートとヤマトが向かってると。状況から考えりゃ、生意気なガキ共も来やがるな」

 

「は、はい! ベルナートは、この国から出るか、侍たちに突き出されるか選べと……!」

 

「チッ。あの野郎、内輪もめに首を突っ込みやがって」

 

「内輪もめで終わらなさそうだと思ってな。会ってみると、予想が当たってたと確信できる」

 

「もう来たー!?」

 

「そうなるように調整した。逃がす気はない」

 

 野心だけでなく自己顕示欲も高いのか、隠れ家は特徴的な外装になりかけていた。そこに踏み込んだベルナート、ヤマト、うるティ、ページワンの4人に、部下たちはごくりと喉を鳴らした。

 当初の目的だったうるティとフーズ・フーの2人だけなら、どうとでもできた。しかしそこにヤマトが加わると勝算が変わる。厄介になる。その上ベルナートまで来ると、いよいよ劣勢と言えた。

 

「ベルナート」

 

「わかってる。予定通り、周りの取り巻きはオレがやる。頭は任せた」

 

「任された。すぐに終わらせるよ」

 

「随分甘く見られたものだな。ヤマトがいようと、面倒が増えただけだ。それと、俺の部下たちを1人でやろうなぞ──」

 

 話の途中だがその場に突風が生まれた。室内にいた部下たち全員が外に弾き飛ばされ、ベルナートの姿もまた消えている。

 

「ベルナートはやると言ったらやるよ」

 

「……で、カイドウさんに反旗を翻してたお前が何のようだ。そいつらに加担までして、理解に苦しむね」

 

「2人と合流したのは成り行き。理解に苦しむのはこっちの方だよ。百獣海賊団はワノ国に負けたんだ。それなのに、何をするつもりだったのかな」

 

「ああ負けたな。事実上壊滅。だから俺は、俺の好きなようにするんだよ」

 

「その勝手を、この国でするなって話さ」

 

 戦いの火蓋は、2人ではなくうるティによって切られた。瞬時に近づいたうるティが、額に覇気を溜めて叩きつける。

 

「うる頭銃(ズガン)!」

 

「この、クソガキが……!」

 

 2人の覇気の衝突。爆発じみた衝撃が生まれるも、どちらも崩れない。今度はフーズ・フーが高速で動き、防御の上からうるティを蹴り飛ばす。

 

「きゃっ!」

 

「姉貴!」

 

「枠組みが同じだろうと、俺とお前たちは同格じゃねぇんだよ。ガキ共」

 

「調子に乗ってんのも今のうちだぜ。クソ野郎!」

 

 うるティ、ページワン、フーズ・フーがほぼ同時に人獣型へと変身する。動物(ゾオン)系の能力で、獣型になるのも強力な手だが、それは状況によって変わる。獣型になれば見合った力強さを発揮できるが、十分な耐久力があってこそ活かせるものだ。それぞれ覚醒しているためタフさは担保されているものの、獣型にならない理由はそれぞれある。

 例えばフーズ・フーを相手取る場合、その牙の攻撃性は計り知れない。武装色を使っていてもほとんどの者は抉られる。そんな敵を前に、わざわざ的を大きくするのは愚かな選択だ。

 

「剃」

 

「……そこだ!」

 

「ぐっ……! ヤマト……!」

 

「ベルナートの速さを知ってるからね。ついていけるし、ここから逃さないよ」

 

「つくづく邪魔な野郎だ」

 

 劣勢だろうと抗ってやろう。そんな情熱的な気概は持ち合わせていない。有利だと判断すれば攻めて、不利だと判断すれば退く。何も間違っていない正しい判断だ。

 堂々と3人同時に相手して勝ったとしても、外にはベルナートがいる。連戦で戦うのは避けたい相手だ。だから応戦するふりをして、撤退しようと思った。それをたった今ヤマトに阻止され、応戦するしかないのだと突きつけられた。

 

「先に仕掛けたなら、小賢しいことしてんじゃねぇ!」

 

「逃げ回ってた奴がよく言うぜ」

 

 ページワンの鋭い爪をフーズ・フーが受け止め、そのまま至近距離での攻防が始まる。実際にはどちらも目の前の相手を倒すために、拳や爪による攻撃の応酬。

 だが、それも次第にフーズ・フーが優勢になっていく。海賊としての戦闘経験以前に、CP9としての経験もある。六式を修め、白兵戦などお手の物だ。

 

指銃(しがん)斑」

 

「ゔっ……ぐ、ぁ……!」

 

「どうしたガキ! さっきの威勢は!」

 

「……ッ!!」

 

「所詮お前は姉に守られてただけのガキだ! 飛び六砲も! その能力の下駄あってだろ!」

 

「なめ、てるのは! お前だ!!」

 

「ぶぉ!」

 

 姉譲りの頭突き。予想しなかった反撃方法に、攻撃の手が一瞬緩んだ。すかさずページワンは強靭な尻尾でフーズ・フーを弾き飛ばす。飛ばされたその体を、強大な手が両手でがっしりと掴んだ。逃すまいと力強く握っている。

 フーズ・フーはもっと早く気づくべきだった。ブラコンであるうるティが、負傷するページワンを見ても黙っていたことに。

 一度人獣型になったのはフェイク。本命は最大の一撃を加えられる獣型になること。速いフーズ・フーにそれを叩き込むために、ページワンが姉のために体を張った。ならばあとは、弟の想いに応えるのみ。

 

「ぺーたんに怪我させやがって」

 

「両腕抑えられようと、この牙があんだよ。牙銃(ガガン)!」

 

「つっ……。砕け散れ……! うる頭銃群(ミーティア)!」

 

「ッッ!!」

 

 その破壊力から、カイドウに「城が崩れかねない」と言われ使用を抑えられていた一撃。噂に違わぬその一撃は大地を揺らし、建造中だった隠れ家の外装もガラガラと崩れ落ちていく。

 

「ハァハァ……。ぺーたん大丈夫!? あいつ後でもう一発入れてやる」

 

「これぐらい大したことねぇよ。姉貴は?」

 

「怪我したからおんぶして」

 

「必要ねえだろ。元気じゃん」

 

「はぁ!? おぶれ!」

 

「なんでだよ!?」

 

「おぶってやれよ。姉弟仲良く冥土までよ」

 

「チッ。鉄塊ごとヤッたんだけどな」

 

 避けられないなら防御を強めるだけ。六式を使えるフーズ・フーが、鉄塊を使うことは読めていた。その上で十分な一撃を入れたはずが、まだ立ち上がれるらしい。

 

「悪いけど、ここまでだよ」

 

 戦闘が続きそうになったところで、足止めだけしていたヤマトがトドメをさした。

 ここに来るまでに決めたことは、ベルナートが他の相手をすること。一旦うるティとページワンの好きにさせること。出航の時間もあるため、長引くようならヤマトが攻勢に加わること。この3点だ。

 

「雷鳴八卦」

 

「……!」

 

 うるティの攻撃はたしかに響いていた。ヤマトが最後の一刺しをしたことで、今度こそフーズ・フーの意識が飛んだ。

 

「終わったか?」

 

「ベルナート。うん、今ね。そっちも?」

 

「全員気絶させてる」

 

「さすがだね。兎丼の収容所が近いし、そこの侍たちにあとは任せよう」

 

 方針が決まったところで、ベルナートはうるティとページワンの下に歩み寄る。警戒心を見せられても、気にする様子はなく2人の負傷具合を見た。うるティは左肩。ページワンは体の数カ所の怪我だ。

 

「軽い処置くらいならできる。見せろ」

 

「はぁ? これくらい必要ねえって。すぐ治る。な? 姉貴」

 

「放置するよりもっと早く治るぞ」

 

「……ヤマト。なんなんでありんすか。こいつ」

 

「何って言われても……、そういう人なんだよ」

 

「……ふん」

 

「今のどういうやり取り?」

 

「俺に聞かれても」

 

 2人のやり取りの意図を掴めなかったベルナートだが、うるティが大人しく傷を見せたことで応急処置を始めた。その事に誰よりも驚いていたのが、実弟であるページワンだ。目を丸め、驚きと困惑の中でページワンも応急処置を受けたのだった。

 

 

 

 

 港ではウタが、ベルナートを待ちながら見送り人たちと言葉を交わしていた。麦わらの一味、モモの助や日和、赤鞘といった重臣たち。その他にも、ハートの海賊団やキッド海賊団にいるウタのファンたち。

 

「ウタちゃん。知りたがってた料理のレシピだ。どれも特別な食材を使わないやつを纏めてある」

 

「え! いいの!? ありがとうサンジさん!」

 

「おれも! おれも基本的な怪我の治療のを書いといた!」

 

「嬉しい! 本当にありがとう! チョッパーちゃん」

 

 2冊の本を受け取ったウタは、そういえばとルフィを呼び出す。確認しておこうと思っていたことが1つあるのだ。

 

「ルフィってビッグマムに、魚人島を縄張りにするって言ってたんだよね?」

 

「ああ。言ったな」

 

「実際にはローさんとキッドさんがビッグマムに勝ったわけだけど、旗どうするの? 帰る時に魚人島通るから、伝言できるよ」

 

「じゃあ言っといてくれ。魚人島が荒らされるなら旗を立ててくれって」

 

「了解」

 

((キャプテンに伝えとこー))

 

 しれっと話されている魚人島縄張り話。同じ海賊としてはビッグニュースだ。あとでローとキッドの耳に入るのも仕方ない。

 

「……四皇になってシャンクスと肩を並べたわけだけど、どう?」

 

「変わんねぇよ。自由に冒険して海賊王になる」

 

「それでこそルフィだね。楽しみにしてるよ。ルフィが海賊王になるのも、その先も」

 

「おう! ウタも頑張れよ」

 

「当然!」

 

 四皇、歌姫。そんな肩書は一切捨てて、ただの幼馴染として言葉を交わす。誰に対してもフランクなのがルフィの良いところ。周りからすればいつも通りなのだろうが、当人たちはより気楽になれているらしい。

 そうして話していると、ベルナートとヤマトが港に到着する。誰もが驚いたのは、そこにうるティとページワンもいるからだろう。

 

「なんでお前らがここにー!?」

「どうして連れて来ちゃったのよベルナート!?」

 

 阿鼻叫喚な反応をしているのは、直接対決していたウソップとナミ。しかも戦いの内容としては終始劣勢であり、ビッグマムの介入がなかったら負けていた。

 それを思い出しながら警戒する2人だが、うるティとページワンは争う気がない。

 

「ベルナート、ヤマト。この者たちはたしか、カイドウの部下のはず。説明を求めるぞ」

 

「カイドウの部下同士で内輪もめしててな。2人に手を貸して、ワノ国で悪さしそうだった奴を討ってきたところだ」

 

「兎丼の収容所にいる侍たちに任せてきたから、彼らをどうするか後で話し合おう」

 

「ふむ。……それではヤマト、この2人はワノ国に危害を加えないと見ていいのだな?」

 

「うん。それどころか、この国の力になってくれるよ」

 

「私たちはヤマトの家来になるだけでありんす。お前の下につく気はないでありんすよ」

 

「貴様。モモの助様になんと無礼な」

 

「よいのだ錦えもん。ヤマトとベルナートが信を置けると言うのなら、拙者はそれを信じる」

 

 これまでの旅で、モモの助からの信頼は厚くなっている。よく知る錦えもんも納得したが、他の家臣たちはまだ疑いの目を残している。

 それくらいがいいだろう。何年も敵だった相手を、急に受け入れろと言われても難しい。

 その2人をじっと見つめていたウタが、視線をチョッパーへと移す。

 

「チョッパーちゃん。あの2人怪我してるみたい」

 

「診てやってくれチョッパー」

 

「わかった!」

 

 応急処置を受けているとはいえ、傷が浅いわけでもない。2人がタフだから平然とできているだけだ。それをウタが見抜き、ルフィがそれを後押しする。

 船長の許可も下りたことで、チョッパーも医者として何の気兼ねもなく治療にあたれる。

 

「ね。2人ってビブルカード持ってる?」

 

 チョッパーの治療を受けているうるティとページワンに近づいたウタが、気軽にそう訪ねた。その緩さに2人は怪訝な表情を見せるも、質問には素直に答える。

 

「持ってないでありんす」

 

「アレは誰でも持ってるってわけじゃないぞ。うちだと特にな」

 

「そうなんだ。持ってたら交換しようと思ったのに」

 

「あいつと言い、調子狂わされるな」

 

「良いでしょ。2人とも僕の親友だよ」

 

「……ヤマトの雰囲気が変わったのも納得でありんす」

 

「そう?」

 

 この場にいて、ビブルカードを持っている者との交換をするウタと、それを見守っているベルナート。ヤマトを連れ出して冒険した親友たち。今のヤマトを見れば、2人がどれだけ影響を与えたのか伝わってくる。

 少し何か考え、うるティはベルナートにある物を無言で投げつけた。不意でもベルナートは反応し、片手でそれを受け止めた。手のひらに収まるサイズ。小さなアクセサリーだ。

 

「?」

 

「ふん」

 

 その意図を組めず疑問の目を向けるも、うるティは教えるつもりもないらしい。

 うるティの趣味の1つには、アクセサリー作りがある。攻撃的で弟いじりも大好きな彼女にしては、随分とかわいらしい趣味だ。しかしそれを他人に渡しているところなど、弟のページワンも一度も見たことがない。

 この些細な行為が、その実どれだけ大きな行為を意味するのか。それを推し量れるのもページワンだけだ。

 

(姉貴、案外律儀なとこあるもんな)

 

 それが正しい推測になるかはさておいて。

 

「ルフィも、みんなも、今日まで本当にありがとう! 一緒に冒険できて楽しかった!」

 

「おう! ウタもありがとなー! 次会ったらまた船に乗れよー!」

 

「あはは! ま、チャンスがあったらね」

 

「ベルナート。ウタ。次会う時はもっと成長した姿を見せるでござる」

 

「ああ。お前ならできる」

 

「楽しみにしてるね!」

 

 昨夜話していた三味線も受け取り、2人は船に乗り込んだ。あとは錨を上げて、帆を張るだけでいい。

 出発直前の状態で、最後に言葉を交えるのは、やはりヤマトだった。

 

「2人とも。改めて本当にありがとう。一緒に冒険できたことも、この国のことも」

 

「それはお互いさまだ。ヤマトには何度も助けられた」

 

「それもあるし、私も楽しかったよ。こちらこそありがとう」

 

「この国の外に出て、いろんなものを見て、いろんな経験をした。最高の時間だった」

 

「また一緒に旅しようよ。何年後でも。また一緒に」

 

「そうだね。思えばウタのライブも、チケットを買って聞いたことないから。いつかエレジアにこっちから行くよ」

 

「絶対だよ? 待ってるからね!」

 

「約束する」

 

「遭難するなよ。能力者なんだから溺れるだろ」

 

「大丈夫だよ。その時はうるティとページワンも連れて行くから」

 

「そうか。……いや全員能力者じゃねぇか!」

 

「あはは!」

 

 軽快に笑い飛ばすヤマトに、ベルナートとウタも揃って笑う。しばらくすると、3人は拳を突き出して合わせあった。

 

「また会おう」

 

「もちろん。キミたちの旅の無事を祈るよ」

 

「ヤマトも元気でね!」

 

 ヤマトが船から飛び降り、ベルナートとウタを乗せた船が出る。ベルナートは舵を握っているためその場から離れられなかったが、ウタは人影が見えなくなるまで船の後方から手を振っていた。

 1年以上共にいたヤマトとの旅も、シャボンディ諸島から始まった麦わらの一味との旅も、この日で区切りがついた。

 

 

 

 

 

「──そんな感じで大冒険だったよ。ゴードン」

 

「充実していたのなら何よりだ。君たちが出ている間も、この国は変わっていったよ。今のところ、良い方向にね」

 

 エレジアに戻ったベルナートとウタは、ゴードンと食卓を囲って話をしていた。国の復興を目的としてから、ゴードンはエレジアから出ていない。これまでエレジアのために尽力し、移住してくれた人たちと協力して国造りを行った。

 ウタから波乱万丈な冒険譚をあらかた聞き、今度はエレジアのことを2人に話す。世界会議(レヴェリー)後のことを。

 

「七武海が撤廃されたものの、抑止の看板自体は事前に撤去されていた。影響はごく小さなものですんでいるよ」

 

「それは朗報だ。一番心配してたことだった」

 

「そうだろうね。国の方針としては、国交を拡大させることで決まった。この島はまだ弱い。横の繋がりは不可欠だ」

 

「防衛力は……、なにか考えてますか?」

 

「まだ手が回っていないのが正直なところだ。音楽の島だからね。戦える者がこぞって来るわけじゃない」

 

「……今後の課題ですね」

 

 そこに関する話し合いには、ベルナートも参加することになるだろう。手配書のある人間だが、この島にいる人たちは理解を示している。嫌悪を抱く人はいない。

 

「大きく荒れていく国もあるだろうが、エレジアはこれからも同じだ。私たちのペースで、地盤を固めていく。ウタはこれからどうする?」

 

「んー。ツアーはまだしないほうがいいよね?」

 

「……エレジアが防衛力を持ったらできる。四皇たちは新世界でぶつかり合うだろうし、革命軍が動いたことで天竜人もちょっかいかけに来れない。ある意味安全な方だ」

 

 バギーはエレジアを縄張りとは言っていない。その気もないと、ゴードン宛てに手紙も届いていた。それよりも懸念すべきはガープの影響力だ。その名を借りていたのだが、ガープが生死不明と報じられている。これ幸いと海賊たちが押し寄せて来る可能性もある。

 その海賊たちへの備えさえできれば、ウタのツアーもまた再開できる。前半の海で、ベルナートに対抗できる実力者は少ない。ツアーに絞って言えば、安全性は世界会議前より高まっている。

 

「そっか。じゃあツアーできるようになるまでは、私もできることを手伝うね」

 

「それは助かる。今は楽器を学びたがる人より、歌い方を学びたがる人が多い。ウタが講師をしてくれると皆喜ぶ」

 

 

 

 そうして過ごすこと数週間。

 ベルナートが警戒していたようなことは起きず、平穏な日々が続いていた。海軍や七武海による抑止力の効果を失おうと、高額な懸賞金をかけられているベルナートがいる。少なくともウタがツアーを控えている間は、誰もここを襲おうと思わない。

 そんな日々の中で、ベルナートはウタに呼ばれて島のある所に呼ばれていた。そこは2人が出会った浜辺。気を失っていたベルナートをウタが助けた場所。

 

「ウタ」

 

「待ってたよ。ベルナート。ちゃんとそれ、着てくれたんだ」

 

「そりゃ着るよ。大切な日だから」

 

 2人の関係は公にすることができない。島の人たちもわかってはいるが、公表していないことを汲み取っている。

 だから、大々的に式典を開くこともできない。どこにも情報が漏れないように、ひっそりと行う。

 

「きれいだよ。ウタ」

 

「ありがとう。ベルナートもかっこいいよ」

 

「スーツは着慣れてないから、違和感しかないけど」

 

「それを言ったら私も着慣れてないよ。でも特別感が増していいと思う」

 

「たしかに」

 

 周りには誰もいない。2人だけで執り行う式。形式的なものは、ワノ国を出る前に赤髪海賊団の船で行った。今回のは、ウタの要望による思い出づくりだ。

 純白なドレスに身を包んだウタと、白いスーツを着たベルナート。

 小さく、そして幸福な式。

 

「ウタ。君を愛してる」

 

「私も愛してる。一緒に幸せになろ」

 

 目を閉じ、そっと唇を重ねる。

 熱を、気持ちを伝え合うように。

 

 たとえ表に出せなくてもいい。知ってほしい人が知っていて、親しい人たちが心から祝ってくれる。

 なによりも、これからの人生を共に歩めていければいい。一緒に生きて、一緒に笑っていられたらそれでいい。

 そんな2人を祝うように、暖かな日差しが2人を優しく照らした。

 

 

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