田舎暮らしを始めてすぐ、玄関先に野菜が置かれるようになった。袋にも入れられず、地面に直接おかれる野菜。一体、何者の仕業なのか?

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夏野菜の怪

 チェッカーガラスの引き戸を開けると、カタチのよいナスが一本と色の濃いピーマンが一個、地面に置かれてあった。

 

 玄関前に転がるそれを見て、蓮二は「はて?」と首を捻って考えるが、何も思い当たる節がない。

 

 確かにこの辺りには農家が多い。

 

 ただ、最近引っ越してきたばかりの蓮二に知り合いはいない。それに、地面にナスとピーマンだ。余った野菜を配るにしたって、もうちょっとやりようがあるだろう。

 

 云々と唸ったあと、結局蓮二はナスとピーマンを有り難く頂戴することにした。

 

 元来、楽天家なのだ。

 

 地面から拾って台所へ行き、軽く水洗いしてザルに入れる。

 

 今晩のおかずにするつもりだ。豚肉と一緒に炒めて甘辛いタレをかければそれで一品。買い物に行く手間が省けたと喜び、そのまま引き篭もって仕事を始めた。

 

 蓮二がこの古民家に引っ越してきたのは、幾つかの偶然が重なった結果だ。

 

 その偶然とは、会社の完全テレワーク制度の導入と離婚、そしてこの家の持ち主だった叔父の死去だ。生涯独身だった叔父の遺産は引き取り手がなく、急に身軽になった蓮二にお鉢が回ってきたのだった。

 

 蓮二の叔父は少し変わった人で、五十歳で早期リタイアした後この古民家を買い、半ば自給自足のような生活をしていた。

 

 広い庭はほとんど畑になっており、蓮二にその気さえあれば一人で生活するには充分な野菜が採れる筈だ。その気はないのだけれど。

 

 豚肉とナスとピーマンの甘辛炒めを食べた翌朝、蓮二は玄関を開けてまた唸っていた。今度は大玉のトマトが一個とくねっと曲ったオクラが二本置かれていたからだ。

 

「……悪戯か?」

 

 当然誰もこたえない。ジージリジリとアブラゼミが鳴くばかり。

 

 根負けしたように蓮二は溜息をつき、野菜を拾い上げてまた台所へ向かった。

 

 ステンレス製のボウルに氷水を作り、洗ったトマトと板ずりしたオクラを浸ける。ちょうど良く冷えたところで乱切りにして塩こんぶと和え、胡麻油を垂らして朝食とした。

 

 翌日はとうもろこしときゅうり。翌々日はモロヘイヤとゴーヤ。

 

 日替わりで夏野菜が置かれるようになって一週間が経った翌朝、蓮二が玄関を開けると野菜がない。その代わりに野良着姿に麦わら帽子をかぶった小さな老婆が立っていた。

 

 蓮二はギョッとして身構える。

 

「……いっしゅううかんのむりょおきかんがしゅゅりょうしました」

 

「はい?」

 

 老婆はもごもごと喋り、蓮二は聞き取れない。

 

「……いっしゅーかんのむりょうきかんがしゅーりょうしました。けーぞくをごきぼうされるばあいは──」

 

「一週間の無料期間?」

 

「……はい」

 

「まさか……野菜のことですか?」

 

「……はい。けーぞくをごきぼうされるばあいはひとつきさんぜんえんとなります」

 

 ここまで聞いて蓮二はやっと理解した。これは野菜のサブスクだと。頼んだ記憶はないが、無料お試し期間だったらしい。

 

「きゅーあーるこーどけっさいにもたいおうしております」

 

「QRコード決済ですか?」

 

「……はい」

 

 老婆は野良着のポケットからクシャクシャになった紙を取り出し、蓮二に見せた。QRコードがプリントされている。

 

 老婆は固まったように動かない。一瞬迷った蓮二だったが、一日百円なら安いものだと思い直す。

 

 スマホを取り出して老婆の持つQRコードをスキャンした。決済完了を知らせる電子音が鳴ると、再起動したように老婆が動きだし、野良着のポケットを漁る。

 

「……きょうのぶんです。てをだしてください」

 

 老婆は蓮二の両手いっぱいに枝豆とミョウガを乗せる。山盛りになってミョウガが手から転げ落ちた。

 

「あの、袋はないんですか?」

 

「えすでぃーじーずへのとりくみでれじぶくろははいししました」

 

「……左様ですか」

 

 蓮二は老婆の背中を見送りながら、こんな田舎にまで押し寄せるSDGsの波に畏れを抱くのだった。


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