「風を穢す、裏切り者......」
赤毛の男は苛立ちを抑えられない様子でそう呟くと、高い場所から身軽に飛び降りた。
フレイアへ迫る彼を止めるように、ハヤテと2人フレイアの前に立つ。
しかし相手はウィンダミア人。
俊敏な動きでこちらに近づき、その身体からは想像できないほど重い拳が繰り出される。
ハヤテはなす術もなくその拳を前に倒れ、ライフルを撃つ暇もなくミラージュさんも沈んだ。
『次はお前だ』とこちらの顔面にも凶器と化したそれが、襲いかかるが、澄んでのところで1発受け止める。
「ほう......?」
「痛っ!」
父さんから教えを受けていたからこそ、防御することが出来た、が。
鈍い痛みに顔を歪めた一瞬の隙に回し蹴りが横腹へ突き刺さった。
肉が裂けるような感覚と共に、冷たい地面がうつ伏せの体を冷やす。
そのまま男は表情を変えず、ハヤテに駆け寄ったフレイアへ剣を突き出した。
這いつくばりながら、ハヤテは凄んで声を上げる。
「フレイアに、手を出すな......!」
「ふっ、ルンも抑えられない未熟者が。」
油断している彼を前に、ミラージュさんとアイコンタクトをとる。
その手には
「何が空中騎士団だよ、女に剣を向けて意気がるのがあんたらの騎士道か?」
「何だと?」
かかった。
足に力を溜め、一瞬の隙を狙う。
「ヴァールを盾にしなきゃ喧嘩もできねえ、強え強えご立派な騎士......」
言い切る寸前、ハヤテがついに蹴り飛ばされる。
いまが好奇と上がった男の足を掴み、投げ飛ばす。
そこに追撃を加えるようにミラージュさんの閃光弾が炸裂し、光が視界を白く染めた。
閃光の世界に目を細めながら脱出を試みるが、あまりに人数差と言うディスアドバンテージというのは大き過ぎる。
フォローする様に入ってきた2人のウィンダミア人に容易く制圧された。
「ハヤテ、レイン、ミラージュさん!」
「油断するな、ボーグ。」
「地球人如きが......!」
「ぐ、あ......
殴る蹴るの暴行の末に飛びそうになる意識をフレイアの悲痛な叫びによって何とか繋ぎ、痛みに悶える。
意識を飛ばし痛みから体を守れないのは、ゼルヘス人の欠点だ。
足に力が入らないほどの痛みに苦しみながら、それでも戦う意思を見せるように睨み付けた。
反抗を潰すために振るわれる暴力はとどまる事を知らない。
殴られ倒れては起こされ、起きては蹴られ。
拷問と言って差し支えないほどの行為が静かな洞窟で行われている。
「━━あんたら、なんでこんな事するんね......」
項垂れ、ルンの光が消えたままのフレイアがポツリとつぶやいた。
ゼエゼエと息を切らしその言葉を聞きながら、熱を持った体を冷やす。
ボーグと呼ばれるウィンダミア人は静かな怒りを抱いたまま、フレイアの問いに冷たく答えた。
「これは戦争だ。
俺たちには制風権を確立し、ブリージンガルの星々を解放すると言う大義がある。
統合政府に強制的に併合された人々に、自由を取り戻すのだ。」
大義、自由
閉じていた瞳を見開き、体を起こす。
本来瞳にある星の変化など鏡を見なければ分からない。
だが今だけは、瞳の色が確実に変わっているだろうと確信を持てた。
彼は俺が起きたことに気づき鞘に仕舞われた剣を振るうが、それを掌で受け止め、口を開く。
「解放、大義、自由?
訳わかんない事言ってんじゃねえよ、ボーグ・コンファールト。」
「貴様!」
「解放なんて言って今この星をヴァールで支配してるのはウィンダミアで。
今この星には、子供が大好きな家族と笑い合えるような自由すらない!
年端も行かない子供から親をヴァールで取り上げて、何が『真の平和』だ、『自由の翼で飛び立つ』だ!
平和を切り裂いて、その空を飛んでいた鳩の翼をへし折ったのはお前達だろうが!」
「何を!
先に我らの平和を踏み荒らしたのは
俺たちは......俺たちの世界を取り戻す!」
「だからって...... だからって!」
首を振って溜まっていた涙を落とし、傍にあったウィンダミアアップルをつかんで前に突き出す。
フレイアが放った言葉は多星人からウィンダミア人への言葉でなく、ウィンダミア人からウィンダミア人への心からの訴え。
「食べ物を粗末にしちゃいけん!!」
裏切り者のワルキューレ、ではなくただのフレイアとして放ったその一言に、思わず笑みをこぼした。
「みんなが...... カリンおばちゃんやニールスおじさんや、みんなが一生懸命美味しく食べてもらおうと作ったリンゴを、戦争に使うなんて......
それが本当に、ウィンダミアのためなんか!?
リンゴとみんなに謝らんかい!!」
「なっ......」
動揺するボーグをよそに、高台から見下ろしていた鳥のタトゥーが目を引く男、カシム・エーベルハルトが口を開く。
優しげな声で語るように。
「俺の家もリンゴ農家だったよ。
......だが、畑も両親も兄弟も、あの戦争で全て失ってしまった。
これは、戦争なのだ。」
「諭すように勝手な都合でこの戦争を正当化するなよ、カシム・エーベルハルト。
自分達だけが家族を失ってると思うな......!」
「っ! 貴様ぁ!」
「やめろボーグ!」
掴んでいた鞘から剣が引き抜かれ、ボーグの渾身の袈裟斬りが襲いかかる。
恐怖はない。
ただの自己都合で切り掛かってくる刃など。
「━━何!?」
肉を断ち骨で掴む。
この力を緩めるつもりはない。
「どうした、切れよ。
ただ切るなら最後に教えてくれ。
アル・シャハルの戦闘でミサイルを撃ったのは誰だ?」
「ぐっ、動かん......!」
「━━アル・シャハルで、生まれたばかりの赤子とその親を殺したのは誰だって...... 聞いてるだろうが!!」
怒りに任せて刀身を握り潰す。
飛び散った破片が腕に刺さると同時に、力を空回らせたボーグがその場に倒れた。
ただ見つめ、答えを待つ。
すると遠くから新たな空中騎士団が現れ、フレイアの前に降り立った。
「......茶番は終わりだ。」
金の髪に冷淡な瞳。
父さんから聞いた内容と合致する。
であれば、この男が━━
「白騎士......」
「フレイア•ヴィオン。
祖国を捨て、お前は何故穢れた者たちの歌を歌う。」
「私はウィンダミアを捨ててなんか......」
「では何故歌う、憎むべき者達の歌を。」
「そんなの!」
「貴様には聞いていない、
......覚悟のない歌など、この戦場には不要。
そのルンごと切り落とし、祖国の大地に返してやるのが同じ風の中に生まれたものとしてのせめてもの情けだ。」
「フレイア!」
「やめろー!」
剣を抜き、白騎士が迫る。
彼女を庇おうと前に立つが、右腕を切りつけられ、受け止めた骨ごと吹き飛ばされた。
ハヤテも止めにかかるが、ボーグに殴り飛ばされる。
剣城が振り下ろされようとしたその時。
「━━ロイド様?!」
宙よりロイド・ブレームが現れ、白騎士の刃を止めた。
なんだかよくわからないがひとまずフレイアの無事に胸を撫で下ろし、フレイアを一歩下がらせた。
呆然としているが、無事であることに変わりはない。
するとどこか遠く、もしくは近くで音楽が聞こえてくる。
このリズム、この音。
幾度となく聞いた歌のイントロだ。
「━━来た!」
「たく、遅えよ。」
ワルキューレのロゴが洞窟の宙に浮かび上がり、ドローンから映し出された幻影が空中騎士団を翻弄する。
その隙に本物のワルキューレメンバーに助けられ、物陰へと避難した。
抱えていたフレイアを下ろし、カナメさんへ託す。
「━━ひどい怪我!
すぐに手当を......」
「かすり傷です!
今は取り敢えずフレイアを!」
「......まったく、教官と教え子同士、似なくていいところまで似ちゃって。
わかったわ、行きましょう!」
痛む腕を振りながら、出口まで走る。
防空網が緩んだのか、たどり着いた頃にはジークフリード全機が勢揃いしていた。
「メッサーさん、その傷......」
「かすり傷だ。
お前の方こそ手当は良いのか。」
「かすり傷です。
守れれば全部かすり傷ですよ!」
互いに笑みを交わし、血だらけの掌をハッキング操作用手袋で包んで空へと舞い上がる。
今を生きるために、戦う者の理不尽で何も知らない人達を、殺させないために。
「クソッ!」
「ボーグ、風を乱すな!」
「マスターヘルマン、何故あの時止めたのです!
たとえ青騎士の息子であろうと、既に親は裏切り者!
ワルキューレでもない奴を切り捨てても構わなかったでしょう!」
「......殺すのなら空で殺せ。
剣で、その手で殺せばお前はウィンダミアの大義を完全に覆す事になる。」
「━━奴に、何が......」
「レイン・クロニアは戦争における『打倒統合政府』というウィンダミアの大義を、文字通り霧消させる男だ。
......今は早く、格納庫へ向かえ。」
「......クレイル。
お前の息子の、あの戦争に対する全てを切り裂くような怒りの風。
7年前、お前とあの子は何を見たと言うんだ......」