ヤミ夜の雨、夜空の星   作:チクワ

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追憶 スカイフラワー

 

 「━━ケイオスラグナ支部。

 メッサー・イーレフェルト中尉に、敬礼!!」  

  

 曇り空から溢れる日光が、ある一室を照らした。

 エリシオンで働くケイオスの人間たちも、今日に限っては目の前の黒い棺の前で深刻な面持ちのまま。

 

 アーネスト艦長の号令を合図に、震える手を伸ばして側頭部へ持って行く。

 濁る視線の先にある棺の中には、安らかな顔で逝った戦場の師が眠っている。

 

 

 

 「......荷物も私物も、全部処分するよう業者に手配していったそうだ。

 用意がいいっつーか、何つーか......」

 

 「もう、あの場所で終わる気だったのかもしれない。

 ......メッサー中尉らしいとは、思うけれど。」

 

 会議室の中、重い空気を振り払うこともできず会話も進まない。

 それだけ彼の死という現実は大きく、1日2日で受け止め切れるものでは無いのだ。

 俺から送り、結果として彼の形見となってしまったネックレスを右手に握り込みながら俯く。

 

 「嘆いている暇はないぞ、戦力の補充を急がねばならん。

 おそらく、α・β小隊から異動させる事になる。」

 

 「メッサーの、代わり......」

 

 ハヤテの呟いた一言に瞳を閉じる。

 これはある意味で逃げの行動。

 メッサーさんがいなくなった今Δ小隊の戦力は、どう取り繕っても小さくなったと言うしかない。

 

 彼が離脱した時から、遅かれ早かれ来るはずだった議題だ。

 わかっているが、それでもそう早く踏ん切りをつけられるものではない。

 

 思いを露わにするハヤテの呟きに、「不満そうだな」とアラド隊長も零す。

 

 「Δ小隊の相対戦力は37%低下した。

 それをお前やミラージュ、チャックにレインがカバーできるのか?」

 

 「くっ......」

 

 「......ビビったのか。

 ウィンダミアは待ってくれん。」

 

 「......分かってるさ......!」

 

 痛いところを突かれたハヤテは立ち上がり、行き場のない感情を逃すように会議室から立ち去って行く。

 呼び止めようとしたミラージュさんを「やめておけ」と静止し、隊長は物憂げな表情で頬杖をついた。

 

 その瞳の奥には哀しさと、後悔のような心が篭っている。

 

 「仲間を失うのは初めてだろうからな......

 俺としてもメッサーを失ったのは、大きいさ。」

 

 「じゃあ、送ってやりましょうよ。」

 

 チャックが海を指差し、微妙な表情で語りかけた。

 

 「俺たちがメッサーにできる事をしてやって、先に進みましょう。」

 

 「......ああ、そうだな。

 生き残った俺たちが、あいつを送ってやらなきゃな。

 皆に伝えてこよう。」

 

 「━━俺は。

 俺は、やめておきます。」

 

 席から立ち上がり、その場を後にする。

 どうにもならない感情を瞳に渦巻かせながら、雨の降る街へ歩き出す。

 

 曇天の空は、今にも落ちてきそうなほど重く、厚い。

 

 

 

 「あ、おにーさん!

 雨降ってるのに傘ささないの?

 今ならうちの店で安くうってるよ!」

 

 「ああ、君は......

 いや、いいんだよ。

 あえてさしていないんだ。」

 

 「ふーん、変なの!

 じゃあさじゃあさ、コレ買って行ってよ!

 新発売、クラゲサイダー!」

 

 「ん、お金。」

 

 「毎度ありー!」

 

 傘もささずに雨空を歩く。

 何かあったのかと言われれば何かあった。

 あり得ない話であるが、この町が弔いムードになっていないかと見に来たのだ。

 

 ......まあ、結果としては当たり前だが、さっきのように皆戦争景気で商売チャンス。

 誰一人として彼の死を知るものはいない。

 

 守るとは、こう言う事だ。

 名前も知らない人間のために命をかけ、戦場で死ねば誰一人として心に守ってくれた人を想う者はいない。

 コレが現実であり、真理。

 

 それでも戦いを止めれば、あの笑顔は消えて行くだろう。

 それをよしとしないからこそ戦うわけ、だが。

 

 「......クラゲだなぁ。」

 

 缶を開け、飲み口から雨が入らないように素早く口もとへ持って行った。

 クラゲチップスを水にして飲んだような風味に苦笑いしながらも、ただ歩く。

 

 進み続けなければ、消えてしまいそうだから。

 

 

 

 夜。

 海岸にて、クラゲ送りが行われている。 

 皆それぞれの思いを乗せ、逝ってしまった彼が寂しくないよう会話を盛り上げた。

 例えば、メッサーのアレが怖かっただの、割と優しかったよね、だの。

 

 「......む、アラド、レインの奴は来ないのか?」

 

 「ああ。

 一応携帯で聞いたが、『ごめんなさい』とだけで断られたよ。

 ......メッサーが居なくなった穴を埋めようとして、結局メッサーに助けられて目の前で失って。

 その上で、皆にあいつがヴァールであることを隠し通した。

 辛いだろうよ。」

 

 「だが、それを乗り越えない限りはウィンダミアに、白騎士に勝つことは難しいだろう。

 ......乗り越えてくれるのを期待するしかない、か。」

 

 「......レイン君。」

 

 

 

 夜中。

 ラグナ中が寝静まり、声のひとつも聞こえない時間。

 雨も止み風もない道を歩き、海岸へ辿り着いた。

 

 靴を脱ぎ、ズボンの裾を上げ、膝下くらいまである浅瀬に立つ。

 海面に反射する月は、太陽光を反射して美しく光り輝いている。

 

 「......」

 

 右手で飛行機を作り、月の光を遮るように飛ばした。

 ......あの時、リル・ドラケンを操作して手助けをして、もうちょっとできることはなかったのか。

 終わったことだと分かっていても考えてしまう。

 

 海水で足から冷やしていないと煮えたぎってしまうほど、自分で自分に怒りを抱いた。

 

 ぼうっとしていると、なるはずのない足音が背後から聞こえてきた。

 驚き振り返れば、そこには困り眉で笑みを投げかけるカナメさんの姿があった。

 

 「どうしたんですか、こんな時間に。」

 

 「こっちの台詞。

 ......クラゲ送り、どうして来なかったの?」

 

 彼女も靴を脱ぎ、浅瀬に足を踏み入れた。

 並び立ち、2人で月を見上げている。

 

 「......みんなで一緒に送るなんて、俺には出来ない。

 今の俺はどうしようもないほど卑屈で、下向きで、マイナスで......

 雰囲気を悪くさせたくなかったから。

 それに。」

 

 「それに?」

 

 「泣くところ、見られたくなかった。」

 

 その答えにカナメさんは驚いてから、「ふふっ」と微笑んだ。

 子供のような理由だとは分かっている。

 でも俺にとっては、本気の理由なんだ。

 

 不意に、小さなタブレットを手渡された。

 「コレは?」と問えば、最後の贈り物だと。

 

 「メッサー君が残したもの。

 目を通して見て。」

 

 起動し、フライトログを確認する。

 

 「9月5日、レイン・クロニア少尉......」

 

 『━━新人ではあるが、高機動時や回避機動には目を見張るものがある。

 しかし、ダンスは素人同然。

 教官として指導を続ける。』

 

 『9月24日、レインクロニア准尉。

 ダンスを完璧に仕上げてきた。

 これならΔ6としてワルキューレの護衛も任せられるだろう。』

 

 『10月9日、レイン・クロニア准尉。

 仲間が危険になれば、すぐにでも助けに行くクセがある。

 昔の自分と重ね、必要以上に厳しく指導してしまった。

 だが、彼にアルブヘイムの時のような思いをさせるわけにはいかない。』

 

 『10月27日、レイン・クロニア准尉。

 ヴォルドールでの戦闘、模擬戦の結果から、彼は自分を越えていくと確信した。

 アラド隊長に意を伝え、1週間後にはΔ小隊を離脱する。

 殻を破れば、彼はきっと俺を━━』

 

 「越えて、空を......」

 

 フライトログをカナメさんに返し、海へ向けて一歩二歩と進む。

 懐から買ってきた花を取り出し、空へ掲げた。

 

 「......それは。」

 

 「花、です。

 ゼルヘスでは、花を使って死者を送るんです。」

 

 カナメさんに背を向けて、花をちょうど真ん中から引き裂き、二つに分かれた片方を海に投げた。

 

 コレはゼルヘス式の弔い。

 いつか送る側が死んだ時、年老いて顔の変わった送る側を探す為の手形として、花を二つに裂き片方を死者に送る。

 

 押し花として片割れの花を持ち続けている限り、その2人の糸は切れず、いつかまた、何処かで出会えるのだ。

 

 片割れを胸ポケットに仕舞い、振り返る。

 

 「......カナメさん。

 俺は、飛ぶよ。

 もっと強く、もっと高く、誰にも負けないように。

 そうすれば、メッサーさんも......喜んで、くれるか、なぁ......!」

 

 「......ええ、彼はきっと喜んでくれる。

 私もあなたが高く飛べるように、誰にだって負けない心で歌い続けるから━━」

 

 一際大きい波紋が、ひとつふたつ水面を揺らす。

 空に生き、空に死んだ彼に届くように、風を吹かせよう。

 ずっとずっと、高い空で━━

 

 

 

 

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