惑星ゼルヘス。
そこは緑が美しく生い茂り、その豊かな土壌で育まれた作物は美味の一言らしい。
らしい、というのは知り合いの人間に聞いた話で、俺自身は味を知らないから。
星の中心、首都にはでっかい
古くは守りの樹木が攻めてきた新統合軍の戦艦を沈めたらしく、形の残っている戦艦は観光名所。
その沈めた戦艦の生き残りがゼルヘス人と交配して、純血種と交配種の2つの種族がいるという少し複雑な星である。
ちなみに俺は純粋種、交配種は限りなく地球人と変わらない見た目、中身を持つ。
そんなゼルヘスに転機が訪れたのは、7年前の今頃。
集落から飛び出して友達の元へ向かっている時、ソレは来た。
『うわああ......!』
思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどにソレは美しく、太陽光を反射する青の機体を筆頭に近郊に降り立ったのは、SV-154、スヴァート。
居ても立っても居られず、集落へ走って戻れば綺麗な所作と礼儀で父に挨拶をする騎士達がいる。
キラキラ輝く目で父に『この方達は?!』と聞いた時のあの顔、忘れられない。
心底困った表情で俺を引き剥がそうとする父を止め、子供の俺にも失礼を詫び気高き風を吹かせるこの男こそ。
『クラウド様のご子息か。
突然の訪問、その無礼を御許し願いたい。
我が名、クレイル・アズール。
我が王から青騎士の称号を受け取り、この空にその名を響かせる者。』
今思い出してもカッコよかったなと思う。
彼の行動に続く様に部下の方々も跪き、それはウィンダミアに流れる誇り高き風を感じるには十分すぎるほどの行動。
父も小さく『見事』と呟いていた。
......今思えば、2番手にいた人の顔が心底不機嫌だった。
今更思い出しても昔のことだが、気にはなる。
さて、実はゼルヘス、ただの長閑な星ではない。
とある場所にプロトカルチャーの遺産が隠されており、ウィンダミアの方々はそれを欲してここへ来たのだという。
その遺産の名は『ラインの黄金』。
俺の今つけているチョーカーに装飾された黄色のフォールドクォーツだ。
純粋種は基本的にこれを守るため一箇所に集まって生きている。
『どうか、お譲りいただけないだろうか?
こう言っては何だが、今独立戦争の波は新統合軍に傾いている。
この状況を打開し我らが空を取り戻すためには、その力が必要なのだ。』
『......断らせていただく。
ラインの黄金はその名の通り、関わるものを不幸にする。
語り継がれてきた伝説には選ばれしもののみ扱うことができるとも。
これをただの伝説ととるかどうかは貴方達次第ではあるが......
貴方方が星の空を正義を持って取り返したい様に、我々にもこれを守り続けるという正義があるのだ。
ご理解いただこう。』
正義はどちらにもある。
片や空を取り戻したいという正義を持つ騎士と、片や受け継がれてきた遺産を守る正義の守人。
交渉は平行線を辿り、結局陽の落ちる時まで双方が納得する事はなかった。
その間俺は何をしていたのかというと。
『━━わー!
騎士様カッコいいー!』
『そ、そうか?!
よしよし、好きなだけ見ていいぞ!』
その、騎士を煽てて剣を見せてもらっていた。
何馬鹿なことをやっているんだと思うかもしれないが、娯楽の少ない星に異邦人が来たらこうなる。
好奇心旺盛、教えられればそれが嘘でも何でも吸収する子供だったもので、こうなるのは目に見えていた事である。
綺麗な装飾に目を輝かせていると、不意に影が落ちる。
驚いて見上げれば、そこには先程まで父と話し合っていた人物。
『......子供が可愛いからと言って、甘くなりすぎるな。
その可愛がる力は息子娘のために残しておけ。』
『は、はい! 青騎士様!』
剣を返し、今度は丸太の上に小さく座る。
その隣には青騎士も一緒で、子供の俺は嫌に緊張していた。
いかんせんカタブツな姿を見ていたからだろう、ほかの騎士に対してちょっと取っ掛かりにくいイメージが先行していたのは間違いない。
『子息、リンゴでも食べるか?』
『りんご?』
そう言って彼は微笑み、懐からりんごを取り出す。
今になってみれば、アレはかなりいいりんごだったんだろう。
色艶共によく、芳香が鼻腔をくすぐりすぐにでもかぶりつきたくなる様な真っ赤な果実。
一瞬食欲が湧いた。
だが、一度受け取ったそれを匂いだけ堪能し、彼に突き返す。
『うん、もう大丈夫。』
『......食わなくていいのか?』
『ぼくたちは味を知れないんだ。
だから香りだけ感じて、後は水とか腹持ちのいいものとかを食べる。
味を気にしなくていい分、冬もそんなに大変じゃないんだよ!』
自信満々、無邪気な笑顔で言ったその言葉に、彼は顔を曇らせた。
何をどう思ったのかはわからない、味を知らないことを可哀想だと思ったか、自分達より劣っていると蔑んだか。
どうにも、月明かりだけではその表情は判り得ない。
『んむ......』
シャクッと気持ちのいい音と共に、果汁が弾けた。
彼は晩御飯代わりにそれを食べながら、とある昔話で俺の心を掴む。
それは遠い遠い宇宙のお話。
『━━俺が、惑星エデンと言うところで傭兵に就職して、
その話はあまりに衝撃的で、刺激的。
好奇心を揺さぶるなんてものではなく、心をバキバキに砕いて再構築した様な感覚。
彼の師匠はやれマクロスの対空砲火を避け切りタッチダウンをかましただの、地球に単騎で突入しただの、ロイフォッカー勲章を6回授与され全部剥奪、とか。
そのアウトロー加減に時折挟まる青騎士の苦労話も相まって、子供心に顔も知らないその人へ憧れた。
『━━それでまた、師匠はこういうんだ。
『風邪なんて空を飛んでりゃあ治る』、とな。
実際それで治すなんて、あの時ほど驚いたことは無い。』
『すっごい......!』
彼の話が終わる頃には、2人の中は縮まっていた。
それこそまた明日、と次の話をする約束をするほどに。
明朝。
早くに、新たな来訪者が現れた。
彼らは自身を新統合軍と名乗り、ウィンダミアとは一転高圧的な態度で『ラインの黄金』の譲渡を迫った。
銃を向けられ、それでも真っ直ぐ新統合軍の男の瞳を見つめる父を、俺は母に抱えられ、妹達が怖がらない様抱きしめることしかできなかった。
『......根負けだ、仕方がありません、また別の機会にでも━━』
銃を下ろし、別の方法を模索しようと男が背を向けたその時。
全く別の方向から銃弾が3発放たれた。
2発は男の胴を貫き、残りの1発は父の膝を砕いた。
『お父さん!!』
妹たちと共に父に駆け寄り、痛々しい銃創が頭に大きすぎる楔を差し込んだ。
ゼルヘス人は身体が丈夫、とは言っても、あくまで打撃や斬撃に強いというだけ。
それこそ銃弾の様な貫通力の高い物は皮を貫き骨を砕き、命にも届きうる。
理解の追いつかない頭で弾丸の来た方向を見れば、そこにはウィンダミアの騎士達が侮蔑の表情で新統合軍へ剣先を向けている。
そのうちの1人、2番手の騎士は左手に銃を持ち、その銃口からは彼の怒りなどを詰め込んだ感情が煙となって漏れ出ていた。
『騎士様、なんで......?』
呆然としながら、小さく呟く。
こう言ったらいやらしく聞こえるかもしれないが、俺たちは彼らの
だからこそ寝床を貸し、わざわざ遠く交配種の町まで行ってご飯を買ってきたりしてもてなしたり、今が旬の果物を味わってもらったりした、のに。
彼らは
その銃で、その怒りで、俺の父ごと、集落の長ごと。
『━━青騎士、どうして撃たせた!?』
長の息子だからこその冷静さなど、少し前に吹き飛んだ。
目を真っ黒にして、青騎士へ問い詰める。
今、あれから年月が経ってみれば、あの時青騎士の顔は苦悶というか......
後悔とか申し訳なさとかがこもっていた。
恐らくではあるが、この銃撃は彼の指示ではないのだろう。
部下の責任は
答えない者にそれ以上の追求は意味を成さず、視線を父に戻す。
医者に任せて轟音鳴り響く空を見上げれば、そこにはスヴァートとナイトメアプラスがガウォークからファイターへ変形し、こちらには目も向けず空を奪い合っていた。
こうして、70年間争いの無かったこの星は。
独立戦争とはまったくの関係を持たなかったこの星は、現れた他星人類の衝突によって、一夜にして戦場と化したのである。
『......』
燃え上がる瓦礫の上に立っている。
いつからか、なぜこの場所にいるのかはよく覚えていない。
多分、いま集落の中で最も高い場所がここだったというだけだ。
黒煙は空を覆って
震える足を引き摺りながら、はぐれてしまった妹達を探しに歩き出した。
誰か1人でも生きていてほしい、どんな形でもいいから、と。
ただ一人ぼっちになりたく無かった。
腕しか確認できなかったが、幼少期に負った火傷の痕と一致する腕の傷跡があったため、彼女で間違いない。
1人、また1人と知り合いが燃え死んでいるのを見るたびに、早歩き、走りへと動きが変わる。
余裕なんてない。
きっと他のみんなも生きちゃいないだろうが、それでも諦められなかった。
ナイトメアの残骸が畑を押しつぶした衝撃で揺れた地面に足を取られ、豪快に転んだ拍子に視線を上に向ける。
信じられなかった。
そこには、他の集落に向けて機銃を乱射するスヴァートの姿。
なんで、どうして?
声にならない声で無機質な鉄の塊へ問うて、返事のひとつも返ってこない。
『あ......』
こちらを見る事なく、ソレはファイターへと姿を変えて空へ帰る。
ナイトメアプラスはその全てが打ち落とされ、緑を焼き払い地に突き刺さっている。
絶望しかなかった。
『レ......イン......』
『お父さん!』
「お父さん......」
その声は希望だった。
掠れ気味ながら確かに生きているその声は、微かながら俺の心に光を灯す。
聞こえた方へと走り、笑顔で父を見つけた俺の顔は、次の瞬間まるで紙芝居の様に一瞬で真逆のものへと変化する。
『ああ、そこにいるのか?
もう私は動くことも出来ないし、目は
半身をVFの残骸に潰され、両目は黒くなりその虹彩に俺の顔が映ることはない。
力無く伸ばした手で、父の頬に触れた。
『......私ももう長くない、最後にあることを伝えておこう。
怒りを抱いてはならない、憎悪を灯してはいけない。
強い負の感情はその、お前の綺麗な星の瞳すら曇らせて焼いてしまう。
既にお前の姿を見ることすら叶わない、私の様になってはいけないよ。
......そう泣かないでくれよ、レイン。
そうだな... これを託そう。』
『これは......』
『チョーカー、と言うんだ。
昔に母さんから渡されてね。
......これがある限り、家族はレインと一緒だ。
だから生き抜いてくれ、強く、強く......』
最後の瞬間まで、お父さんは『ラインの黄金』を守れとは言わなかった。
それは彼に出来た最後の優しさなのかもしれない、誰もいないここで永遠に使命に縛られない様にと。
『う......うぅ......』
叫ぶことすらできず、フォールドクォーツの装飾されたチョーカーを手にぽろぽろと泣いた。
死体の前で火が消えるまで、ずっと、ずっと。
『レイン君......』
『......騎士ってなんなの。
騎士道って世話になった人を撃って、その上で集落に銃を乱射すること?!
みんなを返してよ!』
彼の足下まで寄って行って、殴る蹴るの暴力。
こうでもしなければやってられなかったのだ。
俺は達者ではない。
ただ親と仲良くしてご近所付き合いをしたり、友達と川で遊んだりする年相応の
彼はしばらく足にその攻撃を受けたのち、拳を受け止めて屈み、俺を抱きしめる。
『......すまない。
これは俺の責任だ。
人殺しと蔑んでもらっても構わない、だが......
君のお母様と約束をしたんだ、『君を1人にしない』と。
俺はこれからウィンダミアへ戻る。
どうかそれについて来てはくれないだろうか? 俺に贖罪を、させてはくれないか......』
こう言っている最中にも、空いている左の拳で彼の脇腹を殴ったり、肩口に強く噛みついたりして怒っていた、が。
いつしか、その行為すら悲しくなっていた。
もう帰ってこない日常はまたも涙を噴き出させ、空はだんだんと傾き始めた。
彼の胸に抱きついて、わんわんと泣く。
辛くて辛くてしょうがない中で、彼の存在は差し込み始めた光だった。
1週間かけて死体の全てを埋葬し、スヴァートに乗ってウィンダミアへ向かう。
もちろんウィンダミアについてから、復讐をしようとか考えたことはある。
でもそんなことしたって何も戻って来やしないから、俺は俺として生きることにしたのだ。
ゼルヘス人のレインでなく、ただのレイン・クロニアとして。
「━━これが、俺です。
ゼルヘスに生きていた、
そうして時は現代へと戻る。