「確かこれをこうして......よし。」
崖と崖の間。
クレバスを思わせる深い谷の底で、ドラケンIIIのコンソールと格闘する。
結局、ジークフリードはもう使い物にならないほどの損傷を負った。
フォールドクォーツが砕けてしまっていては回収も必要ないだろうと電子類を壊し、コクピットにはカシムを座らせてある。
寒空の下、地べたに尻をつけるよりは座り心地もいいだろう。
父さんの教えを思い出しながら、ブチブチとコードを千切る。
どうにもドラケンは逃走防止のための発信機がついているらしく、それはカシムから奪い取った形のコレも例外では無い。
だからこうして、発信機を動かす為の電力コードだけ見繕っている、というわけだ。
遠隔で動かす為の手袋と同期させ、動く事と発信機の電力供給が『NOT POWER』と表示されたのを確認してから崖の上へ出た。
即座に変装に身を包み、頭にルンの偽物をくくりつける。
重ね重ね、この変装技術が7年前にあればなぁ、と、そう思わざるを得ない。
既に潜入してから20時間近くが経とうとする頃、それぞれが一つの目標へ、プロトカルチャー遺跡へと歩を進めていく。
『Δ2、こちらΔ1。
状況は?』
「現在、目的地まで30キロのポイント。
今のところ異常はありません。」
「......フレイア......」
「ん、どうしたんね?」
ミラージュ達が隊長と話している最中、隣にいるフレイアへと小さく耳打ちをする。
結晶化。
アル・シャハルでの出来事からかなりの戦闘を重ねた。
それに加えてハヤテとの共鳴というイレギュラー。
進行していない、ということはあり得ないだろう。
一瞬いうのを躊躇うが、下を向いたまま彼女は消え入る様に呟いた。
「......背中と胸に。」
「そう、か。」
やはり。
結晶化は病気ではなく、ウィンダミア人に平等に訪れる死の宣告。
彼女の喉元へだんだんと死の足跡、魂を刈る鎌が近づいて来ている、ということなのだろう。
だが俺は止めない。
彼女が歌うと誓ったのだから、それを止める資格は俺の手元には無いのだ。
ままならぬものだと無力さを噛み締めていると、前を進むハヤテとミラージュが足を止める。
フレイアも俺も急には止まれない。
暗い顔の後ろ2人が玉突き事故の様に激突した。
「むぐ。」
「ん!」
鼻に響いた痛みに顔を顰めながら背中より顔を剥がしハヤテの指差した崖の上を見ると、武装し警戒中のウィンダミア兵。
車にライフル、見つかれば即射殺だろう。
しかしこの道を行く以上は通らなければいけない崖である。
一度道を戻るしかないと振り返ると、フレイアが慣れた足取りで岩場へと飛び移りこちらに向けて大きく手を振った。
「こっち、ついて来て。」
「あ、おい!」
「ハヤテ、ここはフレイアについて行こう。
彼女の方が土地勘もあるはず。」
雪の残る川沿いを難なく飛び越える彼女にどうにか付いていく。
岩場を抜け、氷をくぐったその先にあったのは、いかにも抜け道と言いたくなる様な洞窟。
彼女が語るには地元民しか知らない抜け道、ならばウィンダミアの兵士が現れることは無いだろう。
太陽光を乱反射させる氷に目を細めながら、コツコツ、ジャリジャリと音を立てて窟を歩く。
吐く息は白く、やけに寒い。
「近くなのか、お前の村?」
「ううん、まだちょっと遠いけど、この近くによく遊びに来てたんよ。
その時にはまだ地球人の軍人さんもたくさんいて......」
そう言いながら、彼女は懐から取り出したレコーダーを再生する。
ランカ・リーの『星間飛行』。
7年前、フロンティア船団から生まれた
彼女はその歌を歌い、周りを勇気付けて来たのだろうか?
あくまでも俺の憶測ではある、が━━
「ふ......」
懐かしむ様に微笑んだ彼女の顔はその憶測が本当なのではないかと思わせる。
フレイアはずっと、誰かの為に歌って来たのかもと。
耳に残るメロディを頭の中で反芻しながら洞窟を抜け、眼前に広がる村を見た。
昼飯どきか、家々の煙突からは煙が上がっている。
ここがレーブングラス村なら、俺の住んでいた村は左の山を抜けた先。
......大した思い出もないが、こうやって近くを通れば感慨深いものだ。
だが、俺たちは止まらない。
今はΔ小隊とワルキューレの役目を果たさねば。
頭上を通り抜けたドラケンを見送り、帯を締め直す。
「......フレイア。」
「大丈夫よ、ハヤテ。
遅れんように急がんとね!」
「......今のところは大丈夫、か。」
ミラージュとフレイアの2人と離れ、ハヤテと共に偵察に向かう。
今のところ空中騎士団がこちらに来る様子はなく、静かなまま。
しかし油断はならない、2人身を隠しながら警戒を続ける。
「━━なあ、ハヤテ?」
「どうした、空中騎士団か?」
「いや、違うんだけどさ。
フレイアとミラージュのこと、どう思ってる?」
それは単純な疑問であった。
正直他所から見ていても、フレイアがハヤテに恋心を抱いていることはわかる。
それだけなら『フレイア頑張れ!』で終わるのだが、今になって考えてみればフレイアがハヤテと仲睦まじく話している時、ミラージュの顔は曇っていた。
当時はなんにも、疑問にすら思っていなかったが、3人でハヤテの暴走を止めた今ならわかる。
彼女もきっと。
だからちょっと気になったのだ。
俺は結局その三角関係の部外者ゆえに見守ることしかできないが、彼はその関係に巻き込まれていることに気づいているのかを。
空から視線を切らず、彼は顎に手を当てて考え込む。
「どうって......そりゃ...」と言い淀む姿から、おそらく彼の中でも答えは出ていないのだろう。
「フレイアの歌がなけりゃ俺は気持ちよく空を飛べないし、ミラージュは一緒に飛ぶ仲間だし......
どう思ってるって言われたら、どっちも大切な仲間だ。」
まあそうなるよな、と変に納得した。
ハヤテもそういう事考えたりするのかと思ったがそうでもなかったらしい。
「ああ、でも...... フレイアがいなかったら俺は白騎士に追いつけなかっただろうし、暴走しててもあいつの歌だけはずっと聞こえて来た。
俺はフレイアがいるから飛べてるのかもな。」
「そうかぁ」
間を置いて帰って来た返事に、間の抜けた言葉で返す。
そのトライアングルがどうなるかはわからないが、俺はそれを見守っていくだろう。
彼が何を選ぶか、その先を。
「......何だよ、唐突に。」
「別にー?」
「変なヤツ。」