涼しい。
頬を撫でるそよ風に瞼が持ち上がり、暗い牢の中にあった椅子から起き上がる。
「う......」
「レイン! 足は大丈夫なんかね?」
寝ぼけた頭で周りを見渡せば、似たような服に身を包んだ3人の姿。
俺含めて手錠が付けられているのを見るに、
痛みに慣れ、腫れもひき始めてきた足で地に立つ。
ふらふらとしてしまう時もあるが、ある程度は自分で歩けそうなことに安心した。
「......うん、もう大丈夫。
フレイア達は?」
「あ、えと、そのことなんやけど......」
しどろもどろに言い淀むフレイアを止め、ハヤテが神妙な表情で口を開く。
何かあったと言うことは間違いないらしい。
「......親父が次元兵器を落とした事は、本当だった。」
「......うん、そうか。
でもハヤテはハヤテだからな、ライト・インメルマンさんじゃないからどうこう言われる筋合いはないだろう。
何も知らない子供に罪を押し付ける方がバカってものだし。」
心中察するにあまりある。
しかしそれを乗り越えなければ、彼はきっとその呪縛から逃れる事はできない。
彼の父がいくら犯罪者と言われたって、彼自身は極悪人とか犯罪者とか呼ばれるような人でないことはここにいる全員が知っている。
ガシャリ、と扉が開く音の方に顔を向ければ、そこには武装した空中騎士団。
銃口をこちらへ向け、「出ろ」と牢の中から引っ張り出す。
チャラチャラと鎖がぶつかり合う音を鳴らしながら、誘導されるままに厳粛な雰囲気の裁きの間へと立った。
検察官、白騎士に並ぶ空中騎士団の精鋭、そして現ウィンダミア王国国王、ハインツ・ネーリッヒ・ウィンダミアの視線が、こちらを突き刺す。
「あ......」
その中には車椅子に座ったカシムの姿もあり、まさに精鋭大集合と言った様子。
「━━これより、捕虜4名の裁判を開廷する。
なお異例ではあるが、本法廷はハインツ・ネーリッヒ・ウィンダミア王たってのご希望により、御前にて執り行う。」
「ハインツ様......」
「......陛下。」
俺とフレイアはハインツ陛下に思うところがある。
だってこの地に住んでいたのだ、最高権力者に畏敬を抱いたりする事は至極当然のことだろう。
しかしこの裁判、初めから判決は決まっているようなもの。
被告人への質問はスキップのうえ身柄の拘束もそのままで、それに対して発言したミラージュの言葉も「許可なき発言は控えろ」で一蹴されてしまった。
「被告人は武装し領空へ侵入、戦闘行為を行い聖域の空を侵した...... その罪は認めるな?」
「武器を持って人の空を荒らし回ってんのはそっちも同じだろ......!」
「ハヤテ、抑えて。」
こう言う場所は感情的になればなるほど、相手に有利になる。
言ってしまえばそう言う発言を切り取って、
今の状況で言えば検察官に悪態をついたハヤテと、そのハヤテにキレたボーグで一対一、と言ったところか。
声を荒げるボーグを一声で止め、ハインツ陛下は検察官に少々の時間を要求した。
やはりその威厳は一国の王。
幼いながら強さを持つその表情は、民に尊敬される良き王そのもの。
それゆえに、彼が何故大銀河文明の樹立など馬鹿げた事を認めたのか。
それが気になって仕方がない。
「お前達の所属するケイオスとやらは、軍隊ではないと聞いた。
しかも
ブリージンガル球状星団の生まれてはないお前達が、何故我らと戦う?」
「星団を守ると言う契約の元、戦っています。」
「それだけか?」
「いいや、契約だけじゃない。
守りたいからだ、ラグナやみんなを!」
そう発されたハヤテの言葉には覚悟がこもっている。
彼にとって、球状星団は放浪の旅路の最中に立ち寄ったただの通過点。
しかしその通過点は根を宿すに相応しい光を放ち、歌や仲間と出会って、今は守りたい大地となった。
彼にとっての球状星団は、第二の故郷のようなものなのだろう。
その事実を整理するように陛下は瞳を閉じ、次にフレイアへと力強く語りかけた。
「フレイア・ヴィオン。
お前は何故歌う?」
「私、私達ワルキューレは、ヴァール化した人を救うために全銀河へ歌を届けています。」
「ワルキューレではなく、お前自身の理由が知りたい。」
「えっ......」
『言っていいものか?』とこちらへ振り向いたフレイアに、グッドサインと『いいよ』の頷きを返した。
きっと俺の後ろにいるハヤテ達も、『言え』と頷いているだろう。
大きく息を吸い込んで、ただのフレイア・ヴィオンとして口を開く。
「━━歌っていると、歌で体がいっぱいに......楽しい気持ちでいっぱいになるんです。
銀河中の人がこんな、胸がいっぱいになるような気持ちになってくれたら、戦争する気も無くなるかもしれんって!」
「胸がいっぱい......そのように感じた事、一度もないが......
━━お前の、いや、貴方の歌声を聞いた時、温かな色を感じた。」
陛下が表するには、フレイアの歌は太陽の色。
歌は元気、彼女のその言葉通り、その歌は生きる人々に希望を与える明るい色なのだと。
もう1人、美雲さんの歌は星々の色。
美しいが近くにあるようで遠く、どこか恐ろしい。
以前までの美雲さんを表すなら100点と言うところだが、今の彼女は違う。
近くにある事を望み、つかず離れずをやめて深くワルキューレと関わりを持つ。
フレイアのプレーヤーに入っていた星間飛行のメロディに合わせるなら、『流星に跨ってみんなに急接近』となる。
「━━でも、わたしにはハインツ様の歌声の方が、恐ろしく感じます。
透明で色が無くて...... 綺麗で澄んでいて、でもなんもない。
空っぽな感じがするんです......」
「空っぽだと!?」
非常にまずい。
彼女のその発言をここぞとばかりに捲し立て、検察官が陛下へ即刻処刑の許可を得ようとする。
国家反逆罪だのと引っ張り出してきて死罪にしようという彼らに苛立ちを覚えながらも堪えるが、ハヤテは激昂して検察官へと殴りかかる
無論、それを空中騎士団が見ているはずもない。
流れるように制圧され、俺たち3人にも銃口が向けられた。
裁判と呼ぶにはあまりに要素が足りない、まるでままごとのようなこの場。
いくら条約がどうと叫ぼうと、この場の正義はウィンダミア。
誰に届くこともない。
「地球人が......!」
「ハヤテ!」
「ハインツ様!!」
焦る頭をむりくり平静に仕立て上げ、今この場だけを切り抜ける方法を実行に移す。
手始めに崩れ落ちるよう跪き、重く低くかつこの場所全てに響くような声で騒動を鎮めた。
皆の視線が集まる中、淡々と、まるでベテランの騎士のように事を発する。
「━━この場の無礼、深くお詫び申し上げます。
しかしフレイア・ヴィオンに『自分の気持ちを口に出せ』とGOサインを出したのは拙であり、彼らに非はないと言う事をご理解いただきたい。」
「貴様、何を!」
「もし空中騎士団の皆様並びにハインツ様自身に許しがいただけないと、そう言われるのでしたら━━」
スッと立ち上がり少し離れた場所で向けられていた銃口を鷲掴み、こめかみへ密着させる。
これはここを切り抜ける覚悟というよりは、自己犠牲の精神。
誰も失いたくないなら自信を賭ける。
最後の手段。
「拙の命一つでどうか、ご容赦願いたい。」
これでダメだったら命は消えるだろうが、まあそれでハヤテ、フレイア、ミラージュが助かるんなら安いもの。
安いどころかお釣りが帰ってきてしまうかもしれない。
俺自身、自分の命は大切にしたい。
でも友達の命の方が大切だろう?
俺の命が
「なっ!?」
「......やめよ。
この場で血を流す事は許されない、空中騎士団も持ち場へ戻るように。」
なんとかなった。
外見では平静を装いながら、中身は心臓の鼓動が二倍速になり、よく見れば足は震えている。
どうにも怖いものは怖いな。
「......レイン・クロニア。
クレイル・アズール、青騎士の息子よ、何故あなたがたは亡命という手段をとった?
親子2人、ウィンダミアの空を守る為飛ぶこともできただろう。」
「ウィンダミアの空を守る為、ですか......」
陛下からの質問に言い淀む。
正味、なんでも言っていいなら「そんな事するわけねえだろ」とか「自分の星の民を知らないのか」と吐き捨てたい。
でもそんな事をすればやっと切り抜けたのに、さっきのリプレイがまた始まるだけ。
幾らかマイルドに、要約して口に出す。
「ハインツ陛下、貴方は
「ああ、私は先王グラミアの意志を継ぎ、ウィンダミアを治めている。
それがどうしたと?」
「いえ、それならば......」
手錠で動かしにくい腕で耳に掛けた録画機を取り外し、ハインツ陛下の手元に投げた。
答えが知りたいと言うのならそれを見ればいい。
俺はもうそれを見てどうこうする気はないが、陛下が━━
「ハインツ様が知りたい事はその中に入っています。
それを見てどう思うかは、陛下次第ではありますが。」
陛下が再生ボタンを押すと同時に、また故郷がホログラムで映し出される。
チャプター2。
『━━これは俺が、翼を折るに至った出来事。』