......これは俺が翼を抜き、騎士団、ウィンダミアからの亡命を決めるに至った出来事。
第一次ウィンダミア独立戦争時、俺はグラミア陛下より機密指令として球状星団の端の端にある緑豊かな星、惑星ゼルヘスに部隊を引き連れて向かった。
『何故部隊を組んでこの星に?
私1人でも奪い取って帰還する事は容易ですが......』
『何が起こるかわからない以上1人で行かせる事はできない。
そして原住民には絶対に手を出すな、彼らは俺達の戦いには関係の無い人たちだ。』
『......甘い方だ。』
『無駄口を叩くな
惑星ゼルヘスは...... 一言で言えば、平和な星だ。
近代的な都市部では何の変哲もない地球人の見た目をした、混血のゼルヘス人が。
対照的な自然の中にある村では、特徴的な瞳を持つ純粋種のゼルヘス人が畑仕事に精を出していた。
スヴァートを適当な森へ隠し、近場の村へと辿り着いた。
そこは陛下に渡された座標そのままの場所にあり、慌てて出てきた怯える男にわれわれの要件を伝える。
『━━ラインの黄金をお譲りしていただく事はできないだろうか?』
ラインの黄金。
それは高純度のフォールドクォーツであり、今回陛下に受けた密命はそれの回収。
手早く終わらせ前戦に戻ろうとする心を出さないようにしながら長であるクラウド・クロニア殿と話していると、横からなにやら紫色の物体が現れた。
『ねえ、この方達は!?』
『あー、レイン? 今は妹達と遊んでいてもらいたいなあ、って思うんだけど......』
『いえ構いません、御子息ですか?
突然の訪問、その無礼を御許し願いたい。
我が名、クレイル・アズール。
我が王から青騎士の称号を受け取り、この空にその名を響かせる者。』
『おお......!』
......照れ臭かった。
ウィンダミアの子供達からそう言う視線を受けたことがないわけではないが、それは畏怖も混じったもの。
何も気にせずただ憧れの風を向けられるのは少し、体調に悪かった。
気を取り直し、クラウド氏へと手短に要件を、再度伝える。
『どうか、ラインの黄金をお譲りいただけないだろうか?
こう言っては何だが、今独立戦争の波は新統合軍に傾いている。
この状況を打開し我らが空を取り戻すためには、その力が必要なのだ。』
正直に言って、今戦線はこちらが不利。
王が言うにはこの状況を打開する為に、そのフォールドクォーツが必要なのだと。
しかしクラウド氏の顔は渋いまま、OKが出る事はない。
『......断らせていただく。
ラインの黄金はその名の通り、関わるものを不幸にする。
語り継がれてきた伝説には選ばれしもののみ扱うことができるとも。
これをただの伝説ととるかどうかは貴方達次第ではあるが......
あなた方が星の空を正義を持って取り返したい様に、我々にもこれを守り続けるという正義があるのだ。
ご理解いただこう。』
互いに譲れないものがある以上、こうなってしまうだろうとは思っていた。
不機嫌そうにする部下、スレイス・コンファールトを諌め、腰を据えて話すためにクラウド氏の家へと赴く。
一対一、互いに並行線を行く正義のぶつかり合いは、太陽が沈んでも終わりを迎える事はなかった。
一旦正義のぶつかり合いを止め、晩の飯を胃に入れる。
惑星ゼルヘスはその昔、新統合軍の戦艦を堕とし退けたと聞く。
ならばどんな物凄いもの達がいるのかと思えば、ウィンダミアと変わりない結構ウェルカムな人達であった。
我らがこの星に訪れたのは、彼らが守るプロトカルチャーの遺産、『ラインの黄金』を頂きにきたのだと言うのに、彼らはそんな俺たちを進んで家に招いて都心部から飯を買ってきてくれたのだと言う。
『はいどうぞ、騎士様がた!』
そう言って木の皿に盛り付けた飯を振る舞う女性の頬には、都心へ向かう前にはなかった傷がひとつ。
後から話を聞けば、交配種に石を投げられたのだと。
どうやら純粋種は極端に嫌われているらしく、そんな場所に行ってまで我らの口に合う飯を買ってきてくれたことには感謝しかない。
『む、美味い。』
このうどん、美味い。
SMSで働いていた時、皆で騒ぎながら食べた飯を思い出す味。
もう半年、いつかは戻れるのだろうかと感情に浸っていれば、視界の外からかぼすによく似た果実が差し入れられた。
手の主はクラウド氏。
にやにやと、まるで飯にがっつく子を見守る親のように俺を見ている。
キョトンとしながら視線を返すと、彼は嬉しそうに笑い声を上げた。
『はは、いや、不快に思ったならすまない!
我らはそうやって飯にがっつく事がなくてね、どうももの珍しく、微笑ましく子供を見守るように見てしまうのさ。』
『......はあ、だれでも飯にがっつくことがあると思いますが......』
『そうかい? でもここでは
彼は果実酒をあおると、まるで辿り着けない場所に思いを馳せるように、照明へと手を伸ばした。
『ウィンダミアの人々が短い時間しか生きられないように、我らにも欠点はある。
丈夫なだけなんだ結局。
その人達がなんとも思ってなくても、持たないものからしたら喉から手が出るほどそれが欲しい。
それは君たちもそうだろう?』
かぼすをかけてさっぱりさせた麺を啜りながら、通じるところがあると思う自分がいる。
ラグナ、アル・シャハル、ヴォルドール。
これだけではなくもっと多くの星がある球状星団で、明確な欠点を持つのはウィンダミアのみ。
そこにゼルヘスが加わると思えば、なんだか親近感が湧く。
無いものねだりだとは思わないが、いつかウィンダミアも必要のないものを求めて外の宇宙まで進出するのだろうか?
それは嫌だな。
汁まで飲み干し、腹一杯のうどんへ感謝を伝える。
彼の食べる量は心配になる程少ないが、言うには『こーんくらいが良いのさ』との事なので、心配ないのだろう。
食休みがてら、外を散歩する。
なんだか楽しそうな声に釣られていけば、そこではウィンダミア空中騎士団に支給される剣を鞘に収めたまま振り回す、クラウド氏の御子息の姿。
剣を貸している男は部下で、どうやらこちらに気づいた様子。
全く、と溜息を吐きながら、いつもよりやさしめに注意を行った。
『......子供が可愛いと言ってあまり緊張を解くなよ?
それに、その子を可愛がる力は家で待っている息子と娘に向けてやれ。』
『は、はい、青騎士様!
━━ごめんなあ〜、剣返してくれ〜』
御子息から剣を手渡され、彼は足速に仮宿へと帰っていく。
彼も腕のたつパイロットなのだが、いかんせん子供に甘い。
彼に甘やかされた子供がいつか騎士団に入ってくると思うと、今から心配でならない。
そんな事を考えながら丸太の上に座って、隣にいた子息に懐からリンゴを手渡した。
別に賄賂のようなものではなく、偶然持っていたのを思い出したから渡しただけ。
『子息、リンゴでも食べるか?』
『りんご?』
香り高いふたつ隣の村からいただいた、王に献上できるほどのリンゴに彼は興味を示し、スンスンと鼻を鳴らす。
どうやらオレンジ、メロンなどはあってもリンゴだけはこの星に群生していないようで、珍しいものを傷つけないように、丁寧に彼はその姿を見る。
香りはお気に召したようだが、それを口に運ぶ事なく赤い果実は手元へと帰ってきた。
『食わなくていいのか?』
『僕達、味を感じれないんだ。
だからこうして匂いを楽しんで、腹持ちのいいものとかを食べる。
冬とか食べるものを選り好みしなくていいから、結構楽なんだよ!』
ゼルヘス人の足りないものとは、味覚。
人間の三大欲求は睡眠、食欲、性欲だと言うが、その内ひとつ、食欲が彼らには欠けているのだ。
その欠けた欲求をラインの黄金を守る、と言う使命にすり替え、皆がここで生きている。
我々にとってリンゴの味が未来永劫わからないという状況だと思えば、その欠点はあまりに大きい。
味も知らない物を作り、それを機械のように喉奥へ流し込む。
それを続けていれば、食べるのが嫌になって少食になるのも仕方のないこと。
可哀想だと思ってしまった。
『んむ...』
シャクッと気持ちのいい音を立てて、返却されたリンゴへ齧り付く。
美味い、美味いが、心の底からこの旨味に喜びを覚える事は今の俺にはできそうになかった。
『ねえ騎士様、外ってどうなってるのかな......』
『この星の外、か。
......そうだな、話をしよう。
これは、俺がウィンダミアから逃げるように出ていった先の惑星、エデンで傭兵に就職。
そこで空の師匠に会ったお話だ。』
部下たちに話そうものなら『絶対嘘でしょ!』と頭ごなしに否定されるエピソードの数々。
俺の師匠、ダイソンさんはそう言われるような話の枚挙にいとまがない。
それゆえに、まるで子供に向けた御伽噺の様に語る、のだが━━
『かっこいい......!』
彼はその話の全てを真実と信じ、次は次はと問うてくる。
嬉しかった、俺の歩いてきた道を嘘と断じず、ここまでしっかり聞いてくれるとは。
『━━それでな、竜鳥飛びって言うのがこれまた凄いんだ。
エンジンを切ったら墜落するものなのに、彼はそのまま風に乗ってフワフワと飛んでるんだよ。
ウィンダミア人でもないのに風を読んで...... 俺もああなりたかった。』
『師匠さんは凄いんだねぇ。』
いつのまにかレイン君を膝に乗せ、2人で手で作り出した翼を空へ浮かべる。
それは一夜で生まれた、奇跡のような絆だったのかもしれないと、今の球状星団を見て思うのだ。
夜も更け、寝てしまった彼をクラウド氏の元へと送り届ける。
道中コンファールトと出会ったが、彼は皆が寝静まる中で独自にラインの黄金を探そうとしていたらしい。
祖国を思うその気持ちは大事な物だ、だが、恩を仇で返すような真似はしてはいけないと彼を諌める。
『この星には、新統合軍の戦艦を退ける程度の力がある。
それを俺達に向けられたいと言うのなら、構わないが......
俺はお前が死ぬのを見たくはないぞ。』
『青騎士様は甘いのです!
今この瞬間にも、我らの家族は統合政府の圧政に苦しんでいる! 力を持ち帰り奴らを空から追い出さなければ......!』
『甘いの大いに結構。
リンゴも甘いほうが美味いからな。
あまり大声を出すなよ、皆様が起きる。』
部下を持つというのは大変な物だ。
そう溜息をついて、クラウド氏の手へ友を譲り渡した。
彼はレイン君をみて慈しむような、かつ
彼も等しく父親であり子を思う1人の人なのだろう。
『......昼、ラインの黄金は選ばれしもののみ扱うことができる、と話しましたね。
私はそれがこの子なのではないかと思う。
この子は隠していますが、我らを嫌う立場の交配種、その男女と仲良くしてる姿をこの前見ましてね、二つに分かれたゼルヘスを一つにまとめてくれるのではないか、と。』
『ゼルヘスだけではありませんよ。』
彼の安らかな寝顔を撫で、久方ぶりにルンを光らせる。
この小さな子供に、俺はつながり合うための光を見たのだ。
ウィンダミアとゼルヘス、統合政府の支配から逃れた日に二つの星が交流を始める日はそう遠くない、と俺は思う。
『彼はウィンダミアとの架け橋にもなってくれる。
その純粋さ、無垢さは彼に幸運をもたらしてくれる事でしょうから。』
『そう、なってくれるとよいのですが......』
眩しい朝が訪れた。
明け方までクラウド氏と話を続け、互いに妥協を重ねて『1週間のみ譲渡、使用を終えたら即座に返す事』を条件に総量の5分の1を貸していただけることとなった。
それを部下達に伝えようと家の扉を開けようとした時、不穏な風が流れる。
裏口から抜けて草むらの影に隠れれば、現れたのは新統合軍。
クラウド氏の元へ出向いてきたのは新統合軍屈指の交渉役、ウッター・レイタ。
彼は脅す事があっても危害を加えるような事はしないと以前彼がエデンに来た時に知っていたため、ひとまずここは影に隠れて様子を伺う。
『━━ですからね、ラインの黄金、お譲りいただきたいのですよォ。』
『お断りさせていただく。』
『ン〜、ならば仕方がなァい。』
クラウド氏の眉間に銃口が突きつけられる。
許せないと彼らに恩義を受け、切り掛かりに行こうとする部下達を抑える。
奴は人殺しが嫌いだからと交渉役になったのだ、形だけの凶器を持っていたとして、その中身は空っぽだろう。
予想通りウッターはその吊り目を閉じてため息をつき、銃口をしたに向けた。
踵を翻し、部下達と共にVFへと戻っていく。
『......根負けだァ、仕方がありませんねェ、別の機会にまた━━あっ。』
安堵も束の間、右隣から凪いだ風を切り裂く銃声が村の中へと響く。
放たれた3発の凶弾はウッターの心臓を2度貫いて、逸れた1発はなんとクラウド氏の足へと直撃する。
銃声の余韻をかき消すように、苦悶の声が村に響いた。
弾丸の主、スレイス・コンファールトの胸倉を掴み、その体を地面に叩きつける。
ひどく冷めた心とは裏腹に、煮えたぎった頭。
他の部下にスヴァートを取ってくるよう指示を出し、スレイスを問い詰める。
『何故撃った、スレイス。
あのまま待っていれば誰も傷つくことは......!』
『青騎士様は甘いと言った!
あのままにしていれば新統合軍は家族を撃ち、フォールドクォーツの譲渡を強要していたかもしれない!
それを防いだ上、彼の命は助かっているのだから1発の被弾程度誤差でしょう?!
何も言えなかった。
これは俺のミス。
彼が手柄を立てて息子を喜ばせてやりたいと言っていたのを思い出し、親切心からこの任務に付けた俺のミス。
到着したスヴァートの風を受けながら彼の襟首を離し、重い首を回してクラウド氏の方を見た。
『━━青騎士、なんで撃たせた!!?』
レイン君の叫びが俺の羽を千切る。
返す言葉もないと、いろいろな感情を込めて小さく敬礼をした。
申し訳ないと、口に出すことすらできないままスヴァートになって飛び上がり、新統合軍との戦闘が幕を開ける。
戦闘は常にこちらのペース。
相手方は戦闘する予定などなかったのだろう、拙い操縦の兵士ばかり。
出来うる限りマイクロミサイルなどを撃ち落とそうとはするが、それでも村に被害は出る。
ルンの光が黒くなるのを感じながら、すべての敵機を撃ち落とした。
『......なぜ、銃声が止まない?』
おかしい、敵はもういないはずなのに、ずっと機銃の音がする。
どういう事だと地上を見れば、キャノピーが開いて誰もいなくなったナイトメアプラスの残骸。
......まさかと思い、スレイスの元へと向かう。
出来れば予想通りにはなってほしくなかったが、嫌な予想ほどよく当たる物。
『━━スレイス!!!
貴様何をやっている!!!』
地上に向けて、バトロイドで機銃を掃射する機体が1機。
マーキングからコンファールトな物だと一瞬で理解し、通信で怒鳴る。
『地球人が村に逃げ込みました、逃がすわけには......!』
彼は冷静なのか、それとも錯乱しているのか。
それは本人以外誰もわからない。
機銃を叩き壊し、誰にもかけたことのないような冷たい声で撤退を命ずる。
『さっさとウィンダミアへ帰還しろ。
これ以上何か訳のわからない事をするようであれば、上官に逆らったとしてお前を撃ち殺す。』
怒りは既に通り越し、残ったのは呆れのみ。
スレイスに随伴して帰還していくVFを見ることしか、今の俺には出来なかった。
炎を中を掻い潜り、生存者を探す。
戦闘の被害はかなり大きく、平和だった村は見る影もない。
時折聞こえる声は炎に焼かれているゼルヘス人のものであり、丈夫ゆえ炎で死ぬこともできないまま、空気が燃えることによる窒息で苦しみ死んでいくのだろう。
まさに、地獄。
無限の苦しみに命を焼かれ続ける、ただの地獄だ。
『......あ...』
『━━人か!?』
燃える炎の中からでない、か細くしかし確かに生きているものの声をたどって、瓦礫の元へ走る。
その方は、クラウド氏の妻。
レイン君の母親でもある彼女の目からは血が溢れ出しており、おそらくその視界はゼロに近い。
彼女の手を握り、『私はここにいる』と彼女の救助を試みるが、もう片方の手がそれを止めた。
『もう、無理なのです。
命は、私の命は尽きるでしょうが、
ですから、貴方にこれを。』
そう言って渡されたのは、古ぼけた小さな地図。
プロトカルチャーの扱う言葉で綴られていることから、おそらくこれは━━
『ええ、ラインの黄金の隠し場所。
貴方が持っていてください。』
『しかし......!』
これはゼルヘス人が代々守ってきた物。
それを他人に渡せば悪用されるかもしれないというのは彼女もわかっているはずだ。
答えの出ない疑問を抱えながら彼女に問えば、至極簡単な答えが返ってくる。
『だって貴方、優しいですから。』
優しいから。
たったそれだけの理由で、この方は俺にこの地図を託したのだ。
ウィンダミア人だからとか、恩義を感じているだろうからとかではなく。
『それと...... レインを頼みます。
きっと、立派な大人に育ててくださ......』
握っていた手から力が抜けた。
了解致しました、とだけ残して、また歩き出す。
死んでしまった者たちの思いを自分の風に重ね、ただ真っ直ぐに。
その後、紆余曲折ありながらもレインをウィンダミアに連れ帰った。
勿論ラインの黄金もその辺の星に隠してある。
結局その事実をグラミア陛下は民に伝えることなく、帰還して3日後には次元兵器が投下されてスレイスも死んだ。
そして私は人を撃つ事ができなくなり、息子ともども亡命してケイオスに身を寄せている。
レインは『地球人に似ている』というだけで暴力を振るわれどもやり返さず、コンファールトに復讐しようともせず、ウィンダミアでの7年間を生き抜いた。
今、ハインツ陛下がこの映像を見ていらっしゃるのなら、どうか深く考えてほしい。
貴方の
どうか気づいてほしい。
戦争というものに、正義など一つもないのだと。
俺はハインツ様の育て役として、ハインツ様自身の無事を願っております。