ヨハン・ウィンリーが死んだ。
いや、風になったと言った方が彼にとっても良いことだろう。
彼は親父の、ライト・インメルマンの知り合いであり、俺が持つフォールドクォーツのネックレスは彼が母であるアサヒに送ったものだと言った。
同時に父さんは特務諜報員で。
彼の持っていた音声データには親父が出来うる限り首都であるダーウェントから次元兵器を遠ざけ、抵抗の末にカーライルでソレを起動させてしまった旨の声が入っていた。
「親父......!」
親父は、ライト・インメルマン。
軍人のライト隊長ではなく、レイン風に言うならば
激しすぎるルンの輝きは命を削る。
ヨハンの手を握り、フレイアの言った「風の泉へ、風と共に」と言う言葉が、ずっと心に残っている。
「敵組織の名は、ヘイムダル。
先の戦闘で現れた星の歌い手と酷似するフォールド波が敵旗艦であるバトル級から発されている事から、シドニー・ハントが奪い取ったとされる星の歌い手の細胞2つは彼らの手に渡ったと見ていいだろう。」
活動拠点に向かう道すがら、敵の説明をマックス艦長より受ける。
......先程全宇宙に公開された、ヘイムダルの演説も併せて。
ヘイムダルの行動原理は、容易く言えばレディMを打倒しプロトカルチャーの技術を解放すること。
その為に胡散臭い噂の立つ組織であるイプシロンから兵器を買い付け、星の歌い手の細胞を使い作り出したバーチャロイド『闇の歌い手』を使い球状星団内のプロトカルチャー遺跡を手に入れようというのだ。
そしてそのトップに立つのは、イアン・クロムウェル。
通称『鋼鉄のクロムウェル』であり、古くはたった一隻で多くのゼントラーディ艦隊を沈めたいわば英雄。
......それほどの男が狂うとは、相応の事があったに違いない。
『━━問題は、あのバトル級をどうするか。
そして黒色のゴースト...... SV-303 ヴィヴァスヴァットをΔ小隊だけで対処できるかどうかだ。』
「私たちだけでは、心もとないと?」
「やめろ、ミラージュ。」
俺も、青騎士の吐いたその言葉に悔しさはある。
だがレインの奴がいない以上、相対戦力は大きく落ちた。
それこそメッサーの奴がΔ小隊から抜けた時と同じ様にぽっかりと。
だからこそ一度ミラージュを止めたが、俺だって言い返さないわけでは無い。
「じゃああんたは、その問題に対する解決策を考えているのか?」
『簡単だろう。
マックス艦長、ギガシオンにはスーパーゴーストがあったな?』
「ああ、使ってくれても構わない。」
『それを使ってただひたすらに対策を深める、それが俺の思いつく解決策だ。』
誰でも思いつくだろうそんな事。
『誰でも思いつく事。
だが、貴方達はそれを実行しようと思ったか?
ワルキューレの歌によるブーストにも、傷ついたジークフリードをいくら上等に改修しても、結局は操縦者が敵に対する造詣を深めなければ無力だ。』
「何を...!」
『
今俺は席を外しているし、あなた方以外の戦力はないに等しい。
もし攻め込まれたら? その
俺は人を撃てないからこそ、
奇跡は起こらない、俺たちは天才ではないんだから。』
今日もこの時が来た。
朝起きて、投げ捨てられる様に置かれた飯を食べて、彼女を待つ。
結局あれから一度も勝てていないが、今日は秘策を持って来たのだ。
多分後2秒くらいでくる。
2、1......
「......」
「お、来た。」
決まった時、やはり闇雲が来た。
正面に体育座りをする様にしてちょこんと座り、勝負の始まりを待つ。
負けるにしても勝つにしても、暇がないと言うのはいい事だ。
こう言う状況における時間というのは、浪費しておくに越したことはない。
......とは言え、こうして髪を抜く瞬間というのは嫌だなぁ。
表情にも出てしまうし、闇雲もなんとも言えない無表情でこちらを見ている。
意を決して引き抜こうとしたその時、彼女の指から光が放たれ、床に光のフィールドが作り出された。
「......ン。」
「えっ、描いてくれたの?
うわっ
ありがとう。
敵であっても礼儀を失ってはいけないとは、いつだかに父さんが言った言葉だったか。
今回は引っこ抜く痛みを省略してくれた事への感謝の言葉だったが、それを言われた彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようなギョッとした顔でこちらを見つめている。
猫のようにかっぴらかれたその瞳は、俺の心を闇に吸い込むかの様に渦巻いて。
しかしこのまま見つめあっていても何も始まらない、何がそんなに驚くような事だったのか、聞いてみることにした。
「......どうしたー? そんなに変な事だったかな?」
「アリ、ガ、トウ......?」
「...もしかして、ありがとうとかの感謝、分かんないの?」
戸惑ったようにコクリと頷いた彼女に、思わず口を手で押さえた。
彼女はバーチャロイドであり、人工知能である。
それはわかっていたが、まさかここまで知らぬとは。
とは言えこんなままじゃどうにもならない。
軽く咳払いをして、ありがとうという言葉について学んでもらうことにした。
「━━うん、ありがとうっていうのはね。
たとえばこう、嬉しいとか楽しいとか......」
「ワカラナイ...」
うーん、どうしたものか。
そうだ、バーチャロイドならある程度ネットに繋げてもらうこともできるか。
事情を話し、往年の名作であり喜怒哀楽を体験できる作品、『リン・ミンメイ物語』を壁に映してもらう。
「おー、空中キャッチ。」
喜。
「うわぁ、やな奴だなぁ。」
怒。
「ロイ・フォッカー......」
哀。
「━━いいドラマだった!」
楽。
とまあ、こんな感じ。
果たしてこれで学べたのか、一度だけ聞いてみると、「理解シタ」と一言だけ帰ってきた。
まあそれならよかった、ひとまずありがとうについての話を進めよう。
「で。 他人にしてもらって楽しかった事、嬉しかった事に対してのお礼として、『ありがとう』と人は言うんだよ。
今回は俺が髪を抜く前に闇雲が描いてくれた事かな。」
「コンナコトガ?」
「君にとっては
じゃあ新しく学んだところで、本題を始めようか!」
少し時間が過ぎてしまったが、まあ良し。
マルバツゲーム、リベンジマッチが幕を開けた。
「━━やった、
マルバツゲームというのは、先攻絶対有利のゲーム。
基本ジャンケンで手順を決めているのだが、闇雲があまりにも強すぎる為にずっと後攻だった。
しかしここで注目したいのが、『勝負が終わり再度勝負をするようなら、手番を変えて行う』というルール。
これ、勝敗は関係が無く、引き分けでも手番は変わる。
そこで俺は絶対引き分けにする丸つけを行ったのだ。
彼女もこの指し方は覚えただろうし、これから勝敗がつくことは一生ない。
つまり彼女は永遠に俺に勝てない!
ガッツポーズをとりながら彼女を見れば、ありがとうの時ほどではないにしても少々驚いたように対局結果を見下ろしている。
結果として、俺は黒色のゴーストに落とされて1敗、彼女は勝つ事が出来ずに1敗!
『1勝1分だろ』とか聞こえない、俺の勝ち!
と失われた青春を取り戻すように喜ぶのもそこそこに、背を向けて牢の外に歩き出した彼女へ一つ聞いてみる。
結構大事な事だ。
「━━ねえ、楽しかったかな?」
「......
それだけ言って、彼女は消えた。
そそくさとベッドに潜り込み、閉ざされた空を見上げて微笑む。
きっと彼女にとってのアリガトウは、楽しかったの意だと信じて笑うのだ。