「本当、驚かせて申し訳ない。」
夕焼けに照らされた路地の上、3人で横並びになりながら歩く。
ため息をついた青い髪の彼は呆れたように頭を振り、項垂れた頭を支えるように手を添えた。
「はあ......密航者に、流れ星みたいな奴に。
何で今日は変な奴ばっかりに会うんだよ......」
「それあたしんことー!?」
「はは......」
やいのやいのと抗議の声を上げる元気な女の子に、懐かしくて思わず微笑んだ。
ウィンダミアではルンの無い見た目から友達なんて出来なかったので、こうして誰かが仲睦まじく言い合いをしている様子なんて見るのは久しく、7年ぶりである。
「そうだよ。
......ところであんた、星はどこだ?
輸送船ならツテがある、それに乗ってさっさと......」
「帰らん!」
彼女の怒号が響き渡った。
彼と言い争いをしながら夢へ向けるその強い意志を表すようにドスドスと歩く姿に、なんだか少し憧れを持った。
『夢』とか、『やりたい事』とは無縁な人生を歩んで来た。
何故、と問われれば、生きていくのに必死だったと言う一文で済む。
ウィンダミアではそれだけで夢を見捨てる理由になってしまうからだ。
だがそんな環境下でも、目の前にいるオレンジ髪の彼女は「飛べば飛べる!」と、「好きな歌を一分一秒でも長く歌いたい」と恥ずかしげも無く夢を語ってみせる。
夕焼けの輝きにも負けない笑顔で「帰らない!」と決意を新たにした彼女の姿は、背後から差す光も相まって綺麗だと口に出してしまいそうになるほどだった。
「ああ......あっ。」
「うふぇっ!?」
口を半開きにして足場の上にいる彼女を見上げていると、足を滑らせ先ほどまでとは一転した青ざめた顔で落下する。
隣にいた青髪の彼が間一髪で庇い、大事には至らなかったよう、ではあるが。
「わあ、大胆。」
「いってて...... って、はあ? 何言って......」
「うわ、うわわわわ! うわわわわわ!」
それは側からみれば彼が彼女を押し倒している姿に間違い無く、乱暴の現場というか何というか。
事情を知っているから俺はただ見守っているが、もしせっかちな人だったら『何してんだ変態!』と彼を取り押さえてしまうだろう。
にしても、ウィンダミア人の全力抵抗は痛そうだ。
普通にあの年のウィンダミア人に殴られたら、成人男性に殴られたくらいの痛みはくる。
経験者の俺が言うのだから間違いない。
「ほらパニックになっちゃってるから、さっさと上から退いて......」
「いや、コイツ退かそうとしてくるくせに腕......!
掴んでっから......!」
ボコボコと叩かれる彼の姿を見兼ね、どうにか引っ剥がそうとしたところ。
「動くな!」
「「は?」」
また毛色の違う怒号が聞こえてきたと思い声の方向に顔を向ければ、そこには鬼の形相で銃を向けてくる妖精のような耳を持つ女性。
「うわぁ!?」
どうにも昔のことがあって銃は怖い。
思わず両手の平を彼女の方に向けて降伏の姿勢を取るが、彼女はもう止まらない。
「この......変態共!」
走って来た勢いを乗せた回し蹴りが、無防備な俺の頭に直撃した。
まるで鉄骨で薙ぎ払われたような感覚と共に視界が180度回転し、頭から地に落ちる。
痛い、痛いが、青髪の彼にこれが行かなくて良かった。
俺じゃなかったら骨が折れて死んでいた。
「密航犯確保!」
「痛っ、違う! 違うって!」
それはそれとして確保はされたようだが。
どうしたものかと痛みの残る首を押さえながら考えていると、彼女が起死回生の一手を放った。
「は、はい! 密航犯はあたしです!」
「え?」
「あっ!」
「すみませんでした!」
社会人として見本のような角度の謝罪が目の前で行われ、おおっ、と少し心がざわついた。
どうやら分かってもらえたようで、拘束されていた彼も手首を押さえてこそいるが無事解放されている。
「いやあ、彼にあの回し蹴りが入らなくて良かったです。
俺じゃなかったら死んでますよ。」
「本当にすみません......」
どうやら本当に早まっただけのようだ。
ここまで深々と謝罪されては許さないわけには行かない。
下げられていた頭が上がると同時に、彼が訝しんだ顔で俺よりも深い紫の髪の彼女へ問うた。
「あんた、空港の警備員じゃないだろ?
何者だよ。」
「......ケイオス、ラグナ第3戦闘航空団
堅苦しい名乗りと共に彼女、ミラージュさんが冷や汗を垂らす。
戦闘航空団、と名が付いていることから彼女はおそらく軍人の様なものなのかと思ったが、新統合軍ではなくケイオスと名が付いている事から多少違うのだろう。
別に訴え出ようと言うわけではない、どうしたものかとふと横を見れば、まるで好物を見つけた小さな子供のように目を輝かせてミラージュさんを見つめる、オレンジ髪の彼女がいた。
「Δ小隊ってあの、ひょっとして
「はい、そうですが......」
それだけを聞くと彼女はフクロウのように縦に伸び、ごりごり、とウィンダミア特有の訛りで歓声を上げた。
正直今の思考状況はミラージュさんと同じように、いきなり歓声を上げ左右に揺れる彼女へ困惑を隠せない。
「え、どうしたの?」
「何なんですか?」
「はあ...... ファンなんだと、
そういやそうだった、とでも言うように面倒臭そうなそぶりで頭を掻き、またもやひとつため息をつく彼。
それとは対照に、彼女は幸福を噛み締めて満面の笑みを見せた。
「......ところで、ワルキューレってなんなの? 悪いきゅうり?」
何気ない質問である。
どうやら皆んな知っているようだが、俺はイマイチその単語にピンとこない。
家の中に引きこもっていたのもあるが、仮にも統合政府と敵対関係にあるウィンダミアの中では、他星の情報を得るのも一苦労なのだ。
すると興奮そのままにこちらへ顔を寄せた彼女が、まるで自慢の家族を語るかのように話し始めた。
「ワルキューレを知らないなんて、遅れとるんねー?
数年前に現れ、4人の綺麗で力強い歌でヴァールを治す、超時空
それがワルキューレ、なんよ!」
「へえー!
歌手なんてリン・ミンメイしか知らなかったからさ、初めて知ったよ。」
身振り手振りでワルキューレの凄さを伝えてくれる彼女に拍手を送り、記憶の引き出しへその情報を仕舞い込む。
顔を見たことはないが、かなりすごい人たちなんだろう。
ふと、ミラージュさんの視線がこちらに向いている事に気づいた。
「どうしました?」
「いえ、その右目、この星団では見たことのない特徴でしたので......」
右目、と言われれば、おそらく普通で言うところの瞳が十字の星になっている、と言うことだろう。
「そうですか?
でも生まれはこの星団ですよ、
「ゼル......ヘス?
聞いたことがありませんが......」
「でしょうね。
田舎も田舎、統合政府にも加入していない辺境の星ですから。」
惑星ゼルヘスというのは、ブリージンガル球状星団の端の端、一番近くてウィンダミアからかなりの距離をフォールドしなければ辿り着けない、辺境の星。
そこに住むゼルヘス人は運動神経はそこまでではあるが目が良く、身体の丈夫さが異常であり、他星人が耐えられないような負荷のGを耐えたり、基本骨が折れない。
一目でわかる特徴として、右目の虹彩、瞳孔が十字の星の様な形になっている。
端的に言えば、生存能力が異様に高い種族だ。
「......まさか、未だ統合政府に与していない星があったなんて。」
ミラージュさんは信じられないと口を抑え、俺はそれに向けて微笑む。
「驚きですよね。
まあそれも文化、ですから。」
「ほえー......
でも本当に綺麗な目やね!」
「確かにな。
他にも見てみたいもんだ。」
「他はいないよ。」
そう、もう他はいない。
この目を持っているのは、俺しかいない。
空に広がる大群の星とは違い、この星はひとりぼっちなんだ。
「もう、いないんだ。」
「......なんか、悪かったな。」
気にしないで、と彼に首を振る。
悪気があって言ったのなら殴っていたが、そうでないのならいいのだ。
言葉の無い一瞬の間が過ぎる。
すると星全体に響き渡る様な轟音で、サイレンが未曾有の事態を告げる。
『ヴァール警報が発令されました。
ヴァール警報が発令されました。
市民の皆さんは、避難シェルターへ━━』
ヴァール。
正式な名称はヴァールシンドローム。
一度感染すれば、血管の膨張に筋肉の肥大化、凶暴化などを引き起こし、破壊のかぎりを尽くす恐ろしい者へと人を変えてしまう。
対処法が限りなく少ない、恐ろしい病だ。
「了解、すぐに向かいます!」
簡単な通信を行い、小さな携帯端末を仕舞ってミラージュさんがこちらへ振り向いた。
その表情は先ほどまでの狼狽えた様な顔では無く、ここに事変が起きることを示した様な形相である。
「一体......何が起きてるんですか?」
「あなた方はシェルターへ向かってください。
ヴァールが発生しました、ここからは戦場になります。」
「戦、場......」
夜の帳が下りる。
戦いの幕が上がる。
この惑星の中で誰一人として、この幕開けに拍手を送る者はいなかった。