VF-31から這う様に降りて、べちゃっと、まるでスライムの様に地面に激突した。
ああ、痛い。
しかしそれ以上に、これだけ人のいる環境へ帰ってこれたことが今は嬉しくてしょうがない。
無地の青色だった捕虜用の服が赤黒く血で染まっていることに「うへぇ...」なんて気持ち悪さを口に出しながら、裸足でペタペタと格納庫を歩いた。
すると背後から強い衝撃と共に肩へ腕が回される。
日に焼けた様な黒い肌。
考えるまでもなく誰の仕業かは分かるというものだ。
「チャック......」
「よっ。
本当に、よく帰って来たな!」
どっと吹き出した疲れに瞼が下がり気味になっても、見知った顔の登場には安心がある。
ハヤテ、ミラージュにも今一度「ただいま」と、力無く手を振って微笑みを見せる。
......何より驚きだったのは、アラド隊長が車椅子姿で現れたことか。
「名誉の負傷だ。」なんでおどける姿に、本当に俺は帰って来たのだな、という事実が心へ染みる。
「まさかお前がΔ小隊に参加してるとは思わなかったけどな。」
「フン、ウィンダミアを取り戻すために利用しているまでよ。」
ボーグも平常通りで何より。
ふと少し違う足音の方を向けば、複雑な感情を瞳に揺らす、小脇にヘルメットを抱えたおじさんの姿。
Δ小隊の輪から抜け、今はただの子供として彼の胸の内へと飛び込んだ。
彼は少し驚愕をしたのちに、優しげな表情で俺の頭を撫でる。
実に数ヶ月ぶり。
短い様で長かった離別の間を埋める様に、お互い力強く抱きしめ合う。
「━━色々と話したいことがあるんだ。
俺に出来た
「......ああ。
本当に、よく生きていてくれた。」
言葉は少なくとも、そこには確かに通じ合った
その糸から伝わる心は彼のルンに、俺の瞳に、何物にも変え難い喜びをくれるのだ。
しばらくして、軍服に眼鏡をかけた艦長らしき人が姿を現した。
皆と一緒に敬礼を返し、真正面から相対する。
「マクシミリアン・ジーナスだ。
感動の再会に水を差すようで申し訳ないが...... 君から少し話を聞きたい。
構わないね?」
「ええ、大丈夫です。
......応急処置をした後でもいいですか? 腹が痛くて...」
ここまで普通に話していたが、よく考えてみれば脇腹には鉄の破片が刺さっている。
先程まではアドレナリンの影響でそこまでだったが、今は落ち着いて来ていてそれはまあ痛いこと痛いこと。
そう言うとマックス艦長は少し笑い、構わないと返事を返す。
助かった。
さて、処置を済ませたのちに会議室へ向かい、なぜか用意されていた豪勢な食事に気圧されながらもマックス艦長の質問に答える。
バトル・アストレアの中で見た事とか、何か作戦に関する重要なことを見聞きしたか、とか。
特筆して重要なことは聞いていないが、気になるのは闇フレイアの言っていた俺のコピーを作ろうとしていたが、もういらなくなった、と言う話。
つまり戦力増強が必要なくなる程度には、彼らが持つ本筋の目的、レディMの打倒に近づいていると。
艦長の知る情報と俺の持つ情報を擦り合わせて分かったのは、もう決戦はそこまで迫って来ている、と言うことだ。
同時にYami_Q_rayのことについても聞かれた。
とはいえ、大したことは知らない。
艦橋に本体のセイレーンシステムがあるとか、闇レイナは優しくて、闇マキナは少し子供っぽい。
闇カナメは不真面目、闇雲は頑張っているし......闇フレイアは、俺に愛の形に答えはないと教えてくれた。
「つまり、Yami_Q_rayには確かな意志があると。」
「はい。 迷う心も泣く心もあって、そこにいたのは人...でした。」
マックス艦長が言うに、その感情の発露、きっかけは何かしらのバグだろうと。
闇雲が5人のYami_Q_rayとして分裂する前、何かしら学習機構に異常をきたすような何かが加わったのだろうと言うが、その真実はわからない。
......正直、彼女たちと戦いたくないという心が欠片ほどもないわけじゃあない。
バトル・アストレアから脱出できたのも9割は彼女達のおかげだ。
だが、俺はΔ小隊。
やらなきゃいけない。
「そう言えば、君のその顔。
それは結晶化か? かなり進行しているようだが......」
「そう...ですね。
でもいいんです、これは俺がやろうと思ってやった事、その結果ですから。
選んだ選択に、後悔はひとつもありません。」
「......ならば私が心配する必要もなさそうだ。
これで聞き取りは終了としよう。
料理は好きに食べてもらって構わない、私の手作りだ。」
「あっ、味わからないので大丈夫です。」
「......そうか...」
聞き取りを終えたその足で、そそくさと医務室へ向かう。
別にまた腹が痛み始めたとかそういうわけでは決して無い。
何故か感じる肌寒さに上着の前を閉めながら、暗いその扉を開ける。
そこにいたのは、今はまだ眠っているフレイアの姿。
その身を蝕む結晶化は手足や顔に満遍なく広がっており、闇フレに聞いて想像していたよりも遥かに痛々しく、ウィンダミアの大地のように白く染まっていた。
その辺にあったパイプ椅子に腰掛け、いつか来る別れに心を軋ませた。
彼女はウィンダミア人であり、俺たちやワルキューレの他メンバーとは違う。
遅かれ早かれ、自分達よりもずっと早く風になって消えてしまうことは分かっていたのに...... それでもいざ直面すれば、糸を首に巻き付けられて閉められているような苦しさがある。
覚悟があっても、乗り越えられないことはあるのだ。
「ん......あ...レイ、ン...?」
どうやら起こしてしまったらしい。
ごめん、と一言謝って、さっきまで瞼に隠されていたその瞳を見た。
そこには彼女の代名詞である元気は無く、灯る光は不安と恐怖に揺らめいている。
「ううん、謝らんでもええよ。
......レインも、結晶化が...」
「俺のは気にしなくていいよ。
自分で選んだことだからさ。
...そのネックレス、いいね。」
2人の声以外音のない部屋で、俺は彼女の首元に光る桃色のネックレスを指差した。
菱形のそれはまるでハヤテの持つフォールドクォーツのネックレスのマイナーチェンジのようで、彼女に似合っている。
彼女は嬉しそうにそのネックレスを天に掲げ、廊下から漏れる光に透かした。
「うん... ハヤテがね、おばあちゃんのリンゴを1つ持って来てくれたんよ。
その種がこの中に入ってて... ウィンダミアを取り戻したら、2人で育てようって......」
そこまで言って、フレイアは押し黙ってしまった。
彼女自身、おそらく自分の体が、この種が芽吹いて実を付けるまでにもたないだろうという事がわかっているのだ。
先を断たれた様なものだ。
ワルキューレとして歌うこともできず、ハヤテと共に暮らすこともできるかどうか。
彼女の気持ちは、俺が思うよりずっと深くを彷徨っている。
「......フレイアはどうしたい?」
「どう...って。」
口をついて出た疑問だった。
「このままウィンダミア人として、風の運命に従うか。
あきらめないで、抗うか。
選択の権利はフレイアにだけ有る。」
「......私は、歌うことが人生だって、ずうっとワルキューレで居たいって思ってた。
でも...でも...!
わたし、ワルキューレなんに......
それは、彼女が人で有るからこその恐怖。
人は死ぬのが怖い。
当たり前だ。
ポン、と肩に手を置いて、その恐怖へ寄り添う。
「......ここにいる人達は、みんなフレイアの事を思ってる。
君が何を選択したとしても、もしそれが不正解な未来を選ぶ事だったとしても、俺たちは、ハヤテは。
絶対にフレイアを守り通すから。
......そろそろ作戦の準備に行かなきゃだから、俺は行くけど。
一回ハヤテにその心を見せてやって。
多分強がって『大丈夫』とか言ったんだろ?」
「...うん...ありがと...」
椅子をしまい、医務室を出た。
マックス艦長、この作戦においてはマックス
命をかけた作戦。
向かう先は、惑星アルヴヘイム。