「お邪魔します。」
ここはレーブングラス村。
ハヤテ君やレインが時を過ごした場所であり、今回俺とばあちゃん、そしてデルタ小隊の方々がお世話になるところだ。
既に村長さんへ挨拶は済ませた。
とても良い人という印象が強く、確かにこの感じならレインが『大丈夫』というのもわかる気がする。
扉を開けた先に現れたのは、「こんにちは!」と元気いっぱいに感覚器官のルンを揺らす少女。
まだ成長途中のようで、その落ち着きのなさは元気な子供そのものだ。
そんな金髪の彼女をベッドに座る中年男性が諌め、まるでおじいちゃんのようにその子を膝の上に乗せ、こちらを見る。
その視線の鋭さ、人を見通す様な瞳。
そして決して消せない
わかる、この人はパイロットだ。
「━━やあ、よく来た。
レインの父親ということになっている、クレイル・アズールだ。
こんな病床の爺さんとひとつ屋根の下なんて望まないだろうが、どうか我慢してくれ。
......ところでレインはどうしたんだ?」
「ヴァルターの奴に腰をやられた......」
「ああ...」
何故こうなっているかの状況説明が2秒で終わり、ばあちゃんに預けられた軟膏を塗るためにレインをソファに下ろす。
身体を横にさせて服を胸元まで上げると、半透明な軟膏を手に取って塗り込む。
科学者兼医者として王に仕えていたばあちゃん手製の薬だ、ちゃんと効く。
...こう言ってはなんだが、レインのボディラインってこの歳の男というよりは、少し女性の様な体つきの様に感じる。
勿論、胸があるとかそういうのじゃなくてまじまじと見ると女性的シルエットに見えるとか、そういう感じ。
ちょっとムラっとしていると、すぐ横から止める間もなく小さな指が腰を突き刺す。
冷たかったのだろう、レインは驚いて少し浮き上がった。
「あっ」
「ひゃん!?」
腰を逸らすという行動を今すれば...... まあ、言わずともわかるだろう。
「痛ぁい!!!
ちょっと?!」
「闇カナちゃんが『こうすれば面白いよ』って!」
「んー! 次からやめようね!」
レインも子供の無邪気さには勝てないか。
面白いものだ、昔はやる側だったこいつがやられてこういう顔してるというのは本当に。
あと『ひゃん!?』ってなんだ。
ムラっとするからやめろ。
「......君はあの子に劣情を抱いているのかい?」
「いいえ!! 全く!!!」
あっぶね。
ひとまず半泣きのレインを二階のベッドに連れて行き、リビングに戻る。
するとそこにはハヤテ君が来ており、金髪の子と軽く遊んでいる。
「お、レインはどうだった?」
「半泣きで寝てますよ、一応明日から訓練ですよね?
あの様子だと無理そうだし、明日はレインを休ませたほうがいいと思うんだけど......」
60%ぐらいは善意だ。
残りの40は...... まあ、言わないでおく。
ハヤテ君はあまり考えるそぶりを見せず、「まあ大丈夫だろ。」と楽観的な言葉を吐いて目を伏せた。
それはクレイルさんも同様であり、冷蔵庫から取り出したリンゴジュースを飲みながらうんうんと頷いている。
「アイツは俺と同じ様に飛ぶことが生きることだ。
......首都の救助に向かってて少ししか見えなかったけど、飛んでる時のレインはすげえ楽しそうに飛ぶんだよ。」
彼に何がわかるのだろう。
俺は昔から一緒にいたし、なんなら今だって心が通じてると思ってる。
あいつの苦しみも悲しみも痛みも、ゼルヘスで再開した時に理解した。
その俺が休ませたほうがいいと言ってるからには休めるべきだ。
もし襲われたとして俺が守る。
守るから。
「いや、楽しそうにとは言っても━━」
「サニー君、だったか。
君は昔からレインと友達だと言ったね、レインもそう言っていた。」
ハヤテ君の主張に反論しようとした時、後ろからクレイルさんの冷たく鋭い氷柱の様な声が心に刺さる。
「......はい。」
「君も空を飛ぶのなら理由があるのだろう。
君はどうして空を飛ぶ?」
「それは、レインを守りたいからで...」
「その理由は守るべきものの好きなことを潰してまで、全てに優先される選択なのかな?」
反論もできず、黙りこくる。
ただ、握り拳を作る力だけが強くなっていった。
「君がレインと一緒にいた昔に、彼が守られる様な人間だったかとかそうではなかったのかなんて知る由もない。
しかしね、レインは
君の思い続ける過去の姿ではなく、進み続ける未来の姿が今の彼だよ。」
「未来...」
「進み続けているレインは今の君を見ている。
君は、どうかな。」
......それでも。
それでも俺は飛び方を、飛ぶ理由を変えようとは思わない。
俺が飛ぶのは守る為だ、その為なら...
誰が、どうなろうと。
「それでも俺はレインを守ります。」
「......そうか。」
長い沈黙が流れる。
それを破ったのは、金髪の子の歌だった。
優しい声と心に響くメロディー。
トゲトゲとそこにいる人たちを突き刺す様な心、その心の棘を丸く削って落ち着かせてくれる。
歌って笑顔の彼女を撫でるハヤテ君の目は、どこか寂しさと優しさが同居している様に見えた。
「俺たちは飛ぶ。」
「わたちも歌う!」
「はは、フリッグの歌は優しいな...」
少女の名は
歌の守った命だと彼はいうが、よくわからない。
今は自身のアイデンティティが落ちて割れないよう、瞼を下ろすことしかできなかった。
「━━まったく、ヴァルターは大きな犬の様だな......
師匠を怪我させるなんて俺の時代では考えられんぞ。」
「あんなの俺にやられたら背骨が折れそうで怖いです。
まあよく...... レインの奴は教えられますね、あんなのに。」
「まあ才能があるってことなんだろうよ。
レインはあれでもデルタ小隊で1番操縦が上手いから、自分と同じくらいの才能を持つパイロットを潰したくはないんだろうさ。」
なんとも言い難いことだ。
強くなっているならば守ることができない。
ゼルヘスに現れた敵勢力の正体も暴かなければならないのは分かっているが、俺にとって守るという事象は何よりも優先されることではある、
「そう言えば、レインの友達は君だけでなくもう1人いたのだろう?
その友達は居ないのかい?」
「━━もう1人なんて、
何を言っているのだろう。
ゼルヘスにいた頃、仲良く遊んでいたのは俺とレインの
そこの間には誰1人としていなかった。
......失礼だと承知しているが、ウィンダミアの人はボケるのも早いのだろうか?
クレイルさんは少し考え、ハヤテ君にも聞いている。
「......レインは言っていなかったか?」
「いや、俺も記憶に無いですけど......」
「わたちはあるよ!
教えてもらった!」
?
どういうことだろう。
クレイルさんは顎に手を当てて深く思考を巡らせた後、フリッグちゃんを連れて二階の階段へと向かった。
俺とハヤテ君は顔を突き合わせ、頭にハテナを浮かべている。
「......もしもし、アラド艦長ですか。
いえ、そこまで重要なことでは無いかもしれませんが...
デルタ小隊だけでなく、ゼルヘスに向かったレインと親しい人たちに聞いて欲しいのです。
レインから『
ええ、お願いします。」
通話を切り、一息つく。
少しの痛みに胸を抑えながら、「はい!」とハインツ陛下に電話をかけてくれているレインにハンドサインで感謝を送る。
レインからもデルタ小隊がラグナに起きていることに対してドライ過ぎるという違和感を感じたと聞いた。
これは違和感で済ませていいものでは無い。
俺の推察が正しければ━━
「もしもし。
夜分遅く、この様な形での連絡になり大変申し訳ございません。
実は陛下と赤騎士様に聞きたいことが━━」
既に、ゼルヘスに現れた勢力はウィンダミアへ現れている可能性がある。