「剣、ちょうだい!」
どうしたことだろうか。
今、俺は顔を洗い服を着替えてきたわけだが、目の前にはいつもの様に笑っている闇フレイア。
いや別に笑うなと言ってるわけじゃあないし、なんなら闇フレイアはずっと笑って生きていてほしい、が。
「何で剣?」
そこなのだ。
少し肌寒いから上着を貸してとか、なんかもう少し別のものならわかるが、何故か剣。
持ってはいる。
だけどその理由が本当に見えてこない。
「いいのー!
お守りみたいなモノだから!」
......まあ、そう言うなら。
一旦部屋に戻り、アイテールの中にあるロッカーから剣を取り出した。
コレは父さんから受け継いだもので、結構いいやつ。
切れ味も良くてしかも軽い、軽く振ったことしかない素人でもわかる。
「はい」と手渡せば、彼女は笑顔でそれを受け取って腰にさげる。
よく見れば手首にも何かブレスレットをつけているではないか。
見覚えがあるそれは、ヴァルターの好んで付けていたアクセサリー。
意識を取り戻したと聞いた、きっと会いに行って受け取ったのだろう。
ウキウキで「ありがとー!」と礼を言い離れていく闇フレイアを見送り、自室へ戻って洗面台の鏡を見た。
目が、痛い。
怒りに任せて人を傷つける事は文字通り自分を傷つけることになるのはわかっていた、わかっていたのに。
『にひひ......』
彼女は風になってしまったんだ。
姿としてここに現れることもなければ、またあの日の様に笑ってリンゴを渡してくれることもハヤテと笑い合う姿を見る事はない。
死、というのは過去に残る事だと思っている。
過去に残った者を忘れる事はなくとも、生きている者はそこに留まり続けることをよしとはしない。
過去に残る覚悟を持ってそこに残った人を、本人の意思に関係なく今につれてくる事はあってはならない事なんだ。
身勝手な考えだ。
ハントマンの言ったドス黒いモノがこれなのだ。
常々、俺は俺に対して言い表しようのない嫌悪感を抱いている。
「━━そうでもないんじゃない?」
瞼を閉じて開ける一瞬の内、鏡にもう1人の人間が映った。
驚き、動揺の後、その白い髪にホッと安心を吐き出す。
しかし今の俺はただただ卑屈、元気付けるためのその一言にすら棘を吐いてしまう。
わかっていても口を閉じて止められるものではない。
「いいや、俺は身勝手だよ。
2年前にデルタ小隊から離れたのだってフレイアのいないワルキューレを見るのが怖かったから。
父さんに言われるまでゼルヘスに行こうとしなかったのも...... 純粋種として扱われて嫌われるのが嫌だったからなんだ。
それにYami_Q_rayも巻き込んでるんだから、身勝手でないわけがないだろう。」
振り返らず、しかしその矛先は確かにスノウの方を向いている。
『せっかく元気付けてやろうと思ったのに!』と不機嫌になって出ていってくれれば楽だと思ったからだ。
しかし彼女は腕を組み、抑揚の小さい平坦な声でそれを肯定する。
「人は身勝手。
それはみんな同じでしょう?
サニーだって貴方を空から下ろそうと身勝手な行動をして、ウィンダミアもラグナもどこもかしこも。
でもね、その身勝手を他人と同調できているだけいいじゃない。
━━わたしは出来そうにもないから。」
ふと、ハントマンの言葉を思い出した。
『あなたの親友さんも深淵で待っていますよ......』だったか。
どういう意味なのか、先ほど言った最後の言葉も併せて問おうと振り返る。
「スノウ、君は━━」
もう、いない。
暑い日に溶けて消えたぼたん雪の様に、その場には既に影も形も存在しなかった。
聞こうとした事を喉元から心の中へ戻し、またも「ふぅ」と小さく息を吐く。
『どうして君だけが、記憶から消えていた?』
心の淵でドラムが鳴り響いている。
まるで、動画で見たパレードを盛り上げる振動。
ひどく苦しかった。
私たちは、Yami_Q_rayは別に人を殺すことに対してどうという事は無い。
いや、無かったというべき。
しかしレインは違うんだ、彼は最初から人で、家族と師匠と弟子を失っていて、その上で怒りのままに手を出した。
その行為による痛みはわたしの想像をゆうに超えているだろうし、引いていたラインが千切れた事による心への負荷というのはどれほどか、想像することすら出来やしない。
歌うことは生きること。
そう言ったのは誰だったか。
オリジナルであるフレイアがそうだったとして、わたしにとって歌う事は
レインが笑顔でいてくれる事、それが生きる上での望みである。
しかして彼は、ゼルヘスを離れてから辛いこと続き。
ヴァルちゃんは意識を取り戻したといえ、後数ヶ月は安静。
銃の引き金を引き、幼馴染の事を覚えていたのは私たちと彼本人だけ。
......あながち、サニーの言っていた事も間違いではないのかもしれない。
もしも空を飛ばないことが彼の笑顔につながるならば、わたしは━━
「━━うん?」
「ふひひ、どしたの闇フレねーちゃん!」
腰に衝撃を受けて表情を柔らかく変える。
そして振り返り、腰に突進してきたかわいい物体の頭を撫でた。
フリッグは私たちにとって妹の様な存在だ。
2年前から姉妹の様に遊び、互いに元気に育った。
フリッグの脇をくすぐりながら来た方向を見れば、そこにはベンチに腰掛けるハヤテとサニー。
さっきの事を思い出して少し顔が軋んだが、まあそんな事も言ってはいられない。
サニーの横も颯の横も空いていたが、ここはあえてフリッグを膝に乗せてハヤテの横に座らせてもらった。
どうやらサニーも思うことがあったらしく、ハヤテにこの2年間レインがどんな感じだったのかを聞いていた様だ。
「━━まあ、独立戦争ではそんな感じ。
あいつが言ってくれたからフレイアも答えてくれたのかもしれない、って考えた時はあったよ。
本人に『そんなわけない』って言われたけどな。」
「......なんだか、置いて行かれてるな。」
「どうしてそう思う?」
「...昔は俺が先頭に立って、スノウが急ぐあまりに転んだレインの手を引っ張って...... あれ、何でスノウの事思い出したんだ?
まあ、1番後ろを歩いてた守るべき弟分が前に進んでた事を、認めたく無かったんだろうな......って。」
サニーの言う事は分からないわけではない。
私だってフリッグが自分よりも上手く歌ってレインから褒められたりしたら、何が何でも超えようとする。
そういうモノだ、人はそういう身勝手で生きる生物だ。
それが空になって、超えようとするという意志が守ろうとする意思に変わっただけ。
そう考えてみれば、割と近い所の話だ。
「━━ここまで聞いて、サニーは何をしたい?
選択肢は2つだ、お前の意志を通すか、そこを妥協してレインのやりたいまま空を飛ばせてやるか。
2つに1つ。」
「2つに、1つ......
そうですね、そろそろ決めなければ、か......」
そう意味深な事を呟き、サニーは立ち上がってフラフラと歩き出す。
その後ろ姿は『自分の力で選択する』という覚悟を映し出し、ゆらりと曲がり角へ消えていった。
少しの間、軽い沈黙が流れる。
仕方ない事だ、ハヤテにとっては失った大好きな人の顔と同じ女が前にいるのだから。
しかして気まずさを感じている様な表情はそこから見られない、なんだか私だけ気にしている様でなんだか、うーん。
ふと目についたのは、彼が首からぶら下げている桃色のネックレス。
先に付いた菱形の結晶には何かの種が入っており、なんだか......懐かしさを感じる。
視線に気づいたか、ハヤテが慈しむ様な笑顔でこちらに語りかけた。
「気になるか?
コレ、最後の思い出なんだ。
......昔、独立戦争の後にあいつから謝られた事あってさ。
フレイアの結晶化の事を知ってたのに黙っててごめん、だって言われて。
俺は別にそんなのは良かったんだけど、あいつはすぐに抱え込む。
━━闇フレイア、お前が支えてやってくれ。
アレで俺の友達だ、笑顔でいてほしいんだよ。」
「出来るかな。」
「やれるさ、Yami_Q_rayだろ?
......なんなら、何かレインから物をもらって来ればいい。
何かしらをお守りにしておけば、何かがあっても胸にずっと留めておける。」
膝に置いていたフリッグを持ち上げ、立ち上がった跡に降ろした。
好きな人に笑顔でいてほしいのは私も同じ事。
振り向き、来た方向を戻る。
「━━私も歌う。」
「......はっ、覚悟しておけよ。」
さて、歩き出した。
何をもらおうか、やっぱり剣をもらうのが1番か!
「フレイア、歌が守った命は...... 自分を持って進んでるよ。」