さて、日が経った。
結局あの後は何をするでもなく、ウダウダと自身のブレた信念を抱えて眠りについた。
着替え、俯いたまま切り身のリンゴを一欠片かじって青空の元へその身を晒す。
どうやらハヤテもちょうど行く様だったらしく、たまには2人で一緒にアイテールへ向かうこととした。
扉を閉じて鍵をかけようとした時、その扉の向こう側から声が聞こえてくる。
心底から心配する様なその声はある種の不穏さを含み、扉一枚を隔てているとは思えないほど鋭く脳へ情報を届けに来る。
「......レイン、気をつけて行け。
何やら、何やら分からないが
「ああ、用心するに越した事はないし、そうするよ。
......ありがと、父さん。」
軽い問答を交わして、歩き出した。
道中ラグナにいた事を思い出す様に並び立ち、2人くだらない話に花を咲かせる。
「闇フレイアに剣のこと吹き込んだのハヤテかよ......」
「悪くなかったろ?」
楽しいよ。
ラグナに帰りたいと思ってしまう。
2年前、命を賭して守りきったあの星にもう一度戻りたい。
......今は許されていないが。
「レイン、出来たらでいいんだけど......
「は?」
アイテールに着いて制服に着替えるや否や、いつのまにか隣にいたサニーがコーヒー片手につぶやいた。
つぶやいた、と言ったが、何も独り言ではなくちゃんと俺に向けられた言葉。
しかし今この状況、何故だと疑問の声を上げるのは当然だろう、何を考えているのかと怪訝な顔で疑問符を浮かべる。
だが彼はその視線をこちらに向けない。
その瞳が映すのは写真、昔々9年前に俺、スノウ、サニーで撮ったインスタントの写真。
それを見て何を言うでもなく、一つのことを察した。
きっと彼はスノウのことを思い出したのだろう、恐らくは闇フレイアに突っかかっていたあの後。
淡々と自身の考えを彼は語る。
「決闘だ。
デュエル、
━━多分だけどお前は俺と違って、過去に囚われてない...
それは良いこと、スッゲェ良い事だ。
でも俺はお前みたいに今を今として生きれてないし、それはレインも分かってるだろ?」
「......まあ、そうかもね。」
サニー、スノウ、俺の3人で結んだ約束。
彼のものは『2人だけを守る力が欲しい』だったか?
覚えている、覚えているよ。
彼はその約束に囚われてた。
囚われるだけなら良かったが、大変なことにおかしな所だけを強調されて縛られてしまったのだろう。
2人だけを守る力が欲しいが、守りたいという直情的な目的へとすり替わってしまった。
サニーが言いたいのは、自身の意志でその呪縛から逃れることができないと言うことだろう。
9年前から深く深く突き刺さった楔だ、そう易々と引き抜けるものではない事は勿論理解している。
「だから俺は...... 進む道の選択を空に委ねたい。
だからこその決闘だ。
俺が勝ったのならお前は空から降りて守られてくれ。
お前が勝ったら... 俺はお前と飛ぶ、ここまでの俺を支えていた意志を全て投げ捨てて。
受けてくれないか。」
久々に制服の前を閉めた。
メッサーさんと空を飛んだ時以来か。
水筒の中にあるリンゴジュースを一息に飲み干し、彼の方へと向き直り宣言する。
「━━受ける。
それでケジメがつけられるって言うんなら、喜んで俺はサニーと撃ち合うさ。」
「ありがとう、コレで進む道を選べる。」
「......ただな、もう一つだけ条件を増やしても良いかな?
その...... 闇フレイアに謝ってもらえるかな。
あれからサニーの話題になるとよそよそしくなるんだよ。」
「......わかった、終わった後にやるよ。
━━人に謝るのいっちばん苦手なんだよ......」
ジークフリードに乗り込み、カタパルトへ出た。
最終確認でベクタードノズルやカナードの可動をチェックしながら、緊張に震える掌を鎮める様に力強く握り込む。
ペイント弾ではない実弾が装填されている事を示すモニターのコーション表示にため息を吐いて、手首のネックレスに目を移した。
決闘の内容は、言ってしまえば
何処かでミスれば勢い余って...... と言う事もある。
そういう状況含め、きっとサニーの覚悟なんだろうと心を納得させた。
ワルキューレ、Yami_Q_rayの歌は無し。
カタパルトから射出されると同時に上空へ舞い上がり、白と灰のカラーリングのカイロス、赤と白のジークフリードがものの数秒で大気圏を突破して宇宙へ到達する。
スーパーパックの増槽だけを付けた不恰好な互いの機体が向かい合い、同タイミングでエンジンが動き出して閃光ふたつが交差した。
それを合図に、実弾が宙域に飛び交う。
後ろを取っては複雑なターンやローリングで直撃を回避し、攻守目まぐるしく、暗黒の宇宙を色付けた。
交差する弾丸、ぶつかり合う向かい風と追い風は人の形をとって巨大なデブリの上に降り立ち、拳と刃が互いの装甲を掠める。
━━ここまでの力、前まではサニーに無かった。
どうして?
当てはまる事を本棚から探す様に、脳内の思考を探る。
どうだかは分からない、多分彼の中にあった迷いが消えたんだ。
迷いは人の全てを濁らす。
きっとコレが本当の実力、サニーが俺やスノウを守ろうと追い求めた守る為の━━
『そう言えばさ! 昔、俺を川に突き飛ばしてくれやがったよなぁ!
アレ今でも根に持ってるぞ!!』
「はぁ!?」
どうした急に!?
しかもそれ、やれって言ったのはスノウだ。
俺にいうなんて筋違いだろう。
ピンポイントバリアを纏ったパンチを繰り出し、バトロイドのシールドで防がれながらも拳を押し込んで吹き飛ばす。
「アレはスノウがやれって言ったんだよ!
━━それなら俺も言いたいことあるぞ、よくも俺が楽しみにしてた初めて自分で作ったパンを横取りしやがって!
あの後母親に謝って新しく飯作ったんだからな!!」
そこからはもう酷かった。
罵倒罵倒、最低の口喧嘩。
『葡萄ジュースだとか言ってワイン飲ませただろ!!』
「うるせぇー!! お前は虫を笑顔で食わせただろうがァ!!」
『俺は4回飯作ったぞ!』
4発、脚部コンテナからミサイルが飛んだ。
ファイターへ変形してハイスピードで飛んでくるミサイルの間を縫って弾頭の正面に立ち、1発ずつ撃ち落とした。
「俺は6回弁当を食わせたァ!!」
爆風の影から6発のミサイルがカイロスに襲いかかり、パージされた増槽に当たって生まれた爆風に1発以外が巻き込まれた。
残った1発をバリアで防ぎ、再度ドッグファイトへと突入する。
ハアハアと、通信越しからでもわかる息遣い。
絞り出すように吐き出された声が、俺の背中を刺す。
『━━ずっと、ずっと!!
あの時が続けば良いって思ってた!
でも離れ離れになって、いつもの集合場所に行っても俺1人しかいなくて...... 寂しかったんだよ!!!
だから、いつまでもあの時みたいに、俺とスノウがレインの手を引いていける様に頑張ったのに!』
ロックオンを知らせるアラートが鳴った。
『お前だけが先に行ってた!
━━俺も一緒に、行かせてくれよ!!!』
ミサイル全弾がジークフリードに襲いかかる。
宇宙に爆炎が生み出され、機体をいとも容易く炎に包んだ。
後悔と自分への侮蔑を込めた、狼狽える声が射手の口から漏れていく。
『あ、あぁ、あ......!』
どうしようもないほどの絶望だった。
闇フレイアに謝るだとか、そんな事を考える暇もなく、ただ口を押さえて目を見開くだけ。
炎は消えど、黒煙は消えない。
「あっぶねぇ!!!」
刹那、バトロイドへ変形したジークフリードがその身を回転させて黒煙を払う。
向こうに見える太陽の光に照らされ、その騎士は暗黒の宇宙に自身が健在である事を見せた。
片腕が無くなってはいるものの、ただそれだけ。
『よっ、よかっ良かったぁ......!』
情けなく安堵するサニーをよそに、ジークフリードの掌でカイロスに触れる。
その行為でコントロールを奪うと、2機で大気圏へ向かう。
宇宙から空へ戻るまでに言葉を交わす事はないが、通じ合う何かがその2人の間には確かにあった。
ウィンダミアの空に戻り、甲板からこちらへ向けて手を振る皆に手を振り返す。
カイロスのコントロールを切り、2人で気ままに空を飛んだ。
仲直りの空は、何よりも気持ちよく何よりも清々しい風をこの肌に感じさせてくれる。
竜鳥飛びで最高の風を感じながら何気ない会話を交わした。
「なんだかつかえが取れた気がする。
代わりにすげえ疲れたけど......」
『ああ、俺も...... 行きたい道がわかった気がする。』
「闇フレに謝る事、忘れるなよ。」
『勿論。』
雲一つない空だった。
「......フリッグちゃん、俺はもう帰ってこないだろうが、元気に生きるんだよ。」
「おじちゃんどこ行くの?」
「白騎士を真似たニセモノに鉄拳制裁を喰らわしてやるのさ。
不穏な風は、誰かが止めなきゃあな。」
空には翳りを知らせる銀の星が1つ、煌めいていた。