ふわりと頬を撫でる優しい風が吹いた。
その風に乗って何処か遠く、それこそ父さんが懐かしそうに語っていた惑星エデンと言うところに届く様願って、一枚の羽根を手から離す。
生前からの願いで、葬儀と呼べるものは執り行われなかった。
それらしいものといえば、俺とYami_Q_ray、ハインツにハヤテとボーグの数人で墓に花を添えたぐらいのもの。
平静を装っている様に見えるが口角の少し歪んでいるハインツへ、視線を向けないまま「これでいいんだ」と平坦な起伏で口に出す。
『自分は裏切りと言って差し支えない事をした、そんな男に派手な儀式は必要ないさ』
いつだか、そんな事を言っていた。
だからこれでよかったんだ、本人の願いなんだから。
ボーグ、ハヤテ、Yami_Q_rayの皆んなが次々と献花を行う。
「青騎士、お前の残した風に誓い、俺がこの星を守る。
......ハインツ様の事はこちらに任せて、貴殿は何処かの空で自由に風を感じろ。」
「なんつーか、結構世話になったよ。
フリッグのやつもショックだったみたいで寝込んでた。
あんたが居なければ俺はフレイアの事を選択出来なかったかもしれないし、こうして花をやれてなかったかもしれない。
風の泉へ、風と共に。」
「うぅ゛〜......」
「泣くなよ、泣いたって喜ばないだろ......」
「綺麗な飛び方をする人だった。」
「レインに隠れてお酒もくれた優しい人。」
「━━ありがとう、見えない所でレインの心を守ってくれた人。
さようなら、お父さん。」
「......これから、どうしようか。」
「ゼルヘス奪還に動くのではないのか?」
「ああ、それもそうなんだ。
だけどなあ、これからを、どうしようか......」
緊急事態という事で、少々小走りでミーティングルームへ急ぐ。
道中で合流したサニーと共に、物静かな廊下で会話を交わした。
「珍しいな、空中騎士団の制服で来るなんて。」
「ああいや......
互いに口をつぐむ。
この服を着てきたのには勿論弔いの意があるが、それ以上に自分を見失っているという事柄が大きい。
父さんは道しるべだった。
俺が道を逸れて迷子にならない為の、光り輝く道しるべ。
しかしそれはこの世には無い。
だから今の俺は、全てを見失って、縋る様にこの服を着ているのだ。
口をつぐんでから遂に一言も話さず、ミーティングルームの扉にたどり着いた。
自動扉を開けると同時に降りかかったのは、痛いほど刺さる心配の目線と、平常で気を遣わせない様にしている心の風。
辛かった。
もう放っておいてくれと、たった一瞬思ってしまうほどには苦しい。
アラド艦長の一声でミーティングが始まる。
手始めにモニターへ映されたのは、ズタボロになったアルヴヘイムの街々。
目を凝らしてよく見てみれば瓦礫に鮮血が塗られており、そこにいた人達の痛みが見える様。
痛々しいなんてものではなく、皆一様に顔を顰め、それから目を逸らす者もいた。
「これは先日...... ウィンダミアに3機のゴーストが襲来した時と同じ時間帯にアルヴヘイムに起きた事だ。
報告によると、『数百のセイントが現れ、全てを踏み潰して行進していった』と。」
「え、アルヴヘイムの統合軍は俺たちの事覚えてたんですか?」
「いや、この破壊行為が終わった後に、まるで
それで報告が届いたわけだ、こういう訳の分からない事象はケイオスに押し付けるマニュアルが出来てるんだろう。」
全くわからない。
何故アルヴヘイムを破壊した? それはハントマンがここまででやろうとした、『俺を使い物にならなくする』という行動とはまるで違う。
そもそも奴は何故、いちいちゼルヘスの王になった事をこちらに報告しに来たのだ。
クロムウェルの様にレディMや全宇宙の傭兵的企業を潰したいわけではなく、ここまでやってきたのはゼルヘスの支配と俺たちへの嫌がらせだけ。
そこにアルヴヘイムへの侵攻、破壊という謎を突っ込まれた気分に吐き気を催す。
「というか、市民は無事なんですか?
画像を見る限り、人影が見えないんですけど。」
渋い顔をして、アラド艦長は口を開く。
「......それがな。
助かった市民は一様に『ドラムの音が聞こえる』とか『月が血で満ちている』、『トランペットの音が聞こえる』と言って全員同じ方向を見て
そこで、市民の向いている方角を調べさせたんだが......」
映し出された星図に矢印が引かれ、全ての矢印が一つに集まった。
その結果に目を見開き、不可解なピースがまた一つ増える。
「━━全員、ゼルヘスの方角を向いて祈っている。
まるでそこに神がいるかの様に、な。」
そう、記憶を消せるというならば洗脳も可能なはず。
俺たちに対しては記憶の消去を使ったが、アルヴヘイムの人々に対しては洗脳を使ったというだけなのだろう。
ならばどう対策を取る?
このまま受け身ではやられるだけ、流石のデルタ小隊でもセイント100機近くを相手取るのは無理な話だ。
「......何も変わらないだろう。
むしろやる事が単純化した筈だ、ゼルヘスに向かってマクロス級を破壊し、ハントマンなる男を叩き潰す。
そうすればこの混乱は終わる、違うか、ゼルヘスの代表者。」
「......そうですが、一つ問題がありますな。」
そう、ボーグの言う通りではある。
短絡的と取られるかもしれないが、相手の頭を取れば基本的に混乱は収束していく物なのだ。
だが、そこでブレーキをかけたのは村長さんのなんとも言えぬ表情。
その表情は、この騒動がその程度では収まらない事を示していた。
「エレファ・オレーフを操作できる者は一握り。
それこそゼルヘスを古き時代から統治し、平和をもたらしてきた王族だけなのです、しかしですのう......
......言いにくい話ではありますが、9年前。
クーデターにより、ゼルヘス王家は
「ならば、何故ハントマンはこれ程の力で星団を混乱に陥れている?
プロトカルチャーの遺産が無ければこれほどまでの混乱は作り出せん。」
9年前と言われれば、ゼルヘスに父さん達がきた日。
そう言えば、遠くにあった城の方でも火の手が上がっていた。
都市の方までバルキリーが行ったものだと思っていたが、まさか混乱に乗じた内乱によるものだったとは。
「そこは...... 考えたく無いものですが、相手方に王家の誰かが居る、そう考えるのが妥当でしょうな。」
「そうだよ、いるよー。」
不意に背後から聞こえてきたのは、鼓膜から脳髄まで稲妻の様に走る、今の俺には大変な毒の周波数。
誰より速く振り向けば、流動金属が形造る奴の身体、その手には黒い鉄の凶器が握られている。
その銃口の向く先は、闇フレイア。
ご丁寧に彼女の足元をイバラで縛り、逃げられなくしていると言うのだから反吐が出る。
勿論彼女に1番近いのは俺だ、攻撃よりも先に闇フレに抱きつく様な形で壁となり、火薬の爆裂と共に打ち出された小指くらいの大きさの銃弾を右肩で受け止めた。
だが、同時に疑問が頭を埋め尽くす。
銃弾というのは痛いものだ。
硬く、強く、鋭い。
しかしこの撃ち込まれたものは柔らかく、良くて薄皮を切る程度。
これならば反撃でやれる、そう思って踏ん張ろうとした瞬間。
「あ━━?」
全身が冷え、力が抜け切ってその場に倒れ伏した。
ボヤける目線の先には上手く行ったことに喜ぶ無邪気な子供の様なハントマンが見え、逃がさないと手を伸ばす。
しかし、視界にその手が見えた時、状況は一変する。
「━━あ゛ぁぁぁぁア!!!!」
痛み、熱、熱、熱、痛み。
絶え間無い苦しみが身体を内から焼き尽くし、まるで白く燃え尽きた灰のように、被弾場所から猛スピードで体が白くなっていく。
寄り添って俺の身を案じる闇フレイアの手も苦しみからか振り払い、身体の急速な変化に耐えられず、喉奥から血の塊を吐き出した。
それは地に着くと同時に結晶化し、今起きている事を知らせて行く。
撃ち込まれたのは、プロトカルチャーの遺産。
それも異常を起こしているもの。
恐らくはエレファ・オレーフの木片。
「ワルキューレは救護班を! 速く!!」
「はい!」
「後ついでに氷と水!
マジかよ、あの時よりもずっと熱いぞ......!」
「ハントマン......!!!
てっ、め゛ぇ! 絶対に俺の手で、ブチ殺してやるからな!!!」
ただの怒りであった。
お父さんとの約束など投げ捨てて吐いた、ただの怒りだった。
「レイン......」
「━━そうだ、その怒りが見たかったァ......!
フフ、フフフッ、フフフフフフハハ!!
これで、これで邪魔はいなくなったぁ!
ハインツ陛下! 是非、是非とも心待ちにしておいてください!
ウィンダミア全国民が私に平伏す日を、
熱は雪を溶かす。
熱は太陽を太陽たらしめる。
熱は、雨を蒸発させる。
聖者が行進する。
火が燃え始める。
神を崇める日が、近づいてくる、
「......村長殿、話してもらえますね?」
「ええ、いつかこの事を話さなければならない日が来ると、思っていたからのう。
恐らくこの事件は、9年前から始まっていたのかもしれませぬな━━」