その昔、ゼルヘスに新統合軍の戦艦が現れた。
恐らくはウィンダミアにたどり着いたメガロード、そこから出撃した、交渉部隊のようなものだったのだろう。
VFや何やらが搭載されていたと言え、戦意はなかった。
しかしゼルヘスに生きる者達は違う。
突如現れた空を飛ぶ鉄の塊、空に映し出された堅苦しい服を着た謎の人間が『話をしたい』と自分本位に言ってくるのだ。
とりあえず統合軍を待機させ、ゼルヘス首脳陣が集まった。
民は不安を持ち、いつ攻撃されるかわからない。
ここは話を聞いてから考えようという穏健派、何をされるかわからない、ならば先手必勝攻撃するべきだと言う抵抗派の二つに分かれ、昼過ぎの謁見の間は騒がしくなる。
そして当時の王は決断した。
エレファ・オレーフ内部にある制御板に触れ、その力で新統合軍を蹴散らしたのだ。
そうして落ちた戦艦の生き残りが純粋種と交配し、今現在のゼルヘスが出来上がった。
━━しかし、ここには語り継がれていない秘密がひとつある。
エレファ・オレーフの
エレファ・オレーフの枝先から放たれる光線が戦艦を焼いている時、ゼルヘスの人類はその精神、記憶を暴走により統合させられていたのだ。
ある者は恋人の不貞を知り破局、ある者は信頼のおける友の裏切りを知って怒り、家臣の数人が道から逸れる行動を知った王は心を病んだ。
怒り、悲しみ、苦しみ。
それはゼルヘス人の多くから視力を奪い、悪き記憶として語り継がれることはなかった。
━━王族と家臣を除いて。
そして幾星霜が経つ。
今から数十年前、とある約束が紡がれた。
当時の王フォッグ・ゼルヘス、既に差別され始めていた純粋種の長、クラウド・クロニア。
そしてサニーの母親で地球人、ミリヤ・ガーランド。
ミリヤは優秀な科学者であり、フォッグの協力のもとエレファ・オレーフの研究を続けていた。
そしてミリヤはエレファ・オレーフが暴走せずに防衛機構として動く条件を見つける。
それは、『心の通じ合った者が同時に制御板に触れる』というもの。
そして友人であった3人は誓った。
「フォッグ、もしもの時は俺を呼んでくれ。
それが条件なのだというなら、協力は惜しまない。」
「私も......地球人、ですけど。」
「ああ、力を貸してくれ。」
しかしこの誓いが果たされることはなく。
ミリヤはクローン技術に手を出して禁忌を犯したことで投獄され、獄中で死亡。
そして9年前のウィンダミアと統合軍が現れた日、フォッグは危機を感じてエレファ・オレーフを起動しようとするが、その瞬間そうはさせないと大臣達が反逆。
城から闘争する中で王妃と王女を逃そうと追手を引き受け、崖から落ち死亡。
クラウドもレインに思いを託して死亡した。
そして今に至る。
「━━それが語り継がれぬゼルヘスの歴史よ。
わしは、止めることもその争いに加担する事もしなかった、臆病者の傍観者。
ハントマンとやらに与している王族も、このクーデターの許せんかった王妃と思うている。」
「......ばあちゃん、俺はもしかして、そのクローンってやつなのか?」
「そうじゃな。
レインもサニーも、そして王女様も、血のつながらないクローンの子供じゃよ。」
口を抑え、壁に背をつけた。
そのままずり落ちていって、ため息と共にその場に座り込んでしまう。
同時に『そりゃあそうだよな』とも思った。
母親の写真があるのに父親の写真なんて見たことないんだから、何かしらがあった子供だったんだろうと自分でも思ってたよ。
「......つまり、ハントマンはあくまで表における顔的な位置にいて、裏では王妃が洗脳などの操作をしている、と。」
「うむ、そう考えざるを得んじゃろう。
考えたくはなかったがな......」
艦長がカナメさんとアイコンタクトを取り、モニターに表示されたままだった画像が消えた。
その流れのまま、今後の行動が宣言される。
「━━よし、デルタ小隊並びに空中騎士団は、準備の出来次第ゼルヘスへ向かう!
アルヴヘイム支部にも増援を頼んである、総力戦を仕掛けるぞ!」
「レインは...どうします...?」
「......置いていく。
戦力の補填は空中騎士団の戦力を考えれば大丈夫な筈だ、作戦の概要は追って伝える、解さ━━」
解散の宣言を口から吐こうとしたその時、ミーティングルームの扉が開いてオペレーターが息を切らしながら現れた。
何を言うにしても、その状況から緊急の事であることは確かだ。
「どうした?」
「艦長! 惑星イオニデスの衛星軌道上にセイントが出現、数は
イオニデスの新統合軍が応戦していますが、救援要請を出しているところを見ると苦戦している模様です!」
「━━見捨ててはおけん、デルタ小隊、出撃するぞ!」
「艦長、赤騎士も連れて行ってくれ。
いいな、赤騎士?」
「はっ。」
立ち上がり、格納庫へと向かう道すがら医務室に入った。
勿論レインに会うためであり、先客の闇フレイアが健気にリンゴを剥いていた。
『ごめんね』と一言断り、ベッド横に置かれた椅子に座った。
すっかり落ち着いた様子のレインはこちらに微笑みを見せ、先ほど見せた激情は嘘のように消え去っている。
なんだか少し怖かった。
レインのその変わり様もそうだが、彼の生まれがクローンだと言う事を今話せばどうなってしまうのか、と言うところが。
一度、じっくりとその顔を見る。
真っ白。
結晶化は左目まで侵食し、その視力は既に失われている。
頼りなのは星の瞳孔が見える右目だけであり、その姿はどこか悲しさも感じさせた。
『大丈夫か?』とか、『俺が頑張るから』とか、気の利いたことはただの一つも言えそうにない。
何故だろう、一度はあれだけ彼がVFから降りる事を望んでいたのに、こうなってしまうと不安というか、自分で大丈夫なのかと言う気持ちが生まれてくる。
...苦しいな。
そうやって思考だけ回し、ずっと俯いているとレインから声がかかった。
驚いて背筋がまっすぐになる。
「サニー、壊れたカイロスの代わりに俺のジークフリードを使ってくれ。
多分カスタムされて置いてある筈だから、物足りない性能ではない筈だよ。」
「あ、ああ。
......いいのか?」
「いいんだ。
どうせ......もう、飛べそうにない。
足は震えて歩くだけで息切れを起こすし、手の力なんて水を入れたコップを落としてしまうぐらい。
......仕方がない、のさ。」
あきらめたような表情。
もう嫌になってしまったのかもしれない、レインにとっての支えである父親が死んで、自分はもうVFに乗れそうにないというのだからそうなってしまうことも分からないわけではない。
「あ、そういえばさ。
サニー、闇フレに謝った?」
「あっやべ。」
そう言えばゴタゴタがありすぎて謝れていない。
まあちょうどいい機会かもしれない、
立ち上がり、ハテナを浮かべている闇フレイアに頭を下げた。
「えっと...... ごめん。
その、自分勝手に頼み込んだ上に色々と...」
「大丈夫、そんなに気にしてない。
仲直りできたなら良かった!」
良かったぁ。
ホッと胸を撫で下ろし、そう言えば急がなきゃいけない事を思い出して医務室を後にする。
......頑張らなくては。
「闇フレイアもそろそろ行ったほうがいいんじゃない?」
「......でも。」
「俺は大丈夫。
ほら、リンゴくらい剥けるさ。」
「うん... じゃあ頑張ってくるから、私の歌を聞いててね。」
「いってらっしゃい。」
手を振って彼女を送り出し、扉が閉じると同時に口角を下げる。
プルプルと震える手でリンゴを掴み、齧り付いた。
美味くはない、無味。
「......生き地獄では、ある。」
空という繋がりは切れた。
今の俺に、なんの価値があるというのだろうか。
場所は変わり、ケイオスラグナ支部。
誰が指示したわけでもなく、カタパルトを飛び出した機体があった。
「━━なんの機体だ?!
確認を急げ!」
アーネストの声がブリッジに響く。
しかし次の瞬間には、皆一様に頭を押さえていた。
「......アラド、ワルキューレ、アイテール...?
何故、何故俺は忘れていた......?」
まるで妖精のようにそのVFは空を舞い、黒い機体は星となって空に消えた。
向かうはイオニデス。
聖者を殺す妖精が、大きなその翼を空に開く。