無味のリンゴを口の中にねじ込む。
ただでさえ面白くない食事の時間、こうして碌に何もできない自分を加えるだけでここまで苦痛になるものか。
リンゴを机の上に置こうと左腕を伸ばすが、何かに当たった感触と同時に水が地面に溢れた。
左側が死角になっていて想像に過ぎない話になるが、恐らくそこに置いてあったコップが倒れたんだろう。
ままならない、日常生活すらも。
ため息をついて天を仰ぐと同時に、謎の眼痛が右目を襲った。
「ぐうっ!!」
何故だ。
何かに怒っているわけではない、むしろ冷めているはずなのに、この眼痛はなんだ?
しばらく痛みが続いたのち、落ち着いてきたところで瞼を開けた。
そこに広がっていたのは無機質な病室ではなく、数多の星が煌めく暗黒の世界、宇宙。
何も知らないまま放り出されたこの状況に驚愕していると、右目から脳髄の奥へ直接声が聞こえてきた。
『私を使って』
「誰だよ?!」
『ライン』
起伏のない声は淡々と自身を使えと言う。
何者かと聞けば、ライン━━
再び驚きモノを喋らないでいると、ラインの意識体、半透明な女性の肉体が現れてその手を俺と重ねる。
『操る権利は貴方にある』
「操るって、どうやって?」
『自分が飛んでいる姿を想像して、歌の方へ向かって。
時間がないの、好きな子が死んじゃうよ』
半ば脅されている様にも感じるが、やるしか無い。
このVFが飛ぶ姿を想像し、手を飛行機の様な形にして動かすと、閃光と共にイオニデスの宙域までフォールドする。
そこにはアイテールに接近し、銃口をYami_Q_rayに向けるセイント数機の姿。
フルスピード維持のままバトロイドへ変形し、攻撃とYami_Q_rayの間に割って入った。
ピンポイントと言うには巨大すぎるバリアで彼女達を守り、頭部の口型冷却装置をオープンして鳴き声の様な冷却音を宇宙に響かせた。
「きゃっ!」
チョーカーから、痛みが走る。
ほんの一瞬意識が飛んで行ってしまいそうになる痛みだが、折れるわけにはいかない。
崩れそうになった膝を伸ばし立ち上がると、ここにいないはずのレインの声が聞こえてきた。
『Yami_Q_ray、歌って!』
「レイン!? なんで!」
『いいから歌ってくれ! 説明は後!』
恐怖があった。
ヘイムダルにいた時、この目で見たフレイア・ヴィオンの結晶化。
私が歌って、レインが共鳴してしまえば彼もそうなってしまうのではないか?
可能性の話ではある、しかし確かにありうる事だ。
そんな恐怖に震える私の肩を、背中を、Yami_Q_rayの皆が叩き、押してくれる。
「私らも怖え。
けど恩人が歌えって言ってんだ、歌おうぜ。」
「そうだよフレちゃん!」
「歌えって言われちゃうと、弱いもの。」
「行きましょう闇フレイア。
5人で1つのYami_Q_ray、
「━━うん!! 歌うよ、レイン!」
『よし来た!』
Diva in Abyss。
Yami_Q_rayの、5人で1つになれる歌!
Yami_Q_rayの歌を背に、VFの口からひときわ大きな雄叫びが放たれる。
その振動は空気の無い宇宙空間であっても、流動金属のボディを揺らすほど。
さて、敵は6機。
うち3機は目の前に居て、ほかの3機はデルタ小隊が引き受けている。
なれば俺が最初に対処すべきは目の前の3つ。
「ライン、脳内のレーダー!」
『ん、やれって言われたらやる』
脳内レーダーに映し出された3機の動きに合わせ、脚部からホーミングレーザーを発射すると共にファイターへと変形した。
逃げ惑うセイントの背中をレーザーとの波状攻撃で追いかけ、デブリを利用して回避された瞬間にガウォークへ変形、ノールックで真上を撃ち抜いた。
爆発を着弾の証明とし、残りの2機をレーダーで確認。
一機は未だレーザーから逃げているが、もう一機はこちらを攻撃することをやめて勝算のあるデルタ小隊の方へ向かった。
「逃すか!」
即座にバトロイドに変形し、ガンポッドを構える。
モードを変更し、引き金に指をかけた。
『ビームガンポッド、モード変更。
「━━貫け!!」
引き金が引かれると同時に、細い一筋の光が目で追いきれないスピードを持って宇宙を突き進む。
だが相手はゴースト、即座にデブリの影に隠れて回避しようとする、が。
大型デブリすら貫き、その光線は聖者を焼き尽くした。
爆発により向かってきたデブリを蹴り、加速を得てファイターに変形、残る一機を追う。
Yami_Q_rayの歌がある。
闇フレイアの歌がある。
━━恐らく、この戦闘の後。
俺はさらに体を悪くすることになるだろう。
でも、こうやって空を飛ぶことはやめられない。
歌があって空があって、自分の翼でそれを飛んでいく。
これは何者にも替え難い、俺が俺として自分を認められる唯一の事柄なんだ。
観念したのか、最後のセイントは機体を折り畳んでバトロイドに変形し、格闘戦に臨む腹づもり。
その意気や良し! ブッ壊してやる!
ロングライフルの様なガンポッドから放たれたビームをバリアで受けることなく容易く避け、近づくと同時にセイントのガンポッドの先からピンポイントバリアの刃が形成された。
恐らくマクロスクォーターの武装から着想を得たのだろう、よく考えるものだ。
しかし、それとこれとは話が別。
その刃による横薙ぎを体制を低くして避け、その返しに脚部のエンジンを全開、バリアを纏わせた手刀で腕の根元から切り上げる。
武装を無くしながらも殴りかかってくるその拳をすかし、腕部に搭載された射出機構から刃を突き出した。
それはまるで杭打ち機の様にセイントの胴体を貫いて、その機能を停止させる。
さて、これで3機は片付いたわけだが。
まだデルタ小隊とボーグが手こずっている、息切れしながらも機体の進行方向を変える。
誰も追いつけないスピードで、その戦闘に首を突っ込んだ。
戦闘が終わった。
視界が元に戻り冷や汗が噴き出す。
比較的冷静になった頭で、ラインに問うた。
「......なあ、タイムリミットは後何秒?」
『後10秒で痛みが走る』
「そっか、ありがと。」
礼を言って、ベッドの上で膝立ちしていた状態から横に倒れた。
言わずもがなベッドから落ち、冷たい床の上で横になる。
薄れゆく意識の中で彼女のことを考えていた。
変に気負わないでくれるといいな。
歌うのをやめないでほしいな。
━━綺麗な、歌声だったなあ。
暗闇に意識を落とし、微笑みのまま地面に伏す。
パキリパキリと、結晶化の音に耳を落ち着かせながら。
「ただいまレイン━━ レイン? レイン!!」
歌わなければよかったのかもしれない。
彼がこんな事になってしまうのならば、私は苦しい、悲しい。
歌は人と通じ合い、笑顔になるもの。
そう信じていたはずなのに━━
「ごめん、ごめんなさい......
帰ってきてよ... また、抱きしめてよ......」
今は、涙しか流れない。
「━━チッ!!
......まあいいでしょう、これでレイン・クロニアは完全に再起不能、今度こそ本当に勝ち筋は無くなった。」
「あら、どこに行くの?」
「いえ、勝利宣言にでも行こうかと。
......それとも付いてきますか? せっかくだ、私が王を超えて神になった後の女王の事もあの者達に教えておきましょうか...」
「そうね、今回はついて行かせてもらおうかしら。
......ひさびさに会いたい顔もいるし、ね。」
「ええ、では向かいましょうか。
エレファ・オレーフは私の支配下、如何な星であろうと聖者の行進の前には跪き、祈る事しか許されない。
私は、私の夢はそんな世界で神になる事。
叶うまで秒読み━━ 見ていてくださいお父様、貴方の否定したクソみたいな夢は形となり、天の貴方へ届くでしょう......!!」