意気消沈というのは、こういう時のことを言うんだろう。
上体を起こして壁の一点を見つめ、微笑んだままのレインの横に座って項垂れる。
辛さを緩和させようと彼の手に触れるが、その手は感触に驚いてすぐに引っ込められてしまった。
『悪気はなかった』ともう片方の手で引いた腕を抑え、ガサガサの声で明るく振る舞う。
「多分俺の声は聞こえてるんだよね?
━━ごめん、迷惑かける。」
「あ、うん、大丈夫だよ。」
「......」
彼との話は続くことは無い。
何故か?
聴覚が死んでいるのだ。
さらに言えば視覚、触覚もほぼ無いに等しい。
ここに私がいるのかどうかも、彼にはわかっていないだろう。
これは歌の代償。
そして、ヒトの範疇を超えた事をしたレインへの罰。
サニーは悔やんだ、何故弱い自分でなく友にそれ程までの苦難が訪れるのかと。
ハヤテは覚悟をした、また、大切な友人が消えていくのかもしれないと。
私は...... 泣いた。
喉がなくなってしまうんじゃ無いかというほどに泣き叫び、今、ここにいる。
何があっても、たとえレインが犬になってしまおうと、私の中にある愛は消えないが。
こうなる可能性があると考えついていたのに、それでも自身が歌う事、ある種その場の快楽に身を委ねた自分に腹が立つ。
歌え、と選択肢を与えて来たのはレインかもしれない。
でもそれを選択したのは私なのだから、その苛立ちを提供者である彼に、共に選択したYami_Q_rayに添加するわけにはいかない筈だ。
皆、歌った末に訪れたこの末路に困惑し、一様に凹んでいる。
闇カナメなど、珍しく酒を飲もうとするそぶりすら見せなかった。
いつもなら俯いたままでこの時を過ごすだろうが、今日は少し違った。
引かれた手を再度掴み、手のひらを両手で包み込んで離さない。
その冷たさの中にある温もりに縋りたかった。
彼は優しげな微笑みを一瞬キョトンとした顔に変えるが、またもすぐさま微笑みへと変えた。
しかしそれは先ほどまでと違い、頬に紅の差した可愛らしいもの。
数秒が経ち、物憂げな表情のまま天を見上げて語り始める。
「━━俺はさ。
これでよかったんだって、そう思ってる。
いや、そりゃあゼルヘスの奪還とかハントマンの事とか、後悔が無く死ねるかと言われればNOなんだけど。
もう、
「......嘘?」
嘘なんてついていただろうか。
これは攻撃を受けているとかではなく、本当に単なる疑問。
少なくとも私達の前ではいつも通りのレイン・クロニアだったはずである。
「俺だって、本当は過去に縛られたかった。
二律背反かもしれない、でも皆みたいに過去の人を思って空を飛びたい時があったのも確かでさ。
......今回イオニデスで父さんの事に縛られながら空を飛んで、歌があって...... 死んでも良いと思えるほど、楽しかったんだ。」
『Yami_Q_rayも助けられたしね』と付け足しながら、彼は笑った。
━━私は、どんな姿の彼に惚れたのだろう。
今までデルタ小隊やサニー、Yami_Q_rayにワルキューレへ見せて来た前向きな面は全て作り物の嘘であり、レインの本質は恐らく、ゼルヘスにて家族を失った事から生まれたであろう『
ここで生まれるのは、今ここで見せた弱気な彼に失望するか、それでも彼は彼として愛するか。
答えの出る前に、またもレインが口を開く。
「━━でも、さ。
これもまたアンチノミー、二律背反的な思考なんだけど。」
つう、と一筋、瞳から水滴が流れた。
彼はそれが自分の瞳から流れているものである事をわかっているのだろうか。
震える声に微笑みを乗せ、レインは左手にある、メッサーというヒトの遺品へと視線を落とした。
正確には顔を向けた、というべきか。
「......
死んでも良いと思えたあの一瞬の空を、これから先何度でも味わいたいよ。
いつかどこかの星でライブがあって、Yami_Q_rayが思いっきり歌って、その歌に乗って俺が飛ぶ。
それだけでいいんだ。
それだけで、よかったんだ......」
ポロポロと堰を切ったように流れ落ちる思い。
前に進む事は求めること。
求め過ぎれば、その先に待つのは深く暗い闇が続く大きな落とし穴。
レインはその穴に落ち、空中でもがく人間なのだ。
「あっ......」
掴んでいた右手をこちらに引き寄せ、強く強く抱きしめる。
この夢が終わるまで、ずっと抱きしめる。
私が好きなのはレイン・クロニアだ、枕詞に『後ろ向きな』とか『前を見続ける』とかの無い、今ここにあるままの
呆然として投げ出されていた彼の腕が私の背中に触れ、優しくその手で包み込む。
その真っ直ぐな声色は、どんなに小さくても私の耳に鋭く届いた。
「......あったかいね、闇フレイアかな。」
「分かるんだ。」
「2年前からこの温かさは変わらない。
......思えば、何で一年前くらいまでは良く抱きついて来たのに、ここ最近はやってくれなくなったんだろう。」
「は、恥ずかしかったしぃ......」
「まあいいか!
今の俺が聞いても分かるものじゃ無いし。
━━もう少しだけ、こうして居させて......」
密着したまま、病室が静まり返る。
私は彼の肩へ顎を置いて、耳元で思いを囁いた。
聞こえない事はわかっている。
でも、今でなければきっとしどろもどろでまともに言えないだろうと、私の中の私が叫ぶものだから仕方がない。
「━━大好き。」
「?」
久々で泣き疲れたのだろう、優しい寝息を立てている彼をベッドに寝かせ、その頬を突いた。
いつもは誰より早く起きている彼。
こうやってイタズラするのは今のような限られた機会だけであり、私だけの特権である。
『ふふ』と笑みが溢れると同時に背後の扉が開いた。
誰かと思い振り向こうとすれば、瞬間背中に突きつけられた非常に冷たい鉄の何か。
緊張が走り、温まって居た体が一気に冷え切る。
銃の位置からして私と同じくらいの女。
彼女はそれを突きつけたまま、優しい声でこちらへ話しかけてくる。
「......ねえ、貴女は彼の事が好き?」
「彼? それってレインの━━」
「いいから。
答えて?」
時間を稼いで助けを待とうとする行動を封じられる。
しかし、別に人に言って困るものではない。
それが恐らくハントマンの派閥にいる人間であるならば、どうせ倒すが故になおさら困るものではないだろう。
「......うん、好き。」
「んー、そう。
じゃあこれ。」
背後からベッドの上に投げ捨てられたのは、2本のシリンジ。
注射部にそれの先をくっつけ、後ろ側についているボタンを押すと注射されるタイプのものだ。
突きつけられていた銃が下ろされ、自由となった。
しかし、未だ後ろを向く事は許されて居ない。
「それはね、イプシロン製の
「......」
情報としては入っている。
イプシロン製の医療用ナノマシン、完成直前まで行っておきながら上層部の鶴の一声で差し止められた、闇に葬られたモノ。
しかし何故後ろの彼女はこれを持って来たのか?
何故2本なのか?
ハテナが頭上に浮かぶ。
「まず健康体である人間に親機を注入し、その健康体を構成する細胞をコピー。
次に子機を病床に伏せる患者に注入すれば、健康体の様に細胞を作り替えてみるみるうちに健康になるっていう代物。
でもね、これには重大な欠点があった。」
「欠点?」
「親機の注入された人間が死ねば、子機の人間もまた死ぬの。
貴女は、それを彼に使う覚悟がある?
自分の死に彼を巻き込む覚悟。
それがあるのなら使いなさい。
私は見届けるわ。」
2本のシリンジを握り、寝ているレインとそれを交互に見る。
決断は、確かな覚悟の上。
「私は━━」
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