Re:ワンピース~俺の推しが女体化してるんだが?~ 作:元ジャミトフの狗
中盤あたりは適当な考察なので読み飛ばしておk。
第1話
一面が真っ白な世界。
雪が降り、空気はしんと冷たい。今日も一日が始まった。
朝の一仕事に、暖を取るための薪を割る。使い古された斧を振りかぶり、丸太めがけて振り下ろす。こんと、子気味の良い音が鳴った。それを幾度か繰り返し、十分な量の薪を確保する。
「ふぅ」
一息つく。次は朝食の準備だ。
炊飯器や電子レンジなどと言った文明の利器は、ここにはない。正確に言えば、この雪山には電気が通ってないので、仮にそれらの器具が手元にあったとしても何の役にも立たない。故に一から火を起こし、釜で米を炊く必要がある訳だ。
「うめぇ」
現代日本というぬるま湯に浸かっていた俺としては、雪山という厳しい大自然の中で暮らす事は少々荷が勝ちすぎていた。それでもこうして丹精込めて作ったご飯は、とんでもなく美味しい。うん、おかゆうまい。
「おーい、こっちだー」
朝食も程々に、空を飛んでいた水兵帽を被るカモメを呼び掛けた。するとカモメはこちらを認識するなり、急降下してくる。
「はい、今日もお疲れ様」
カモメの首にぶら下がっている赤い鞄から新聞を受け取り、その対価として御代を払う。成立するなり、カモメは「クーっ!」と鳴くいて、街のある方角へ飛んで行った。しつけが行き届いていると分かるが、それにしたって賢い生き物である。
「……ふむ」
新聞に目を通す。が、特に目新しい情報はなかった。いや、違う。
新聞を配達するカモメ、ニュース・クーの存在。つい最近では船大工のトムが海列車を完成させた事実。或いは2年前、フィッシャー・タイガーによって齎された聖地マリージョア襲撃事件。そして何よりも10年前の海賊王、世界政府によるゴールド・ロジャーの公開処刑。
それらすべての事実は、この世界が
そして、俺はその漫画を知っている。知らなければ断定もできない。
ワンピースとは、麦わら帽子をかぶる青年が彼の仲間たちと共に紡ぐ愉快な冒険譚だ。愛読とまでは言わなくとも、友人と共に新作の映画を鑑賞する程度には好んでいた。少なくとも最新刊は追っていたくらいだ。
元は漫画である筈の世界にて、二度目の人生を歩む。面白いと思った。物語に直接かかわる機会はないだろうが、それでも激動の時代を体験できるのだから。
だが実のところ、それ以上に気になる疑問があった。ずばりそれは――
―――覇気ってなんだ?
そう、覇気という
冥王に曰く、全ての人間に潜在する力。気合、気配、殺気に威圧。そういう人間の意志の力とでも言うべき漠然とした概念。
原作においても覇気の設定は曖昧、というよりも敢えて遊びを残している様な節がみられる。実態を捉える武装色、気配を感じとる見聞色、そして王の資質を有する者のみが扱う覇王色。これら3つの色に区分された覇気のうち、武装色と見聞色は訓練次第では誰でも行使可能な技術であるという。
メタ的な側面で見れば、覇気とは無敵にほぼ等しい
では、実際に覇気とは何か。その実態は。現実に作用する意志の力とは。
漫画を読んでいた頃から疑問に思っていた。となれば、この世界に生まれたことは、ある種幸運だったと言えよう。何せ、覇気の実態を知る機会を得られたのだから。
実証と反証を繰り返し、覇気を定義づける。大海賊時代のうねりを感じつつ、覇気の修行を敢行す。これが俺の第二の人生の生き方となった。
雪山で暮らしているのもその一環だ。厳しい環境下に身を置き、精神を研ぎ澄ます。事実、原作におけるルフィとサンジは常人ならばすぐに音を上げてしまいそうな環境で、己を練り上げ覇気を体得していた。
故にこちらも形から入る。個人的にサバイバルには興味があった。一石二鳥である。慣れぬ生活で何度か死にかけたが、何だかんだ言って4年間は生き残っているので無問題。一応保険もある。
生活環境の次に着目したのは、六式の存在だ。
主に世界政府の役人が行使する六つの体術の総称。覇気と関連深い技術として、原作ファンの間でも知られている。ならば闇雲に覇気の修行をするよりも、六式の習得に努めた方が良いと判断した。
覇気と六式の関係は不明である。だが両者に通じているのは、単なる体技で明らかに物理法則を無視した現象を引き起こしていると言う事である。
六式の一つ、鉄塊という技がある。これは自らの肉体を鋼鉄の如き硬度に高めるというものである。単に力むのとは訳が違う。文字通り鉄の塊となる。
普通に考えておかしい。どれだけ鍛えようとも、人はどこまで行っても有機化合物と水の塊だ。決して鉄にはなれない。或いは異常なレベルの筋繊維密度と骨密度を持つ肉体ならばまだ議論の余地もあろうが、作中で瑞々しい体つきのお姉さんが体得している以上は意味のない仮定だ。
そこで考えられるのがこの世界独自の法則、意志の力だ。
暗示と言い換えても良いかもしれない。原作でも催眠術にかけられた雑兵が岩を砕く程の膂力を得ていた描写がある。己の肉体に
初めの二年は、そうした六式に関する様々な仮説と検証を繰り返していた。
その結果、六式のうち五つを体得する事が出来た。結論としては、思い込みの力というのは当たらずとも遠からず、と言った具合か。言語化は難しいが、一番しっくりくるのは己の力を疑わぬという事。出来ると感じた事は出来るという事だ。
鉄の硬度を再現できるので有れば、指で人を撃ち抜く事も可能だ。指先のみで弾丸を再現出来るのなら、その瞬発力を以って空すら飛べる。そんな脚力を有すならば、脚を振り抜くだけで斬撃を飛ばす事も不可能ではない。或いは人の知覚を超えた速度で移動する事も。
六式は相互作用の性質を有しているらしい。故に一つ体得する事で、他の体術のきっかけが得られた。初めに剃を、次に月歩、嵐脚、指銃、鉄塊と順に覚えて行った。
しかし、どうしても紙絵の会得は
というのも簡単な話で、紙絵という技はその性質上、相手がいなければ成立しない技だったからだ。
紙絵。相手の攻撃によって生じる風圧を利用する事で、最小限の動きで回避する体技。
しかし、これまでの修行(というよりも実験か)は一人で行ってきた。当然ながら組手の相手なんていない。だから紙絵の体得は危険が伴った。
なぜなら、俺が組手の相手として選んだのが野生の熊だったからだ。
熊は良き相手だった。一撃が即死級であるため、気を抜くことは出来ないが、五式を体得した俺からすれば決して敵わない相手でもない。
生傷絶えない生活が続くこと半年。俺は紙絵を理解し、吸収した。修行に付き合ってくれた熊さんには感謝である。しかも人馴れしたのか今では大分仲良くなったような気がする。それでいて修行時は殺す気で殴りかかってくるので、本当に都合が良い相手だ。
と、ここまで六式の修行をしてきて分かった事がある。それは、六式が覇気を獲得するための前座であるという事だ。
俺は2年の修行で、六式という意志の力の一端に触れた。
意志の力とは、己を疑わぬ事、自らを信じ抜く事と仮定する。理屈を捏ねるのであれば、自分という存在を世界に対して確証、保証すると言ったところか。
そのように考えると、覇気を纏う事で自然系の能力者に対抗できる理由もわかるような気もする。というのも、覇気が意志の力を実体化させた代物であるのなら、それは世界に対する存在証明の楔と言い換える事ができるからだ。
ある意味で言えば、本当に
人によって得意な色が存在するのもこれが理由だろう。この仮説が正しいのであれば、意志の力はその人物の性格に左右される。能動的で野心のある人物、例えば原作におけるゾロが武装色の覇気を得意とし、感受性が高く優しい性格のサンジが見聞色の覇気を得意とするのも納得できる。
話を戻そう。
六式を会得した者は超人となる。物理法則に喧嘩を売るが如き所業が可能なのだから、超人という呼称は何も不思議ではない。
そして超人となる為には、まず意志の力を体感する必要がある。習うより慣れろ、正にそういうことだ。本来、六式は己の様にあれこれ考えて体得する技術ではないのだろう。
意識的にせよ無意識的にせよ、意志の力の末端に触れた超人は覇気を習得する権利を得る。そして、この権利の獲得法は多岐に渡るのではないかと考える。一例を挙げると、原作のゾロが行使した斬鉄。物質の呼吸、すなわち存在感を感じ取ると言う行為は、いかにも意志の力染みている。ただ政府が採用しているというだけあって、六式は意志の力を得るのに効率的であると言えよう。少なくとも俺にとってはそうだった。
さて、それでは覇気と六式の差とは何か。どちらも意志の力に根差した技術であるのなら、そこにある明確な差とは一体何か。
答えは意外と簡単だった。
六式は超人たる現象を己のみに施す、云わば内の技術だ。対する覇気とは『我』が現実に作用する外の技術。武装色は分かりやすいので言うまでもない。見聞色に関して言えば、相手の意志の力を受け取る事によって予知を可能としている。ここで重要になるのが、予知という行為そのものは見聞色の覇気ではないという事だ。
相手の気配を感じる、意志の察知。見聞色の本質は意志の力を、文字通り
結論を言おう。覇気とは意志の力をより高度に現実化、物質化させた技能である。
この答えにたどり着いた時。俺はいつの間にか覇気を体得した。これが少し前の出来事、覇気を獲得するのに実に4年もの歳月を要した。
「……はぁ、暇だ」
とはいえ、覇気の理解は俺の生き甲斐の一つだった。それが思いの外早く終わってしまった。十年、二十年くらいは覚悟していたのにも関わらずだ。
それ故に退屈していた。
一度だけ、海軍の門を叩く事を考えた。現役の中将や大将と議論を交え、己が導き出した答えに間違いがないかどうかを知りたくはあった。技術の獲得と、その理解は必ずしも同じではないのだから。だが、それは同時に世界政府に従属するという事に他ならない。
普通に嫌だった。
理由は色々あるが、一番は天竜人の存在だ。仕事によってはアレを守らねばならないと思うと、まぁもう生理的に無理だった。海軍のおかげで、この大海賊時代にあっても最低限の秩序が守られているという事実を理解していても、である。それ以前に、己には
無論の事、海の無法者になるつもりもない。革命軍には少し共感を覚える節はあるが、世界のため命を張ろうと思う程お人好しでもなし。せめて何か娯楽があれば良かったのだが、現代日本人の俺を満足させる様な趣味などそうそうない。強いて言えば読書くらいだ。
「釣り、いくか」
思い付きで釣り具をこさえる。今日は海に行こうか。時間はかからない。剃は大変便利である。
惰性な毎日を過ごしている。狩猟、採集、釣り。修行をする内に覚えた生きる術は、金稼ぎにもなった。たまに街にまで降って、商売と買物がてら酒場の用心棒を請け負った事もある。
だが心は満たされない。
鍛錬はあくまでも覇気を探求するための手段であり、別に趣味ではないのだ。いや、既に日常に組み込まれて習慣にはなっているのだが。それでもやはり、暇つぶしの範疇から出る事はない。マジで本当に読書くらいしかする事がない。うん、辛い。
「うーん、今日も大漁だ」
俺しか知らないであろうベストスポットは、今日も絶好調だった。そこは洞窟が近くにあり、釣った魚を処理するときに重宝していた。荷物も置けるし、何なら魚をそのまま頂戴するのにも打ってつけだ。難点があるとすれば、それは足場が少々不安定で常人にとっては危険であるという事くらいだろうか。
故に、先客がいるとは思わなかった。
見聞色の覇気をつかうまでもない。洞窟の奥から凄まじい絶叫が響く。女性、いや女の子か。
醜悪な予想が脳裏をよぎった。しかしどうやら中には一人しかいない。こんな洞窟の中で一人、それも相当弱っている。
――一体何が
細心の注意を払いながら、洞窟の奥へと歩を進める。甲高い悲鳴はやがて聞こえなくなった。
「これは」
白い少女が、倒れていた。その手には綺麗なメスが握られている。
だがそれだけだった。血潮は一滴も見られない。ただ事実として、少女がそこに横たわっている。死んではいない。規則正しい寝息がその証だ。
よく見れば、彼女の肌は所々白く変色している事が分かった。この症状は医学の心得を持たない俺でもよく知っていた。
「……珀鉛病」
新聞で一時期話題となっていた奇病。
珀鉛病とは、珀鉛の採掘で有名なフレバンス王国で発生した伝染病である。周辺諸国は感染拡大を恐れてフレバンスを隔離処置を敢行、対するフレバンスの国民は武力による抵抗を試みて、その結果フレバンスは滅亡した。何とも痛ましい事件である。
だが事実は全く違う。
珀鉛病は伝染病ではなく、珀鉛による中毒だ。そして本来は過度に珀鉛の毒素を接種しなければ、発症しない病でもある。しかし世界政府はその事実を100年以上前から知りながら、巨万の富に目が眩んで珀鉛の採掘をフレバンス国民に強要した。無論、政府がフレバンスの国民を一人残らず虐殺したのは、その事実を隠蔽するためである。
「生き残りが他にもいたのか」
原作では、とある重要人物以外の珀鉛病患者は死んでいる筈である。面識はないが、その重要人物は男だ。女の子ではない。
「さて、どうしたものか」
珀鉛病を患った人間の寿命は3年と数か月と言われている。そしてフレバンスが滅亡したのも3年前。多く見積もっても彼女の寿命は1年とない。
「……本当に、どうしようか」
正直な話、手に余る。俺では彼女を救えない。人生の大半を覇気のために費やすような奇人には、どうしようもないのだ。だが、それでも―――
「飯くらいは、作ってやれるか」
最近のワンピ熱に浮かされて書いてしまった。
またよろしくお願いいたします。