Re:ワンピース~俺の推しが女体化してるんだが?~ 作:元ジャミトフの狗
ローが居候となって三年が経過した。
剣術および覇気の鍛錬。町医者のバイトに、医療知識の修学。およそ十代の娘が遂行するには、やや重すぎる仕事量。それを碌な休みなく続けていた。
だから流行りの風邪などを患う。医者の不養生とはいうが、いざ目の当たりすると笑えない。
「――ああ、起きたか」
寝間の方から物音がする。見やれば、赤い顔を拵えながら額に手を当てる小娘の姿が。この期に及んで懲りてないようで、彼女は起き上がろうとしている。
「馬鹿者が。大人しくしてろ」
「……何よ。貴方、罹患した女を優しくすることすら出来ないの?」
「忠告を無下にする様な放蕩娘にかける情けなんてないよ」
どうもこの娘は負けず嫌いの気が強く、それは病に対してもそうらしい。しかし医者を志望するのなら、相手だけでなく自分の体調も気をかけてほしいものだ。
「分かってるわよ。少し、気を張り過ぎてたみたい。ごめんなさい」
どうやら相当参っているらしい。普段は口が減らない娘も病気を患えばしおらしくなる。勉強になった。
「……今、夕餉を作ってるから。もう少しだけ寝ていても良い」
「ええ」
暫くの間、薪の燃える音がこの場を支配する。また寝たのだろうか。そう思い振り返ると、彼女はじっとこちらを見つめていた。
「――なんだ、起きていたのか」
少々驚いた。いつからその瞳は己を捉えていたのだろう。
「寝ようと思ったけれど、眠れなかったの」
「そうか。まぁ、あと少しで出来上がるから」
「うん」
今日の夕飯は雑炊だ。最後にひと煮立ちさせて、溶いた卵と薬味を加える。正に男飯と言った様相だが、これが存外に美味いのだ。
「食えるか」
「ええ」
「ほら。熱いぞ」
「ありがとう」
器によそった雑炊を渡す。よく煮たから食べやすいとは思う。
「……あつい」
匙を口に運んだローが呟く。
「そう言ったろう」
「冷まして」
「は?」
絶句。一瞬、何を言われたのか分からなかった。聞こえはしたが、理解に時間を要する。しかし器をそのまま差し出してくるあたり、俺の認識に誤りはない様で。
「……はやくしてよ」
「あ、ああ」
催促されて我に返る。これは介護の一環だ。そうだ、何を戸惑う必要がある。病人に飯を食わせるくらい、何もおかしな話ではない。
茶碗を受け取り、匙で雑炊をすくう。それを吹き冷まし、頃合いを見て彼女の口元へと運ぶ。するとローは躊躇う素振りを見せず、その形の良い唇を開いた。
「ん」
「まだ熱いか」
「いいえ、おいしい」
咀嚼を終えた彼女はそう言う。何か悪い事をした心持になるのはどうしてか。
「ねぇ」
茶碗の中身が全部なくなったあたりで。ローはこちらを見つめながら呼び掛ける。その瞳はやはり黒く淀んでいるように見えた。
「貴方は、どうしてそこまで良くしてくれるの?」
以前、初めて彼女と出会ったときにも同じような事を言われた気がする。
「前にも答えたと思うがね。単なる親切に理屈が要るのか」
だから同じように言葉を返した。この問答自体に意味はないだろう。だがその意図を知りたくはあった。
「どうした。殊勝にも今更恩を感じているのか」
「そんなの前からよ。ずっと前から、貴方には、何をしても返せない借りがある」
「大袈裟な」
身寄りがなく、死にかけていた少女を拾った。その対価として家事は手伝ってもらっているし、食費も出してもらっている。恩の返上という話をするのであれば、ローは見事に成し遂げていると言えるだろう。
「……違う。何も、貴方は分かっていない」
「何が」
「貴方はとても賢い人よ。だから三年前、スワロー島で起きた事件を知らない筈がない。なら――」
その後の言葉は続かなかった。何かを躊躇している事は分かる。しかしどうにも真意を測りかねた。恐らくはローの中でも整理しきれていないのだろう。
「落ち着け。ゆっくりでいい」
「――っ! そういうところが、狡いのよっ!」
「む、心外だな」
何が狡いのかさっぱりだ。そういう意味で言えば、確かに彼女の言う通り何も分かっていないのだろう。だが他人の心を並べて理解する事など、粗忽な己では身に余る。
「貴方には聞いてほしいの、私の全てを。でもそれは私の事情に貴方を巻き込む事になる」
構わんと、そう応えることが出来れば良かった。だがローにはローの事情がある様に、俺には俺の事情がある。故に――
「――だから聞かせて。貴方の話を」
脳天に鈍い衝撃が走ったような気分になった。何時から気づいた。何を見た。何を聞いた。問い質したいことは山の様に溢れ、しかし口からは意味のない音が零れる。
「貴方の背中を見た。
踏み込んで来たのは、彼女の方からだった。
この世界の頂点で君臨する世界貴族、天竜人。天翔ける竜の蹄とは、その天竜人の紋章だ。そして
その事実が意味するところを、彼女は良く理解している筈だ。何が「聞かせて」だ。もう何もかも察しているだろうに。
「上手く隠していたつもりだったんだがな」
「そうね。盗み見たようで気分が悪かった」
「事実、そういう事だろうに」
「謝った方が良いかしら」
「……要らない。同じ屋根の下に住んでいれば、起こり得ることだった」
俺の不注意が招いた事故だ。知られたくないのなら、彼女と同棲するべきではなかった。それでもローをここに置いたのは、単なる俺の――
「敢えて言うまでもないだろうが、俺は天竜人の奴隷だった」
俺は世界政府の非加盟国で生まれた、
物心ついた頃には奴隷となっていた。聞けば実の両親に売られたのだという。だがそれ自体はどうでも良い。問題だったのは、俺の主人となった相手が世界貴族であったという事。
地獄の様な日々だった。無駄に顔の造形が良かった俺の使い道は、
転機が訪れたのは、飼い主が気まぐれで行った
旅の道中、これまた戯れに天竜人は航海士と船長を射殺した。理由など知らないし、知りたくもない。ただその結末は荒れた海に呑まれて終わりというモノだった。尤も、天竜人はどさくさに紛れて俺が殺したのだが。
そうして運よくこの島にたどり着いた。これが7年以上前の出来事。まったくもって面白くない話だ。
「――以上だ。悪いな、退屈だったろう」
ローは終始無言で俺の話に耳を傾けていた。何かを思案しているようで、俺の言葉に彼女は何も答えない。別に催促するつもりもなく、待っている間にすっかり冷え切った雑炊を食した。
「……貴方が、こんな雪山に住んでいるのは」
「ま、そういう事だわな」
街の人間に奴隷であった事を知られるのは、あまり好ましくない。プレジャータウンの住民は皆が気の良い、それこそ善人と呼ぶに値する者達ばかりだ。しかし全員が全員、そうという訳じゃない。
それに天竜人の奴隷であるという情報が、世界政府に漏れ出もしたらどうなる事か。俺にも想像できない。少なくとも、被害は俺だけで済まないだろうという事は想像に難くない。
「分からないわ。それならどうして、私を受け入れてくれたの?」
「お前も人を信じる事の出来ない性質
「……そうやって、いつも気を遣ってばかり」
「あ?」
雑炊を食べる手を止める。ローの方を見れば、彼女はこちらを睨みつけていた。
「……お願いだから教えてよ。どうしてあなたは、あなた
あなたたち。その言葉について言及するのは野暮だろう。それに問うまでもなく、彼女が俺を通して
「――俺は」
誰かを助ける事に理由が要るのか。いや、俺の場合は少し違うか。己には彼の様に立派な志など持ち合わせていない。無償の愛など大言壮語もいいところである。
結局、俺は寂しかったのだ。
身も凍る雪山で一人でいることが、とても寂しかった。だから体の良い言い訳を利用して、彼女を繋ぎとめていた。今にも独り立ちしそうな彼女を、俺の我儘でここに縛り付けていたのだ。
「俺は、お前と一緒に暮らせて幸せだった」
覇気の探求も寂しさを紛らわせるために始めた事だった。実際、一時は熱狂する事が出来た。だが一区切りついて、一人の鍛錬に限界が見えた時。より一層、己が孤独である事を自覚してしまった。
そんな最中に出会ったのが、オペオペの実で己の珀鉛病を治療した直後のローだった。
俺は女性であるトラファルガー・ローを知らない。だが原作のトラファルガー・ローならば、不器用な優しさを併せ持っている。だからこそ俺の推しキャラだったのだ。そして、俺はソレを利用したという訳だ。
――醜悪極まるなぁ
心の中で呟く。口に出さないことが如何にもそれらしい。
「……気遣いなんてしていない。俺はお前が隣に居てほしいと思ったから、優しげな態度をとっていただけだ。ましてや無償の愛だなんて、俺はそんな高尚な存在じゃないぞ」
「―――っ!」
「はは、そう考えると酷い奴だな。俺は」
本音を口にしてみれば、存外心地よかった。
「本当に、酷い人。貴方のおかげで、どれだけ私が救われたと思ってっ!! 私だって、貴方と一緒に――」
何かを伝えようとして。しかし、ふらりとローはよろめく。反射的に、倒れそうになる彼女を支えた。そしてそのまま、ローを布団に横にさせる。
「病人が興奮するな」
「貴方が、悪い」
「そうだな。俺が悪――」
「だから、今度は私の話を聞いて」
俺の言を遮る様に告げる。何か覚悟を決めたような、そして獲物を前にした獣のような。ローはそんな複雑な表情をしていた。
「もう我慢しないから」
何か恐ろしそうな事を言う彼女に、俺は「……せめて風邪を治してからにしてくれ」と力なく告げる事しかできなかった。
・ロー子の視点から見た主人公
①特に詳しい事情を聞くことなく衣食住を提供してくれて、しかも鍛錬にも付き合ってくれる良い人。熱を出したら甲斐甲斐しく看病もしてくれる。気遣いの鬼。
②どうやら何か重い過去を抱えているらしい。何か助けになりたい。でもそれはそれとして、自分の事も知ってほしい。
③実は天竜人の元奴隷だったらしく、本人はその事を気にしているらしい。
④主人公の「今まで寂しかったけど、お前と一緒に暮らしてたら幸せになった」宣言を受けて脳が破壊される←イマココ