アーケード用対戦型格闘ゲーム『メルトライン・ファンタズム』が「ゲームセンターの救世主」とまで呼ばれたのには理由がある。
奇跡的と言って良いゲームバランスも人気のひとつではあるのだが、なんといっても「多彩なゲームシステムで飽きさせない」という部分にあった。
具体的には、
店内での【CPU戦(1人用プレイ、いわゆるストーリーモード)】や【対人戦】といった基本システム
オンラインで遠く離れた
最大四人が乱戦して、たった1人の勝者を決める【バトル・ロワイアルモード】
といった感じで、対戦システムのバリエーションだけでも複数用意されていたのである。
その他にも、
CPUが操るキャラに対し2人で挑む(プレイヤー側の体力ゲージは半分になる)【バディモード】
タイムアタックやスコアアタックといった
境界都市にいるマフィアやテロリスト等を必殺技などで退治していく横スクロールアクション的な【ベルトスクロールモード】
等々、多種多彩な遊び方が可能であった。
しかも【ベルトスクロールモード】は、全6ステージのそれぞれ最後に専用のボスを配置するという作り込み具合である。
こうしたシステム群はゲーム開始時に各モードを選択することで集中的に遊ぶことも出来るが、ストーリーモードをプレイ中のランダムイベントとして遊べることもある。
更にはオンライン機能を活かして定期的なアップデートやメンテナンス、期間限定のイベントモードの開催といったファンサービスにも注力している
仕組みとしてはオンラインゲームと同じとはいえ、このボリュームを全国規模で安定して支えられるサーバーを維持できる運営会社は何者なんだと、インターネットの世界でも度々話題になっていた程である。
このゲームを発表するまで、全く無名の会社であったからだ。
ただ、騒いで盛り上がるだけで、故意に「火」を付けようとする動きは少なかった。
プレイヤー側としては「面白いゲーム」を提供してくれる以上のことは必要ないし、ゲームセンター側としても諸々にかかる費用の一部を負担してくれるという信じられないアフターケアがあるだけでも有難いのだから、下手に刺激して業界から手を引かれたりでもしたら損をするだけだろう。しかも一方的な大損である。
(火を付けようとした者はいたが、先んじて運営が差し向けた工作員によって秘密裏に消された──などという都市伝説まであったが)
特に広いスペースを必要とする大型筐体ではなかったので、理論的には家庭用ゲーム機への移植も可能だったものの「コンシューマー機への移植は考えていない」という制作会社の意向もあってか、ゲームセンターへ足を運ぶ客が増えたのは事実である。
客が集まらば金が回る。
金が回ればサービスや施設改修による利便性や清潔感の向上に予算を注ぎ込める。
すると客のリピート率も上がり、更に金が回る。
新しく店員を雇ったりもできる。
客は気持ちよく利用できる。
折しもeスポーツが周知されてきていた時期でもあった。
ゲームセンター黄金期の再来である。
故に『メルファン』は「ゲームセンターの救世主」と呼ばれるようになったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(乱入…いえ、それより同キャラ──!?)
壁をブチ抜き、溢れんばかりの貫禄を醸し出しながら登場した日本人女子高生(鬼)の姿を見て、ナディアの脳内にスパークが炸裂した。
これまで何度か脳裏に浮上しては中断を余儀なくされていた「違和感」の正体に、ようやく到達できたからである。
というより正体自身がインパクトたっぷりに姿を現したので、結果として逆順的に思い至ることができた…と言い換えた方が正確なのだが。
違和感の正体。
それは
(よくよく考えれば、鈴鈴のデフォルトカラーは『白』でしたわね……)
初めて対峙したときに抱いた違和感を、即座に看破できなかった過去の自分に歯噛みする。
こういう瞬間に「ああ、やはり自分は主人公キャラではありませんのね……」と痛感してしまう。
飛び道具や対空技ないしね。
男子高校生だった頃の自分が精神的草葉の陰から同調してくる。
それだけショックを受けたようであった。
現実では有り得ないが、対戦型格闘ゲームでは稀によくある事案に「同キャラ対決」というものがある。
読んで字の如し、同じキャラクター同士で対戦が始まるというものだ。
(ゲーム中のキャラは自分こそが「本物」で、相手を「偽者」だと糾弾することが多い)
互いに向き合う位置関係の都合上、左右逆にはなっているものの基本的には全く同じデザインのキャラクターがひとつの画面に同時存在することになる。
それぞれが右と左の位置をキープしたまま戦うのであれば問題ないが、実際そうはいかない。
ジャンプしたり前転や後転したりするうちに、位置は絶対に入れ替わる。
そうなると、どっちがどっちのキャラクターを操作しているのかが分からなくなり、ギャラリーやプレイヤーも混乱してしまう。
そこで各キャラクターを選択する際、どのボタンを押して決定したかによってカラーリングを変えられるようになっているのが主流だ。
『メルファン』は6ボタン方式なので、一人のキャラクターに対して六つのカラーリングが設定されている。
ちなみに小パンチボタンに割り当てられているのがデフォルトカラーだ。
鈴鈴の場合は「白」である。
(たしか『黒』は大キックでしたかしら……?)
暴走状態と通常状態。
黒い鈴鈴と白い鈴鈴。
大キックと小パンチ。
様々な意味でも対極を為す存在。
「そこで無様を晒しているのは、私としても不本意な黒歴史というヤツでね」
予想外の同キャラ乱入に驚いて言葉を失うナディアと、国立施設の壁を破壊してきた少女の暴挙を唖然として迎える幹部達やシンシアから返事をもらえなかったからか、白い鈴鈴は「説明が足りなかったか」とばかりに肩をすくめてみせた。
「故に、自分の不始末は自ら始末をつけたい」
泰然と歩を進め、黒い鈴鈴とナディアの間に割って入る。
達人めいて間合いを詰めたという空気ではない。
まるで公園を散歩しているかのような──あくまで自然体、日常の延長線上としてただ歩いただけ…といった感じであった。
「ぐお」
その悠々とした歩みに気色ばんだのか。
必殺の爪が持つ緊迫の間合いへ侵入されたにも関わらず、黒き暴走体は短く呻いき睨み付けるのみで何も行動を起こさない。
それに何かしらの反応を見せるでもなく、堂々と獲物から目を離し「どうだろうか?」とナディアに視線だけで反応を窺う白き鬼。
(確かに、ここは彼女に譲るのが賢い選択ですわね……)
漁夫の利、という言葉がナディアの脳裏にポップアップする。
暴走した鬼の相手など他人に任せてしまった方が楽だし、そうした方が本物の鬼姫との交渉も(獲物を譲ったという恩もあるので)進めやすかろう。
それに境界都市でのプレアブルキャラクターとの接触は可能な限り避けるべきだと考えていたではないか。
それにどうもナディア自身に興味はなく、ただ暴走した「自分の不始末」とやらにだけ用事があるようだ。
この場を譲るだけでナディアの懸念は解消される。
であるのならば、彼女からの申し出は願ったり叶ったりだった。
なので、
「お断り致しますわ」
当然、ナディアの返答は「否」である。
幹部達やシンシアはぎょっとして大きく目を見開き、同様に素直に獲物を譲ってくれると信じて疑っていなかった鈴鈴も「なに?」と上擦った声で驚いた。
その隙を見て距離を空けようとした暴走鬼を、しかし白鬼は一瞥もしない威圧だけを叩きつけることで牽制する。
それでも大部分の意識は拒否を示した貴族令嬢に注がれ続けている。
その注いでいた視線が細く鋭くなった。
「横槍──横取りは武人として腹に据えかねるか?
それとも貴族のプライドとやらを傷付けてしまったかな?」
そのどちらの問いかけも皮肉げだ。
エメラルドグリーンとパールホワイトを基調とするドレスのまま鬼と単身で戦っている姿から武人と貴族の両者を引き合いに出したのだろう。
どちらにせよ場違いだから引っ込めと言いたいのだ。
自分だって学生服ではないかと言い返したくなるナディアだったが、この場でのファッションチェックほど不毛なものもないだろう。
鼻腔だけで嘆息すると、鋭い視線に向かい合った。
「プライドというより、これも
避けても、逃げても、自分を『メルファン』の世界は導いた運命は必ず交差し絡み干渉してくる。
そう結論付けたのもナディア自身だ。
それを根本的なところから立ち向かって解決しようとした──具体的には現況となるラスボスを倒そうと計画していた──矢先、それを邪魔するかのように五十鈴鈴鈴(偽者)が現れたのだ。
ナディアは、これを運命からの挑戦状……いや格闘ゲーム風に表現するなら「乱入してきた挑戦者」だと受け止めた。
ならばそれは自分自身が打ち倒し解決しなければならないものだ。
自分自身で、望まぬ運命を退けなければならないものだ。
それをポッと出の他人に譲り渡してどうするのか。
それでは何も解決しない。
それでは前へ進めない。
視界に表示されている「
だから拒否したのである。
「…なるほど、まあ、私と似た『何か』があるのだろうな」
睨み返す……とまではいかないものの、強い意思を秘めたナディアの目から自らと重なるものを感じ取ったのか、鈴鈴は肩をすくめて髪を揺らした。
「とはいえどうしたものか。まさか獲物を放って貴族様と喧嘩を始めるのわけにもいかないが」
「……貴族の屋敷の壁をブチ抜いてる時点で今更な気もしますけど」
貴族の屋敷でなくとも普通に犯罪行為なのだが、境界都市では誤差の範囲なのだろう。
偽者とはいえ同じ鈴鈴の姿をしたモノが子爵を人間椅子にしてしまっているのだし、壁の一枚や二枚程度を破壊したところで本当に今更である。
この指摘が原因でもないのだが、二人の視線がぶつかり合い火花どころか放電しているかと錯覚する雰囲気は、まるで周囲の空気を絞首刑に処しているかのようだった。
「あ、あの」
と、当事者以外の声が遠慮がちに割って入ってきた。
「──では互いに譲れぬものが……あるのであれば、その………『共闘』するというのは、如何でしょう?」
おずおずと、控え目に、しかし緊張した様子で声を震わせながら。
ナディア専属の侍女であるシンシアが弱々しく挙手をして提案してきた。
横に並んで様子を見守っていた幹部達が「この空気の中を!?」「君スゴいな!?」「惚れてまうやろ!?」という目で勇気ある侍女を無言で称えていた。
実にモブらしい役立たずっぷりである。
「「共闘?」」
勇気ある侍女の提案に、脳筋令嬢と鬼姫の声が重なった。
そのワードを耳にしたナディアには「実際にそれが可能かどうか」という思案よりも先に、前世のゲーム知識が先に起立した。
(あ。もしかして、これランダムイベント──【バディモード】ですの?)
ストーリーモードで挿入される【バディモード】でのパートナーはCPUが動かし、対戦するキャラクターと関係性が高い人物が選ばれる。
なるほど、これ以上ないくらい関係性の高いキャラクターだ。
なにせ本物と偽者という間柄である。
ゲームでは会話イベントが挟まれて始まるが、現実ではこういう流れになるのかと、ナディアは変な部分で感心してしまう。
「さすが私のシンシアですわね。良い提案ですわ!」
「ううむ、自身の恥を他人の力を借りて
乗り気なナディアに対し、鈴鈴は折衷案に抵抗があるのかウンウンと唸っている。
そんな様子にあっても暴走中の偽者を威圧だけで縫い止めていた。
運命という拘束力も働いている結果かもしれない。
「派手に辺境監督官の屋敷を破壊したのですから、巡回衛兵や警察……マスコミや野次馬が駆け付けてきますわよ?
早く決断しないと貴女の言う『恥』が、更に多くの人目に晒されるのではなくて?」
それが嫌なら迅速に解決しませんとね?と。
シンシアの提案をアシストするために、その場ででっち上げたにしては割と説得力のある可能性を示唆すると、それで鬼の意地も折れたようである。
如何にも不承不承といった風に「わかった」と溜め息を吐くと、握手を求めてきた。
「紹介が遅れたな。五十鈴鈴鈴だ」
「ナディア・ユキノインですわ」
「いやはや、見事な縦巻きロールだな」
「そこ、いま
ナイフみたいな爪を持つ手を握るは正直なところ遠慮したかったのだが、この流れを自ら壊すのは「悪手」だと日本語的な駄洒落を思い浮かべながら、手を切らないようふんわりとした感じで握手を交わす。
運命が用意した最初の試練に挑まんとする脳筋令嬢と、呪われた運命を恋する気持ち(物理)で打ち消さんとする脳筋鬼姫との、ある意味で一番危険なタッグコンビが結成された瞬間だった。
「──さて」
「お待たせしてしまいましたわね」
威圧による縫い付けを解き、急遽タッグを組んだ二人が黒い鬼に向き直る。
ビクリと黒鬼の歪んだ身体が震えた。
威圧だけで動きを抑えられていた事実が意味するところを、本能は理解しているのだろう。
偽りの黒き鬼としては2人から距離をとり、そのまま姿をくらませたいところだ。だが対峙する二人の位置取りがそれを許しはしない。
ナディアは、ふと自分の体力ゲージを確認してみた。
三割ほど減っていた体力ゲージが、今は全体の半分ほどになっていた。
ダメージを受けて減少したからではない。
ゲージ自体が半分の長さになり、その状態で全回復しているのだ。
そしてゲージの表示が変化している一番の点といえば、自分の体力ゲージの下に「もうひとつの体力ゲージらしきもの」が表示されていることだろう。
長さは自分のものと同じ。
なにより二本目のゲージには「BELLRIN」と併記されている。
「やはりバディモードでのイベントなんですのね」
「イベント?」
「いえ、なんでもありませんわ」
ポツリと漏らした台詞を耳
だが今は目の前の暴れ鬼に集中したいために、それ以上の追求は控えてくれたようだ。
──というより、先に黒い暴走鬼が動いたのでしたくても出来なかったというのが正しい。
「ゴガアアアァァァッ!」
逃げられないと悟った歪鬼の獣は、濁った雄叫びを上げながら白い鈴鈴に向けて突撃してきた。
性能的な若干の差はあるものの、同じ必殺技を持つもの同士での攻防なら攻撃力の高さでゴリ押しできると本能が判断したのだろう。
猛スピードで駆け寄りながら、鋭い左手刀を真っ直ぐ突き出す。
ダッシュ中に中パンチを押すことでのみ出せる特殊技「
キャンセル技につなげられず、突撃系の必殺技である「濁星式/絶禍」と比べるとダメージは著しく劣るものの、とにかく技の出が早い。
中距離での牽制やカウンターとして利用されることが多い技である。
そしてなにより、それを繰り出したのが暴走状態の鈴鈴という事実は大きい。ただでさえ出の早い攻撃が、キャラクターの特性として更に早くなっているのだ。
自分が放てる最速の攻撃と同じフォームでありながら、数割増しで加速する黒姫の手刀が鋭く迫る。
初見で見切るには厳しい速射に、白姫の反応が僅かに遅れた。
それは百分の一秒にも満たない不覚。
本来であれば未熟を文字通り痛感しつつ受けていたであろう一撃。
しかし彼女は独りで闘っているのではなかった。
「させませんわよ」
初擊となるはずの刺突を前に、ナディアが身体を捩じ込んできた。
さすがに複雑なコマンドを入力しながらの肉壁は無理だっので、最低限「⬅️」を選んでガードを試みる。
ざすり。
と、嫌な激突音が謁見の間に響いたが、どうにかガードは間に合ったようで、刀剣のような爪は貴族令嬢の腕を貫通できなかった。
今日まで鍛え上げた筋肉と、格闘ゲーム的な「ガード」というナディアにだけ搭載されているであろう機能のお陰か。
それでも受けた本人には激しい痛みがフィードバックするのだが、悲鳴を上げている余裕はない。
カード効果による硬直中ではあったが、表示されている矢印群の中から「⬇️」と「↙️」を素早く選びコマンドを組み立てる。
選択し終えた直後に大パンチボタンを押すイメージを心の中で強く焼き付ける。
空気を短く切り、ガードしていた腕を「くるり」と廻す。完全に受け止められた鬼の貫き手は、その動きに会わせて「くるり」と捻られた。
すかさず廻した腕で左の手刀を掴み取る。
「ガアッ!」
本能的に不味いと感じたのだろう、暴走姫は左手を引こうとするが間に合わない。
コマンドは既に成立し、技が発動しているのだから逃げられようもなく──引く力を利用して、腕を斜め上へと押し込むように回転を加えると、鬼の身体が「ふわり」と宙に浮く。
ガードの姿勢からニュートラルのポーズに戻るモーションを省略して技を出すことを「ガードキャンセル」と呼ぶ。
『メルファン』にも搭載されているシステムだが、他の格闘ゲームと比べてタイミングはややシビア。
そしてナディアはガードキャンセル専用の必殺投げ技がある。
アーテルハイド流突拳術「
ダメージは与えられない代わりに相手を宙に浮かせ、追撃判定を発生させる技。
ただでさえ入力のタイミングがシビアなガードキャンセル技な上に、地味で、かなり玄人向けの渋い必殺技である。
全国にいたナディア使いの中でも、これを戦術に組み込む者は殆んどいなかったほどだ。
しかし今ここにいるナディアは、その僅かな例外に身を置いていた人間を前世に持っている。
使いこなせるのは当然だ。
「ふっ!」
無防備に滞空する黒鬼に、素早く左ジャブを二発打ち込み、右のフックへとつなぐ小パンチ二回+中パンチといあ基本コンボを見舞う。
追撃効果が発生しているためか、慣性で後ろへ吹き飛ぶようなことはない。物理法則を完全に無視した動きを確認すると、ナディアは即座に追加でコマンドを入力する。
成立したのは「⬅️↙️⬇️↘️➡️+小K」。
成立した技は「
短い距離を素早く移動するや、黒いセーラー服を両手で乱雑に掴み、反対側へと大きく弧を描きながら投げ落とす。
石畳と肉が激しく衝突し、互いに鈍い悲鳴が吐き出される。
投げ系の必殺技でも「移動投げ」に区分される技である。
相手が間合いの中にいる必要がある通常の必殺投げと違い、自分から近付いていくのが特徴だ。
コマンドも出しやすいものが多い反面、投げ技なのにガードが可能というデメリットがある。
しかし今のようにガードができない状態の相手にであれば非常に効果的である。
そして「投げ飛ばした方向」にも意味があった。
「今ですわ!」
「承知!」
白い鬼姫は、縦巻きロールとスカートを華麗に揺らしながら示唆された言葉に、短くも小気味良く応じてみせた。
同時に両手を大きく振りかぶる。
「はあっ!」
床に叩きつけられ小さくバウンドした自身の偽者に向けて、鈴鈴は大気の壁を削ぎ取るように両腕を振り下ろす。軌道上にある肉ごと抉る勢いで。
それはレバー前入れ大パンチと呼ばれる基本技。攻撃の速度としては「かなり遅い」部類に入るが、基本の中で一番の攻撃力とリーチがあり、遠間の簡易的な対空技としても使われている技だ。
それが無抵抗を強いられている鬼へ、無慈悲に炸裂した。
「オボォァッ!?」
肩口から胸にかけて、バッサリと爪で斬り裂かれる黒い旧血鬼。
鮮血が飛沫が吹き上がり、受けた傷の深さを物語る。
「まだだ!」
さすがにナディアから受けた技の効果は切れている暴走鈴鈴だったが、更なる暴虐に身を晒され、ダウン状態から回復するよりも速く本物の鬼姫が呵成の気を吠えた。
その瞬間、ナディアはタッグを組んだ鬼の身体が青白く光ったように目撃した。
自身も先ほど発したばかりのエフェクトである。
「これで終わりだ!」
朗々とした宣言と共に、右の鋭すぎる爪が「自らの不始末」に深々と突き刺さった。
苦悶の声が喉から漏れ出すよりも早く、刺さったままの獲物を軽々と持ち上げ、勢いよく中空で爪を抜く。
そして刃は翻り、左右の爪の斬閃が黒き偽者を中心として十字に交差する。
それは比喩でもなんでもなく、空気を物理的に切断する十条の閃光。
十字に奏でる死の五線譜。
その可視化された必殺の軌跡。
眼前の戦闘を終結させるに足る渾身の最終奥義。
「濁星式/
寸断された左腕と右脚がクルクルと宙を舞い、赤黒い命の奔流が少しでも痕跡を残そうと足掻くように周囲へ撒き散らされ。
旧き血に狂った若き鬼姫は断末魔を上げることも赦されず、床へ瞬時に広がった血の海に叩きつけられ沈黙することとなった。
「わ、私、もしかして物凄くヤバいコンビを誕生させてしまったのでは……?」
凄惨な現場を目の前に、どうにか気絶だけは避けねばと我慢しているシンシアだったが、その事実に気付くと愕然としてしまうのであった。