投げキャラ悪役令嬢は、対空必殺技が使いたい!   作:砂上八湖

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いま読み返してみると、序盤なのに後出し設定ばかりで申し訳なくなってきますね……
 
 



悪役令嬢を生贄にしてドロー! 場に変態を出してターンエンドですわ!

 

 肉体の損壊。

 

 それはそうだろう。

 切れ味鋭い包丁のような爪で切り裂いたのだ、腕の一本ぐらい切断されてもおかしくはない。

 鬼特有の怪力が加われば尚更だ。

 ぱっくりと割れた傷口も、そこから噴き出す鮮血も、宙を舞う体の一部も。

 残酷な現実が導く当然の結果なのだろう。

 ゲーム画面では「ダメージ描写としての出血エフェクト」は存在している。

 だが完全決着の演出で身体が損壊するということは無かった。

 

 

(これが現実……ということなのでしょうね)

 

 

 大量の血や酷い有り様の傷口は、自身の修行の過程で見慣れている。

 仮にも一介の乙女として──何より侯爵家に産まれた貴族令嬢として、そのエグい経験値の高さは如何なものかと思わなくもないが、まあそこは産まれた血を呪うより他はない。

 全て脳筋という概念が悪いのである。

 

(やはり、敗北の結果として「死ぬ」可能性は高そうですわ…)

 

 否定できない未来の仮定に思考を巡らせていると、謁見の間に仰向けに倒れビクビクと痙攣を繰り返していた「黒い五十鈴(いすず)鈴鈴(べるりん)」の身体に変化が現れた。

 

 痙攣が不自然に途切れたのだ。

 

 いや、痙攣だけではない。傷口から流れ出ていた血の動きまでピタリと静止している。

 それは単に体内から流れ出るべき血が全て失われたことを意味しているのではなく、出血している途中経過のまま動きが「固まって」しまっている。

 まるで彼女の時間だけが停止してしまっているかのようだ。

 

 

「これは…?」

 

「大丈夫だ。全てが元に戻るだけだ」

 

 

「ほら見てみろ」と臨時のタッグパートナーである鈴鈴が、顎の動きだけで観察の続きを促す。

 それに誘われて視線を移せば、なるほどそこには劇的な変化が生じていた。

 まず倒れている偽・鈴鈴の身体から色が失われている。

 白一色。

 髪や肌、流れ出ていた血液だけではない。黒を基調としていたワンピースタイプのセーラー服までも、一切の汚れや陰影のない白に塗り潰されていたのだ。

 

 漫画やイラストのように輪郭線があるわけではないので、何も知らない人間が見れば「そこ」だけ世界が白く切り取られたかのような強烈な存在、違和感の塊として床の上に横たわっている。

 しかしそれも僅かな間だけ。

 

 世界に紛れ込んだ白き違和感にヒビが入り、瞬く間に全体へ広がり、かと思えば一瞬で粉々に砕け散り、砕けた先から光の粒子となって消えていく。

 瞼を一往復させる頃には、そこに黒い鬼姫が倒れていた痕跡など何処にも見当たらなかった。

 

 ──いや。

 彼女が倒れていた辺りに、大振りの黒真珠らしき球体が転がっている。

 それが存在を証明する唯一の痕跡らしい痕跡と呼べた。

 

 

「この街に来た直後にな」

 

 

 抑揚をつけない声で白き鬼姫がポツリと漏らす。

 

 

「どんな呪いでも解いてしまう魔導具という、今にして思えば実に怪しげなアイテムを扱っている、向こうの世界の商人に出会ってな」

 

 

──ふうむ…失礼ながら、私が見ますに御客様の血には何か強い呪いが流れているのでは?

──否、御客様の…というより一族の…と言うべきですかな。

──御客様のような女性が、自ら境界都市などという場所に足を運ぶのです。その呪いを解くのが目的ではありませんか?

──だとしたら御客様は実に運が良い。こう見えて私、解呪…つまり呪いを解く効果を持つ品々を扱う商人でして。

──この街は、こちらの世界でいう魑魅魍魎が跋扈する場所ですからな。呪いや厄災を相手に与える手段なども商売として横行しております。

──同じ商人として、実に嘆かわしい現状です。

──しかし同時に、それらを解く手段もまた商売として成立する…ということでもあります。

──その一人が私めでございますれば。

 

 

「とある事情で呪いを解くことに焦っていたのもあったし、来た早々に解呪の手段を知る者と出会えた運の良さに舞い上がってしまったのだろうな」

 

 

 呪いを与え、それを解くのが商売になるのであれば、それを出汁にした詐欺もまた成立するのにな。

 鈴鈴は無感情に黒い球体を見つめ、そう呟いた。

 

 

──御客様の血に流れる呪いの強度から察しますに、相当の歴史と念が刻み込まれておられる御様子。

──これは、完全に解くとなると一朝一夕にはいきますまい。

──ああ、お待ちください、お待ちください。あくまで「呪いを解く」という解決手段に限ればの話でございますよ。

──解けぬ呪いであれば、移し変えてしまえば良いのです。

──それが可能であっても誰かに押し付けるつもりはない? そうでありましょう。人の心を持つならば、それは罪に溢れる心苦しい所業でございます。

──一族のために単身この街に飛び込んだぐらい心お優しい御客様であれば、尚更でございましょう。

──しかし移し変える相手が「自分」であれば如何です?

 

 

「そう言って商人は古めかしい壺を持ってきた」

 

 

──この壺は、この中に血液を捧げた人物の完璧な複製を作り出し、かけられた呪いや病気などを肩代わりさせる…という品でございます。

──原理的に呪いは「本人にかけられたまま」ですので、解呪の反動や術者に気付かれるなどのリスクは生じません。

──移し変える相手が自分自身であれば、罪悪感もありますまい?

 

 

「手段の是非や倫理の有無を自問する余裕などなかった。私は──助けられれば、それで良かったのだ」

 

 

 何も事情を知らない人間が聞いても要領を得ない鬼の後悔。

 しかし『メルファン』の全キャラクターのバックストーリーを熟知しているナディアには分かる。

 

 彼女でストーリーモードをクリアした時、エンディングで表示される最後の画面にチラリと映る青年の姿。

 それを見て涙を流しながらも、ゲーム中では初めて満面の笑みを浮かべた鈴鈴の一枚絵は、ファンから「神絵」「涙で見れない」「尊すぎて直視できない」と呼ばれていたのだ。

 一族のためというより、その青年のために鈴鈴は戦っていたのだろう。

 

 そしてそれは、ナディアの横に立つ「現実の鈴鈴」も同じのはずだ。

 

 

「あとは、まあ、説明しなくても分かるだろう?」

 

 

 高額ではあったが壺の代金を支払い、少なくない量の血をその中へと捧げた。壺に込められた魔力が供物に反応する。

 壺の口から噴き出すように迸った透明な黒い光、初めて笑顔を魔法の現象に「これならば」と期待と歓びに打ち震えてしまった。

 複製された自分が出現するまでは本当だったからだ。

 

 しかし呪いは移し変えられてはいなかった。

 

 そう、この壺もまた呪いのアイテムであったのである。

 複製された「自分」にも、当然ながら自我はある。

 しかも呪いを肩代わりされるためだけに生み出されたという自覚を持って。

 そのような状態で、それを目論んだ本人が目の前にいればどうなるのか。

 しかも複製された者は本人の「完璧な複製」であり、よくよく考えれば複製体を制御する手段も与えられていないのである。

 

 

(そりゃ暴れますわよねえ)

 

 

 なるほど、これが『メルファン』における同キャラ対戦のカラクリなのかと感心したのが半分、あとは複製鈴鈴への憐れみが僅かに少し。

 

 

「いつの間にか商人は姿をくらまし、私の偽者も私を攻撃してから姿を消した。

 呪いを解くという目的は同じなのだ。

 その手段を探すために境界都市を奔走するだろうとは踏んではいたが──」

 

「ははあ、境界都市を治める辺境伯…それを監督する人間を従わせれば、再び詐欺に遭う可能性を抑えつつ情報を集められると考えたんですわね」

 

「最終手段として私自身が考えていたことだったからな」

 

 

 まさか初手から実行してくるとは思わなかったが、と鈴鈴は物騒な告白を辺境監督官代理の前でしてみせた。ようやく取り戻した表情と抑揚は苦笑いのそれだったが。

 

 

「で、これが複製体の核──捧げた私の血が魔力結晶となったものらしい」

 

 

 壺について、それなりに調べたらしい。床に転がったままの球体へ無造作に近付くと、何の躊躇いもなく踏み潰す。

 ふう、と鈴鈴は深い溜め息をついた。

 

 

「偽者とはいえ『私』が多大な迷惑を掛けてしまった」

 

 

 一歩退いて姿勢を正したあと、ナディアと家臣団に向けて頭を下げる鈴鈴。

 

 いや、偽者だけじゃなくて本物の君も屋敷の壁をぶち抜いてるからね?

 君自身も割と洒落にならないことしてるからね!?

 

 シンシアや家臣団は同時に同じことを思い浮かべたが、それを指摘してしまうと何となく空気がグダグダになりそうだったので、喉の奥で押し止める。

 押し止めたくはあるのだが、どうしても数人の視線が破壊の爪痕へチラリチラリと向けられるので、さすがの鈴鈴も(彼女的に緊急事態だったとはいえ)自分がやらかした器物損壊行為の意味するところに気が付かざるを得ない。

 

 

「あー、うん。破壊してしまった壁については──」

 

 

 質素な内装とはいえ、謁見の間として機能するに相応しい装飾や意匠が施された壁や柱や床。

 その一部であっても大きく損なう惨状を補おうとすれば「それなりの費用」が必要となるし、それに加えて賠償についても考えなくてはならない。

 

 まして辺境監督官の邸宅が襲撃されたなどと周知されてしまうと、二重行政地という複雑な場所の都合上、どうしても政治的な問題も出てくるだろう。

 壁を壊した、という簡単な説明だけでは済まないこの事態に、鬼姫女子高生は如何なる責任(結論)を導き出すのか。 

 

 

「どうしようか」

 

 

 出なかった。

 

 幹部の数人が舞台喜劇の役者よろしく前につんのめるようにズッコけ、シンシアは「あ、脳筋かな?」と悟りを開いたような顔になる。

         

 当の本人によって結局グダグダな空気になってしまったので、鈴鈴を含めた全員が助けを求める表情で──というより「相棒なんだからなんとかしてくれ」という期待を込めて──ナディアを視界に収めた。

 

 なんとなく表情が雄弁に語る無言の救難信号を読み取ったナディアは「誰が相棒ですのよ……」と小さく溜め息を吐く。

 

 

「仕方ありませんわね…(わたくし)が修繕費を肩代わりいたしますわ。

 修繕の見積書と請求書は私の屋敷の方へ廻してくださいな」

 

 

 辺境監督官を補佐する幹部達へ改めて顔を向ける。

 この場に関係者以外がいなかったことは実に幸運だったといえよう。

 口止めする数が少なくて済むからだ。

 

 

「皆様は今日ここであったことは他言無用で。

 ──憤懣(ふんまん)ごもっともでしょうが、子爵閣下もそれで宜しいですか?」

 

 

 あ、いましたねそんな人。

 口から不敬な言葉が飛び出しそうになって、シンシアは慌てて死刑申告装置に両手で塞いで蓋をする。

 偽鬼姫の人間椅子にされ、度重なるバトルの間ずっと放置されていたのだ。

 誰も話題に取り上げなかったし、空気に流されて忠義に厚い家臣団も主の存在が頭から抜け落ちていたようであったし、これは誰も責められないのではなかろうか。

 

 ちょっと言い訳がましく(不思議と誰かの代弁者になっているような心境になって)シンシアは頭の中で理論武装を試みる。

 

 

「うむ、問題ない」

 

 

 シンシアの心配を余所に、ガッシャ子爵は怨恨の色など全く感じさせない爽やかな了承の意を、聞くもの総てに届けた。

 ナディアもシンシアも子爵の声をここで初めて耳にしたが、誠実さが滲み出て人を惹き付けるイケメンボイス、いわゆるイケボであることに驚いた。

 

 なにせ四つん這いの、人間椅子のポーズのまま放たれたイケボだったからだ。

 

 なにしてんの?

 というのがナディア達の共通認識であった。

 

 

「あっはっはっ、何をしてるんだコイツは?

 この状況で、ふふふ、頭おかしいんじゃないのか?」

 

「『相手をド直球で罵倒する解説』が許されるのはメジャーリーグ映画の中だけでしてよ!?」

 

 

 ストレートすぎる鬼の指摘に、いささか変化球なツッコミを入れてしまう悪役令嬢。

 野球で例えただけに。

 侍女達が「メジャーリーグ映画ってなんじゃい」という顔をしているが無視である。

 

 

「権力が欲しければ挑めと大言を吐いて無様に敗北したのは、他ならぬこのガッシャである!

 責務を全うできなんだ貴族に遺恨を抱く資格があろうか!」

 

 

 敗けた自分に非があるのだと、壁の件を含めて不問に……ナディアに任せると、潔く宣言する。敗北者とはいえ台詞は雄々しい。

 

 人間椅子ポーズのままだが。

 

 よくよく見ると子爵の顔が赤い。

 敗北と恥辱による紅潮だと思われていたが、どうもその種の血流運動ではないようだ。

 となると、椅子のポーズを取り続ける彼の身体が小刻みに震えているのも、屈辱や疲労から来るものではないのだろう。

 

 

「それに五十鈴殿が自分の邸宅を如何に扱おうと、単なる敗北子爵となった私に否応を述べることなどできない!」

 

「え、いやいやいや。

 ここ監督官の仕事場ではありますが、ガッシャ子爵の邸宅でありますわよね?」

 

「否、既に辺境監督官の地位は勝利者である五十鈴殿に譲っている!

 故にここは五十鈴殿の邸宅だ!」

 

「え、おいコラ、なに言ってやがんだですのガッシャ子爵」

 

 

 トンチキなことを言い出した細マッチョ子爵(今は主不在の人間椅子)に、動揺したナディアの口調が大きく乱れる。

 

 

「貴方が敗けたのは偽者の方ですわよ。

 その偽者は消滅したのです。

 その約束事も当然ながら無効ですわ!」

 

 

 そもそも辺境監督官という重要職は、ただ一度の決闘で着いた勝敗だけで譲渡したり受諾したりするような軽いモノではないのだ。

 

 それにこコレが罷り通ってしまうと、ナディアの上司が地球側の──鬼とはいえ単なる女子高生でしかない鈴鈴になってしまう。

 

 政治的にややこしい話になるばかりではなく、主要キャラとは距離を置きたいナディアにとって迷惑以外なにものでもない話なのだ。

 それだけは何としてでも回避しなければ。

 ナディアの説得にも熱が入るのも当然だ。

 

 固唾を呑んで見守る(まるなげした)監督府幹部達の視線にも、公爵家令嬢を応援する念が強く込められる。

 

 

「先程の話に出てきた壺の効力が(まこと)ならば、五十鈴殿と私を打倒した五十鈴殿の偽者は同じ肉体、同じ能力、同じ強さの存在ということだ」

 

 

 ならば本物の五十鈴殿が自分を倒したのと同じこと。

   ↓

 つまり五十鈴殿に辺境監督官の任を譲ったのと同じこと。

   ↓

 すなわち、この邸宅は五十鈴殿のものである。

 

 ガッシャ子爵は、そう結論付けた。

 "論理の飛躍と屁理屈の三段論法"選手が、説得新体操大会で「脳筋理論」というウルトラ難度の技を見事に決めた。

 一見すると奇跡的にキレイな着地にも成功している。

 

 

「ぐぬぬ……確かに!」

 

 

 それに対してナディアは思わず十点満点の札を上げてしまう。

 審査員の判定にシンシアも幹部達も「あちゃあ」と手で顔を覆って項垂れる。

 

 世紀の大誤審であった。

 

 

「いや、お前が逆に説得されてどうする」

 

 

 鈴鈴がナディアの後頭部を(はた)いた。

 最終手段として偽者と同じ行動を考えていた鈴鈴ではあったが、さすがにこの流れに「おいおい」とツッコミを入れざるを得なかったのだ。

 自分は鬼血の呪いを解く手段を見付けたいだけであって、政治的なゴタゴタに巻き込まれるのは御免であった。

 

 鬼の形態は解除しているので爪によるダメージはなかったものの、ナディアを正気へ戻すのに十分なそこそこの強さは込められていたようである。

 縦巻きロールをワサワサと揺らしながら「はっ!?」と我に返ったナディアによる説得は続いたが、頑としてガッシャ子爵は「敗者の理論」を振りかざして意見を譲ろうとはしなかった。

 

 

(監督官の役職は簡単に譲った癖に強情ですわね……!)

 

 

 苛立ちが片眉の痙攣となって「そろそろ殴って黙らせようか」という脳筋的解決方法を考え始めていたナディアに、専属侍女がおずおずと片手を挙げて提案してきたのは、説得開始から三〇分ほど経過した頃である。

 

 主人を見るに見かねて……という忠誠心からによるものだったのは勿論なのだが「もう何でもいいから早く帰りたい」という純粋な(個人的にも程がある)願いに由来する行動でもあった。

 

 なんとなく同じ想いを抱いていたが貴族同士の不毛な論議に口を挟めないでいた家臣団は、そんなシンシアを「やっぱスゴいな、キミ!?」と尊敬の念が込められた視線を送る。

 先程もナディアと鈴鈴の共闘を提案した実績もあり、期待もひとしおだ。

 そんな雰囲気の中、公爵家の高級侍女は口を開く。

 

 

「取り敢えず辺境監督官として、五十鈴様がガッシャ子爵閣下に役職を御返ししては如何でしょうか?」

 

 

 それだよ、我々が求めていたものは!

 と、幹部達の顔がパッと明るくなる。

 ナディアと鈴鈴も「なるほど、その手が」と妙案に頷いた。安堵の空気が全員の間に流れる。

 

 

「いや、一度敗けて譲った役職(もの)(なさけ)で受け取るほど私は恥知らずではない!」

 

 

 椅子のポーズを続けるガッシャ以外は。

 

 

(めんどくせえなあコイツ!?)

 

 

 全員の心の声が同時に一致した瞬間である。

 再びゴールの見えない脳筋ループに突入するのかと、誰しもが絶望の表情を浮かべた時。

 

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 

 救世主の鬼が不毛な脳筋大地に舞い降りた。

 

 

「辺境監督官をナディアに譲ろうじゃないか」

 

「ひぁ!?」

 

「おおっ、なるほど!」

「その手があったか!」

「さすが鬼の姫様! 略して『さす鬼』!」

 

 

 想像の斜め上を行く提案が耳に飛び込んできて、ナディアは淑女にあるまじき素っ頓狂な奇声を上げてしまうが、ガッシャや幹部達やシンシアは起死回生の妙案に沸き上がった。

 

 

「いやいやいや、お待ちになって下さいませ!

 (わたくし)は辺境監督官代理として赴任してきましたのよ!?

 赴任初日にタライ回し的に昇進っておかしくありませんこと!?」

 

「いや、お前ならできるできる。やればできる子だって信じてる」

 

「どこから目線の発言ですの!?」

 

「御嬢様の才覚であれば当然のことです」

「うむ、さすがはユキノイン公爵家の御令嬢であるな!」

「後任にはユキノイン様以外務まりますまい!」

「その通り!」

「いやあ、これで境界都市も安泰ですな!」

 

「「「はははははは!」」」

 

 ナディアの真っ当な抗議は、御嬢様を生け贄に捧げて事態を丸く納めよう同盟によるに包囲網によって封殺された。

 元辺境監督官と現辺境監督官と監督府の幹部連中、ついでに公爵家所属の高級侍女が職務の委譲を承認し証人となっているのだから、どう足掻いても覆そうにない。

 

 おそらく拒否したままでも勝手に書類を作成されてしまうだろう。問題は帝国上層部の了解だが…ナディアは父親の顔を思い浮かべ、全てを諦めた。

 ガハハと笑いながら印鑑を押すに違いない。

 思わず溜め息が漏れる。

 

 

「補佐役とかの任命権を濫用させていただきますわよ」

 

「それは我々幹部勢も心得ております」

 

 

 この境界都市で個人活動しやすいように人事を尽くす覚悟を受け入れたナディアは、そう宣言すると改めてガッシャ子爵を視界に収めた。

 グダグダ極まった官職の押し付け合いの間、ずっと気になっていたことを尋ねるためだ。

 

 

「ところで子爵閣下、あの、その……」

 

 

 あ、ついにソレ聞いちゃうんだ……という空気が瞬時に形成される。

 なんだか触れちゃいけない気がするのだが、かといって全員それをスルーして場を離れるわけにもいかないので、結局は触れるしかないという面倒な状況でもある。

 つまりナディアにとって、この「質問」が辺境監督官としての初仕事であった。

 

 

「いつまで……というか、何故に人間椅子のままなんですの……?」

 

 

 恐る恐る、といった様子で由緒正しき(だが中身は元男子高校性の)公爵令嬢が元上司に所作の理由を尋ねた。

 猛烈に嫌な予感しかしない。

 

 

「うむ。先程、五十鈴殿と私を椅子にしていた五十鈴殿の偽者は同一存在だという話をしたと思うが」

 

「はい」

 

「それは精神構造は勿論、肉体の構造が全く同じという事だ」

 

「はい」

 

「つまり、私に座ったときの感触も同じだとは思わないかね?」

 

「はい?」

 

「若い女性に椅子にされるという屈辱に耐える内に、遠慮なく掛けられてくる全体重による息苦しさと圧迫感、肉や骨が軋む苦痛、支配されているのだという不思議な幸福感、布越しに伝わる少女の臀部の柔らかさに対する罪悪感、年下に罵られるという背徳感──それらが私の新しい扉を(ひら)いたんだよ」

 

「早口でナニ言ってんですのコイツ」

 

「というわけで五十鈴殿、改めて私の上に腰掛けてはくれないだろうか?」

 

「へっ、変態だーっ!?」

 

 

 顔を染める紅潮も身体の小刻みな震えも、屈辱に由来するものではなく、新しく開眼した性癖によるものだったと本人の口から熱い視線と懇願と共にカミングアウトされてしまった。

 

 さすがのシンシアも立場を忘れて絶叫してしまう。

 

 

「ウチの可愛い侍女になんて醜態(モノ)晒してくれやがりますの!?」と、反射的にガッシャ子爵をサッカーボールキックの要領で高く蹴り上げてしまうナディア。

 

 揃って頭を抱えて項垂れる幹部達と、マジもんの変態を認識してしまったショックで放心状態のシンシア。

 

 鳩尾の部分に爪先がめり込んだらしく、床に落下して「ぐえっ」と鳴いた後は失神して痙攣するガッシャ子爵。

 

 それを見て大爆笑する鈴鈴。

 

 ナディアが覚悟を臨んで足を踏み入れた境界都市の初日は、こうしてグダグダを極め尽くして終了したのであった──

 

 




 
というわけで、ストック分の連投は以上です。
「なろう」で書いていた次話は没にして別のエピソードにする予定です。

エピソード1話分のストックを書き上げてから投下するつもりなので、気長にお待ちください。
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