投げキャラ悪役令嬢は、対空必殺技が使いたい!   作:砂上八湖

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そして少年は。

 

 影響力に占める割合で考えると、やはり母が合気道の師範代をやっていたのが大きいのではないだろうか。

 

 増糸(ますいと) 瑞希(みずき)が格闘技に興味を持ったのも「男子だから」という曖昧で単純な理由ではなく、母との生活サイクルの中に組み込まれていたからだとするのが自然である。

 

 というより、かなり言い方が悪くなるが「幼い頃からの洗脳」のような状態で「これが当たり前」と意識に刷り込まれていた可能性も低くはない。

 

 とにかく。

 

 道場で稽古や指導をしている母の動きを、最初は遊び感覚で真似をし始め、やがて日課になり、やがて母から直接指導を受けるようになった。それが瑞希にとっての日常であり、武術を識る者からすれば「内弟子かやる本格的な修行」のような生活だったのだ。

 

 母が門弟となったのは「三刀(みと)流」と呼ばれる合気道の流派だった。

 

 昭和の中期に入ってから興された比較的歴史の浅い流派であるが、かといって「遠い間合いから念じるだけで相手が倒れる」「触れているだけで動けなくなる」系の怪しいオカルト合気道の類いではない。

 

 武器を持った相手や、自分が武器を持っている時、お互いに武器を所持している場合などを想定した技や心構えを主な修練課題とすることを除けば、至極真っ当な合気道場だった(実際、地元警察の依頼で機動隊などの武闘派警官達に稽古をつけていた程度の信頼性はあった様である)。

 

 双方が刀を持ち、かつ実力が拮抗しているのならば、三本目の刀──つまり合気術を持っていた方が勝つ。

 故に三刀(さんとう)──「三刀(みと)流」なのだ、と。

 

 稽古中の母が、瑞希を投げ飛ばしながらトリビアを披露したことがある。

 その時は「成程!」と受身を取りながら感心したものだが、高校に入学してからは「ちょっと中二病臭くね……?」と、畏れ多くも開祖のネーミングセンスを疑ったりもした。

 

 すこし合気道から距離を置いたのも、この時期からだったように思う。

 好きになりかけていたクラスの女子に、合気道なライフスタイルを知られて軽く引かれたことにショックを受けた(他の男子が自分と似たような時間を送っていないと初めて知った)からではない。

 

 断じて違う。

 違うって言ってるだろ。

 地の文で語ってんだから真実なんだよ!

 ち、違ぇし! 泣いてねえし!

 これは心の湧き水だし!

 

 ……話を元に戻そう。

 

 距離を置いたとはいえ、全く興味を無くした……というわけでもなかった。

 その頃は2D格闘ゲームが全盛の時期ということもあり、クラスの男子がCPU戦の攻略などで盛り上がっていれば、自然と興味を引かれて手を出してしまう。

 そして持ち前の集中力が幸いしたのか災いしたのか……見事に沼へとハマってしまった。

 

 単純な攻略にとどまらず、キャラクターごとの性能把握はもちろん、コマンド入力の正確性を追求したり、無駄な動きの排除、最大効率を引き出すコンボ技の模索、フレーム単位の見極め、対人戦での駆け引き──とにかく格闘ゲームで楽しめそうな要素は全て突き詰めていった。

 

 特にキャラクターやシステムなど総ての要素において、瑞希の琴線に直撃した格闘ゲームが『メルトライン・ファンタズム』だった(通称「メルファン」)。

 

 瑞希個人だけでなく、世界的に大ヒットしたゲームでもある。

 と同時に、発表当時は斜陽になりかけていた格闘ゲーム界隈を再び盛り上げ、業界からは「ゲームセンターの救世主」と呼ばれたゲームでもあった。

 

 舞台は現代の日本。

 ある日、本州と九州を結ぶ橋が海峡ごと異世界と融合してしまい、本州⇔異世界⇔九州という何とも奇っ怪な交通ルートが出来上がってしまった──という設定の2D格闘ゲームである。

 

 橋と海峡があった部分には「境界都市」と呼ばれる異次元的に広大な街が出現し、いつしか異世界人と地球人の技術や文化や犯罪といった「交流」で賑わう治外法権な混沌となった。

 そんな裏と闇しか存在しないような街を舞台に、それぞれの物語を背負った主人公達が拳を交える……というのが主なストーリーだ。

 

 瑞希は所謂「飛び道具」系の必殺技を持つキャラクターが好きだった。現実では有り得ない武術の技、というのは何だかワクワクするのだ。

 気の塊や炎や竜巻なんて、その最もたる部類である。

 だから瑞希は飛び道具系の必殺技を持っていることが多い主人公キャラを選ぶ。

 

 それは『メルファン』においても同様だった。

 

 東京から復讐のために境界都市へと流れ着き、目的を果たすための能力(ちから)を手に入れた高校生、クール系主人公・西園(さいおん)蓮司(れんじ)

 境界都市では「サイレン」と名乗っている。

 飛び道具・対空技・突進技と基本的な必殺技が揃っており、初心者から上級者まで幅広く使える奥深さを持つ。

 

 正に「ザ・主人公」な性能のキャラクターである。

 

特に対空技である【紅響式(こうきょうしき)昇龍刃(しょうりゅうじん)】の性能が高く、これを出すために必要な必殺技コマンドの通称が後続のゲームでも「昇龍コマンド」あるいは単に「昇龍」と呼ばれてしまうほどだった。

 

 瑞希は他のゲームに手を出すのを控えるぐらい、この『メルファン』を……西園蓮司をやり込んだ。

 ゲーム雑誌が主催の全国大会が開かれることを知ると、自分の実力が何処までのものなのかを試してみたくなる程に。

 

 合気道をやっていた頃は「自身の実力」なんてものに関心すら持たなかった(持てなかった)のだが、初めて趣味と呼べるものを見つけたからかもしれない。

 そんな風に瑞希は自分の心境を測っていた。

 

 稽古に参加しなくなってからも、決して小言を口にしたり強制したりはしなかった母親。

 しかしやはり思うところがあるのだろう、寂しそうに稽古をする姿を瑞希は偶然目撃してしまった事がある。

 

 

「ゲームだけど、全国優勝したら母さんは喜んでくれるかな」

 

 

 微妙な反抗期とチクリと痛んだ胸の奥がゴチャ混ぜになりながら、そんな期待を抱いてしまう。

 

 

 とりあえず結果を出そう。

 

 

 地区予選会場に向かう道すがら、全ては結果が出てから考えようとモヤモヤを先送りにした瑞希。

 そんなことを思いながらも、優勝トロフィーを抱いた自分の姿が想像上のものではなく、現実になることを確信していたのだが。

 それだけの腕前が自分にはあるのだと。

 母親は喜んでくれると。

 

 

 

 

 結論から述べるなら、

 

 

 

 

 瑞希は結果を残せなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 どん、と押された。

 

 

「え?」

 

 

 当然の疑問を口にする暇もなく、

 瑞希の体は駅のホームから宙を舞った。

 

 格闘技を……合気道を長く続けてきたとはいえ、同年代の男子と比べると華奢な部類に入る瑞希ではあったが、それでも身体同士がぶつかった程度で弾き飛ばされるほどの痩躯ではない。

 

 明確な意思で、悪意をもって強く押されたのだ。

 

 

 ホームの外に。

 電車が迫る線路の上へ。

 

 

 視界が複雑に回転する中、時間が極限まで遅くなったように感覚に襲われる。ホームで電車を待つ利用者達の顔が自分を見て驚愕に染まっていくのが分かる。

 

 それらに混ざる異質。

 

 厭らしい笑顔。

 

 自分を押した成人男性の、醜悪に歪んだ表情筋。

 一瞬、誰だか判らなかった。

 しかし、ゆっくりと体感する感覚にあって加速する思考は、記憶を掘り返す時間を与えてくれた。

 顔は思い出せた。

 僅かに言葉を交わしたこともある。

 

 だが名前は知らない。

 ばかりか個人的なことは何も知らない。

 

 ゲームセンターで何度か対戦したことがある。

 その程度だったはずだ。

 

 いや……たしか対戦で瑞希が一度も攻撃を食らわず完全勝利した時、言い掛かりをつけてきたことがあった。

 そうだ、たしか「ハメ技を使っただろう」と酷く激昂していた。

 瑞希はそれを否定したし、周囲のギャラリーもハメ技を否定しただけでなく男性の行為を強く非難したのも火に油を注ぐ要因だったのかもしれない。

 

 よくよく思い出してみるとサラリーマン風の男性だったように思う。

 いい歳をした大人が高校生に食って掛かるなんて格好悪いなあ、と感じたことも思い出したし、そしてそれは宙を舞う今も感じたことだった。

 

 あの時、掴みかかられたので思わず合気道の技で押さえ込んでしまったのだが──それを恨んでのことだろうか。

 

 衆人の前で恥をかいたから。

 大人が子供に恥をかかされたから。

 

 それが理由で自分は突き飛ばされたのだろうか。

 

 それだけの理由で大人が子供を殺すのだろうか。

 

 瑞希には理解できなかった。

 

 実際時間としては一瞬で、しかし意識的にはやっと落下した瑞希は、無意識に仰向けに受身を取る。

 積み重ねた稽古は嘘をつかなかった。

 それでも線路という凹凸の激しい場所は、背中に鈍く重く鋭い矛盾した衝撃と激痛をもたらした。

 

 息が詰まる。

 

 声も出ない。

 

 身体が固まる。

 

 女性客の甲高い悲鳴が上がる。

 

 電車の警笛が鼓膜を破る勢いで耳に飛び込んでくる。

 

 例の男が周囲の人間に取り押さえられるのが気配で分かる。

 

 骨の髄を掻き毟りたくなるほど不快なブレーキ音が体を打つ。

 

 視界を電車の正面が物理的に埋め尽くす。

 

死。

 

 それを意識した瞬間、母親の笑顔が。

 稽古中の寂しそうな背中が。

 合気道に打ち込んでいた自分が。

 映像として脳裏を駆け巡り蹂躙した瞬間。

 

 

 

「(死ねない!)」

 

 

 

 身体が動いた。

 

 痛む背中を無理矢理に黙らせて素早く寝返った直後、その勢いを削がずに利用する理想的な前転。

 

 線路から──死の直線上から逃れて半拍も置かずに、それまで瑞希がいた場所をブレーキ音を撒き散らしながら電車が通過した。

 減速していても十分に人が死ぬ速度で。

 

 

「た、助かった」

 

 

 前転した先で、思い出したように腰を抜かしながら瑞希は安堵の溜め息を吐く。

 生命の危機から辛くも逃れた安心感は、すぐに理不尽に対する怒りに変わる。

 

 

「ああ、クソッ!」

 

 

 思わず悪態が()いて出る。

 文句のついでに自分を突き飛ばした男を殴っても許されるだろう。

 そう考え、情けない腰を叱咤しながら立ち上がろうとして。

 

 

 誰かが喚いている。

 

 

 悲鳴が聞こえる。

 

 

 立ち上がるために手をつけた地面に金属の感触。

 

 

 けたたましい警笛。

 

 

 不快なブレーキ音。

 

 

 時間が巻き戻ったかのような錯覚。

 そうではないと証明しているのは、こちらに向かってくるのが貨物列車だから。

 

 瑞希は反対側にある死の直線に転がり込んでいたのだ。

 

 

「ああ、ク」

 

 

 今度は悪態をつく暇もなかった。

 幸いだったのは──衝撃と痛みが一瞬だったことぐらい。

 それ以外は何もかもが最悪だった。

 

 

 かあさん。

 

 

 最後に思い浮かんだ言葉と共に、増糸瑞希の意識は暗転し──

 何の感覚もない闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

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