投げキャラ悪役令嬢は、対空必殺技が使いたい!   作:砂上八湖

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返し返され、告げ返し。

 

 鬼。

 

 西洋圏ではオーガとも呼ばれるが、この場では日本古来から存在するとされる人外の代表格、つまりは有角の(あやかし)を指す。

 

 五十鈴(いすず)鈴鈴(べるりん)は、そんな鬼の血を古来より色濃く受け継ぐ人間である。

 その源流は現存する日本の文献に登場する最古の鬼──阿用郷(あよのさと)の鬼──だ、というのがゲーム中での設定だ。

 

 旧き血が流れる鬼。

 旧血鬼(エルダー・ブラッド)

 鬼の中にあって鬼からも恐れられる存在。

 

 境界都市が現れるまで「異形の存在」が表に出てこなかった地球側からすると、その存在自体が恐怖の対象となるのだが……異世界側にはその感覚がいまいちピンと来ないようだ。

 多種多様な亜人種が一般社会に混じって暮らしている世界の住民達からしてみると、ただ単に「角が生えている」ぐらいのビジュアルではインパクトに欠けているのかもしれない。

 

 だが、目の前で『鬼』へと変質した少女は別格であった。

 色を感じ取れるほどの濃密と重さで放っていた威圧を抑えていているが、それでもなお肌を刺してくる「圧力」は、さすがのヒロイン(りょく)といったところだろう。この場にそぐわない黒いセーラーワンピースの制服も、そうした(あつ)の一助にもなっているのかもしれない。

 

 そうした黙っているだけでも暴力的な佇まいこそ、ナディアが前世で知っているゲーム中のヒロイン五十鈴鈴鈴そのものであった。

 

 

「(ここまできたら、単なる「そっくりさん」というわけではなさそうですわね)」

 

 

 残された可能性という名の甘い考えを破棄しながら、ナディアは自分の運命に悪態を吐きたくて仕方がなかった。

 

 当然、眼前の敵は「知ったことか」と言わんばかりに突撃してくる。文字通りの「爆発的な」突進。

 そう、突進だ。

 ナディアとしては初めて見る人物の、初めて受ける技。

 通常であれば、そんなものを見切れるはずはない。

 しかし前世で『メルトライン・ファンタズム』を極めてきた瑞希にとって、それはとてもとても見慣れた技だった。

 

 鈴鈴が持つ突進系の必殺技、それが「濁星式(どくしょうしき)絶禍(ぜっか)」である。

 

 コマンドは「⬅️↙️⬇️↘️➡️+P」と、やや入力量が多い。

 上半身を後ろへ捻りながら右腕を振りかぶり、高速で突進しながら腕を振り抜き爪で切り裂く技で、押されたパンチボタンの種類によって攻撃力や移動距離が変化する。

 リーチの長い下段攻撃に潰されてしまうことが多いが、技が発動している間は上半身の当たり判定(攻撃を受けるとダメージを受ける部分)は小さく技の出始めも早い。

 そのためメイン攻撃だけでなく、素早く距離を詰めたり牽制に使われたりと重宝される技のひとつだ。

 

 試合開始直後に出してファーストアタックを狙うプレイヤーも多く、ガードさせてからの三択(相手に「投げ技」「下段攻撃」「中段攻撃」の何れかへの対応)を迫るのがセオリーである。

 

 つまり。

 いまナディアに迫り来る刃物のような爪による驚異が、正にそれであった。

 

 

「(まあ──(ナディア)とは「相性が悪い技」なのですけど)」

 

 

 ナディアに焦りはない。

 相手の動きを知っていて、自分の身体がどこまで動けるかを熟知していれば十分に対応は間に合う。

 合気道の試合でもゲームでもそうだったし、今生でもそうであるように鍛えてきた。

 だからこそナディアは視界上方に表示されている矢印に意識を向ける。必要な矢印を選び組み立て、コマンドを瞬時に完成させていく。

 

 入力したのは「➡️↘️⬇️↙️⬅️➡️+P」。

 

 コマンドが成立すると同時に自然と身体が動く。

 知識の、記憶の通りに。これまでの鍛練で血と汗と涙と共に身体に染み込ませてきた動きの通りに。

 まるで予定調和だと云わんばかりに、ナディアが添えた手の中に鬼の爪が吸い込まれていく。そしてそれを包み込むように受け止めながら、風を手繰るように逸らしながら、剛力に逆らわぬよう導きながら絡め捕り、太く逞しい鬼の腕を捻り上げる。

 自分の筋力は一切必要としない。

 

 

「なっ!?」

 

 

 突進してきたスピードはそのままに、鈴鈴の身体が宙を舞う。まるで自ら前方に跳躍して横に半回転の捻りを加えたかの如く。

 攻撃のために繰り出していた右腕をナディアに掴まれている事実さえなければ、そう信じてしまっていたであろう流れるように鮮やかな技。

 

 アーデルハイド流突拳術「巨兵崩(ヘカーテロッホ)

 

 上段および中段の判定を持つ攻撃を受け止め、相手の勢いを殺ぐことなく利用し、そのまま投げ落とす──いわゆる「当て身投げ」と呼ばれる必殺技である。

 カラ振れば隙だらけな上に、構えてから半秒しか発動判定が発生しないというシビアなタイミングを要求される技だが、決まった時のダメージは大きい。

 

 鈴鈴が仕掛けた突進技を、ナディアが「自分とは相性が悪い技」と評したのは、これが理由である。

 試合開始直後に突進技を出すのは確かに有効なのだ。

 それが当て身(カウンター)系の技を持つ相手でなければ。

 ナディアを使用しているプレイヤーの間では、試合開始直後に「巨兵崩」あるいは下段当て身投げである「地竜崩(ドゥーラゴッホ)」を使用して相手の突進技もしくはスライディング攻撃を潰す戦術が定石となっていた。

 仮に当て身技の発動がカラ振りに終わってしまっても、試合が始まった直後のキャラ同士は少し離れた位置にいるため、仕切り直し(リカバリー)は十分に間に合うからだ。

(突進技を出すタイミングを一瞬だけ遅らせる対抗策も出てきたりしたが、こうなると完全に瞬間的心理戦の領域である)

 

 ともあれ、リアルな世界での鈴鈴も当て身技を受けて投げられた。ナディアというキャラクターの定番戦術が見事に嵌まった形である。

 遠心力を減衰させないため──そして受け身を取らせないために掴んだ腕は離さず、鬼を背中から床に叩きつける。

 

 

「ぐぅっ」

 

 

 床板を蹴り砕きつつ相手を攻撃した勢いが、そのまま自身の背中に返り、不本意な形で再び床板を穿ち砕く。

 不遜な女子高生の口から思わず短い呻きが漏れた。

 衝撃が背中から背骨へ、内臓と意識を伝って激痛が火花を散らす。

 

 必殺技の発動中が終了したと同時に手を離したナディアは、素早く「⬅️」の矢印を二回連続選択してバックステップ。普通に後ろへ退くよりも長い距離を取る。

 

 ファーストアタックは初見殺しが通用しなかったナディアに軍配が上がったが、あのまま距離を取らないのは危険すぎた。

 ヒロインキャラとはいえ、鈴鈴は近接パワー型である。一発一発のダメージ量が大きいのだ。

 喰らう技によっては、たった一発で逆転されてしまう恐れがある。

 

 

「……縦巻きロールだからと、甘く見ていたな……」

 

 

 己に降りかかった床板の破片をバラバラと落としながら、鈴鈴は緩慢に起き上がる。

 どこまで縦巻きロールに拘っているんだとか、お互い名乗りを上げたんだから名前で呼んでやれよとか、二人の闘いを見守っていたシンシア達は心の中でツッコミを入れてしまう。

 だが口にした本人にふざけた様子はない。

 それどころか、今度は簡単に返し技を食らってくれそうにない雰囲気である。

 

 

「何処かで会っていたかな」

 

「……いいえ、初対面ですわ」

 

「ふむ?」

 

 

 首の骨をコキコキと鳴らしていたヒロインが、唐突に尋ねてきた。

 僅かな(ラグ)を不自然に置いてしまったが、悪役令嬢は嘘でもなければ真実でもない答を返しておく。

 しかし片眉を跳ね上げられるという態度で切り返されてしまった。

 その回答ちには納得できかねる……といった様子が露骨に伝わってくる。

 

 

「初見で『絶禍』を見切られた上に投げ飛ばされたのは初めてだ。

 これが達人の技かと、本来ならば絶賛したいところだが──」

 

 

 違和感があるな、と続く言葉を呟いた。

 

 

「まるで──そう、まるで私の技を()()()()()()()からこそ……知り尽くしていたとしか思えない動きだったが……」

 

「まさか」

 

 

 身体を解し終わったのか、手刀を携え「ゆったり」と構え直す鈴鈴に、ナディアは真実を誤魔化すために笑い飛ばしてみせる。

 ここまでの会話を交わす間に攻撃を打ち込めれば良かったのだが、その隙を与えてはくれなかった。

 話し掛けながら、視線はしっかりとナディアの一挙一動に向けられていたのだ。

 生半可に打ち込めば、今度は自分が手痛いカウンターを喰らわされていたことだろう。

 

 

「予知能力の類いか?

 境界都市には色んな能力を持った奴がいるからな」

 

 

 残念ながら彼女の予想は外れていたが、それを指摘してやるほど親切なナディアではない。

 だが「技を知っている」ことを知られたのは宜しくなかった。

 

 

「(野性的な勘が鋭すぎません?)」

 

 

 数合の打ち合いを経ることで何時(いつ)かは感付かれるものと予想していたが、よもやただの一合で見抜かれるとは想像もしていなかった。

 

 やはり自分のストーリーに直接関わってくるヒロインキャラは厄介な相手だと、脳内で大きく舌を打つ。

 しかし同時にナディアの方も妙な違和感を覚えた。

 最初から答が提示されているのに、それに知覚はしていても認識できぬまま問題を解かされているような──

 

 その違和感が意味(こたえ)を持つ文字列として形を成す前に、鈴鈴が猛然と動く。

 

 突進技ではない。短い間隔のダッシュ(今のナディア的に表現するなら「素早く➡️を二回入力した直後に⬅️を入力する」)で、刻むように間合いを詰めてきたのだ。

 

 視線が絡み合う。

 牽制がくる。

 そう予想した瞬間。

 

 黒いワンピース型のセーラー服が突如として沈む。

 文字通り鬼気迫る女子高生の姿が、ナディアの視界から消えた。

 いや。

 ダッシュの挙動が終了する間際の間髪を入れず、深く、深くしゃがみ込んだのだ。

 目線を欺くフェイント。

 完全に引っ掛かってしまう。

 

 

「(下段攻撃! しゃがみ大キック!)」

 

 

 やはり先程のように当て身投げを簡単には使わせてはくれない。

 一瞬の動揺が反応の遅れを誘発し、矢印(コマンド)の入力にも失敗してしまう。

 

 前世譲りの極限まで微分する思考が判断した通り、鈴鈴はスカートを翻しながら、騎兵槍もかくやという勢いで左下段蹴りを放ってきた。

 判断できて目でも追えていたのに、カウンターどころか下段に対応したガード(しゃがみガード)も間に合わない。

 

 一瞬の間に生まれた差が、この結果を招いてしまった。

 

 蹴りはそのままガードできないナディアの右脛に命中する。幼少期より鍛えてきた身体なので骨にも肉にも損傷を受けることはなかったが、やはり痛いものは痛い。

 駆け昇ってくる激しい痛みで声がくぐもるのも待たずに、鈴鈴は立ち上がりながら左手刀によるアッパーを侯爵令嬢の鳩尾に突き刺してくる。

 

 

「がっ」

 

 

 レバー前入れ立ち大パンチ。

 繰り出され叩き込まれた「基本技」の種類を痛みの中で冷静に見極めるが、ダメージを受けている真っ最中のため身体を動かすことができない。

 

 通常なら二回ヒットする特殊な基本技である。

 しかしナディアは──瑞希はこの先に起こることを再び正確に予想できた。

 一回目の衝撃が醒めやらぬ内、そのまま突き抜けるはずの「二回目」が消え失せる。

 その代わり、いつの間にか引き戻されていた鬼の右腕が、次のモーションに突入しているではないか!

 

 コンパクトに折り畳まれた右腕が、後ろへ、更に後ろへと力強く引き絞られている。

 まるで腕を引き戻す動作だけ映像編集して切り取ったかのような──その動作だけが「キャンセル」されたかのような有り得ぬ挙動。

 

 

「濁星式/絶華(ぜっか)

 

 

 罪科を言い渡す獄吏の如く、

 鬼は振るう刃の名を告げる。

 

 艶ある長い黒髪が大きく波打つ。

 最小の動きで全身の筋肉を最大限にまで引き締めながら、体躯を僅かに屈めたのだ。

 

『絶華』は鈴鈴の対空必殺技である。

 対空技は基本的にジャンプしている相手を迎撃するものだ。しかし相手が地上にいても、至近距離で出すと命中する場合がある。

 そして全ての対空技がそうという訳ではないが、多くは相手からの攻撃を受け付けない「無敵時間」と呼ばれる判定が発生する。これを利用して連続技(コンボ)に組み込まれることも多い。

 

 ゲームが現実(リアル)となった今、無敵時間の扱いがどうなっているのか。無敵時間のある必殺技を持たないナディアに確かめる術はなかったので不明なままだが──それを組み込んだ連続技を喰らう機会は(望んでもいないのに!)得られた。

 

 力を集中していた鬼姫の両脚が、曲げていた膝を解放する。

 

 来る、

 とナディアが感じ取るより速く。

 

 鬼が跳ねた。

 

 連動して引き絞られていた右の手刀が、高射砲の砲弾めいて放たれる。爪が軌道上にある空気を裂断し、空間が断末魔のような轟音を鳴り響かせた。

 

 その軌道線上にあるはナディアの胴体。

 

 常在戦場の精神から、着込んでいるドレスに防御力を高める効果の魔術が付与されている。それでもなお防ぎ切れない痛打がナディアの全身を襲う。

 ドレスがなければ、今の一撃で全身が引き裂かれていただろう。

 

 激痛を伴う運動エネルギーに翻弄されて、ナディアの身体が放物線を描いて吹き飛ばされた。

 朦朧とする意識のなかで、視界の端に表示されている体力ゲージが三割近く減少していったのを確認する。

 

 

「(──ああ、

  羨ましい──)」

 

 

 これまでの修行で受け続けたものと同等の痛みがナディアの脳幹を揺さぶる。全身の神経が覚醒し、ぼやけていた意識は明確な輪郭を取り戻していく。

 しかし痛みに対する言葉は頭に浮かんでこない。

 代わりに組み立てられた文字列の意味するところは「羨望」だった。

 

 今度は自分が床に落下し、背中を強く打ち据えられた。

 自然と漏れる苦悶の声の裏で、頭は嫉妬の声が渦巻いている。

 

 

「(知ってはいましたけどっ!

 対空必殺技を持ってるなんて羨ましいですわ!

 ズルいですわ!

 羨まズルいですわぁッ!!)」

 

 

 たしかにナディアには上段への攻撃を受け止めて投げ飛ばすカウンター技「巨兵墜」がある。

 

 だが飛び道具系必殺技と同じく、派手な対空必殺技に──それを組み込んだコンボの存在に憧れた……恋い焦がれたのだ。

 自分が望んでも手に入らなかった、いくら修行しても身に付かなかった対空必殺技を、この身に叩き込まれた。

 それが悔しくて、羨ましくて、妬ましくて、ズルいと思う。

 

 痛覚を凌駕するほど羨ましい。

 

 ゲーム本編で鈴鈴を目の敵にしていた「本来のナディア」の気持ちが、少しだけ理解できてしまった気がした。

 

 

「ほう、立ち上がるか」

 

 

 倒れた相手がゆっくりと立ち上がる姿を、逆転して眺める側になった鈴鈴は意外そうな声をあげた。

 いくらか腕に覚えのありそうな相手だったが、所詮は貴族の……それも令嬢である。常人であれば再起不能になってもおかしくない攻撃を叩き込んだのだ。

「優しい世界」で育ってきた貴族令嬢サマに耐えられる筈がない。血反吐を吐いて、涙と鼻水を無様に垂れ流して、音を上げて、心が折れて、自分に屈服するだろう。

 

 そう、思っていたのだ。

 

 

「三割しか減ってませんもの」

 

「三割……?」

 

「いえ、何でもございませんわ」

 

 

 ちょっとした失言だったが、通じなかったのならば問題はない。むしろ鈴鈴には「自分の体力ゲージ」が見えていない可能性が高いことを確認できたのは大きいとナディアはポジティブに考え直す。

 

 自分が倒される境界線を視覚化して把握できている、というのは大きなアドバンテージだ。

 それと同時に足枷にもなる。

 体力ゲージやコマンド入力といった「ゲーム要素」に気を取られたまま戦うと、先程のような醜態を晒すことになってしまう。

 

 今こそ骨身に刻んだアーデルハイド流突拳術のリアルな感覚を──母と共に打ち込んできた三刀(みと)流の感覚を思い出せ。

 ナディアは深呼吸に合わせて瞳を閉じる。

 

 一拍。

 

 瞼から静かに解き放たれた瞳には、先程までとは異なる光が宿っていた。

 ナディアが構えを解く。

 全身から必要以上の(ちから)が抜け落ちる。

 直立の自然体。

 その自然さが、この場にあって不自然であることを際立たせた。鈴鈴の警戒レベルが跳ね上がり、対戦相手の僅かな挙動も見逃すまいと注視する。

 

 

ゆるぅっ。

 

 

 敢えて添えるとすれば、そんな音。

 風が立木を縫って吹き抜けるかの如く。

 水が上流から下流へと流れ落ちるかの如く。

 まるで滑るように、ゆっくりのようでいて残像を置くほどに速い、三刀流とアーデルハイド流突拳術の足運びを融合し、ウォンフェイ師匠とアレンジした歩法。

 ゲーム本編では、バランス調整されたバージョンから追加された移動系の技。

 それが「浮葉脚(ウークレッガ)」。

 

 

「ッ!?」

 

 

 油断はしていない。

 警戒もしていた。

 なのにいつの間にか眼前まで迫られていた鈴鈴は一瞬だけ驚きで怯んでしまう。思わず、ほんの少しだけ上半身を引いた隙を──ナディアは見逃さなかった。

 

 軽く握られた右の正拳が腹を打つ。

 

 潜り込むようにして抉り込まれる左肘が胸部へ。

 身体を半回転。

 脱力したまま放たれた右の裏拳が鞭のようにしなり、鬼の顔面を削らんばかりに打ち据える。

 

 ぐらり、と鬼の体が揺れた。

 そればかりか、連続攻撃の予想外な衝撃を支えきれなかった鬼の足が「半歩」ほどの後退を許したではないか。

 

 

「き、さまっ、よくも!」

 

「あら、舌を噛みますわよ?」

 

 

 鬼の悪態に、親切な忠告を投げて寄越す。

 半歩ほど間合いが離れ、ちょっとした会話の間に防御態勢をとられてしまったが、関係なかった。

 消費するとランダムで追加される矢印を、必要なものだけ選択してコマンドを完成させていく。

 ゲーム本来の動きであり、同時に厳しい修行の末に会得した動きがナディアを導いた。

 

 選んだ矢印は全方向。

 

 つまりはレバーを一回転。

 

 ガードを無視して鬼の太い右腕を掴む。

 意識的に引っ張る方向を誘導してやれば、反射的に逆らおうと勝手に筋肉が反応する。その「気」を合わせ「虚」の間隙を突く。

 

 反射的に逆らおうとした筋肉の動きを利用して、腕を捩る。驚愕の表情と共に鈴鈴の体勢がこれまでにないほど乱れて崩れ、片足が無様に浮き上がる。ここで初めてナディアは腕に力を込め、鎖骨を軸に大きな波を描くように一度だけ腕を振るう。

 捕られた腕を軸にして、鬼の両足が今度こそ地面から完全に離れた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 まるで重力を無視したかのような浮遊感が鈴鈴を襲う。不味い、と思ったときには既に手遅れだった。

 

 鬼の腕を掴んだまま、ナディアの全身が右足を軸に半回転する。その動きは、そのまま投げ技のモーションでもあった。

 

 腕から肩にかけて骨と筋肉を激しく捩り上げられつつ、黒衣をまといし鬼の体がナディアの頭上で弧を描く。

 このまま背中から床へ叩きつけられるのかと予想した瞬間、投技者は更なる動きを──軸足から右手の指先にかけて生み出された螺旋の動きを鬼の身体に注ぎ込む。

 腕に端を発する筋肉の軋みが全身へと連動し、硬直する。これでは受身も不可能だ。

 

 それだけではない。

 鬼の肉体が空中に刻んでいた起動が変化した。

 いや、僅かに身体の向きが強制的に歪められたのだ。

 

 視界が二転三転し、打ち付けられる部位が背中ではないと悟る。そしてこの半秒にも満たない投擲旅行は、頭頂部から床に叩き落とされることで強制終了された。

 

 

「アーデルハイド流突拳術──『砕星錘(スリヴァー)』」

 

 

 ふわりとドレスや縦巻きロールを優雅に揺らしつつ、伏したる鬼へと振るった技の名を厳かに告げ返す。

 意趣返しでもあったため、どんな反応を示してくれるのかと思ったのだが──頭からの落下で床板を砕いた女子高生は痛みに呻くばかりで、侯爵令嬢が望んでいたような返答ができる状態ではなさそうであった。

 

 溜め息混じりに肩をすくめると、ナディアはシンシアの方へ顔を向ける。

 

 

「だから舌を噛むと申しましたのにね?」

 

 

 多分そうじゃないです、お嬢様。

 今度はシンシアは溜め息を吐く番だった。

 

 

 

 

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