投げキャラ悪役令嬢は、対空必殺技が使いたい!   作:砂上八湖

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前半、かなり陰鬱で残酷な描写があります。
苦手な人は注意してください。
 
 
 



伊鈴真鈴が死んだ日(前編)

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 伊鈴(いすず)真鈴(まりん)が鬼──旧血鬼(エルダーブラッド)として覚醒したのは小学生の頃であった。

 

 より正確に言えば、北海道への修学旅行で搭乗した飛行機が空中分解を起こした事故の時である。

 事故の原因は、フライトレコーダーに記録された音声やデータから「尾翼が最初に破損し、そこから連鎖的に機体が崩壊した」ものと推測されている。

 

 肝心な「尾翼が破損した理由」については、未だに確定的なものを得られていない。だだ、尾翼の損壊具合から「なにか『重いもの』が尾翼に衝突した」と考えられてはいるのだが──

 

 つまりは「原因不明」であった。

 

 そんな不明瞭なものが、砕け散った飛行機の部品や乗客──教師や同級生達を、三県に跨がる山々へと広範囲に落下させ……叩きつけた。

 

 人の形をした物体の多くは、叩き付けられる前に落下中の急激な気圧変化による窒息で死亡し──

 

 数少ない落下中の生存者は、悲鳴を上げながら地面や樹木に衝突して即死した。

 

 

 恐らく、自分はそこで一度死んでいる。

 

 

 地上に顕現した地獄の光景が瞼裏に蘇る度、そんな推察がセットとなって真鈴の心を無慈悲に優しく撫で回す。

 

 

 夕闇の中で点々と拡がる山火事。その熱気。

 

  折れた樹が燃える臭い。

 

    鼻を曲げる油の臭い。

 

焦げた金属の臭い。

 

  焼け焦げる何かの肉の臭い。

 

     むせ返る土の臭いと澄んだ緑の臭い。

 

   金属とは異なる鉄の臭い、血の、血の臭い。

 

 

 死の臭い。

 

 個人の死の臭い。

 

 大勢が死んだ死の臭い。

 

 

 100を越える「臭い」が一斉に嗅覚を襲い、切り刻むように犯す。

 目を覚ました真鈴が体験した地獄は、まずそうした臭気の暴力だった。

 強烈な感覚の侵略に目を開くと、今度は視覚の暴虐に晒される。

 

 

 枝に突き刺さり、ぶら下がった小さな左足が見覚えのある靴を履いている。

 ──あれは同級生のカンラちゃんが「修学旅行のために買った」のだと自慢していたブランドものの子供靴ではなかったか。

 

 

 地面にめり込むように潰れて飛び散っているのは、去年結婚したばかりの国館先生の内臓だろうか。

 ──辛うじて原型を留めた左手の薬指に誓われた指輪が、炎の光を照り返しオレンジ色に輝いている。

 

 

 濃い朱色と淡い緑色が入り雑じる炎の中で、旅客機の残骸と共に焼かれている子供と(おぼ)しき小さな影は誰であろうか。

 ──3日前に不器用な形ながらも「好きだ」と告白してくれて、この修学旅行中に返事をする筈だったアンジ君でなければ良いのだが。

 

 

 シートベルトが閉められたままの座席が衝突した樹をへし折っていた。スカートとストッキングのデザインからするとキャビンアテンダントだ。

 ──下半身しか座っていないのだが間違いないだろう。

 

 

 呆然と見渡せば、そこかしこに砕けた飛行機の部品が、

 人間の一部が、

 命が宿っていたモノが、

 冒涜された命の尊厳か、

 不幸が、

 理不尽が、

 不条理が、

 滅茶苦茶が、

 不道理が、

 背理が、

 不純が、

 凄惨が、

 不可逆が、

 現実味のない現実として転がっていた。

 

 その全てが無言で、

  パチパチと焼けながら、

   臭いを立ち込めながら、

    煙を出しながら、

     血で周囲を汚しながら、

 

 ただ独り()()()生き残った真鈴を()ていた。

 

 喉が瞬時に潰れるほど上げた真鈴の悲鳴は、しかし「音」になり損ねる。

 

 (まさ)しく地獄。

 それを目の当たりにした子供が発狂しても仕方のない状況である。

 

 しかし真鈴は狂わなかった。

 狂えなかった。

 いや、狂ったのだろう。

 発狂しすぎた意識が一周して、正気に戻ったのかもしれない。

 それを何百回も瞬間的に繰り返したのかもしれない。

 もはや本人にすら、それらを思い返すことも判断することもできないのだ。

 

 ただ、

 嗚咽することはできた。

 

 潰れた喉は声の代わりに消化物と胃液を逆流させ続けていたが、真鈴は自分が吐いていることにも気付かず、絶え間なく喋り続けているつもりだった。

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるしてください。

 

 

 謝罪と懇願の繰り返しだった。

 何故かは自分でも判らない。

 ただただ、その言葉だけが頭に浮かび涙していたのだ。

 

 

 結論として、正気を保ったまま真鈴は救助隊に保護された。

 呆然自失としてはいたが、自我は保たれていた。

 ある意味では、それもまた「狂っている」と呼んでも良かったのかもしれない。

 その後のことを考えたのならば。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 無傷の生存者は「奇跡の子」として扱われかけたが、某所から圧力が掛かり、この事故は「生存者なし」として報道された。

 

 修学旅行中の悲劇。

 

 テレビには被害者の名前が表示され、キャスターやコメンテーター達が哀悼の意を述べていく。

 その哀れまれているリストの中には真鈴の名前もあった。

 その瞬間から真鈴は「社会的な死者」となり、自らの血筋の闇を知ることととなる。

 

 極秘入院させられた真鈴は、どうして自分が世間の目から隔離されたのかを割と早い段階で自分から気が付いた。

 鏡をみれば一目瞭然だったからだ。

 

 

 角が、生えていた。

 

 

 額から、前髪を切り分けるように細身の角が、2本。

 

 

「なんだこれ」

 

 

 ある意味、地獄に身を置かれた時よりも動揺した。

 恐る恐る触って、撫でて、掴んで、引っ張ってみた。

 飾り物ではなく、ちゃんとした身体の一部……確かに自分の体から生えてしまっている突起物だった。

 

 これではまるで、まるで、

 

 

「鬼みたいじゃないか」

 

 

 ちょっと大人向けの(といっても中高生向けのものだが)フィクションに登場する「鬼」の姿が、今の自分だった。

 

 知らないうちに頭を怪我していて、変な状態のまま傷が治ってしまったのだろうか。

 ──もしかして一生このままなのだろうか。

 

 真鈴が真っ先に思い浮かべたのは「事故の影響によるもの」であった。

 だが、それも願望に近い思い違いだったのだと早い段階で判明する。

 

 

 軽く掴んだはずのプラスチック製のコップを「くしゃり」と握りつぶしてしまう。

 

 ベッドから立ち上がろうと手摺を持ったら「くにゃり」と飴のように(ねじ)曲げてしまう。

 

 外出以前に個室から出ることも許されず、苛立ちのあまり壁を「ごつん」と殴ったら穴を開けてしまう。

 

 

 そんなことが続けは、自身に降りかかった異常に気付かない筈がないのだ。

 地獄を前にして正気を保ち続けさせられた真鈴でも、これにはパニックに陥った。

 

 

「本当に、本当に鬼になってしまった」

 

 

 1人だけ、自分独りだけが生き残ったから!

 死んでしまった皆に呪われたに違いない!

 

 それは根拠の薄い思い込みではあったが、2本の角や怪力という目に見えて分かりやすい異常が「薄い根拠」に説得力を持つ厚みを持たせてしまっていた。

 

 

 何故生きている。

 なんで生きてるの。

 どうして貴女だけ生きてるの。

 何故死んでない。

 なんで死んでいない。

 どうして貴方は死んでないの?

 死ねばいいのに。

 死ぬしかない。

 死ぬべきだ。

 死ね。

  死ね。

   死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んで償え。

 

 

 真鈴の中で「呪い」に意思が宿り、1人だけ生き残ったという罪悪感を刺激するように死を囁き始めた。

 

 囁きは合唱となり、

 怨嗟の轟音となる。

 

 幻聴である。

 

 だが真鈴にとっては真実の声だった。

 

 

(そうだ、どうして私は生きているんだ)

 

 

 呼吸も乱れ、激しく発汗し、体も震え、刺すような頭痛に思考がぼやけていく。幻の声に(いざな)われるがままに死を想う。

 ケイちゃんもユノアちゃんもアイさんもヒラタ君もアンジ君もダイスケも他の友達も先生もみんな、みんなグチャグチャになって燃えてしまった!

 なのに私は無傷で!

 ごめんなさい!

 ゆるして!

 ゆるしてください!

 死ぬから!

 私も今すぐ死ぬから!

 

 死ぬから、そんなに私を視ないでッッッ!

 

 意識と無意識の狭間にある両腕が自分の頸を掴む。

 ギリギリと、肉が軋む。

 ギシギシと、骨が軋む。

 気道が絞まる。

 血管が絞まる。

 苦痛と嘔吐感が体内から駆け登ってくるものの、透明感のある安堵と解放感が腕の力を緩めない。

 あと一息、そうすれば脛椎が折れる、楽になれる──その直前。

 

 

「テメエで作った幻に殺されかけるたぁ(なっさ)けねえ」

 

 

 それでも鬼の端くれかよ、と。

 その声が耳に届くか届かないかといったタイミングで、真鈴の身体が横合いから思い切り蹴り上げられた。

 

 込められた凄まじい威力の蹴撃によって、真鈴の身体はサッカーボールのように軽々と宙に舞い上がる。

 小学生とはいえ数十キログラムもある人体である。それを難なく放物線を描くように蹴り飛ばしたのだから、相当な脚力と思われた。

 

 しかし滞空も僅か。

 

 真鈴はガラスやアルミの窓枠を突き破り、外へと放り出される。

 ようやく叶った外出であるが、彼女が望んだのは絶対にこういう形のものではあるまい。

 しかもここは5階である。

 受け身という概念すら知らない女子小学生は、そのまま中庭に──地表に激突した。

 

 芝生や土の上ならばまだしも、よりにもよってベンチの上に。

 

 

「ごびゅえっ」

 

 

 中庭にいて運悪くショッキングな場面に遭遇してしまった看護師達の悲鳴が上がり、真鈴が漏らした女子にあるまじき呻き声を上手い具合に掻き消してくれた。

 

 衝突した部分のベンチは粉々に砕け、補強のための金具も曲がらずに折れていた。折れた箇所の鋭利な輝きが、瞬間的に加わった衝撃の強さを物語っている。

 

 

「おい、起きろよ未熟(モン)

 これで死なねーンだから、頸を折ったぐらいで死ねる(わっきゃ)ねーだろ」

 

 

 落下衝突の先人と比べて優雅に……そして重力を無視するかのようにフワリと着地しながら、真鈴を5階から蹴りと落とした犯人が小馬鹿にした口調で呼び掛けてくる。

 

 木っ端微塵になったペンチだったものを振るい落としつつ、小馬鹿にされた小学生が起き上がった。

 その表情に侮蔑を受けたことへの怒りはない。ひたすら驚愕の形に顔面を固定させ、自分の身体のあちこちに視線を滑らせている。

 

 

「なんで」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 入院時に着せられていた患者服は何ヵ所も大小様々に破れているというのに、体には僅かの掠り傷さえ刻まれていない。

 5階の高さから蹴り落とされて、ベンチに直撃したというのに。

 

 いったい自分はどうなってしまったのか。

 

 驚嘆のあまり顔から血の気が引き、全身が細かく震え始める。

 

 

「簡単な話だ。

 テメエが『人間』じゃあなくなったからだよ」

 

 

 鬼になったのだと、その青年は言う。

 そこで初めて真鈴は青年の姿を視界に収めた。

 

 口調に似て軽薄そうな若者だった。

 歳の頃は20歳前後だろうか。

 鋭く整った顔立ちをしているが、頭髪の左半分を真っ赤に染め、ベルトだらけの白い革ジャンを着込んでいる。

 

 不良だ、と真鈴は見た目で判断した。

 それも都会で活躍(?)している不良だと。

 

 子供を真横から蹴りあげたのだから不良を通り越して暴行や殺人未遂の現行犯なのだが……

 小学生の語彙にカチリと当てはまる言葉はそれしか無かった。

 

 

「何でそんなことが貴方に分かる」

 

「俺も鬼だからだ」

 

 

 当然の疑問に、さも当然と言わんばかりに即答が返る。

 鬼というキーワードに表情筋が歪みそうになるが、自らの額に生えている存在を思い出し──何より無傷な今の状態を再認識して──それでも常識が理解の邪魔をして疑念を顔に浮かべてしまう。

 

 それを見た不良は「まあ仕方(しゃー)ねえか」と苦々しげに笑みを浮かび返した。

 

 瞬間、音もなく青年の額から2本の角が──鋭くて細長い、けれど見る者総てが「折れそうにない」と確信してしまうほどの存在感を持った角が生えてきた。

 

 

「ッ!」

 

「俺とテメエは同族だ。

 っても兄妹ってワケじゃあねえぞ。

 同じ鬼を祖とした遠い親戚って感じだな。

 だからテメエとは直接的な血縁関係ってヤツは()ぇ。

 イケメン兄貴が爆誕しなくて残念だったなァ?

 ともかく、お互い『血族』だが赤の他人だ」

 

 

 まァよく分からんが覚醒遺伝とか言うらしいな、と肝心の説明は雑に省く不良青年。

 

 双方ともに人ではない。

 

 改めて認識させられた真鈴は、段々と自身に振りかかりつつある「面倒事」を肌で感じ始めていた。

 本当は聞きたくない。

 本当は尋ねたくないし、放っておいて欲しいのだが……本能がそうはさせてくれなかった。

 

 

「……何しに来たの?」

 

「テメエを『血族』として迎えに来た」

 

 

 ああ、やはり。

 

 だとすると『血族』を名乗る他人が(蹴りを)見舞いに来たのに、ただの一度も両腕が見舞いに来てくれなかったのも……それが関係しているのだろう。

 

 社会から切り離し、極秘入院させたのも。

 

 いや、そもそも両親には真鈴が生きていることすら教えられていない可能性が高い。

 なにせ公表された死亡者リストに名前が載っているのだから。

 それを成してしまえるだけの影響力が『血族』とやらにはあるのだ。

 

 小学生には──人ならざるモノ初心者な小学生には到底抗えないほどの(ちから)が。

 

 

「──わかった、ついてく」

 

「随分あっさり了承(りょーしょー)すンだな」

 

 

 もっと泣き喚いたり問い質されたりするもんだと思ってたぜ、と拍子抜けした感じで青年は肩をすくめる。

 肩をすくめたいのは自分の方だと心の中で呟きながら、代わりに真鈴はわざとらしく困惑顔を浮かべてみせた。

 

 

「今は常識が大渋滞で交通整理が間に合ってないだけだから」

 

「なんだそれ」

 

 

 比喩が通用しなかった。

 不良な上に馬鹿だ、この人。

 真鈴の「青年に対する印象」が決定的に確立した瞬間であった。

 

 彼女の中のヒエラルキーで割と底辺の位置にランク付けされたなどと露も知らぬ青年は「まあいいや」と浮かんだ疑問を即座に放り捨てた。

 そして子供を五階から蹴り落とした同一の人物とは思えない人懐っこい笑みを浮かべると、ようやく自分の名を口上する。

 

 

「俺は五十夜(いそや)五十里(いがり)ってんだ、ヨロシクな」

 

 

 「五十」「五十」と五月蝿い名前だな。

 意識して自分の名前のことは棚に上げた真鈴は「よろしく」と握手を求めるフリをして、近付いてきた五十夜の脛を思いっきり蹴りつけた。

 

 

 

 社会的に死んでしまった伊鈴真鈴は、この日──『血族』に迎え入れられ、人であることを辞めた日──本当の意味で「伊鈴真鈴という存在の死」を遂げた。

 

 そして少女は鬼としての新たな名を得る。

 

 それは──

 

 

 

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