投げキャラ悪役令嬢は、対空必殺技が使いたい!   作:砂上八湖

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ゲーム本編の主人公とは恋愛フラグが絶対に立たない系のヒロインです。
 
 
 



伊鈴真鈴が死んだ日(後編)

 

 名前を「五十鈴(いすず)鈴鈴(べるりん)」と変えたのは、それまでに対する決別の覚悟と──やはり未練に由来している。

 おおよそ人の名前とは思えない字面は、世間一般……所謂「表社会」に似つかわしくない自身への自嘲と戒めを込めてのものだったし、苗字の読みが以前と同じなのは「本来の自分」が「今の自分」と地続きであることを音として実感したいからだった。

 自分を迎えに来た不良青年の名前が矢鱈と「五十」を主張していたので、自分もそれに倣ってみよう──彼が二回なら自分は三回で──という「アイデアを捻ったら拗れた」系の経緯がなかったわけでもない。

 

 

「はン、まともな人間の名前じゃねえな。ま、俺らは鬼だから良い(いー)けどよ」

 

 

 とは、最初に鈴鈴の改名案を耳にした不良青年こと五十夜(いそや)の言葉である。

 聞けば鬼となった者は「普通の名前」から脱却した(悪い方に言い換えれば「中二病を拗らせたような」)名前に変えることが多いらしい。

 

 そこに捨てた名前の名残を少しだけ──まるで墓標のように持たせることも。

 

 

「ただ、未練は自制にもなる」

 

 

 現代の鬼達が住む隠れ里──ちょっとしたタワーマンションだったのは鈴鈴も驚いたが──の(おさ)は、そうした他者からすると「甘え」とも呼ばれかねない名付けの伝統に意味のある重みを持たせた。

 

 鬼の力は強大だ。

 軽く腕を振るうだけでも人が死ぬほどに。

 だからこそ、かつて自分が身を置いていた世界に未練を僅かにでも遺しておけば、それを壊すことに躊躇いを覚えるだろう。

 結果的に甘えは──未練は自制を促し、過去と共存し、未来を守ることに繋がる。

 

 

「名前は大切にしなさい」

 

 

 マンションのオーナーも務める年若い(少なくとも外見はそう見える)長は、隠れ里(マンション)の玄関を掃除しながら、それを手伝う鈴鈴に優しく微笑みかけたものだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「双子から聞いたよ。五十夜って裏の人達から『中 途(フィフティ・)半 端(フィフティ)』って呼ばれてるんだって?」

 

 

 鈴鈴が一族に迎え入れられ、隠れ里という名のマンションで独り暮らしを始めて五年が過ぎようとしていた。

 

 隠れ里に住む他の鬼達に支えられながらではあるが、旧き血の鬼である「五十鈴鈴鈴」として成長している。

 隠れ里の中に設置された「寺子屋(普通の学校に通えない子供達のために設けられた学習塾的な場所の通称)」で数学の問題集を解いていた鈴鈴は、教師役の五十夜に悪戯っぽく笑いかけた。

 

 文学的な比喩が通じなかった為にバカだバカだと鈴鈴から思われていた五十夜だったが、意外にも理数系男子であり、暇な時に教師役として駆り出されるらしい。

 相変わらず比喩や婉曲した表現は全く通じないので、鈴鈴の中でのヒエラルキーに変動はなかったのだが。

 

 自分が流布したわけでもない「裏での通り名」を知られた(くだん)の理系不良は、片手で広げていた参考書を乱暴に閉じると露骨に顔をしかめて見せた。

 

 

「双子、っつーと鍔鳴(つばめ)鍔輝(つばき)か。

 ……あのロリコン巨女どもめ、余計なことを……」

 

 

 心の底から忌々しそうに歯軋りすると、聴けば世のニヒリスト達も裸足で逃げ出すのではと思える鋭い舌打ちを誰憚ることなく響かせる。

 目の前に名が挙げられた超長身姉妹がいたならば、まず間違いなく「クッソ下らねェ情報(ジョーホー)ォ吹き込みやがって!」と、本気で殴りかかっていたであろう。

 それほどの憎々しさを、遠慮も加減もなく含ませていた。

 

 

「いいか、その名前で俺を呼ぶンじゃねーぞ。

 そン時がどンな状況だろーと、敵なら口にした瞬間に殺してる」

 

 

 そいつを殺したら世界が滅ぶと言われていても殺す絶対殺す、と不良は真顔で鈴鈴に言い聞かせる。

 圧し留めているつもりの殺気が洒落にならない。

 てっきり笑い話のネタ的なものだと思っていた鈴鈴も、これには「ア、ハイ」と真顔で答えるしかなかった。

 

 

「つーか、まだその名前で呼ンでる連中がいるのな」

 

 

 真顔から困惑顔にシフトさせつつ「そーいうのは全部ブッ殺したはずなンだがなあ」と相当に物騒なことを呟いていたが、あえて鈴鈴は無視した。

 

 

「ねえ、五十夜って裏の世界で何してるの?」

 

 

 なので、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。

 今の物騒な呟きで大体把握できた気がしなくもないが、世の中には「念のため」という言葉もある。

 

 参考書を再び開こうとしていた手が止まった。

 一瞬だけ逡巡する気配があり、次いで無邪気に問い掛けてきた少女の顔を見て、それから大きく溜め息を吐く。

 

 

「『何でも屋』だ」

 

「裏の世界で言う『何でも屋』って絶対ロクなもんじゃないでしょ……」

 

 

 望んでいた内容とは少し違うぶっきらぼうな回答に、鈴鈴は頬を膨らませる。

 もっとこう、ドラマチックな……そう、例えば答え方にしても「『掃除屋』だ」や「『回収班』だ」といった感じの、如何にも単語の上に「スイーパー」だとか「アサルトシュラウド」といったルビが振られています的な言い回しをして欲しかったのだ。

 

 

「ロクでもないのは認めるが、さすがにアサルトシュラウドは恥ずかし過ぎンだろ……」

 

「裏の世界っぽくない?」

 

「お前の中の『裏の世界』ってワンダーランド過ぎねェ?」

 

 

 そんなバカな会話を交わした直後、五十夜は急に顔を険しくすると「なんで裏の仕事を聞いてきた?」と固い声で質問し返してきた。

 威圧……とまてまはいかないものの、部屋が無数の薄刃に包まれたような緊張感に満たされる。

 そこに殺気はない。

 

 だが咎めるような警告の気配は感じられる。

 

 

「だって鬼というだけで、私達は『裏の世界』の住人じゃない?」

 

 

 過去に自分が直に味わった「鬼の一族が持つ表世界への影響力」を思えば、表では真っ当なことをいしていないのだろうということは容易に想像できた。

 

 裏の世界で積んだ「(真っ当ではない)実績」が、メディアや政財界に対する大きすぎる「貸し」だったり「握った弱味」を生んだのだろうということも。

 それが強い発言権になっているのだ。

 

 それを維持するために、血族は総出で裏の世界を生きていかなくてはならない。

 女子供も区別なく、命の危険の有無など前提にもならぬ環境下で。

 それは鈴鈴とて例外にはならないはずで、想像するより遥かに(つら)い世界のはずなのである。

 

 

「それに」

 

 

 鈴鈴の瞳に陰の光が混じる。

 

 

「地獄なら体験済みだし」

 

 

 裏の仕事をやるには適任でしょ?

 と、成人にも至っていない少女は闇色に笑ってみせた。

 

 未だ彼女の脳裏から、あの時の炎が、煙が、鮮血が、千切れた肉や剥き出しの骨が、潰れた内臓が、ぶら下がった同級生達が──消えてなくならない。

 なくなってくれない。

 

 伊鈴真鈴は抹消されて、もう何処にも居ないというのに。

 

 目蓋の裏に残る光景が、裏の世界に目的を見出ださせたのかもしれない。そんな推論から仮説を導きだし、五十夜は深く嘆息した。

 

 遅かれ早かれ彼女の指摘したことは事実となるわけだし、内容がどうあれ目的があるのならば到達させてやるのが良いだろうという判断だった。

 

 

「分かった。次からは『濁星式(どくしょうしき)』の訓練も盛り込ンでやるよ」

 

「どくしょうしき?」

 

「血族に伝わる『鬼の戦い方』……まあ要は血族専用の格闘技だな」

 

「なにそれ、世紀末拳法漫画みたい」

 

「おう、せいぜいモヒカン共を相手に無双しろや」

 

 

 この時、鈴鈴は少しだけはしゃいでいた。

 

 鬼としての自分の存在意義に疑問と不安を感じ始めていたタイミングで、裏の世界に目的を求め、手段を得られたからかもしれない。

 

 あるいは目的ではなく「意味」を見出だしたからかもしれない。

 

 しかし彼女に濃く淀み流れる「旧き血」は、そんな小さな意味を嘲笑う。

 

 絶望とは無邪気に理不尽だからこそ、運命としてその鎌を振るうのだと──

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 更に歳月が過ぎた。

 

 本州は西の果てで大事件が起きたらしいが、鈴鈴は日々の勉強や訓練でそれどころではなかった。

 

 大変だったから、というより単純に楽しかったからだ。

 

 血が濃いとは言われてはいたものの、元から秘めていた才能が正しく芽生えた結果なのだろう。

 五十夜主導による鬼の(からだ)としての肉体操作や格闘術の訓練は順調であった。

 むしろ想定されていたより、身体に馴染ませるのが早いほどだ。

 

 

「先生が超☆優秀だから」

 

 

 鈴鈴はことある(ごと)に(半分はからかいも込めて)そう主張したものだが、当の教師役の不良青年は「うるせえ黙れ『☆』を『キラッ』とかポーズ付きで発音すンなブチ殺すぞ」とドスの効いた声と併せて睨むばかりであった。

 

 照れ隠しと呼ぶには(いささ)か殺気がキツ過ぎるので、鈴鈴としては「早くデレ期が来ないものか」と嘆息するばかりである。

 

 そんな頃──不良青年が鈴鈴の前に姿を現さなくなった。

 

 しばらく裏の仕事で忙しくなるとは聞いてはいたが、半年も消息を絶つとは想像していなかった。

 鈴鈴相手に限った無反応ではなく、血族の誰にも──ばかりか『仕事』に関係する人間にすら連絡が無かったのだ。

 これは明らかに異常であった。

 

 

(まさか誰かに殺されてしまったのでは)

 

 

 ふと、そんな恐ろしくも最悪な想像をしてしまい、幼い頃に体験した「地獄」がフラッシュバックしかけることもあった。

 完全にトラウマが呼び起こされなかったのは、血族の大人達の様子が何処か冷静だったのに気付いたからだろうか。

 なにか彼等には心当たりがある。

 そう読み取れる後ろめたそうな反応。

 それは一抹の不安でもあったが、一縷(いちる)の希望でもあった。

 

 そこで初めて鈴鈴は、自分の中で「五十夜という存在」が大きく暖かいものとして居座っていたことを自覚する。

 

 明瞭に「恋」と呼ぶには少し輪郭も中身も違うような蒙昧で模糊とした感情だったが、彼の無事を心の底から願うのに足りる強固な意志だった。

 

 

(お願い、どうか無事で……!)

 

 

 果たして神が彼女の祈りを聞き届けたのか、それとも神が聞き漏らしたそれを悪魔が拾い(もてあそ)んだのか。

 

 とにかく五十夜は生還した。

 

 

 人の姿と鬼の姿が混在する歪んだ姿な上に意識不明という、彼女が望んだ「無事」という願いから遠く離れた状態で。

 

 

 心電図が心臓の動きを、呼吸器が肺臓の動きを検知して、辛うじて「生きている」ことが判る──そんな有様だった。

 

 

「な、んで。なんでっ。いそ、やっ、五十夜ぁっ!」

 

 

 マンション内に設置された簡易病棟の一室で彼の姿を見た途端、涙が溢れ、感情が爆発し、喉が勝手に嗚咽と悲鳴を上げ、身体は彼にすがり付こうと駆け出した。

 

 だが大人数人懸かりで阻まれてしまう。

 

 鈴鈴は額から二本の角を生やしながら抵抗するが、さすがに鍛えた鬼達による肉の拘束具と牢獄は突破できない。

 だから「なんでッ、なんでよッ!?」と泣き叫ぶことしかできない。

 

 周囲の大人達は答えない。

 鬼よりも異形と成り果てた五十夜も応えない。

 医療機器の電子音と、少女の怒気を孕み熱を帯びた荒い呼吸音だけが病室に響く。

 

 無言の代わりに、大人達は痛ましげな視線を少女に注いだ。

 憐憫と、同情。

 彼等も二人の絶妙なバランスで成り立っていた関係を知らぬわけではないのだ。

 

 

「貴方の血は濃いのです」

 

 

 (おさ)の声が、静かに低く若鬼の耳に届く。

 その血の濃さが、彼に更なる悪影響を与えてしまうかもしれない。

 続く長の言葉に、鈴鈴は耳を疑った。

 

 

「私のせい……ッ!?」

 

「違います」

 

 

 後悔と内なる怒りと我が身への呪いが縫い込まれた、少女がどうにか絞り出した音の断片。

 それを即座に長は否定する。

 

 

「これは我々『鬼』に課せられた宿命なのです」

 

 

 人の身から鬼へと変貌させる旧き血は、その(ちから)を振るえば振るうほど肉体を少しずつ蝕むのだという。

 それを無理に抑え込もうとすれば精神(こころ)が壊れる。

 (いず)れにせよ鬼の血は諸刃の剣なのだ。

 

 だからこそ血族は「鬼の力」以外による「迫害や排斥に対抗する手段」の必要性に迫られ、そうして到達したのが裏社会での地位獲得であり、そこから派生する表社会への影響力だったのだ。

 

 長い年月と同胞の多大な犠牲の上に成った、血族の平穏。

 

 それを維持するために「鬼の力」を振るい続けなくてはならないのだが──

 

 

「彼の…五十夜君の力の使い方は、皆の見本となるほど適切なものでした。

 このままであれば、血が身体を蝕むのは何十年も先だろうと考えられてきたのです」

 

 

 つまり。

 裏に仕事中に、鬼の血が一気に肉体を侵蝕するほど「鬼の力」を振るった──ということになる。

 

それほどのことがあったのだ。

 

 

「今はこの状態で安定しています。どうにか生きています。

 ですが五十鈴さん、貴方の血は血族が紡いできた歴史の中でも類を見ぬほどに『濃い』。

 健常な状態の時であるならともかくも、今のギリギリの状態で近付きすぎた時、彼の中の血が一体どんな反応をするのか──全く予想がつかないのです」

 

 

 だからこれ以上は、と。長は首を横に振る。

 

 それを聴いた鈴鈴は膝から崩れ落ちた。

 目の焦点が合わない。

 意識が朦朧とする。

 

 

 近寄れない?

 

   せっかく私の元に帰ってきたのに?

 

 触れない?

 

   すぐ傍で寝ているのに?

 

   まだ教えて貰っていない濁星式の技がある。

 

  まだ数学で(わか)らないところがある。

 

 まだ裏の仕事についてだって詳しく聞けていない。

 

  まだデレ期に突入させてない。

 

   やっと気付いたこの想いを、

    まだ言葉にすらしていないいない。

 

   まだ、なにも。

 

  なにも。

 

 彼に。

 

 

「誰だ」

 

「はい?」

 

「誰が五十夜をここまで追い詰メタ?」

 

 

 殺してやる。

 

 コロシテヤル。

 

 突如少女から吹き出した威圧は、明確に殺意を表明する。

 まるで気配が声を発したかのような。

 殺気が流動的な物質となって、瞬時に部屋を満たしたかのような。

 

 鈴鈴を抑え込んでいた大人達も、気圧されて思わず手を離し、その根源から距離をとる。

 驚いたからとか、そういうレベルの話ではない。

 

 純粋に恐れたのだ。

 

 あの殺気をチラリとでも自分に向けられたら、それだけで細切れにされて殺される…そんな具体的なイメージを思い浮かべてしまったからだ。

 

 

「……判らないのです」

 

 

 ただ一人だけその場から動かなかった鬼の長が、怒れる荒鬼の問いに答えた。

 中身は無いに等しい返答だったが、それでも求められていた答えのひとつには違いない。

 

 少女の殺意が僅かにブレた。

 すかさず長が説明を挿し込む。

 

 

「関門海峡に出現した異界の都市については知っていると思いますが……

 彼は──間接的にではあるものの──それについての調査をお願いしていました。

 なにせ『異界』です。

 鬼である我々と、どう関係してくるか判りませんから事前の調査が必要でした」

 

 

 歳若い少女の身から立ち昇る剣呑な気配が、長を緩慢に取り囲む。

 冷静に対応している様に見える長だったが、その顔や服の下は冷や汗に包まれていた。

 

 

「間接的な、簡単な事前調査の筈でした。

 ですが何らかの要因で何かの虎の尾を踏んでしまったのか……薮蛇をつついてしまったのか──正体不明の誰かと戦闘状態に入ったようです」

 

 

 勝負の結果は不明だが、生きているからには決定的な敗北というわけではないのだろう。

 だが結論としては血の侵蝕による昏睡を招いている。

 そして未だ対戦相手の詳細が不明なことから、十全に勝利したというわけでもなさそうだ。

 

 鈴鈴の知る限り五十夜は弱くない。

 中国武術を極めた達人だろうと、経験豊富なヘビー級のボクサーが相手だろうと、鎧袖一触で秒殺できる実力は持っている。

 

 それが一気に身体を蝕むほど鬼の力を引き出さなければ、勝敗不明にも持ち込めない相手とは。

 

 翻って我が身を観る。

 殺意は十分。

 だが実力が伴わない。

 彼より弱い自分が、感情に任せて殴り込んでも勝てるわけがない。

 

 皮肉なことに、誰よりも濃い鬼の血が鈴鈴の判断力を正常値に戻してくれていた。

 

 

「わかった」

 

「五十鈴さん……」

 

「私は行く。五十夜が調べていたという街に。

 だけど私には力が足りない。

 だから」

 

 

 だから。

 

 もっと鍛えて。

 強くなって。

 五十夜が戦った相手を探し出して。

 

 そして、そして──

 

 

(この血族を縛る呪われた『鬼の血』を消し去る方法を必ず見付けてみせる。

 そうすれば五十夜を元に戻る──!)

 

 自身も鬼の血に飲まれて肉体か、あるいは心が変質して壊れるかもしれない。

 だがやるしかない。

 

 気付いた暖かい想いも、生まれた真っ黒な衝動も、どうしても掴みたい未来も。

 いまここで始めなければ、慚愧に包まれながら放漫に歳を重ねていくだけだ。

 

 そんなのは絶対に嫌だ。

 

 やらなければならない。

 そのために忌まわしい血が自らを蝕もうと、最終的に血族全体を「鬼の血」から解放できればそれで良い。

 自分だけが「伊鈴真鈴」に戻れたところで意味はないのだ。

 

 だから鈴鈴は、三度(みたび)「伊鈴真鈴」に死を与える決意をする。

 少なくとも五十夜だけは絶対に助けてみせる。

 

 

(その方法の──可能性があるとしたら、五十夜が調べていた異界の都市、か。

 もしかしたら五十夜と戦った奴も其処に……!)

 

 

 強くならなければ。

 全てに勝たなければ。

 

 血が流れ出るほど固く拳に決意をのせて握り込み、鈴鈴は五十夜が眠る病室を後にした。

 

 その時の表情は正に鬼の形相だったが、どこか泣きそうにも見えたと、その場にいた大人の一人は後に回想している。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 鬼としての戦闘方法……濁星式を本格的に修行し、一七歳となった鈴鈴は、いまや血族の誰よりも強くなっていた。

 

 どこか誰かにすがるような口調も改め、髪を綺麗に切り揃えた眼光鋭いその姿は、凛々しくも雄々しい戦士に映る。

 

 鈴鈴は長の了解を得て、ついに満を持して境界都市へと旅立つこととなった。

 

 未だに五十夜の意識も肉体も戻らない。

 境界都市に向かう前夜、彼女は五十夜の元を訪れた。

 決意と誓いを改めて己の魂に刻み込むためだ。

 ただ、この先は困難を極める。

 挫けそうになるかもしれない。

 いや、そうなってしまうだろう。

 

 その時に再び奮い立つためのモチベーションとして、決意と誓いを「形」にしてみたのだ。それを五十夜に御披露目するのが目的だった。

 

 

「本当はウェディングドレスが理想の形だが、婚前に着ると婚期を逃がすとも云うし……それに、なんだか如何にも『重い女』と思われるのも嫌だしな」

 

 

 くるり、と。

 

 医療機器の電子音が静かに響く舞踏会場で、鬼の姫が回り舞う。

 

 ふわり、と。

 

 ワンピース風にデザインされた()()の高校制服が舞いに合わせ浮かんで広がる。

 

 

「どうだ。ウェディングドレスの代わりに、ピチピチのJK姿を拝ませてやろう」

 

 

 感想は、ない。

 

 舞が止む。

 

 回転をやめたスカートが重力に従った。

 

 

「──絶対に感想を……似合ってると言わせてみせるからな」

 

 

 覚悟しておけよ、と言い残し。

 眠る彼の唇に自らのを重ねようとして──止まる。

 堅く眼を瞑り、数瞬だけ身体を震わせると、眠る王子からそっと身を引いた。

 

 行ってくる。

 

 唇の動きだけでそう伝えると、五十鈴鈴鈴は病室を後にした。

 決意を固めた、あの日と同じように拳を握り込みながら。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうやって情報を集めたものか」

 

 

 血族が用意した空港へと向かう送迎車の中で、鈴鈴は腕を組む。

 境界都市に関する資料は一通り目を通したが、二重行政という歪な場所で官権は頼りになりそうにない。

 

 ではどうするか。

 

 

「辺境監督官、か」

 

 

 辺境伯を監督できる立場と権力なら、異世界の技術を──血を浄化する魔術や道具などの情報を集めやすいのではないか。

 

 

「まずはそこから攻めてみるか?」

 

 

 案外、実力を示せば監督官の地位を譲ってくれるかもしれんな。

 そんな冗談を頭に思い浮かべながら。

 

 鈴鈴は『運命』が待つ境界都市へと身を投げ入れたのだった。

 

 

 

 

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