「まるでタイムマシンね」
しわしわの顔をしたアンナはアルバムをめくる。
白黒のカラーだった写真が、左から右へめくるたびにセピアへ。そしてカラーへと変化していく。
最初は家族写真だったモノが、2人の男女の写真へ。そして最後には1人へとなった。
アルバムをめくって、その写真を見た瞬間に、その一瞬。時間と時間の僅かな裂け目を縫うように、瞬きの様な刹那。自分の精神が過去へと飛んでいく瞬間がある。
それは確かに。そのアルバムは確かにタイムマシンだった。
それと同時に、即座に現実へと戻され”それ”が過去であり、もう戻れないのだと気付かされる残酷なタイムマシンでもあった。
小さな庭のある家。周りには家は無い。静寂の庭。そこで静かに椅子を揺らしながらアルバムを読むのが、アンナの日課だった。
彼女の体にはチューブが繋がっている。
アンナが家にいるのは、医者の良心から来るものだった。
「もう私達の時代は終わってしまったわ」
アンナは少なくとも、その時代の中ではせいいっぱい生きた。
人生はそれなりに厳しく、他人から傷つけられる事は避けられなかった。
彼女は深く傷ついたし、そのたびに打ちのめされた。
でも、3日経つと何事も無いように毎日を生きていた。彼女は打ちのめされてはいたが誰よりもタフだった。
だが、そんな彼女のしてきた努力も、こころの内面も。誰も知らない。
「最初に出会った時の事を覚えてる?」
覚えてるよ。
夕日がさす大学の図書館で、君のシルエットが逆光で光りながら、君は怒りの葡萄を読んでいたんだ。
それから運命に惹かれるようにお互いの好きな作家を語りながら、午後にキューブリックの博士の異常な愛情を一緒に見た。
最後のエンディングにあっけにとられた君が「こんな風に世界は終わってしまうのかしらねぇ」と言って怖がったから、メリー・ポピンズをはしごしてあげたっけな。
あれが50年も前で。
私達夫婦はそれなりに幸せだった。
でも、最後には私は白痴になり、僕は君に迷惑をかけた。
テーブルをひっくり返した。スーパーで大声を出した。近所の人に噂を立てた。
その時に君は泣いていた。
あれほどまでに平和を保っていた夫婦だったのに、最後はこんな事になってしまうなんて。
「私ね」
アンナが言葉を口にする
「色々あったけれど、後悔はしてない。やるだけの事はやりきったから。人生は”やりきれるかどうか”だと思っていたから」
「最後はこうなってしまったけれど、私もあなたもやりきったのだから、それでいいでしょう?」
「ねぇあなた」
「この世界は素敵だったわね」
「そうだな」
庭には静寂があった。霧に包まれた緑と、ささやかな鳥のさえずり。それ以外には何もなかった。
ただ、彼と彼女が生きていたという記憶を刻む家だけが、最後には残った。