「さっさとくたばれ! クソ親父ぃー!!」
「誰に向かって言ってやがんだ? 父上だろうが……! バカ息子!!」
とある国のとある島。1人の男と1人の女の金棒が、言い合いと共に交じり合う。
「おでん名乗るってんなら、親子喧嘩じゃすまされねぇぞヤマト」
「憧れは罪か?! 僕もおでんの様に海に出るんだ!!」
「物書きなんぞに絆されおって!」
「ナツメを! 悪く言うな!!」
ワノ国、鬼ヶ島。カイドウとヤマトの金棒が再び交じり合う。
これは、いずれ来たる約束までの、自身の父にケリをつける1人の女の受難を記した物語。
僕が初めてナツメに出会ったのは、僕が8歳、ナツメが15歳の頃だった。
「覇王色か……有望だな。だが、おでんを名乗るなら死ね」
「えー?!!」
あの日、岩屋に1ヶ月も入る事となる言葉がこれだった。これが我が子に言うことか? この頃から変わらず、父はいつだって僕を殺す気だった。
岩屋に入れられ、ヤツは出ていく前にこう言った。
「俺の戦力になるなら出してやる。天井の空気穴に叫べ。それとここに飯も運ばせよう。1人分だけな……」
1人分。これが僕1人なら問題無かっただろう。だけどここには、僕が入れられるずっと前から、凶悪な侍達が収監されていると聞いていた。空気穴に叫べと言うのも、僕だけでなく彼らにも向けられた言葉なのだろう。
更にそれだけにとどまらず、父は数本の刀を置いていく。
「お父さん!! 僕はカイドウの息子だよ?! 恨まれてるに決まってる!!」
「……お前は、おでんだろう?」
それだけ言い残し、父は岩屋を出ていった。3人の侍に、1人分の食事、そして数本の刀。こんなものは殺しあって飯を奪い合えと言っている様なものだ。それに恐らく、侍達はもう何日も食事をとっていない。
僕はおでんだけど、そのおでんを殺したカイドウの息子だ。侍達に嫌われている事など当時の僕でも容易に想像出来た。
そんな中、侍達が立ち上がり、各々刀を手にする。1人の侍がこっちに向かい歩いて来る。やっぱり殺されると目をつぶっていると、カタンと何かが目の前に置かれた気がした。
「食べなさい」
「……え?」
目を開けると、そこにはお盆の上に乗った食事があった。
「侍は腹など減らぬものだ」
心底凄いと思った、心底かっこいいと思った。みっともないかもしれないけど、お腹ならして、涙も鼻水もたらしながらご飯をかき込んだ。あの時の味は今でも忘れていない。
「僕も、お腹がすいても……お侍さんになれますか……?」
そんな事を質問すると、侍は先程手にした刀で僕に繋がれた鎖を切ると、面白そうに笑う。
「おぬしは光月おでんであろう? 聞いていた、拙者達もあの男が大好きでござる」
「お侍さん名前は?」
「負けた侍の名か……。そうだな、
そう言いながら、侍、某さんは自身の頭に巻いてある包帯をさすった。
おでんの友達ならばと思い、僕は1冊の本を取り出す。
「この日誌が読みたいんだけど、難しい字が多いんです」
「おでんの航海日誌……?!!」
おでんの航海日誌と書かれたボロボロの本を見て、某さん以外の侍達も驚き、どこか興味を示しているようだった。そんな時、外、正確には天井の方から声がした。
「随分と面白そうなものを持っている」
そんな声と共に、天井に人1人が通れる程の穴が空き、そこから1人の少年が飛び降りてくる。
少し癖のある黒い髪に、少し気だるげな切れ長の黒い瞳。あの頃から変わらず大人びていたが、それでも今と比べるとやはり幼い彼の姿。開かれた手帳とガラスペンを持ったナツメが立っていた。
「なに、私は怪しい者ではない。そう警戒なさるな」
突如現れたナツメに、侍達は刀に手を添え、警戒の色を示す。いきなり天井から現れて警戒するなと言うのも無理な話だろう。
「私はナツメ。世界を渡り歩く作家だ。まだ駆け出しだが、直ぐにでも有名になる予定だ。そうだな、キミ達の警戒を解くためにもまずは私の事から話そうか」
ナツメは少々長い話になると言うと、その場に座り、自身の過去を語り始めた。
「まず私の故郷だが、
ナツメは僕の持つおでん航海日誌を指さしながら言う。そんな彼の言葉に、僕は首を傾げた。
「いーすとぶるー……?」
「ああ、東の海と書いてイーストブルー。読んで字のごとく4つに区分されるうちの東側に位置する海だ」
ただの故郷の話なのに、僕には知らない言葉ばかり。自身の手帳に書きながら説明してくれるナツメの、たった少しの言葉に、僕はこの頃から既に胸踊らされていた。
「そんなローグタウンで2年前、海賊王ゴール・D・ロジャーの処刑が行われた。故郷ということもあり私もこの目で見た。そんな中、彼は死に際にこう言い放ったのさ」
──俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる! 探せ! この世の全てをそこにおいてきた!
「それはもう震えたさ。直ぐに海へと飛び出した。彼が見てきた世界はさぞかし面白いものだったのだろう。彼の残した時代を、彼が作り出した時代を見てみたいと思った。記したいと思った。物書きの性だな。私も海賊王の残した大海賊時代の一員ということだ」
「それで? おぬしは何故ここに?」
ナツメの話に、侍は質問する。ナツメの話し方や雰囲気に、この時にはもう侍達の警戒は薄れていた。
「おや? せっかちなお侍さんだ。冒険の話はこれからだと言うのに。まぁ、いい。それを話すには少々時間がかかりすぎる」
冒険の話を密かに期待していた僕は少しがっかりした。そんな僕の様子に気づいたのか、ナツメは僕の頭を撫でながら、侍達の質問に答えていく。
「先程キミ達の話にも出ていた光月おでん。彼が海賊王の船に一時的に乗っていたという情報を手にしてね。何かないかとこの国に来たところ、おでんの航海日誌という言葉が聞こえたものでね。作家としてそんな物を見過ごす訳にはいかない」
「つまり、おぬしはおでんの航海日誌を読んでみたいと」
「ああ。他にも彼の話を聞けると幸いだな」
「クッ、ハッハッハ! ……面白い男だ! その為にわざわざこんな危険な場所に足を踏み入れるとは。気に入った! 拙者達が知っている事ならいくらでも話そう!」
「ほう。それはありがたい」
今考えると、なんでナツメは父に見つからなかったのか分からないけど、こうして僕達はナツメにおでんの話や航海日誌を見せる代わりに、冒険の話や外の世界の話、僕は難しい字の読み書きなんかを教わった。
あれから10日以上が経った。ナツメは給仕のタイミングや頃合を見て、1日に1度、自身の空けた穴を使い、不思議な力で穴を塞ぎ外に出ていく。ナツメが何度か食料をこっそり持って来てくれるから、飢えは多少和らいだけど、やはり岩屋での生活は相当体力を消費する。
そのせいもあってか、この日はなんだか眠くてナツメが来る前に寝てしまっていた。
目が覚めた時には、ナツメは岩屋に来ていて、侍達と話をしていた。
「おや? おはようヤマト」
「おお、ヤマト、起きたか。もう既にナツメは来ているぞ」
「……うん」
僕は目を擦りながら、寝ぼけ眼でナツメの傍へと座る。
「ヤマトは本当にナツメに懐いておるな」
「それにしてもカイドウ、おぬしの父は本当に我が子を死なせる気なのか……」
「これではおでんの言う20年後の戦いを見届けられんな……」
「その時は、僕もワノ国と一緒になって戦うよ……。ナツメと一緒に海へ出て、もっともっと強くなるんだ……!」
「おや、いつの間に私の船に乗ることになったのかな?」
そんな様子を見て、侍達は笑いながら立ち上がる。そして真剣な顔つきでナツメにこう告げる。
「ナツメ、ヤマトの事は任せておぬしは先に行け。拙者達はおぬしの夢が叶う事を願っておる」
「……ああ。キミ達が生きた証はしっかりと私が記しておこう。短い間だったが、なかなかに有意義な時間だった」
「後の有望な作家に記してもらえるとは、そいつはありがたい」
ナツメは手帳をパタリと閉じる。きっとナツメにはこの後彼らがどうなるのか分かっていたのだろう。
行かないでとナツメの服を引っ張った僕に、ナツメはまた来るさと頭を撫でる。ナツメが岩屋を出ていった後、侍達は刀を手に取る。
「ヤマト、おぬしの先の言葉、とても心強い。……20年は拙者達にはちと待てぬ年月ゆえ、おぬし達をここで死なさぬ事で、未来の戦に参戦いたそう!」
侍達はそう言うと、岩屋の入口を塞ぐ大きな岩に斬りかかっていく。天の岩戸が破られたという報告が父の耳に届いたのは、それから間もなくした頃だった。
昔の事を思い出して、ふとナツメに撫でられた時の感覚を思い出す。あの感覚が心地良くて好きだった。ナツメがこの国に来なくなってから、もう10年以上も経っている。
「ナツメ、はやくキミに会いたいよ」
モジモジの実の能力の補足です。
具現化できる対象は、1単語で表せる、固有名詞と生物を除く、利用者の質量以下の物質、現象とします。