ポートガス・D・エースを巡る戦争の最中、戦場のど真ん中に1隻の軍艦が落ちてくる。
数多くの視線を集める中、軍艦と共に落ちて来た男達の内、1人の少年が処刑台へと手を振る。
「エースー!! ……やっと会えたぁ!!」
「ルフィ!!」
落ちて来た軍艦の上には、ルフィを初めとしたインペルダウンの脱獄囚達が立っている。
「ガープ! また貴様の家族だぞ!!」
「ルフィー!!!」
「ふふふ。相変わらずキミの孫は面白いな」
その姿を見て、センゴクは叫び、ガープは頭を抱え、ナツメは面白そうに笑う。それもそのはずだ。インペルダウンの脱獄囚の中には、元王下七武海サー・クロコダイル、王下七武海海侠のジンベエ、革命軍エンポリオ・イワンコフを初めとした過去に名を馳せた海賊達を引き連れているのだから。
しかし、彼らの目的が同じわけでは無い。それぞれが戦場で自身の目的を果たそうとする中、エース奪還を目的とするルフィは無鉄砲に進軍して行く。
「お前を捕まえねぇと、天竜人がうるさくてねぇ〜」
「さぁ、ゾンビ兵! 麦わらを確保して来い!」
一般海兵だけでなく、黄猿とモリアがルフィの退路を塞ぐが、ルフィをサポートする様にイワンコフとジンベエが対処する。
「来るな! ルフィー!!」
突然として現れ、自身を助け出す為に無茶をする弟を見て、エースは叫ぶ。
「分かってるはずだぞ! 俺もお前も海賊だ! 思うままの海へ進んだはずだ!! 俺には俺の冒険がある! 俺には俺の仲間がいる!! お前に立ち入られる筋合いはねぇ!!」
本当はこんな事言いたくは無い。
「お前みたいな弱虫が俺を助けに来るなんて、それを俺が許すとでも思ってんのか?!! こんな屈辱はねぇ!!」
ただこう言うしかないのだ。
「帰れよルフィ!! 何故来たんだ!!!」
これは自身の失態で、大切な兄弟を道連れにしたくないから。
しかしそれは単なるエースのエゴだ。
「俺は……弟だ!!!」
「──!!」
ルフィにだって譲れないエゴがある。
「海賊のルールなんて俺は知らねぇ!!」
「分からず屋が……」
「なんとでも好きに言え! 俺は死んでも助けるぞ!! エースー!!!」
既に傷だらけになりながらも歩みを止めない自身の弟の姿に、エースは目を閉じ、頭を処刑台につける。脳内に流れるのは、弟の、仲間の、家族の言葉。
決意が固まり、ゆっくりと目を開け、頭を上げる。
「……もうどんな未来も受け入れる。差し伸べられた手は掴む。俺を裁く白刃も受け入れる……。もうジタバタしねぇ、みんなに悪い」
まるで目に焼き付けるように戦場を見るエースは、ナツメの方を向く。
「ナツメ。頼みがある」
「……なんだい?」
「仲間達に、ルフィに伝えたい事がある。ここから助かる確証もねぇ。もしもの時はアンタの口から皆に伝えて欲しい。俺はアンタなら信頼出来る。オヤジが、ヤマトが、そして俺自身が認めたアンタなら」
「その願いは聞けないな」
真剣な眼差しで自身の事を見つめるエースの願いを、ナツメはバッサリと切り捨てる。
「その言葉は自分の口で伝えたまえ」
暗に助かれと言うナツメに、センゴクは文句の1つでも言いたい所だが諦める。変わりに、ゆっくりと歩き出すナツメに軽いお小言を1つ。
「ようやく戦う気になったか」
「なに、元いた場所に返してやるだけだ。脱獄囚なら幾分かましだ」
「貴様がどう思おうが勝手だが、下手な真似だけはするなよ。貴様が王下七武海である理由を忘れるな」
「ふふ。センゴク、同じ言葉でもキミの言葉は私を思う感情がある。嫌いではないよ」
ナツメはそれだけ言うと処刑台を後にし、戦場へと再び向かう。
「なるほど。海賊女帝、キミが言うあの方とは麦わらの事だったか。私が言えた事ではないがやりすぎない事だ」
ルフィを庇うようにスモーカーと対峙するハンコックとの間を、手帳を開いたナツメは特に干渉する事なく通り抜ける。
「すまないね……カマバッカ王国の女王よ。彼の恨みなら後でいくらでも受けよう」
イワンコフが対峙するのは、聖書の様な本を持ち、まるでくまの様な見た目をした別人。その隣に立つドフラミンゴから告げられた真実を前に、ナツメはその間を通り抜ける。
そこらの有象無象では、彼に適うはずが無く、強者は彼の力量を知っているが故に下手に手出しはしない。そもそもナツメから戦う意思はない。
時たま海賊達をあしらいながらも、特に戦闘に干渉する訳でもなく戦場を渡り歩くナツメの姿は、優雅とさえ思えた。
そんなナツメの前に、突如として巨大な砂嵐が巻き起こる。それを起こした正体は、脱獄囚の1人、クロコダイルであった。そんなクロコダイルとその右腕であるMr.1は、脱獄囚でありながら何故か処刑台では無くモビーディック号の方へ向かい、白ひげ海賊団と戦闘している。
「……てめぇ、文豪。何しに来た。俺を捕まえるか?」
「いや、私にその気はない。キミはいてくれた方が面白そうだ。まぁ、インペルダウンに逆戻りも、また運命だがね」
ナツメはそう言うと、砂嵐の方に向かい歩いていく。
「これ、少し使わせて貰うよ」
「あ?」
クロコダイルが首を傾げた次の瞬間、ナツメの姿はそこにはなく、自ら砂嵐の中へと飲まれて行った。
砂嵐の中から、綺麗に一刀両断された氷壁が落ちるのが見える。最近は落ち着いて来たと思っていたが、やはり強者を前に戦闘狂な所は変わらないらしい。ナツメは旧友の顔を思い浮かべ、密かに笑った。
シャボンディ諸島へと繋がれた電伝虫が意図的に切られ、包囲網を敷くように海賊船の裏側から現れたパシフィスタ達が暴れ回る中、モビーディック号の船頭の上に立つ白ひげの元に、彼の傘下である大渦蜘蛛海賊団の船長、『大渦蜘蛛』スクアードが姿を見せる。
「スクアード! 無事だったか。さっきてめぇに連絡を──」
「ああ、すいません。おやっさん! 後方傘下の海賊団はえらいやられ様だ……!」
「持てる戦力は全てぶつけて来る……! 後ろから追われるんなら望む所だ。俺も出る! こっちも一気に攻め込む他ねぇ!!」
「そうですね。俺達も全員あんたにゃ恩がある。白ひげ海賊団の為なら命もいらねぇ」
現状を伝えたスクアードは、白ひげの意思に同意する様に自身の手に持つ大剣を鞘から抜く。
そして次の瞬間、仲間のはずのスクアードの刃が白ひげを突き刺した。
一瞬何が起きたか分からなかった。少しの膠着の後、白ひげの名を叫ぶ息子達の声が響き渡る。
「オヤジィー!!!」
シャボンディ諸島でも、未だ切られていない3つの内の1つのモニターから流れる映像に、悲鳴があがる。
「スクアードォ!!」
自身の親を刺したスクアードを、戦場からいち早く飛んで来たマルコが押さえ付ける。
「……何故お前がこんな事を!!」
「うるせぇ! こうさせたのはお前らじゃねぇか!!」
スクアードは押さえ付けるマルコを振り払うように剣を振り、2人を睨みつける。
「こんな茶番劇もうやめちまえよ白ひげ!! もう海軍と話はついてんだろ?! ……お前ら白ひげ海賊団とエースの命は必ず助かると確約されてんだろ?!!」
──!!?
その言葉に、白ひげ達の傘下がざわつく。
「俺達ァ! 罠にかけられたんだよ!! よく見ろよ! 現に海軍の標的になってるのは俺達じゃねぇか!!」
スクアードはそう叫びながら、後方で氷壁に阻まれ逃げ場を失った傘下達だけが、パシフィスタに蹂躙される火の海を指さす。
エースがロジャーの息子と言う真実を、過去にロジャーによって仲間を失った男に精神的揺さぶりをかけた赤犬の嘘。白ひげ海賊団とエースが助かる確約など勿論ないが、パシフィスタには傘下だけを攻撃する様命令されている。その現実だけを前に、ロジャーを恨むスクアードが、その話を信じるのは必然であった。
「ハァ……ハァ……! オヤッさん! 本当かよぉ?!」
「この戦争は仕組まれていたって事か?!」
「みっともねぇじゃねぇか白ひげぇ!! 俺はそんな弱ぇ男に負けたつもりはねえぞ!!」
傘下達から疑いの声が大きくなり、シャボンディ諸島に繋がる最後の1つだった電伝虫も破壊され、白ひげの首を狙うクロコダイルは、その体たらくを嘆く。
白ひげを疑わない者からしたら、例え気を許した仲とはいえ、白ひげがこの程度の攻撃を避けれ無かった事に問題があった。
「スクアード……仮にも親に刃物つき立てるとは……。とんでもねぇバカ息子だ!!」
そんな中、白ひげは自身を刺した息子を睨みつける。それを前に覚悟と恐怖を抱く息子を、力強く、そして優しく抱きしめる。
「バカな息子を──それでも愛そう……」
「──!!?」
白ひげにとってエースだけが特別ではない。傘下含め全員が、彼にとって大切な家族だ。
そんな時、上空から1人の男が白ひげに向かい声をかける。
「相変わらず、素晴らしい家族愛だな。白ひげ……」
「……何しに来た文豪。今てめぇに構ってる暇はねぇぞ……!」
突如砂嵐の中から現れ、目の前に着地したナツメを、白ひげはギロリと目を向ける。
「そう睨むな。……キミとの約束を果たしに来た」
その言葉を聞いた白ひげは、一瞬驚いた表情をし、何かを思い出したかのように笑う。
それを見たナツメは、カタラの書を手に取る。
「カタラの書 第53話 毒林檎の眠り姫」
ナツメが読み上げると共に、縦に置かれた棺桶の中で眠る、少女が現れる。雪のように白く、血のように赤い美しい頬、黒檀のように美しい黒髪。棺桶の周りでは、口の着いた林檎がケケケケケと気味が悪い笑い声を上げる。
「文豪!! オヤジに何をするつもりだよい!!」
何らかの危険を感じとり、姿を変えようとするマルコにナツメはスっと指を振る。
「すまないね不死鳥。私は白ひげに用があるんだ」
ナツメの指示に従う様に、1つの林檎がマルコの目の前に飛んで行き、笑いながら紫色の煙を出す。それを吸い込んだマルコは、ガクリとその場に膝を着く。
(──?! 体が動かないよい……!)
「神経毒だ。少し多めにもらせてもらったが、キミの治癒能力は異常だからね。まぁ、用事が済むまでの時間稼ぎ程度にはなる」
「グララララ! ……おい小僧。息子に手ぇ出すのは容赦しねぇぞ?」
「安心したまえ。どちらにしろ用が終われば解毒する予定だ」
ナツメが剣を、と呟くと、7人の小人が現れる。小人達は自身の何倍もある剣を7人でナツメの元へ運ぶ。
「起きろ。眠り姫」
鞘から剣を抜くナツメの声に反応する様に、棺桶の扉がゆっくりと開かれ、重く閉じられていた少女の瞳がカッと開く。瞳に描かれた紋章が浮かび上がると同時に、ナツメの剣は紫色へと色を変えていく。その後ろで林檎達はゲラゲラ笑いながら歌い出す。
──踊れ踊れ♪ 死ぬまで踊れ♪
──徐々に訪れる苦痛の中で♪ 足掻き苦しみ死ぬまで踊れ♪
「相変わらず気味の悪い本だな」
「否定はしないさ」
「文豪。感謝するぜ、グララララ!」
白ひげの言葉を最後に、ナツメは紫色の剣で白ひげの心臓を突き刺す。
「大渦蜘蛛。これが答えだ」
「……オヤジが、刺された……?」
「どういう事だ!! ありゃあ、王下七武海じゃねぇか!」
「白ひげ海賊団を攻撃しないんじゃなかったのか!!」
「馬鹿野郎!! そんな事よりオヤジが刺されたんだぞ! 1度ならず2度までも!!」
誰もが想像していなかった事態に、誰もが混乱する。そんな中、白ひげは強く両手を握る。
「海賊なら! 信じるモノはてめぇで決めろぉ!!」
叫んだ白ひげの先で大気が割れ、氷壁が砕ける。それによって、海賊達に退路が生まれる。
「……オヤッさん!」
「これで船が一旦ひけるぞ!」
「やっぱり嘘だ! 海軍の作戦だったんだ!!」
「俺と共に来る者は命捨てて着いてこい!! 行くぞおおおお!!」
「うおおおおぉ!!」
白ひげ海賊団は攻撃を受けないという情報。その矢先にナツメによる白ひげへの攻撃。更に白ひげ自身の手で傘下達に退路をつくった事により、スクアードの話は完全に海軍の嘘となった。
海賊達の士気が再び上がり出し、四皇の一角が遂に動く。
「ナツメ!! アヤツ言った側からなんて真似を……!!」
「落ち着けセンゴク。……アレを見てみぃ」
ナツメの行動に、怒りを露わにするセンゴクをガープは諭す。ナツメの周りの少女や林檎を見て、センゴクは押し黙る。
「……! なるほど……確かにあれでは文句も言うまい」
彼らはその力の、あの少女の持つ力の意味を知っている。
1人残されたモビーディック号の上で、ナツメはどこか悲しそうに空を見上げる。
「……何故キミ達親子は私に最期を託すのか」
蘇るのは過去の記憶。
──グララララ! 面白ぇ小僧だ!! 俺だって所詮は心臓1つの人間……老いには勝てねぇ……!
──ほう、随分と柄でも無いことを言うものだな。
──もしも家族の為に死ぬ時は、お前が俺を殺せ。
──やれやれ。どうやら相当酔いが回っているようだな。ただまあ、そうだな。キミには恩がある。少しは考えておこう。
【カタラの書 第53話 毒林檎の眠り姫】
眠り姫が目を覚ます時。紫色の毒は最初は無垢。徐々に徐々に痛みを増し、身体を蝕み、寿命を奪い、最後は必ずその命を刈り取るだろう。