不思議なことに私は音楽と縁があった。
これはきっと偶然だろう。
特別音楽を行うことが好きというわけではない、卓越した技術を持っているわけでもない私が音楽を続けているのはきっと運命の気まぐれだ。
きっと別の世界の私がいるのならば、こうして音楽をしていることもないだろうし、きっと別の生き方をしているだろう。
ただ、この世界の私が音楽をしている。それだけだ。
「ミストルティンさん、演奏の準備はできましたか?」
「大丈夫です。今日も演奏していきます」
竪琴に触れる手に力を籠める。
音をしっかり響かせる為の調整は終わっている。いつでも演奏できる状況だ。
街付近の森、その一軒家。
静かに暮らしている私が暮らしている空間。
その場所に今は観客が集まっている。
「集まっていただき、ありがとうございます。本日演奏する曲は」
自然の音と調和するように作った曲。
私だけの音楽を響かせる。
「木霊」
竪琴を弾いていく。
ひとつひとつの音を調和させてゆったりとした音楽を奏でる。
風の音。
木陰が多い森は樹木の葉が重なる音が響く。
人が少ないこの空間が私好みだ。
観客がいても、私は自然と共に演奏する。そこに緊張はない。他人に見せる為に演奏しているわけではないからだ。
調律を響かせる。
音楽は特別好き、というわけではない。生きる手段のひとつとして使っているだけに過ぎない。
今日も生活費を集める為に観客に演奏しているだけ。きっと崇高な音楽家にはなれないだろうし、有名な吟遊詩人にもなれないだろう。しかし、それでいい。
私は目立つのが好きではない。
私は私なりに、孤独に生きる。それでいい。
演奏していた曲が終わり、立ち上がる。
一例して、また新しい曲を演奏する。
「続く曲は、森林の海」
繰り返し、音を奏でる日々。
ひとり暮らしの吟遊詩人として楽譜を描いては、自然と共に生きる。
その生活が裕福かはわからないものの、人と極力関わらない暮らしは嫌いではなかった。
竪琴弾きの吟遊詩人は近辺の街には存在しない。そうした事情も手伝って比較されることもない。物珍しい顔で演奏そのものを見つめられることはあるものの、他人からの過干渉はそれくらいだ。穏やかに音楽を仕事にできている。
この生活が続いていけばいい。そう思っていた頃であった。
「貴女がドリュアスのミストルティン?」
ある日、風変わりな風貌の女性が私を訪ねてきた。
天使のような装飾をしているようで、露出も多い。まるで踊り子のような風貌だ。私があまり関わることのなさそうな印象を感じる。
「そうですが、なにか?」
厄介事の種になったら面倒だ。
そう思いながら、なるべく感情を表に出さないように会話する。
相手も様子を伺っているようで、まるで営業者のような笑顔で私に尋ねてきた。
「まずは自己紹介、私はピサール。サマエルのピサールよ」
「サマエルのピサール……」
誘惑と葡萄酒の印象が強い天使の名前。
それを関する女性の名前。
聞き覚えがないわけではなかった。
「……ラクスの街の酒場で働いている、ピサールさんですか」
「ご名答~」
近くにあった切株にゆったりと座りながら、ゆるい雰囲気で彼女が微笑む。
『ラクスの街のサマエル』と言えば、酒場のバックミュージックを担当しているピアニストで有名だ。私も噂を耳にしたことがあるくらいだ。
噂によると、彼女の音楽を聴きながらお酒を嗜むといくらでも呑めるとか。そんな彼女がなぜ、私の元にやってくるのだろうか。警戒の意思を強める。
「あぁ、別に無理強いして連行しようってわけじゃないから気にしないで?」
「では、なんの目的でやってきたんですか?」
「ん~、それはね~」
のんびりした調子で、ピサールが言葉を続ける。
「ミストルティンに、酒場の手伝いをしてほしいってマスターからお願いがあったからなの~」
「私にですか?」
「うん、ドリュアスのミストルティンの力が借りたいって」
「他の人に頼めばいいじゃないですか」
「この付近に竪琴弾きがいないことは知ってるでしょ?」
「それは……」
知らないわけがない。
私がのびのびと音楽をしている理由のひとつでもあるのだから。
「……酒場手伝いなんて、したこともありませんが」
「わたしがレクチャーするよ?」
「トラブルを引き起こす可能性もあります」
「ん~、酒場のトラブルはしょっちゅうあるよ?」
反論が受け流される。
強要するつもりはないものの、やってきたからには連れていきたいらしい。
「……報酬次第ですね」
我ながらがめついと思いながら、尋ねる。
「三食昼寝付き、なんなら泊まってもよし。報酬はこれくらい」
紙を取り出されて、その内容を確認する。
普段の演奏会よりも高額だ。雇用もしっかりしているのだろう。
「……昼寝は必要なんですか」
「必要よ~」
「……はぁ」
悪くない取引とは思う。
人と関わる酒場という空間に入ることを除いては。
「酒場で人と関わるのは避けたいです」
「どうして?」
「単純にコミュニケーションで失敗するのが嫌だからです」
「ふふっ、それわかるかも~」
「実際、音楽を奏でる方は話さない日もあるんですか?」
「あるある、だから気にしなくていいよ。一日くらい試してみない? その方が、マスターへの恩義も稼げるし。ミストルティンも街のツテが増えるのは悪くないんじゃない?」
「……そうですね」
行商人などに知られやすい状況を作るのは悪くない。
演奏範囲を拡大しようとは考えてはいないけれども。
「わかりました、依頼を受けましょう」
「ありがとう、ドリュアスのミストルティン~」
「ミストルティンでいいですよ」
「わかった、じゃあ私もピサールでいいよ」
「馴れ馴れしい感じがするのでピサールさんと呼びます」
「え~、別に気にしなくていいのに~」
そうして、私はピサールがピアニストをしている酒場まで向かうことにした。
これがどんな意味をもたらすかはわからないものの、いい影響があるといいなんてことを頭の中で考える。トラブルがあったら困る。私もトラブルは引き起こしたくはない。穏便に動こう。そう思っていた。