「ありあっしたぁ~」
店員の砕けた感謝の思いを無視しながら、コンビニを出る。
刺さるような冷房から蒸れるような熱波に波動が変わる。
温度差に目がくらむ。この感覚にはやはり慣れない。
買ったアイスを咥えながら、夜の街を歩く。
喧騒や罵声を聴きながら「お、やってんな」と他人の生命を感じながら歩くのが好きだ。
「今日はここか・・・」
土曜日は新しいバーに行く日だと決めていた。
googleマップで6個ほど店を探し、サイコロを振って行く所を決める。
中学生向けの迷路のような細い路地の奥の奥。そこに「アルゴ」というバーがあった。
ドアを開けるとカランとベルの音が鳴り「いらっしゃい」という店主の声が入る。
ロック好きな見た目で、ACDCのTシャツを着た、タンクトップの筋肉質な男だった。
「どうします?」
「酔えるモノなら何でも」
「じゃあ適当にやりますよ」
僕は決められたパターンを人生に組み込まない。
脳に新鮮な情報を届けるために、目の前に来る情報を”決めない”ようにしている。
流れているレディオヘッドのKID Aの曲を聴きながらスマホを眺めていると、隣に男が座ってきた。
全身スーツに韓流スターのような爽やかな美顔。
「この曲、わかります?」
「まぁ、レディへのコピーバンドは俺もやってたんで」
「奇遇ですね。私もやってたんですよ、バンド」
それからお互いのレディオヘッドに対する価値観を議論した。
「俺はオケコンはついていけたけど、KID Aになってついていけなくなった」
と僕が言うと
「いや、むしろオケコンからKID Aの流れがレディへの歴史だよ」
と彼は返した。
会話の端々から、音楽のリテラシーの高さを感じ、久々にロックンロールの歴史を議論した。
「尾崎豊は17歳でああいうアルバムを作ったからああいう」
「ところで・・・」
韓流スター似の彼は自分のワックスに塗られた頭を撫で上げながらこう言った。
「僕、人間を透明にするのが好きなんです」
一瞬、僕の精神がフリーズした。
最初は何かのボケだと思って、フッと笑って冗談で続きを訊いてみる。
「どういう意味ですか?」
と返すと、彼は真剣な目で、こちらを見つめてよどみなく長い言葉を語った。
「僕は人間を透明にするんです。日本には多くの何者でも無い人類が居ます。僕にとってはそれは星のまたたきなんです。だから、親も子供も居ない。孤独な人を、捕まえて車で森の中まで運んで透明にしてしまうのです。そこに性別も年齢も関係ない。ただ、森の中で彼ら彼女らを透明にするんです」
僕は、とまどいながら「どうして?」と返す。
「人間社会の煩雑性、ハウス・オブ・カードさが好きなんです。砂上の楼閣。もはや誰も人間社会をコントロールできない。」
「だから、コントロールの一種として、僕は何者でも無い人間を透明にするんです」
彼の言葉は唐突すぎたが、ただ「目」だけは本当の事を語っているようであった。
それから、3分間の沈黙が2人を支配した。
すると「それでは、酒の方は奢ります。楽しかったですよ。ロックの話。」
と何事も無かったように笑顔で言うと、彼はさっそうとバーを後にして行った。
それ以来、彼とは会ってはいない。
ただ、それからはベランダでタバコを吸って、息を吐く瞬間に、どうしても脳の中に彼の「目」が想起されてしまう。
「真実を語る目」それでいて、よどみない平坦な語り方。
僕はパターンに縛られない人生が好きだった。
新しい情報。新しい何か。そういうモノを人生の中で味わうのが好きだった。
もう、あれからタバコはマルボロ以外は吸わなくなった。
新しいバーに行くのもやめた。
それは、僕の「人間社会の複雑性」に対する、ささやかな降参宣言だったと思う。
他人という生命の正体は、昔はわかっていたが、今はもうわからない。
タバコの旨さが鈍麻するのを感じながら、空を見上げて息をした。
「わかんねぇなぁ・・・」
誰に向けたワケでも無く、僕の口から出た小さな音の波は、都会の喧騒に虚無として消えていった。