ARIA 蒼い惑星のエルシエロ アフターストーリーズ   作:DOH

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Donna Stella 05 レールの向こう

「アリスちゃーーーーんっ!!」

 

 殴りつけるような風圧に負けないように、私、アニエス・デュマは声を大きく張り上げた。

 

 頭上にあるのはどんよりとした曇り空。眼下にあるのは石碑の森。

 

 サン・ミケーレ島の上空から、私はアリスちゃんの姿を探していた。

 

「アニーちゃん、どうなのだーっ!?」

 

 私が足場にしているエアバイクの運転席から、風追配達人であるウッディーさんが聞いて来る。それに私はかぶりを振ろうとして、ウッディーさんが前しか見ていないことを思い出し、声を張り上げた。

 

「見つかりませーん! 多分ここじゃないと思います!」

 

「そうかーっ! なら本島に戻るのだーっ!」

 

 ウッディーさんがフットレバーをキックすると、エアバイクが鈍い音を立てて加速した。

 

 最後に一回だけ、ぐるりとサン・ミケーレ島を周回する。

 

 サン・ミケーレ・イニーゾラ教会とサン・クリストフォロ教会がある、墓地の島。名前は知らないけれど、この島にしか咲かないというあの花が、今もなお島一杯に咲き誇り、花吹雪を散らしている。

 

 あの花を見る度に思い出す、ついこの間、私が《サイレンの悪魔》に連れ去られかけた、この場所。

 

 思い起こす度に、あれが現実だったのか、それとも夢だったのか、よくわからなくなる。確かに私は何度も《サイレンの悪魔》と出会っているはずなのだけど、時間が過ぎるにつれて、どんどん私の記憶が薄れていくような気がする。

 

 灯里さんは結構細かい所まで覚えているけど、アリスちゃんやアテナさんなどは、「そういうことがあった」程度にしか覚えていない。不思議なことというのは、覚えようとしっかり心に留めておかないと、すぐに消えてしまうものなのかも知れない。

 

 ――いけない、そんなことを考えている場合じゃない。私は、頭を叩いて思考を正――そうとして、風に吹き飛ばされそうになり、慌てて手摺りにしがみついた。

 

 

 

 

 昨夜、アリスちゃんがいなくなって、アテナさんと別れた後、私はずっと町中を捜し回っていた。

 

 その最後に立ち寄ったサン・マルコ広場で、私は一匹の黒猫が、不貞腐れたように何かを引っ掻いているのを見かけた。

 

 そのどこかで見たような気がする猫が弄んでいたのは、丸くてもこもこなキャラクター『ムッくん』のストラップだった。私の記憶が正しければ、アリスちゃんがポシェットに付けていたものと同じだ。

 

 もしかしたら、アリスちゃんは誰かに攫われたのかもしれない。

 

 そう思うと、いてもたってもいられなかった。幸い雨はすぐに止んだので、私は舟も引っ張り出して、ネオ・ヴェネツィア中を駆けずり回った。

 

 それでも成果がなく、一旦会社に戻って休んだのが、大体夜半過ぎ。疲れ果てていた私はそのまま眠ってしまって、目覚めたのは大体夜が明ける直前くらいだった。

 

 そして、アリスちゃん達二人の部屋を伺って、アリスちゃんがまだ戻っていない事を確認した私は、再度アリスちゃんを探して飛び出した。

 

 その途中、今日はお休みだそうで、朝から空を泳ぎ回っていたウッディーさんを見つけ、協力を仰いだのがついさっきのこと。

 

 かくして、現在に至る。

 

 

 マンホームではエアバイクが飛べる所は限られているし、家族の誰も免許を持っていないので、エアバイクに乗るのは初めてだった。ウッディーさんの運転は少々(?)荒っぽく、危うく振り落とされそうになることも数回だったけど、風を切って高い所を飛び回るのはすばらしく気持ちがいいことで、風追配達人も悪くないな、なんてことまで一瞬考えてしまった。

 

 これで、アリスちゃんを探すという目的がなければ、自由な空のドライブを満喫できる所なのだろうけど、そういうわけにもいかない。

 

 最初にサン・ミケーレ島に向かったのは、アリスちゃんがもしかしたら《サイレンの悪魔》に連れられてしまったのかもしれない、と思ったからだった。

 

 最近のアリスちゃんは、明らかにおかしかった。少なくとも、私をあんな風に避けるなんて、彼女らしくない。何か感情の動きを、悪い方に悪い方にとコントロールされているような、そんな感じがした。

 

 今から考えると、私が《サイレンの悪魔》に攫われた時もそうだった。あの悪魔は、重要な所で私の前に様々な形で現れては、弱った私の心に小さく刺を残して行った。痛みを更に深く、辛くするために。そして私がとんでもないミスをして落ち込んだ瞬間に、私をサン・ミケーレ島まで運んできてしまったんだ。

 

「だけど、サン・ミケーレ島にはいなかったよね……」

 

 夜にならないといないのかも知れない、とか、教会の中にいるのかも知れない、とも思ったのだけど。

 

 夜にならないといけないなら今はここにいてもしょうがないし、教会の中は早朝と言っても人がいない訳がないから、《サイレンの悪魔》が人を匿うには不向きだと思う。

 

 そもそも、私がどういう風に攫われて、どういう風に助け出されたのか、私は詳しいことをほとんど聞いていない。灯里さんは説明に要領を得ない所があるし、他の人はみんな、あの時の記憶が急激に薄れてしまっているらしいし。

 

「もっとしっかり聞いておけばよかったなあ……」

「どうかしたのかーー!? アニーちゃーん!」

 

 私の呟きが聞こえたのか、ウッディーさんが半身をこっちに向けて聞いてくる。途端にエアバイクがぐらっと揺れて、私の世界が40度くらい傾いた。

 

「うわわ……っ、い、いいえー! なんでもありませーん!」

 

 風の流れが変わったせいか、ばたばたとスカートがはためく。でも、それを気にするよりも、手にした地図と、何より自分の命が一番大事だ。振り落とされないように、必死に手摺りにしがみつく。思い切り握ったせいで左手がずきっと痛むけど、構っている場合じゃない。

 

 その時、私を呼ぶ、よく知った声がした。

 

「あーー! アニーちゃーーーん!!」

 

 恐る恐る見下ろすと、洋上に小さな木の葉のような舟。その上で櫂を片手に、こっちを見上げてぽかんと口を開けている姿が見えた。

 

 あの青いラインの制服と、特徴的な長く伸ばしたサイドの髪は、見まごうはずもない。ARIAカンパニーの水無灯里さんだ。

 

「おお、灯里ちゃん、おはようなのだー!」

 

 もちろん、共通のお友達なウッディーさんも、いつもの元気な顔で手を振っている。アンジェさん曰く、灯里さんの事を知らないネオ・ヴェネツィア人はいないというし、ウッディーさんも当然その例に漏れない。

 

「灯里さーーん! アリスちゃんは見つかりましたかーー!?」

 

 声を張り上げて尋ねる。灯里さんも、昨夜からずっとアリスちゃんを捜し続けている。もちろん藍華さんも昨夜から駆けずり回ってくれているし、杏さんを始めとした私とアリスちゃんの友達も、手の空いている人の多くが、この朝からアリスちゃん探しに協力してくれている。

 

「ううん、まだーー! でも、あのね、アニーちゃん、あのね」

 

 そう、困ったように灯里さんが声を張り上げ返す。なるほど、ここは本島からサン・ミケーレ島を目指してガイドビーコンが立ち並ぶ、ヴァポレット航路の上。それを本島の方から舟を漕ぐということは、灯里さんもアリスちゃんを探してサン・ミケーレ島に向かおうとしていたところなのだろう。

 

 よし。私も頑張るぞ。アリスちゃんが家出する発端を作ったのは、多分私だ。だから、私がまずアリスちゃんに謝って、それから手を引っ張って来なければならない。

 

「まだですかー、じゃあ私、もうちょっと空から探してみますー!」

「うん、でもその、あのね」

「よっし、じゃあウッディーさん、このまま岸伝いにお願いします」

「了解なのだー! 灯里ちゃん、またななのだー!」

「サン・ミケーレ島はアリスちゃんいませんでしたから、私はこれから海岸端を巡ってみますからー!」

「待ってーーー! アニーちゃん、しましまーーー!!」

 

 手を振って何か声を張り上げている灯里さんだったけど、今振り向くと、下手をするとまたバランスを崩してしまうかも知れない。

 

 ウッディーさんがスロットルを引き絞ると、エアバイクがきゅるるるとうなり声を上げて、大きく高度を跳ね上げた。間もなく灯里さんの姿も小さくなってわからなくなってしまう。

 

「アニーちゃん、しましまとはなんのことなのだー?」

「さあ……?」

 

 思い出したようなウッディーさんの問いに、首を傾げる私。

 

 その間にもエアバイクは更に加速して、私の制服がばたばたと音をたててはためいた。

 

 

 ――私が、灯里さんの叫びの意味を理解したのは、わりと後になっての事だった。

 

 最悪ですけど、アリスちゃんを探すために必要な事だったのだと、自分をごまかす事にします。

 

 

 

 

 しましまの謎に気づかないままの私とウッディーさんは、そのままネオ・ヴェネツィア本島の周囲を反時計回りに巡った。

 

 もちろん、海岸端にアリスちゃんがいないか、目を凝らすことは忘れない。それらしい人影を見つける度に、ウッディーさんに頼んで、エアバイクを降下させてもらう。

 

 しかし、そうやって近づいてみると、そこにいたのは背格好が似ているだけだったり、同じ学校の制服を着ているというだけだったり。

 

 肝心のアリスちゃんの姿は、尻尾の一つも掴む事ができないままだ。

 

「アニーちゃん、そろそろ降りてバッテリーを換えないといけないのだー!」

 

 アリスちゃんを捜して下を眺めていた私に、ウッディーさんがそう警告する。空を自在に泳ぎ回るエアバイクといっても、無限に飛び続けられる訳ではない。

 

「わかりました、じゃあ駅のあたりでどこかに降りましょう」

「わかったのだー!」

 

 私が駅を提案したのは、この場所からサンタ・ルチア駅から伸びる鉄道橋リベルタ橋が見えていたということもあるし、それだけでもない。

 

 もしかしたらアリスちゃんが駅にいるかも知れないし、駅の構内はエアバイクでの飛行が禁止されているから、徒歩で調べないといけない。エアバイクのバッテリーを交換するだけの広場もあるし、何か足りないものがあってもエアバイク屋さんもあったはずだからだ。

 

 ウッディーさんは私の提案を受けて、ゆっくりと高度を下げ始めた。どうやら、鉄道橋の下を潜るつもりみたい。

 

「どうして鉄道橋の上から行かないんですか?」

「もうすぐ列車が来るのだ-。走ってる列車の上を泳ぐと危ないのだー!」

 

 なんでも、エアバイクの重力制御装置と列車の制御装置が干渉して、エアバイクのバランスがおかしくなることが昔あったそうで、その頃からの慣習なんだそうだ。

 

 気にしない人は全然気にしないけれど、気にする人は今でも念入りにコースを選んで泳いでいる、というのがウッディーさん曰くのところ。

 

 マンホームでは当たり前のようにエアカーと列車が何重にも交差していたと思ったので、そう気にする程の事でもなさそうなのだけど……まあそこは本職の人の言う事を尊重するべきだろう。万一落ちたらたまらないし。

 

 それに、ウッディーさんのそんな繊細さのお陰で、私は『それ』を見つける事ができたのだから。

 

 ゆっくりと降下するエアバイク。目の前に近づくリベルタ橋。その上を、列車がとかたん、とかたんと音を立てて横切って行く。

 

 そして、ちょうどエアバイクと、列車の窓が水平に並んだ瞬間。

 

 どんな奇跡だろう。

 

 どんな偶然だろう。

 

 列車の方をふと見やった私の視界に。

 

 俯いたままのアリスちゃんの姿が飛び込んで来たのだ!

 

「――――ッ!!」

 

 その姿が見えたのは、ほんの一瞬。でも、この私がアリスちゃんを見まちがう筈がない。いや、さっきまでは遠目だったからであって、今は真横から顔が見えたんだから、間違いということはない。絶対にない!

 

「ウッディーさん、列車追いかけて!」

「ど、どうしたのだー!?」

「見つけたんです、アリスちゃん、列車の中!」

「よしきたなのだー!」

 

 ウッディーさんがフットレバーを蹴りつけると、ぎぃぃぃんとバイクのエンジンが吠え猛り、一呼吸遅れてがくん、と身体が後ろに引っ張られた。

 

 一瞬自分の後頭部が見えたような錯覚を覚えつつ、私は必死に手摺りにしがみつく。ベルトで固定しているといっても、思いっきり加速したバイクの慣性を真っ向から受けたら、どうなるかわかったものじゃない。

 

 視界の端で、レールが流れてゆく。駆け抜けた列車の背中を追いかけて、エアバイクが疾走する。列車も加速するから、距離はなかなか縮まらない。少しずつ、少しずつ、列車のお尻が近づいてくる。

 

 もう少し、もう少しだ。もう少しで、アリスちゃんに手が届く。

 

 なのに。

 

 その時、エアバイクの前の方から、鋭い警告音が聞こえてきた。

 

「アニーちゃんまずいのだー! バッテリー切れなのだー!」

「ええ~~っ!?」

 

 ウッディーさんの声にタイミングを合わせたように、列車のお尻がどんどん遠ざかってゆく。

 

 アリスちゃんを乗せた列車が、遠ざかってゆく。

 

「アリスちゃん……」

 

 それを、鉄道陸橋の上に不時着した私達は、成す術もなく見送ることしかできなかったんだ。

 

 

 

 

「あ、アニー、アレサ管理部長が探していたわよ」

 

 アリスちゃんを見失い、ウッディーさんと別れて会社に戻った私を、会社の先輩のそんな言葉が出迎えた。

 

「アレサさんが……?」

 

 アレサ・カニンガム管理部長は、オレンジぷらねっとのウンディーネを総括する役割を担っている人だ。

 

 なんでも、若いころはあのグランドマザーに続くべく、勤続最年長ウンディーネを目指して苛烈なスケジュールをこなしていたという。

 

 体力的な問題で勤続年数はグランドマザーには及ばなかったものの、精神面でのタフネスは、今でもまったく損なわれていない……らしい。

 

 私としては、アテナさんの指導をしていた大先輩ということで、尊敬すると同時に、ちょっと苦手意識のある人でもある。

 

 私がオレンジぷらねっとに入社してから火星暦で半年が過ぎたけれど、アレサさんと話したのは、入社直後の会社説明とか、そのあたりのオリエンテーションの時くらいのもののはず。

 

「特別に呼び出されるような事、したかな……?」

 

 考えられるのは、アリスちゃんに関係する事くらいだ。元はと言えば、私が原因でこんな事になったのだから、それについて叱られるとか、何かペナルティがあってもおかしくない。いきなり会社をクビってことはないと思うけれど。

 

”……でも、アレサ管理部長に呼び出された後、会社を出て行って戻らなかったペアの娘がいるとか……”

 

 そう考えると、色々不安になってきた。もし私がいることで、アリスちゃんが帰って来れないということであれば、将来有望な天才少女のアリスちゃんと、落ちこぼれ寸前の私では、会社がどっちを採るかは考えるまでもない。不安だけが、心にもくもくと広がってくる。

 

 でも、そうだ。そんなことより、今は偉い人に伝えないといけないことがある。アリスちゃんの行方、そのヒントを手に入れて来たのだから。

 

 電車の発車時刻は調べて来た。その時に、駅員さんから、アリスちゃんらしい制服の女の子が、上品な女性と一緒に改札を通っている事も聞き出している。

 

 その女性が何者なのかはよくわからないし、何処行きの切符を買ったのかまでは教えて貰えなかったけれど……私に聞き出せなくても、会社の方からお願いすれば、なんとかなることもあるんじゃないだろうか。

 

 そんな訳で、決意と共に管理部長室に向かった私なのだけど。

 

 

 

 

「ああ、その件ならこちらでもう手配しているわ」

 

 と、開口一番で顛末を話した私に、アレサ管理部長はこともなげに言ってのけた。

 

「手配って……」

「アリス・キャロルが何処に行ったのか、こちらでももう調べているということ。ちゃんと信頼できる人にお願いしているから、貴女は気にせず、普段どおりにしていなさい」

「でも……」

 

 アレサ管理部長がそう言うけれど、私としても納得はできない。アリスちゃんはついさっき、何処かに連れ去られてしまったのだ。折角その手がかりを掴んだというのに、それを無為にしてしまうなんて、我慢できない。

 

 そんな、なんとか反駁しようと言葉を探る私の様子を、同僚のウンディーネ達から《鋼鉄の魔女》などと揶揄されるアレサ管理部長が、渾名の通りに鋼鉄製を思わせる表情で見つめている。私の隣に同席するアテナさんも、声も出さずにおろおろするばかりだ。

 

 そして、言葉を得られないまま数分の時間が過ぎて……アレサ管理部長がどこか呆れたように、ほっと息を吐き出した。

 

「アニエス・デュマ。貴女はオレンジぷらねっとの一体何だったかしら?」

「えっ?」

 

 思わぬ問いに、思わず目を丸くしてしまう。

 

「貴女は、一体何?」

「え、ええと……オレンジぷらねっとの、シングル・ウンディーネです」

 

 再度問いかけるアレサ管理部長に、思いついた答えを訥々と答える。そう、それくらいしか思いつかない。『お荷物』とか色々憂鬱な修飾語は思いつくけれど、それは多分ここで必要な答えじゃない。

 

 そんな私の答えに、アレサ管理部長は少し頷いて、

 

「そう。貴女は警察官でもないし、探偵でもない。貴女がやるべきことは、一日も早く自分を磨いて、立派なプリマ・ウンディーネとなることよ」

 

 と、一気呵成に私を打ちのめした。

 

 確かにそうだ。私がどんなに足を棒にして駆けずり回ったとしても、どんなに聞き込んで回ったとしても、それで得られる情報はとても少ない。駅員さんを捕まえても、肝心な行き先の情報が得られなかったように、私のできることはとても限られている。

 

「貴女が見つけてきたヒントは、確かに受け取ったわ。でも、ここからは本職の仕事。貴女は貴女がやるべきことをなさい。……わかった?」

 

 アレサ管理部長はそう言って私を言い含めようとする。だけど、それじゃあ、私の気がおさまらない。だって、アリスちゃんは、私にとって一番大切な友達なんだから。

 

「でも……私のせいでアリスちゃんが行方知れずになったのに、私が何もしないのは、納得できないです」

「そこがそもそもの間違いよ。貴女のせいだなんて、誰が言ったのかしら? 内罰的なのは過ぎると害毒にしかならないわよ、アニエス・デュマ」

 

 びしり、びしりと、語調は穏やかなのに、有無を言わせない迫力がある。これが噂の《鋼鉄の魔女》の所以なのだろうか。

 

 その後も私は何とか食い下がろうと二、三反駁したのだけれど、結局鋼鉄の面皮を揺らがせることすらできないままに終わった。

 

「大丈夫、必ずうまくいくから、貴女は今はただ信じていなさい。どうしてこうするのが正しいのか、いずれかならず解る時がくるから」

「…………はい」

 

 そんな感じで、結局私はアレサ管理部長の指示に従って、午後はいつもの練習に戻る事を受け入れざるを得なくなった。

 

 俯いたまま退室する私だったけれど、もちろん内心では、どうにかしてアリスちゃんを探すべく、必死に策を練り上げていた。

 

 

 だからなのだろう。

 

 アテナさんがその時、一言も口を開こうとしなかったことに、私は結構後まで気づくことはなかったんだ。

 


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