駅から出た俺はゲームセンターへ足を運んでみた。杏子がいることを期待したが、そんなに都合良くは行かなかった。
(あいつならここにいると思ったけど……なら、後考えられる場所はどこだ?)
杏子が行きそうな場所を俺は考えてみた。あいつと言えば勝負に熱くなるタイプだからゲームセンターが真っ先に思い浮かぶのだが、それはすでに捜索済みだ。
(もう一つ挙げるとするなら……それは食べ物だな)
俺は以前あいつにおごってやった大量の食べ物を思い出す。あれが普段の食事だとするなら、あいつはどこかで食糧を買い込んでいるはずだ。そう考えた俺は近くのファーストフード店、それからスーパーやショッピングモールに寄ってみることにした。
「う~ん、いないな……」
とりあえずいくつかのファーストフード店やスーパーをめぐってみたが、杏子はいなかった。
(最後にこのショッピングモールを探してみていなかったら、今日はあきらめるか……)
そう思ってショッピングモールの食品売り場に行ってみたときだった。
「ちょ、ちょっと君!」
「ん?」
食品売り場に入ろうとしたら、レジの近くで店員に注意されている女の子を見つけた。
「何やってるの?」
「見て分かんない? 食べ物を持って帰るところ」
「君お金払ってないだろ。ちゃんと払いなさい!」
「いいじゃん、別に。あたしは金なんて払う必要はないの。黙ってそこを通しなよ」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてなんかいないさ。払う必要が本当にないんだから」
「な、何言ってるんだ!」
彼女の態度に店員は腹を立ててきている。不穏な空気が漂ってきていた。
「何やってるんだよ、杏子……」
注意されている女の子――――佐倉杏子はあくまで金を払うつもりがないらしい。しかし、そんな道理が通るはずがない。
「君、学生だろ? どこの学校? 先生に来てもらわないとな」
店員も学校に連絡を入れるつもりらしい。それが当たり前の行動だろう。しかし、杏子の答えは俺や店員の予想を超えていた。
「……行ってねえよ」
「何だって?」
「学校なんて行ってねえよ!」
学校へ行っていない? 今彼女は間違いなくそう言った。嘘の可能性もあるが、今の彼女は真実を口にしていると、自分の直感が告げていた。
「……じゃあ、警察を呼ぼう」
焦れた店員はついに最終手段に出てしまった。まずい、今警察を呼ばれると話がややこしくなってしまう。仕方ない、ここは……
「あの、すいません!」
「ん?」
「っ!? 裕……」
俺は二人の会話に割り込むことにした。とにかくこの場を切り抜けないといけない。
「君は誰だい? もしかしてこの子の関係者?」
「え、ええ、俺はその子の兄なんですよ」
「なっ!?」
俺の言葉に杏子は驚いていたが、今は黙っていてほしかった。とにかく俺は言葉を続けた。
「実は今俺達の母が風邪をこじらせてしまって……それで杏子に果物を買いに行かせたんですけど、財布を忘れてしまったんです」
「……そうなのかい?」
「杏子も早く母に持っていかなければならないと思っていたみたいなので、あせっていたんだと思うんです。杏子にはよく言い聞かせますし、代金はお支払いしますので、どうかこの場は穏便にお願いします」
「……仕方ないな」
俺は杏子の持っている果物の代金を支払った。相変わらず大量の果物を買い込んでいるようで、値段もなかなか馬鹿にならなかった。
「お、おい、裕……うあっ!?」
「じゃあ、これで失礼します」
俺は杏子の手を引いてこの場を離れて行った。
ショッピングモールから出た後も俺はどんどん前へ進んで行った。ショッピングモールから大分離れてきた所で杏子が手を振りほどいてきた。
「いきなりなにすんだよ、裕! 急に出てきたかと思ったら、代金を支払って、あげくにお前があたしの兄ってどういうつもりだ!?」
「ん? なら俺が弟の方がよかったか?」
「そういう問題じゃねぇ!!」
ずいぶん怒っているみたいだ。もっとも、食糧の入った袋を両腕で抱え込んでいる状態で怒っても怖くもなんともないのだが。
「まあ、確かにそういう問題じゃなかったな……杏子、どういうつもりだ」
「あ? なんのことだよ?」
「なんで盗みなんて働いたんだって聞いてんだよ。お前、食費をバイトで稼いでいた俺に喧嘩売ってんのか?」
俺は自分でも知らない内に相当怒っているようだ。彼女の行為は自分のしてきたことを侮辱しているような気がしてならなかったからだろう。
「……ふん、それでもお前は住む家を持っていて、学校にも行けているじゃねえか。あたしと比べりゃ、まだ全然いい方だね」
「どういう意味だ……?」
「いい機会だ。裕、ちょっとあたしにつき合え」
そう言って今度は杏子が俺の手を引いて歩いて行った。俺はさやかにもう少し遅れることをマミさんに伝えてほしいというメールを打っておいた。
杏子に連れてこられた先は見滝原郊外にある廃墟だった。ガラスは割れていて、外から夕焼けが見える。
「おい、ここが一体なんだっていうんだ?」
「……裕、ここは以前どんな場所だったかお前は知っているか?」
俺の質問に杏子は質問で返してきた。
「確か……教会だったか?」
「正解。そしてここの神父こそがあたしの親父だったんだよ」
「え……?」
「ここは……あたしが生まれ育った場所なんだ」
そこから杏子は自分の過去をぽつぽつと語り出した。まさかこんなに早く彼女の過去を聞くことになるとは予想していなかった。
「もともとあたしの家は裕福じゃなかった。信者からの少ない寄付を収入として家族で食ってきた。それでも妹は毎日腹減ったってピーピー泣いてたけどね」
「だから、食べ物にあんなに執着するようになったのか?」
「まあ、理由の一つでもあるかな? もともとそういう性格だったのかもしれねえし。……それでもとりあえずは生きてきたんだ。けど、ある日、親父は壊れちまった」
杏子の言葉に俺は一瞬言葉を失った。杏子の今の境遇はこの廃墟が示している気がした。
「じゃあ、お前の家族や、住んでいる家は……?」
「親父たちはあたしを残して一家心中しちまったよ。住む家も今はないからね、ホテルだったり、野宿だったりと根なし草の毎日さ」
だから、風見野から見滝原にも簡単に移ってこれたのか……
「あたしも公式上では親父たちと一緒に死んだことになっているはずだよ。他に身寄りもなかったから、あたしを知っている人もいなかったし」
「…………」
「……けど、あたしはそれでも生きている。ここにいるのは亡霊でもゾンビでもないんだよ、裕」
「……そんなこと、分かってるさ」
「そうかい? ……とにかく身寄りのないあたしは一人で生きていくしかなかった。普通ならすぐにのたれ死ぬだろうけど、あたしにはその手段があった」
「魔法少女としての力、か……?」
「そうさ。あたしはその頃から分かってたのさ。他人のために力を使っても誰も幸せにはなれない。自分の力は自分のためだけに使わないといけないってことをね」
「杏子……」
杏子は今まで誰かに助けられたことはなかったのだろうか? だからこそ誰かを助けることを無意味だと思っているのだろうか? それとも彼女は、以前に誰かを助けようとして失敗してしまったことがあったためにそう考えたのだろうか?
「食糧に関しては、あの場でお前が来なくても魔法でどうにかできていた。金については、あたしに言い寄ってくるオヤジどもをボコボコにして財布を抜き取ってやったよ。そうやってあたしは今まで生きてきたんだ」
「…………」
「大体あたしは魔女退治をしてやってるじゃないか。これくらいの見返りはないとねぇ」
「……お前は使い魔を見逃して魔女にしてグリーフシードを手に入れているんだろ? だったら魔女退治で見返り云々を言うのは筋違いじゃないのか?」
「おっと、確かにその通りだ。これは一本散られたね」
さも愉快そうに杏子は笑う。しかし俺はそれに続く気にはなれなかった。
「認めろ、裕。お前らのしていることは自分や他人を不幸にすることなんだよ。全てを救うなんて、所詮無理な話なんだ。だからあたしの生き方についてお前にどうこう言われる筋合いはない」
それは最後通告だった。このままでは杏子は止まらないだろう。人の持つ苦しみは千差万別なのだから、俺は彼女の苦しみについて分かるとは言わない。だから俺は杏子のことについて何も言うことはできないのだろうか? 考えた末に俺が出した答えは――――
「――――分かった」
俺はそう言った。すると彼女は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに笑みに変わった。
「ああ、お前なら分かってくれると思ったさ。やっぱあたしの見こんだ通りのやつだよ、お前は」
杏子は機嫌よくこっちに近づいてきて、いつかと同じチョコ菓子を俺に差し出してきた。
「食いなよ、裕。あたしからの親愛の印だ」
俺はそれに手を近づけ、そしてそれを手で制した。
「勘違いするな、杏子。俺はお前をかけがえのない友人でライバルだと思っているけど、それとこれとは話は別だ」
「……え?」
俺の言葉に杏子は目を丸くするが、かまわず続けた。
「分かったっていうのは、今の段階でお前を説得する材料がないってことだ。俺は諦めるつもりは毛頭ないぜ」
「なんだって……」
「確かに、お前の過去は辛いものだったかもしれない。その気持ちが分かるとは言わないさ。けど、それは俺がお前に手を伸ばしてはいけないという理由にはならない」
「裕、お前な……」
「予告してやる。俺はお前の今の生き方を変えさせてみせる。嘘をついている、今の生き方をな」
「あたしが、嘘をついている……?」
「ああ、そうさ。俺は今までのおまえの姿を見て確信している。お前の望んでいるのは、そんな生活じゃないってことをだ」
「……そんなわけ、ない」
「これは勝負だ、杏子。互いの意地をかけた、いつもの俺達のな」
「勝負、だって……?」
これが一番冴えたやり方とは言わない。しかし俺が杏子に踏み込むには、やはりこの方法しか思いつかなかった。あいつの苦労を俺は完全に理解してやることはできない。俺には両親はいないが、それを目の前で失ったという記憶はないし、今も俺はあの男の庇護を受けて学校にも行っているのだから。
だけどお前がそれを望んでいるかどうかくらいは分かるし、助けてやりたいって思うのはきっと間違いじゃないんだよ、杏子。
「……あたしの生き方に口出しするんだ。負けたときの罰は当然重くなるぞ……?」
「まあ、そりゃそうだな。お前は何をお望みだ?」
「……なら、お前はマミ達と縁を切ってもらって、あたしの言うことに従ってもらう。これから先、ずっとだ」
「ああ、了解。なら俺は逆にマミさん達の味方になってもらうことにするか。もちろん使い魔を見逃すというのはNGだぜ?」
俺は軽く承諾する。これで勝負の賭けは成立だ。それに対して杏子は逆に焦ったような顔をしていた。
「あ、あたしは本気だぞ、裕? お前は一生あたしのものとして、こきつかってやるからな?」
「別にいいさ。お前に負けたらそれくらいなんだってしてやるよ。俺かお前、どっちが先に諦めるか勝負だ」
それくらい覚悟できないようじゃ杏子に踏み込む資格なんてない。もっと重い罰を想定していたくらいだった。とにかくこれからが勝負なんだ。
俺は杏子に人差し指を突きつける。始まりを告げる意味で、高らかに宣言するとしよう。
「俺は必ずお前に勝つ。覚悟しろよ、杏子?」
「さて、今日のところはそろそろ帰るとするよ」
「……マミ達の所へ行くのか?」
「ああ、これも大事なお仕事ですからね?」
「……ふん、好きにするといいさ。あたしも好きに動く。どこかで会ったとしたら、分かっているよな?」
「まあ、それは今は仕方ないか……」
グリーフシードに関しては、杏子にとっても死活問題だ。魔女退治をするな、と言うことはできない。
(今は出会わないことを祈るしかないのか……くそっ、我ながら中途半端だな、本当)
「そうだ、杏子。お前が寝泊まりする場所なんだけど」
「あん?」
「お前はホテル暮らしって言ってたよな? それも魔法を使ったりした結果なんだよな」
「それがどうした?」
「俺はお前の今の生き方に反対しているから、それについても同意できない。かと言って、野宿をしろと言うのは無責任だ」
「ふん、それくらいは分かっているみたいだな。もしそこに考えがいっていなかったらこの場でボコボコにするところだったさ」
「だからどこにお前が住むか考えていたんだが……」
一番いいのはマミさんの家だ。あの人は一人暮らしだし、同じ魔法少女で、かつてはコンビを組んでいた。マミさんもきっと二つ返事でOKしてくれるだろう。だが、今の現状を考えると、杏子は拒否するだろう。まどかとさやかは家に家族がいるし、暁美はそもそも頼める間柄じゃない。結局残っているのは……
「俺の家に住むっていうのは、どうだ?」
とりあえず聞いてみる。俺とはそこまで敵対する関係ではないから、案外いけるかも……
そう思ってみた俺は甘かったようだ。杏子は真っ赤になって否定しだしたのだ。
「お、お、お前、何考えてんだ!? あたしがお前と暮らすなんてできるわけないだろ!?」
「……やっぱり、駄目?」
「駄目に決まってんだろうが!!」
まあ、杏子さんは性知識に弱い純情ガールですからね。異性と暮らすのはやっぱり許容できないのでしょう。仕方ない、ならば次善の策だ。
「なら、これしかないか」
そう言って俺は金を杏子に渡しておいた。
「とりあえず数日なら、それくらいで過ごせるはずだ。部屋を選ばなければな」
「……なんでここまでするんだよ」
「仮にお前の生き方を変えた所で、お前はすぐには金を用意できないからな。それまでは俺が面倒みるよ。ああ、バイトならいくらでも見つけてやれるぜ?」
「…………」
「こんなことは長くは続けないさ。俺は勝負に時間をかけるつもりはないからな」
「なら……受け取っておく。まあ、あたしが勝ったらずっと続くかもしれないけどな」
「言ってろ。じゃあ、明日の朝にまたここでな。じゃあなー」
「あ……」
俺は明日の約束を取り付けて教会から去って行った。
洲道裕一が去った後、佐倉杏子は一人立ち尽くしていた。
「…………」
彼女が彼をここに連れてきたのは自分の境遇を話して現実を見せつけてやるつもりだった。そうすることで自分のことを理解してくれる仲間を欲しがっていたのかもしれない。だからこそ、こんなことになるとは彼女は思ってなかった。
「あたしの生き方を変える、だって……そんなこと、できるわけない……」
やけになって今日手に入れた果物にかぶりつく。普段ならおいしいはずだが、今はおいしいと思うことができなかった。
「裕の、ばか……」
そのつぶやきは誰にも届かず、空しく廃墟から見える空に昇るだけだった。
「マミさん、お待たせしました」
俺はいつもの修行場に足を運び、マミさんやさやかと合流した。
「洲道君、言いたくなければいいけど、今まで何をしていたのかしら?」
「ああ、さっきまで杏子に会っていたんですよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に二人は驚いていた。まあ、無理もないが。
「それでなんですけど、マミさん……」
「な、何かしら?」
「これからはこの時間にここで合流するということを許していただけないでしょうか?」
「え? でも裕一、魔女退治はどうするのさ?」
「……それは、マミさんとさやかにお願いしたいんです」
勝手なお願いだが、今の俺にはこうすることしかできない。
「……佐倉さんに、会いに行くのね?」
「はい。俺はあいつの今の生き方を変えさせてみせます。そうすればあいつも俺達の味方になると約束してくれました」
あいつは少しひねた所があるが、勝負に負けたら必ず約束は守ってくれる。あいつはそういうやつであると俺は確信していた。
「分かったわ。しばらく魔女や使い魔の方は私達がなんとかするわ」
「お願いします。それから、さやか」
「ど、どうしたの?」
「俺、しばらく学校休むから」
「ええっ!?」
「長くはかけるつもりはない。とりあえず三日くらいを目安にな。ああ、もちろん緊急の用事があったら、いつでも連絡してくれ」
「ゆ、裕一、本気なの……?」
「俺はこの勝負には絶対勝つと誓ったんだ。頼む、さやか」
「……わ、分かったよ」
俺の無茶な要求に二人はなんとかうなづいてくれた。そのことにただ感謝した。
「……洲道君」
「はい」
「本当は私が解決するべきなんだけど、あなたに任せることになってしまって、本当にごめんなさい……」
「マミさん……」
「佐倉さんのこと……お願いね」
「……はい、任せて下さい」
マミさんは俺に託してくれた。俺はその願いに全力で答えよう。必ずこの勝負に勝ってみせる。
それじゃあ話が決まった所でここに来た本来の用事をすませることにしよう。
まずはそう、復讐だ。
「さて、じゃあ修行を始めるか。……なあ、さやか?」
「へ?」
俺が視線を向けるとさやかはたじろいだ。おかしいな、別に殺気はだしてないんだが。
「ゆ、裕一……? なんで、そんなに怒ってるの?」
「怒ってる? 俺が? ははは、まさか。生き残るための修行をたたき込むことに何の間違いがあるんだ?」
「もしかして……病院でのことで怒って、る…?」
「ははははは、まさかぁ。あれは俺の自業自得なんだしなぁ……!!」
「う、うわぁぁぁぁ!!?」
「逃げんな、さやかぁぁ!! 逃げたら修行にならないだろうがぁぁぁ!!!」
俺はすぐにさやかを捕まえて、みっちり特訓をした。少し気が晴れたとか思ったのは内緒だ。
「さて、じゃあマミさん。俺の方の修行もお願いします」
「え、ええ……でも、美樹さんはいいの……?」
マミさんは向こうでのびているさやかの方に視線をやっている。
「大丈夫ですよ。あいつは回復力は人並み以上ですから。それより今日こそリボンを制御してみせます!」
「そ、そうね。だんだんこつをつかんでいるようだし、この分なら実戦でも使える日も近いわ。頑張ってね」
「はい!!」
ちなみに修行が一段落したところでマミさんと連絡先を交換した。これで俺達全員が連絡を取り合うことができるようになったのだった。
修行を終えて解散した俺はATMでまず通帳から金を下ろした。
「さっそく使うときがくるとはな。タイミングがいいというか、何というか……」
だがこれはあの男からもらった正当な報酬なのだから。好きに使わせてもらうとしよう。
「さてと、次は材料だな」
そう言って俺は杏子との勝負のためのものを作るためにショッピングモールへ向かったのだった。
しばらくアニメの展開は止まります。アニメでも時間が飛んだ描写はいくつかありますし、その間のできごとだと思って下さい。
それにしても裕一と杏子のやり取りって不良がもう一人を引きこもうとしているけど、それを突っぱねた図にしか見えませんねw