「さやかちゃん、どこなの……?」
鹿目まどかは親友である美樹さやかをずっと探していた。マミと裕一から連絡が来た時にはまどかはこの上なく焦っていた。さやかの憧れであり、同じ魔法少女であるマミの言葉も、さやかの友達であり、杏子を支えることができた裕一の言葉もさやかには届かなかったことにまどかはショックを受けていた。
(私と杏子ちゃんはまだお話していないけど……)
二人の言葉が届かなかったさやかに自分の言葉が届くのかどうかがまどかには不安だったが、そのマイナス思考を慌てて振り払った。
(駄目だよ……何もしないで引くなんて一番やっちゃいけないことなんだ……)
それこそが裕一達が自分に教えてくれたことだった。同じ苦しみを共有できなくても、できることはきっとある。だからこそ自分はここにいるのだと、この時のまどかは強く思えたのだった。
そして、その想いに答えるようにまどかはさやかを見つけることができた。
「さやかちゃん!!」
「まどか……」
「よかった……ここでさやかちゃんを見つけることができて……」
そう言ってまどかは胸をなで下ろしていた。一方のさやかはそんなまどかのことはお構いなしに言葉を続けた。
「今度はまどかか……あんたもあたしに何か言いたいことがあるって言うの?」
「もちろんそうだよ。さやかちゃん、皆の所へ帰ろうよ? 皆さやかちゃんの帰りを待っているんだよ?」
まどかのすることは変わりなかった。さやかを説得し、皆の所へ連れて帰る。そしてさやかのソウルジェムの穢れを吸い取ることだ。
「ほっといてよ……あたしのことなんてどうだっていいんだよ。それが普通なんだからさ」
「な、何言ってるの、さやかちゃん!?」
「まどか、あたしはね、魔女を殺すためだけに存在する……それしか意味のない石ころと同じなんだよ」
さやかは自分のソウルジェムをまどかに突きつけた。その宝石は昨日見たときよりさらに濁りを増していた。
「あたしはすでに死んでいるのよ……ここにあるのは死体を動かして生きている振りをしているだけのゾンビなの」
「そ、そんなわけないよっっ!!」
さやかの自暴自棄の言葉にまどかは強く反対した。今のさやかの考えだけは絶対に認めるわけにはいかなかった。それを認めてしまうと、もう二度と自分達の溝は埋まらなくなってしまうとまどかは感じてしまったからである。
「私はさやかちゃん達の苦しみを理解できるわけじゃないよ? だけどそれでも! 私がさやかちゃんがゾンビなんかじゃないってことを言うことはできるはずだよ!」
自分が同じ苦しみを理解できなくても、何もできないというのは違う、それが裕一の考えだった。それが今のまどかを支えていた。
「私だって見てきたもん! さやかちゃんの今まで生きてきた姿を! そして魔法少女になった後でもそれは変わらなかったって断言できるよ! だからこそ、私はさやかちゃんが間違いなく生きているんだって胸を張って言えるんだよ!!」
「ま、まどか……?」
今まで見たことのないまどかの剣幕にさやかはたじろいでしまった。まどか自身もここまで声を荒げて誰かに迫るなんてことはなかったかもしれなかった。それだけまどかはさやかに分かってほしかった。さやかはゾンビではなく、生きている人間であるということを。そしてさやかは一人ではないということを。
「さやかちゃんは中沢君が言ってたことを忘れたの!? たとえ言えない秘密があったとしても、自分達が友達であることに変わりはないって!!」
「そ、それは……」
「中沢君だって知りたいはずなのに、何かしてあげたいって思ってくれてるのに、それでもさやかちゃん達のことを信じて何も聞かないでいてくれているんだよ! それでも何か悩みがあったら、その時は聞いてやるくらいはきっとできるって言ってくれていたんだよ!!」
「う……」
「仁美ちゃんだってそうだよ!! ううん、二人だけじゃなくて上条君だって、さやかちゃんを心配している人はたくさんいるんだよ!!」
「ひと、み……きょう、すけ……」
「だから帰ろうよ、さやかちゃん。皆待っているんだよ? 辛いことがあったら皆に相談しようよ……」
そう言ってまどかはさやかに手を差し伸べた。自分のことをゾンビと呼ぶ悲しい出来事に終止符をここで打ちたかった。
さやかはまどかの方へ近づき、その手に自分の手を近付けて、
力一杯それを打ち払い、パンッという乾いた音が響いた。
「さやか、ちゃん……?」
「あのさ、まどか……ずいぶん勝手なことをべらべら言ってくれていたけどさ……ただの傍観者のあんたにそこまで言われる筋合いはないよ」
「ぼ、傍観者……?」
「だってそうでしょ? 確かに裕一や仁美達は魔法少女にはなれないから、あたし達の苦しみを理解できないって言うのは分かる。だけどあんたはそうじゃないでしょ? しかもキュゥべえの話だとあたし達の誰よりも才能があるって言うじゃない……?」
「そ、それは……」
「そんなあんたがあたし達のことを理解することができない……? することができないじゃなくて、しようとしないの間違いでしょ、あんたの場合」
「っ!?」
「偉そうなことを言うのなら、まずあんたが闘いなさいよ!! あたしのために何かしたいのなら、まずあたしと同じ立場になってみなさいよ!! ……無理だよね? そりゃそうだよ。ただの同情なんかで人間やめられるわけないもんねえ……!!!」
確かに裕一に関しては魔法少女じゃないから、その苦しみを理解してあげられないのはさやかにも分かった。しかしまどかはそうではないのだ。その気になれば自分達と同じ立場になれるのに、まどかはそうせずに自分達に何か言おうとしてくる。さやかはそれが我慢ならなかった。それゆえまどかの手をはねのけてしまったのだった。
「そんなあんたに……何かを言う資格なんてないんだよ……」
「ご、ごめんなさい、さやかちゃん……私、これじゃあただの卑怯者だよね……」
確かにさやかの言う通りだとまどかは思ってしまった。今の自分はさやか達の事情を知っているのにただ安全な位置にいようとして、それを眺めているだけの傍観者なのだと。それなのに、一緒に闘う覚悟もないくせにただ言葉を投げかける。それではまどかの言葉が届くわけがなかった。
「でも、これだけは言わせて……私がさやかちゃんに抱いている気持ちは同情なんかじゃないの……私はいいけど、せめて洲道君や中沢君達の言葉だけでも信じてあげて……」
「まどか……」
力なくうなだれるまどかの姿を見て、さやかは少しだけ冷静になることができた。
(あたし、なにやってんだろ……そうだよ、まどか達があたしのことを心配してくれていることくらい分かってたことでしょ……? それなのに……!)
さっきの自分の行動をさやかは後悔したが、もうどうにもならなかった。今さら撤回しようとしたところで遅すぎる。自分にはもうまどかに何かをいってあげることはできないと思っていた。さやかはどうしようもない自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてきてしまった。
「ごめん、まどか……今はお願いだから一人にして……今のあたしじゃ、なんて言ってしまうか分からないの!!」
「さ、さやかちゃん!!」
そう言ってさやかはまどかの前から走り去って行ってしまった。
「さやかちゃん……ごめんなさい……」
まどかはさやかを追うことができなかった。今の自分の言葉ではさやかには絶対に届かない事実をはっきりと突きつけられたからだった。
(私は思い上がっていたのかな……私は洲道君とは違ってさやかちゃん達と同じ立場になれるっていうのに、今までそうしなかった……)
自分にできることはきっとあることを裕一達が教えてくれたが、まず自分ができることから逃げていたのではないか? それなのに自分は安全圏からさやか達に言葉をかけていた……
自分の言葉が届かないのも当然だとまどかには思えた。自分にはさやか達の苦しみを理解しようとする覚悟が足りていなかったのだ。
「それなら……私にできることは……」
さやかの言葉によって、まどかは裕一やほむらの言葉で奮い立たせていた自分を見失い始めていた。
そして、それを虎視眈々と狙っていた存在がいた。
『そうだよ、まどか』
その言葉と共に全ての原因といえる存在がまどかの前に現れた。
「キュゥべえ……」
『今の君では駄目なのなら、君自身を変えればいいのさ。その資格が君には備わっているんだから』
(あたし、馬鹿だよ……まどかにあんなこと言っちゃって……もう、救いようがないよ……!)
さやかはただ逃げていた。マミから、裕一から、まどかから、そして自分自身から。今まで何度も差し伸べられた手をさやかは払いのけてしまった。皆自分のことを心配してくれていることは分かっていたはずなのに、その手を取ることができなかった。
マミの手を取ることができなかったのは何故だった? ――――彼女を見ると自分がどれだけ醜い存在なのかを思い知らされてしまうから。
裕一の手を取ることができなかったのは何故だった? ――――彼に自分の願いについての迷いを指摘されたくなかったから。
まどかの手を取ることができなかったのは何故だった? ――――彼女を見るともう自分は元には戻れないという現実を見せつけられてしまうから。
結局は自分は逃げているだけだった。ただ正義の魔法少女とはあまりにもかけ離れている今の自分を見たくないだけだった。
そして、それはそんな自分に対する罰だったのか、さやかは一つの光景を目撃した。
「あれは……仁美に、恭介!?」
二人はベンチに座っていて、仁美が恭介に何かを話していた。気がつくと時間はすでに夕方になっていた。二人が何を話しているのかはさやかにはすぐに分かってしまった。
「そうだ、もう一日たっているんだ……やっぱり仁美、恭介に告白しているんだね……ああ、なんて絵になる二人なんだろう……」
見てみると恭介は松葉杖を傍らに置いて、仁美に真剣な表情を向けていた。その表情はさやかが今まで見たこともないものだった。
「やめて……そんな顔を仁美に向けないで、恭介……」
無意識にさやかはそうつぶやいていた。そのことに気付いたさやかは今の自分は一体何をやっているのかと自問自答していた。
「あたし、最低だよ……マミさん達の手を振り払って、今も仁美にこんなに嫉妬してしまっていて……」
今のさやかは自分の魔法少女としての在り方を完全に見失っていた。今も自分は迷っていた。本当に自分は彼の手を治してよかったのだろうか、と。
「あ……」
そう考えてしまったとき、何かが崩れるような音が聞こえた。たった今、自分の中の決定的な何かが失われたような、そんな気がした。
自分には今度こそ何もないということが分かってしまった。存在価値がないことが分かってしまった。
さやか自身気付いていなかったが、自分のソウルジェムはすでに多くの穢れをため込んでしまっていた。
「お、おい、さやか?」
「え……?」
そんな価値のない自分にまだ声をかける人間がいた。振り向くと今日はまだ会っていなかった人物がそこにいた。
「杏、子……」
「やっと見つけたぜ。こんな所でなにやってんだよ、お前は」
「あ……あ……やだ、やだよ……」
しかし今のさやかは誰にも見られたくなかった。こんなにも醜い今の自分の姿を誰にも見せたくなかった。誰かと会って、醜い自分を自覚させられたくなかった。
「いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「さ、さやか!?」
さやかはまた逃げ出してしまった。仁美からも、恭介からも、杏子からも、そして自分自身からも。
「ま、待てよ、さやか!! さやかぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
杏子もここでさやかを逃がすわけにはいかなかった。だから必死にさやかを追いかけた。
さやかは逃げ続ける。自分からも、自分以外の全てからも。
「あたしを……あたしのことを見ないでぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
まどか説得失敗です。終わりが近づいてきました。