さて、裕一が杏子の所にたどり着く前に、少し時間を戻して何人かの人物の話を入れたいと思います。特に恭介の所は、ただ裕一から聞いたから来たってだけじゃ、描写が足りないと思いましたし……
それでは、どうぞ。
上条恭介は病院で足の検査を受けていた。指の方はすでに完治と診断されているために、今は毎日バイオリンの稽古に精を出している。
「よし、足の経過は順調だね。これなら松葉杖もすぐにいらなくなるだろうね」
「ありがとうございます」
恭介自身もリハビリは十分な手ごたえを感じていた。そしてこうして医者のお墨付きをもらったことに彼は安堵していた。
「バイオリンの稽古の方は順調かい?」
「はい。でもやっぱり怪我を負う前の勘を取り戻すのは難しいですね。頭にはいくつか新曲のフレーズがあるんですけど、それがまだ形になっていないですし……」
「そうか。今も頑張っているようでなによりだね」
恭介はこの数日間家にいる間はずっとバイオリンの練習をしていた。それは自分のためでもあったが、同時に自分を今まで支えてくれた友人達のために曲を弾いてあげたいという想いもあった。
「医者の立場ではあまり言うべきではないが、君のその指が治ったことはまさに奇跡と言っていいものだ」
「そう、ですか……」
それは彼も何度も聞かされた言葉だった。彼の指は現代の医学では治らないと診断されていたのだ。それがある日突然自分の一部とは思えなかった指に感覚が戻るようになったのだ。それは彼にとって最も嬉しい日でもあったが、同時に大切な友人を傷つけてしまった日でもあった。
「もしかしたら、神様というのがいて、君のバイオリンを聞きたいがために奇跡を起こしてくれたのかもしれないね」
「あはは……」
おどけた様子でそんなことを言う医者に対して恭介は苦笑を浮かべるしかなかった。彼はそのことについてはあまり信じていなかった。確かに自分はバイオリンが生き甲斐ではあるが、自分のバイオリンにそこまでの価値があるとはあまり思えなかったし、何より彼は自分が知らない神様に対してより、彼にとって大切な友人達に自分のバイオリンを聞いてほしいというのが正直な想いだった。
「奇跡、か……」
足の検診を終えた恭介はリハビリがてらに散歩に出かけていた。そしてその間にずっと自分の身に起きた奇跡について考えていた。事故に遭って、もう自分の指は二度と動かないことを知った時、彼は絶望した。今まで生き甲斐としていたものが一瞬にしてなくなってしまったのだった。そしてその事実を知ってしまった日に見舞いに来てくれた友人達に酷いことを言ってしまった。それでも彼らは自分を支えようとしてくれた。
裕一はたとえバイオリンがなくなっても、自分達がついていると言ってくれた。バイオリンを失った自分でも、変わらずそばにいてくれるという言葉に彼は救われたのだった。
そして幼なじみであるさやかもまた、自分にこう言って励ましてくれていた。
『奇跡も、魔法も、あるんだよ』
そしてその言葉は現実となった。その日の夜に自分の指が動くようになったのだ。確かに恭介はそのことに喜んでいたが、やはり疑問は残ったままだった。何故自分にそんな奇跡が起こったのだろうか、と。何故さやかが奇跡があるといったその日に、その奇跡が起きたのだろうか、と。
「さやか……」
彼女のことを考えていたら、恭介はふと昔のことを思い出していた。さやかと出会ったのは自分達が幼稚園児だったころだった。その時の恭介は生来の性格のせいか、引っ込み思案で誰かと話すことができなかった。周りには誰もいない、そんな孤独感を彼は幼い心で感じていたのだった。
そんな彼に手を差し伸べる存在がいた。
「あたしと一緒に遊ぼうよ!」
それが美樹さやかだった。一人だった自分に彼女は手を差し伸べてくれた。恭介は最初は戸惑ったが、さやかの屈託のない笑顔で心を許すようになり、そして彼女の手を取ったのだった。彼女を通じて他の友達も作ることができた。そうして彼は孤独から救われたのだった。
(だから……なのかな。僕が裕一に声をかけようと思ったのは)
あの日、班決めの時に恭介が見た裕一の姿は幼い自分の姿に似ていた。だからこそ、今度は自分がそんな彼に手を差し伸べたかったのだ。幼い頃に自分に手を差し伸べてくれたさやかと同じように、恭介もそんなさやかのようになりたいと思ったからだった。
(今の僕達がいるのは……きっとさやかのおかげなんだろうな……)
さやかのことを考えていたら、昨日のさやかの様子が少しおかしかったことを思い出した。久々に登校してきた自分に対してなんだか余所余所しい態度をとっていたのだ。それは自分が知る美樹さやかの行動とは思えなかった。そしてその考えは正しかったことを裕一が教えてくれた。しかし何故そんなことになったのかは恭介は考えても分からなかったのだった。
「僕にできることは何かないのかな……?」
できることなら恭介はそんなさやかの力になってあげたかった。自分が入院していた時に一番見舞いに来てくれて、支えようとしてくれたのはさやかだったからだ。自分がさやかにしてあげられることはなにかを恭介はずっと考え続けていた。
途中で見つけたベンチに座って恭介が思考のループに入っている間に、いつの間にか時刻は夕方になっていた。
そんな時だった。
「上条君……」
ふと、恭介を呼ぶ声が聞こえた。その声の方へ恭介が顔を上げると、そこにいたのは……
「志筑さん?」
恭介の友人の一人の志筑仁美だった。恭介は一瞬驚いていたが、仁美がなにやら真剣な表情をしていることに気付いて、恭介は思わず姿勢を正してしまった。
「えっと……偶然だね。まさかこんな所で会うなんて思わなかったよ。それで……どうしたのかな?」
こうして出会ったのはおそらく偶然だろうが、仁美の様子はあきらかにただ偶然会って挨拶をしただけには到底見えなかった。
「上条君に大切な話があってまいりましたの」
「僕に……?」
「はい」
そう言って仁美は恭介の隣のベンチに座り込んだ。
「上条君。私達は一年生の頃から一緒にいましたわね。私や、さやかさんにまどかさん、洲道君に中沢君、そして上条君と、六人で学校生活をおくってきましたね」
「そうだね……」
「よくさやかさんや洲道君が暴走して、それを私達が止めて、他の人達に睨まれたりして……」
「あはは、さやか一人ならまだいいけど、そこに裕一が加わったら手もつけられなくなっちゃうよね」
それは恭介が事故に遭う前の、いつもの登校風景だった。そしてそれは、退院した後の恭介が望んでいたものの一つだった。
「私は……そんな上条君達と過ごす日常が大好きでした。ですけど私は、そこから新しい一歩を踏み出すと決めたのです」
「志筑、さん……?」
その言葉に恭介はある種の危機感を感じた。それは恭介の望んだ日常を壊しかねないと思ったからだった。
しかし逃げることはできなかった。仁美もその覚悟を持って自分に会いに来たのだろう。それならそこから逃げようとするのは、彼女の想いを踏みにじることになるのだろうと恭介は考えていた。
「上条君」
そして仁美は紡ぐ。いつもの六人の日常を変えてしまう言葉を。
「私はあなたのことが好きです」
「…………」
「一年の頃にその想いに気づいてから、ずっと消えることはありませんでした。よろしければ、私とお付き合いして下さい」
「…………」
恭介はどうすればいいのか分からなかった。今仁美は自分に告白している。友達だと思っていた女の子が、ずっと自分のことが好きだったと言っている。
普通の男子なら断ることはないだろう。容姿も性格も良く、志筑家のお嬢様で、たくさんの習い事もこなしている子なのだから。
しかし恭介は心の中で引っかかっているものがあった。本当に今ここで彼女の告白を受けていいのか、と。自分の心に引っかかっていることに関して恭介は必死に考えてみた。そのときに浮かんだのは、以前の病院での裕一との会話だった。
「お前をずっと好きでいる子がいるんだから、その子のことを考えてやれ」
あの時裕一は風見野にいる友達の悩みを解決してあげたいと言っていた。そしてそんな彼に恭介が言った言葉は、『そんなに親身になるのは、その人が好き以外にはない』だった。それは以前聞いた中沢の言葉をそのまま恭介が使ったものだった。
そして仁美に会う前に考えていたことはずっとさやかのことだった。彼女に何か悩みがあるのなら、出来る限り力になってあげたいと思っていた。
(あ……)
今の自分の姿は、あの時の裕一と同じであったことを恭介は理解した。そこまで考えた時、心に引っかかっていたものがすとんと落ちる感触がした。
(……そうか、そういうことだったんだね、裕一、中沢)
ようやく恭介は答えを見つけることができた。答えを見つける手助けをしてくれた友人達に恭介は心の中で感謝した。
「ありがとう、志筑さん。僕に好きだって言ってくれて。そんなことは今まで言われたことがなかったから、正直言って嬉しかったよ」
答えはずっと裕一達が教えてくれていたのだ。だけど恭介はずっとそれに気付こうとはしなかった。そして気付いたのは、仁美に告白されてようやくだった。彼女には申し訳ないことをしてしまったと、恭介は猛烈に自分を恥じた。しかし、答えを見つけてしまった恭介は彼女に対して残酷な答えしか言うことができなかった。
「……だけど、ごめんね。僕には他に好きな人がいるんだ。だから、君の告白を受けることはできない」
「……そう、ですか」
恭介の答えを聞いた仁美は、どこか諦めがついたような顔をしていた。もしかすると、仁美はこうなることが分かっていたのかもしれない。自分に本当の気持ちに気付かせるために動いてくれたのでないかと一瞬考えたが、恭介はすぐにそれ以上は考えないようにした。
(……何を考えているんだ、僕は。これ以上僕が志筑さんのことを邪推していいわけがないんだ)
仁美が告白してきて、恭介がそれを断った。
それが全てなのであり、それ以上何かがあるわけがなかった。
「……さて、私の話はこれで終わりです。上条君、聞いて下さってありがとうございました。それでは、私はこれで失礼します」
そう言って仁美はベンチから立ち上がって去って行った。その背中を見て、恭介は何か言わなければならないと思った。
謝罪? ――――違う。
感謝? ――――違う。
「志筑さんっ!!」
そう、上条恭介が『友人』である志筑仁美に言わなければならないことは――――
「また、学校で!! また……裕一や、さやか達と一緒に!!」
それは仁美にとって残酷なことかもしれない。振られてしまった相手と、そしてその人が好きな人と一緒にまたいつものように過ごせと恭介は言うのだ。それはあまりにも都合のいい提案だろう。
だけどそれでも恭介は仁美をここで失ってしまうのは嫌だった。なぜなら恭介は今まで過ごしてきた『日常』が大好きだったからだ。そしてその『日常』には、誰かが欠けても駄目なのだと恭介は考えていた。
たとえ誰かが新たな一歩を進んだとしても、それでも変わらない大切な何かがあるのだと信じていたかったから。
恭介のその言葉に仁美は振り返り、そして笑顔で答えてくれた。
「ええ、もちろんですわ。それでは上条君、また学校で」
そう言って仁美は今度こそ振り返らずに去って行った。恭介はその背中が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていたのだった…………
「……さあ、僕もさやかを探さないとね。志筑さん達が教えてくれたことを無駄にしないためにも」
そう言って立ち上がろうとした時に、自分のもとに走ってくる人物がいることに気付いた。
「ぜぇ、ぜぇ……や、やっと見つけたぜ、恭介……」
「ゆ、裕一!?」
その人物は自分に大切な答えを気付かせるきっかけを作ってくれた一人である洲道裕一だった。
なぜ彼が自分の所に必死になって走ってきたのか、今の恭介にはすぐに理解できた。
「……さやかに、何かあったんだね?」
「え……? あ、ああ、そうなんだよ。お前の力を借りたくてさ」
「分かった。裕一、僕をさやかの所にまで案内してくれ。僕が必ず何とかしてみせるから」
今の恭介にとって一分一秒でも惜しかった。さやかが苦しんでいる。それだけでも恭介はいても立ってもいられない状態だった。
「……ちょっと待ってくれ、恭介」
「裕一……?」
「さやかは今俺達が探している所なんだ。見つけた後はお前の所へ連れていくよ。だけどその前に、俺の話を聞いてくれ。これはさやかが今悩んでいることに関係していることで、これを知らないとお前でもさやかの悩みを解決できないと思うからな」
裕一の表情は真剣そのものだった。今すぐにでもさやかのもとへ行きたかったが、さやかのために必死になってくれている裕一の言葉を恭介は信じることにした。裕一はベンチに座り、話し始めた。
「いいか、恭介。信じられないかもしれないけど、よく聞いてくれ……」
恭介が聞かされたことは、裕一の言う通り、今までの常識とはあまりにもかけ離れたことだった。
今のさやかがなっている、たった一つの願いと引き換えに闘う運命を背負わされる、希望の象徴である『魔法少女』。
それとは正反対の存在で、魔法少女の敵、絶望の象徴である『魔女』。
「そして契約の証にできあがるのがソウルジェム。魔法少女になると、その魂がその宝石になり、身体は抜け殻となってしまうんだよ。そのことにさやかは、自分はゾンビのようだってショックを受けてしまってな……俺達も説得しているんだけど、さやかが聞いてくれなくて……」
「そんな……」
そのことに恭介は愕然としてしまった。今までの常識に当てはまらない事情もそうだが、そのことでずっとさやかが悩んでいたことに恭介は胸を痛めていた。
「……それにしても、お前がすぐに信じてくれて助かったよ。いきなりこんな話聞いても信じてくれないかと思っていたからな」
「そんなの当たり前だろ? 君がこの状況で嘘なんかつくわけがないのは僕にだって分かる。何よりさやかのことに関しては時間がないんだよね? だったら僕への説明で時間をロスしている場合じゃないだろ?」
「確かにそうだな、悪かったよ」
「その、ソウルジェムのことだってさ……だからといって、僕にはやっぱりさやかがゾンビのようだなんて思えないよ。たとえ、魔女との闘いでぼろぼろになったとしても……君はさやかなんだって僕は言い続けると思うんだよ。裕一、僕の言っていることって間違ってるのかな……?」
「……いいや、全くもってその通りだよ。その言葉をさやかに対して言ってやってくれ。それであいつの目を覚まさせてほしいんだよ」
「分かった、やってみせるよ、裕一。さやかには伝えたいこともあるからね」
話を終えて裕一は再び立ち上がった。今度はさやかを探すために走るつもりだった。裕一は最後に恭介に拳を突きつけて言った。
「それじゃあ、俺はさやかを探してくるから、そこで待っていてくれ。――――頼んだぜ、恭介」
「――――ああ、任せてくれ、裕一」
恭介がその拳に自分の拳を合わせ、その後裕一は走り去って行ってしまった。
――――その後、結局恭介はただ待つことができずに、自分もさやかを探すために松葉杖を捨てて走り出して行ってしまったのだった。
さやかに拒絶された後、まどかはキュゥべえと出会い、移動して公園のベンチに腰掛けていた。
しばらく会話はなかった。まどかも口を開かず、キュゥべえも口を開かなかった。しかし、このままでは状況は変わらないと判断したキュゥべえは自分から切り出すことにした。
『君も僕のことを恨んでいるのかな?』
「……あなたを恨んだら、さやかちゃんの身体をもとに戻してくれるの?」
『無理だ。それは僕の力の及ぶことじゃない。さやかはもう普通の手段ではもとには戻れないよ』
なんとなく気付いていたことだが、改めてその事実を突きつけられたことでまどかはさらに落ち込んでしまった。
『だけどまどか、今の君にならさやかを救うことができる』
「それは……魔法少女の奇跡のこと?」
『そうさ、前にも言っただろう? 君の持つ素質は途方もないものだ。おそらく、この世界で最強の魔法少女になれるだろうね』
「どうして、私なんかが……」
『僕にも分からない。君が持つ素質は本来理論的にはありえない規模のものなんだよ。それこそ、君が願えば奇跡どころか、宇宙の法則だって捻じ曲げてしまうくらいにね。……本当にこの町には分からないことが多すぎる』
「…………」
『まどか。今の君が望めば、きっとどんなことだって叶うだろうね。それこそ、さやかの身体をもとに戻して、ワルプルギスの夜も倒し、かつての日常を取り戻すこともできるんじゃないのかな?』
「……っ!」
『僕には強制はできない。後はまどか、君の意志で決めることだ』
強制はしないと言ったが、それはほとんど誘導に近いものだった。それほどまでにキュゥべえはまどかの魔法少女としての才能を欲していた。彼女が魔法少女になれば、いずれキュゥべえの目的は達成されてしまうだろうから。他の何人もの少女の願いよりも、まどかの願いこそが、今のキュゥべえにとって最も優先すべきことだった。
「キュゥべえ、私は……」
やがて意を決したようにまどかはキュゥべえの方へ向き直る。その瞳には決意の色が窺えた。
「魔法少女に……今は、ならないよ」
『……君の意志は尊重するけど……よければ理由を聞かせてもらってもいいかな?』
キュゥべえは今のまどかが分からなかった。今のまどかの前には自分が魔法少女になる絶好の機会がぶら下がっている。そして考えた末に、こんなに力強い瞳をしたまどかの言った言葉がそれだった。今のまどかの心境をキュゥべえは知りたくなったのだった。
「私は……自分なんて何の取り柄もない人間だと思ってた。ずっとこのまま、誰のためになることも、何の役に立つこともできずに、最後までただ何となく生きていくだけなのかなって……それは悔しいし、寂しいことだけど、でも仕方ないよねって、思ってたの……」
それはあの病院での結界で自分がマミに対して言ったことだった。そしてあの時のまどかは、憧れであったマミと同じように誰かを守る魔法少女になろうと考えていた。
「だけどその後、洲道君にそんな自分を変えるために魔法少女になりたいんじゃないのかって指摘されて、そしてその願いに命をかけるだけの価値があるのか分からなくなっちゃったの」
そのことについてはほむらにも叱られてしまった。最も、あの時は裕一やマミ達悪く言う彼女に対して反抗してしまっていたが。
「そしてさやかちゃんは上条君の指を治すために魔法少女になって、これからは誰かのために闘う正義の魔法少女になるって言って、あんなに一生懸命になってた」
そんなさやかの姿を見ても、まどかは未だに自分だけの願いを見つけることはできなかった。
「だけど、その後ソウルジェムの真実を知って、皆が絶望してしまいそうになっていた……」
あの時の皆の表情は今でも覚えている。まどかも彼女達に対して何もできない悔しさを胸に抱いていた。
「それでも、洲道君は諦めたりはしなかった。そしてその日のうちに杏子ちゃんを支えて、魔法少女じゃない人間にもできることはあることを私に教えてくれた。ううん、それだけじゃなくて中沢君や仁美ちゃんもまた、私にもできることはあるんだってことを教えてくれたんだよ……」
それからはまどかは自分にできることを探し続けていた。見つけることがいかに難しくても、それでも絶望することだけはしなかった。
「そして今この瞬間も……魔法少女の願いとして、さやかちゃんの身体をもとに戻すのが一番簡単なことだと思うけど……」
それで全てはもとに戻る。今の問題はそんな単純なものではないとまどかは感じていた。
「それは、逃げだと思うの」
『……どういう意味だい?』
「今さやかちゃんを助けようとしているのは私だけじゃない。洲道君、マミさん、そして杏子ちゃんも皆必死になっているんだよ。だから、今安易に奇跡にすがろうとするのは、さやかちゃんを助けることを考えることから逃げることだと思うし、それに皆の想いも裏切ることになると思うの」
『だとしても……結果としてさやかは救われるんだよ? それで十分じゃないのかい?』
「……確かにそうだけどね。でもね、キュゥべえ。人間は結果だけじゃなくて、そこに至る過程にもこだわる生き物なんだよ」
『……その思考は僕には分からないよ』
「だからね、魔法少女になるにしても、まずは洲道君達にも話さないといけないの。あくまでそれは最終手段としておきたいんだ。魔法少女になったら、もう戻れなくなるから……一番やっちゃいけないのは、皆に相談しないまま魔法少女になることだって私は思うから……」
『あくまで君達は奇跡にすがらずにさやかを救うと言うのかい?』
「私は諦めたりはしないよ。最後の瞬間まで、皆と一緒にあがき続ける。それが洲道君やほむらちゃん……皆が私に教えてくれたことだから!!」
その時、まどかの携帯電話が鳴った。それが吉報なのか、凶報なのかは分からなかったが、まどかははやる思いで電話に出た。
「もしもし、マミさん!?」
「鹿目さん、美樹さんはもう大丈夫よ。ようやく、彼女は手を取ってくれたのよ……」
「ほ、本当ですか!? よかった……!!」
その言葉を聞いて、まどかは嬉しさがこみあげてきて、思わず泣いてしまってしまっていた。
「ぐすっ……そ、それでマミさん、さやかちゃんが手を取った相手って、やっぱり杏子ちゃんですか?」
それ以外にいないと思っていた。まどかがさやかと話した時、すでにマミと裕一は説得に失敗していた。だから残っているのは、杏子以外にはいないはずである。しかしマミの返答はまどかの予想を遥かに超えていた。
「そうじゃないのよ……美樹さんが最終的に手を取った相手は……上条君なのよ」
「か、上条君ですか!?」
「洲道君が美樹さんの説得に失敗した後で、彼が上条君に事情を話すことで美樹さんを助けてもらおうとしたそうなのよ」
「洲道君が上条君に魔法少女のことを……そうだったんですか……」
「でも私はそれだけで美樹さんを救ったとは思っていないわ。その前に私や、洲道君や、佐倉さんや、そして鹿目さんの言葉があったからこそ、美樹さんは手を取ってくれたんだって信じてるの……」
「マミさん……」
自分もまた、さやかを救う手助けが出来ていた。その言葉にまどかは救われる思いだった。
「鹿目さん、美樹さんは修行場にいるから、あなたもすぐに来てね。その後で皆でパーティーにしましょう? 今日はうんとごちそうしちゃうから!!」
「あ……はい!!」
そう言って電話は切れた。その時のまどかの表情は先ほどと違って晴れやかなものになっていた。
『……どうやら君の言った通りだったみたいだね。こんな結末になるとは僕も思っていなかったけど……』
「これは皆で頑張った結果なんだよ……皆がさやかちゃんを助けたくて、必死にあがいて……だからそれがさやかちゃんに届いたんだよ……」
『確かに君達は奇跡に頼らずに目的を達成することができた。でもやっぱり、僕にはわざわざ苦難の道を選んでまですることについては納得ができないなぁ』
「キュゥべえにもいつか分かる日が来ると思うよ。それじゃあ、私は行くよ。さやかちゃん達の所に行かないとね。じゃあね、キュゥべえ」
そう言ってまどかは公園のベンチから走り去って行ってしまった。今はとにかく、元気になったさやかにただ会いたかった。
『……そんな日は来ないと思うけどね。やっぱり君達人類の価値観は僕にはよく分からないよ』
まどかの後ろ姿を見て、キュゥべえはそうぼやいていた。
『さて……そろそろ出てきてもいいんじゃないかな、暁美ほむら』
まどかがいなくなったのを確認したキュゥべえは、この場で姿を見せないもう一人の役者に声をかけた。
そしてその言葉に誘われるように、暁美ほむらが姿を現した。
「……いつから気付いていたのかしら?」
『最初からさ。魔法少女の気配くらいは僕にも分かるからね。まどかが魔法少女にならないと言った辺りから君はこの場にいたね。あの時まどかが魔法少女になると言ったところで、君は僕を襲撃して、まどかの契約を阻止していただろうね。どちらにせよ、今回の僕の目論見は失敗に終わっていたみたいだ』
「…………」
『だけどあの切り返しは完全に僕の予想外だった。君や裕一は彼女に強力な楔を打ち込んでいるようだね。これでまどかに交渉するカードはほとんどなくなってしまったよ』
「あなたもあの男にずいぶんとしてやられたようね」
『確かに僕には彼に関する情報はほとんど持っていない。だけど君の正体については、おおよその見当はついてはいるよ。君の能力……時間停止について考察すれば簡単なことだからね。暁美ほむら、君は……』
それ以上言うことはできなかった。なぜなら次の瞬間、キュゥべえの身体は蜂の巣のようになって倒れてしまっていたからだった。
「……あなたとこれ以上話すことはないわ」
そこには拳銃を片手に持つほむらの姿があった。彼女の持つ時間停止の魔法によってこの状況を作っていた。
「洲道裕一……」
その声にはもう以前のような敵対心は含まれていなかった。マミの命を救い、さやかの運命を書き変え、そしてまどかに強さを与えてくれていた。彼はまどかをずっと守ってくれていたのだ。そしてあの時見せてくれたまどかの姿は、かつて自分が知っている鹿目まどかの姿にそっくりだった。そのことにほむらは言い得ぬ嬉しさをかみしめていた。
「私は……今度こそ、まどかの言葉を、あなたのことを信じるわ……」
ほむらはキュゥべえと同じように、彼のことを全て理解しているわけではない。それでも彼の力を認めないわけにはいかなかった。自分が今まで見つけられなかった未来を、彼はその手でつかみ取ってしまったのだから。そして全ての魔法少女達が生存し、そして彼がいるこの世界でなら、自分が望む未来を掴みとれるかもしれないと思っていた。
「どうか……どうかまどかを……あの子に優しくないこの世界の物語を……書き変えて……」
一人の友達のために、何度も時を遡る少女の願いは空へと昇っていったのだった…………
本当なら恭介と中沢の話を入れようかとも思ったんだですが……中沢は裕一達がさやかを探していることを知っていたので、それを恭介が知ったら仁美の告白どころじゃなくなるのでカットしました。
ごめんね、中沢君!! でも君がいたから裕一はさやかを見つけられたんだよ!! それで裕一が説得に失敗したから恭介に助けを求めようと考えられたんだよ!!
まどかの方は、安易に奇跡に頼らずに頑張ろうとする姿をキュゥべえに見せてもらおうと思いました。この小説ではそれなりに前向きになっているので、こういう違いを出してみたかったんです。
さて、まどか達は修行場に集まった後、マミさんの家に行くことになります。これで他の人の描写は終わり、いよいよ裕一と杏子の話となります。