最初に動いたのは杏子だった。槍の連結を解除して一本の鎖とし、槍が蛇のように襲いかかってきた。前回の時よりさらに速く、そして鋭くなっている。どうやら手加減は一切しないようだ。だけど見切れない速度じゃない……!
俺は槍の刃先だけを見て迎え撃とうとした。だけどそれは失敗だった。さやかの剣と杏子の槍をぶつけた瞬間、その重量に俺は驚いてしまった。慌てて二本の剣で押さえようとしたら、足に力を入れていなかったせいで俺は思いっきり後ろへ飛ばされてしまった。
「ぐああっっ!?」
なんとか後ろに盛大に倒れずに受け身を取ることができたが、剣を見ると見事にへし折れていた。
「…………」
そんな俺に対して今のあいつは冷静に俺を見下ろしていた。どうやら闘いになる以上は思考を切り替えているようだ。それは長年の経験によるものなのだろう。
しかしどうする? 前回のように剣を刺すことで空間を狭くして槍の動きを制限するっていうのはできない。今俺達がいる教会は十分に空間があるのだから、あいつはその槍の特性を存分に生かせるのだ。ここはあいつの住んでいた家であったからなのか、ここの教会もあいつに力を貸しているような気がする。
それに仮に剣を数本刺したところで、きっとなぎ倒されてしまうだろう。いきなりピンチだ。このままでは槍を防ぐこともできずに俺はやられてしまうだろう。
だけどなめてもらっては困る。あの時から俺もマミさん達と一緒に修行したのだ。今こそその成果を見せる時だ。
俺はへし折れた剣を捨てて新たな剣を出した。それを片方ずつに三本、計六本の剣をこの手に出した。そして三本の剣をさらに出した赤い布を巻いて球状に固定化することで、赤い球から三本の剣が伸びるまるで長い爪のような武器を作り出した。三本の剣の柄を指の間に挟めて球を握りこむことで装備完了だ。
「さやかの魔法にそんな使い方があったとはな……」
その姿を見た杏子の感想がそれだった。その言葉で俺の頭に一つの勝利へのシナリオが浮かび上がった。どうやらまだ本格的に一緒に修行を始めていなかったから、杏子はまだあのことを知らないようだな。だったらそれを利用しない手はない。
「じゃあ……消えろよ」
その瞬間、再び槍が襲ってきた。それに対して俺がやることは変わらない。槍の刃先に向かって爪を振り下ろすと、今度はあっさりと弾くことができた。
「なに……?」
その光景に杏子は驚いているようだった。悪いがこの結果は当たり前だ。三本の剣をまとめることで質量は三倍になるのだ。これくらい弾き飛ばせないようじゃあ、これを作ったかいがないというものだ。
「おいおい杏子、まさか今さら同じ手を少し速くしたところでどうにかなると思ってんのか?」
先ほどのお返しとばかりに俺は不敵に笑ってやった。
「…………ふん」
それに対してつまらなそうに杏子は鼻を鳴らしていた。
だけどいくら槍を弾けるようになったとはいえ、迂闊に突っ込むとさっきのように複数の槍が俺を襲うのだろう。それでは意味がない。ならば、次の一手は……
俺は手に持つ爪を杏子に向かって投擲した。爪は勢いよく飛んでいったが、今も空中を舞う槍によって弾かれてしまった。しかし、甘い。
次の瞬間、赤い球体は弾け、三本の剣がその勢いでばらけてそのうち一本が杏子を襲った。
「くっ……!!」
そして杏子は地面からもう一本の槍を出し、それで弾こうとした。しかし、やはり甘い。
槍が剣に触れようとしたその瞬間、剣が爆発した。
「うぁっ!?」
その衝撃によって杏子は大きく体勢を崩してしまった。その瞬間を狙い、俺はもう一本の爪で襲いかかったが、杏子ももう一本の槍でそれを受け止めた。俺はさらにそこから蹴りをお見舞いしようとしたが、もう一本の腕の二の腕の部分で受け止められてしまった。しかしその結果、空中を舞う槍の動きが不安定になってしまい、それが俺を襲うことはなかった。また新たに爪を作る。これだけ密着していれば地面から槍を出して襲うということはないはずだ。もちろん注意は怠らないし、槍を地面から出そうとするなら即座に退くだけだ。複数の槍が地面からも出せることを最初に知れたのはラッキーだったな。
対する杏子ももう一本の槍を消し、両手で槍を掲げて襲いかかって来た。あいつの狙いは何度も切り替わる。心臓、肺、首筋、鳩尾、さらには両腕、両足、眉間、それら全ての急所を的確に突いてくる。
その槍で俺を串刺しにするために槍のラッシュが俺を襲う。俺は爪を使って刃先に触れ、それらを弾いていく。この繰り返しだ。それが終わるのはどちらかが音を上げるときだ。
突く、突く、突く、突く、突く、突く、突く、突く…………
どれもが必殺の一撃を杏子は繰り出す。あいつの勝利条件は俺を自分の世界から消すこと。それはどうやら俺の生死問わずのようだ。俺が逃げることがない以上、あいつが逃げるか、俺が死ぬかのどちらかだ。
弾く、弾く、弾く、弾く、弾く、弾く、弾く、弾く…………
一発でも喰らえばアウトだ。必死に見切って爪で弾いていく。対してこっちの勝利条件はあいつを止めること。決して杏子を殺すためではない。実力者である杏子相手にそれがどれだけ難しいかは十分理解している。だけどそれでも俺はやらねばならないんだ。
突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く、突く、弾く…………
呼吸をする暇もない。完全な体力勝負だった。どちらの息が続くかの無酸素地獄だ。先に息を吸った方が負ける。やがて苦しそうに息を吸ったのは……
「あくっ、はぁっ……」
杏子だった。その一瞬を狙い、槍を上に打ち上げ、爪の峰の部分で杏子のわき腹を打った。
「うぁぁっっ!?」
それから俺は一旦バックステップを取って杏子から距離を取った。
「なんで、とどめを刺さないんだよ……?」
立ち上がった杏子は俺を睨んでいた。俺がしたことに屈辱を受けているようだった。
「俺の目的はお前を殺すことじゃないからな。勘違いしないでもらおうか」
このまま闘いが終わるのならそれが一番だしな。
「これで気がすんだか、杏子? それならマミさん達の所へ戻ろうぜ。皆俺達を待っているんだからな」
「ふざけるなよ……戻るわけがないだろうが……」
どうやら肝心の杏子がまだまだ満足していないようだ。それなら俺がすることは一つしかない。
「だったらとことんまで付き合ってやるよ。――――地獄の果てまでとは言わねえけどな」
「なんだよ……どこまでも付き合うわけじゃないのかよ。へたれだな」
「お前をそんな所には行かせないってことだよ、馬鹿」
「……ちっ」
修行のおかげなのか、以前よりは杏子の槍の速度についていけているような気がする。おそらく慣れてきているからだろう。あいつの速度や、そして俺が力を使っている時の感覚等に。
さてどうするか? さっきの攻防の展開に持ち込むことはもう難しいだろう。同じ手が通じるほど、俺が知る佐倉杏子は甘い存在じゃないんだ。あの蹴りの時に試みたけど、それは失敗に終わった。
(やっぱり……
それなら次の一手だ。
「なあ、杏子。俺達の付き合いはそんなに長いものじゃなかったよな」
「あん?」
「風見野のゲームセンターでお前がちょっかいをかけてきた。あれが全ての始まりだった」
「……今は、それを心底後悔してるよ」
「ひどいお言葉だこと」
イメージしろ……この教会に俺の力を張り巡らせる光景を……
「だってそうだろ。お前がいなかったらこんな想いはしなかったんだからな」
「それで今までのいい思い出とかも丸ごと消去か。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いか。……これは違うか」
「……いい思い出なんて、なかった……」
「嘘つけ。楽しくて最高の時間って言ってただろ」
もう少しだ……あと数秒……
「~~~~~っっ!!!! ああ、そうだよ!! お前といた時間は楽しかったさ!! だからあたしは壊れちまった!! お前におかしくされちまったんだよ!!」
「う~ん、よく考えてみるとそれって理不尽じゃないか?」
「何がだっ!?」
「お前が変わっちまったっていうのはお前の責任じゃないか。そもそもお前の言う今の自分ってやつはもともとお前が望んでいない生き方だったんだろうが。だからお前は昔の自分に戻れる云々なことを言っていたんだろ? そんな風に曖昧な生き方をしていたから簡単に変わっちまうんだ。なに人のせいにしてんだよ?」
「お、お前……!?」
「それにだ。昔のお前ってやつが純粋だったのはそうかもしれないけどさ、人間はいつまでも純粋ではいられないんだぜ? 人は成長するもんだ。色んな穢れを知っていくことでな。お前はきっと新しい自分に変わろうとしているんだよ。そっちのお前の方が自然だし、俺は好きだね」
「なっ!?」
その瞬間杏子の顔が真っ赤になった。好きって言葉だけでここまで顔を赤くするとはね。相変わらずの純情ガールですこと。
「そのきっかけを作ったのは俺なのに、お前は俺に消えろなんて言う。あーあ、なんて理不尽なんだ。そう考えるとだんだん腹が立ってきた」
「て、てめえ……」
俺の言葉に杏子はわなわなと震えていた。図星を指されて逆上したのか? まあいい、もう準備はできた。
「だからさ、杏子。今度は俺からのおしおきだ」
その瞬間、周囲からいくつもの剣が杏子を襲ってきた。
「なにっ!?」
それらを弾こうとした瞬間、全てが爆発した。視界が塞がれた瞬間、俺は天井から赤い紐を伸ばし、それを引くことで上へと昇った。そこからさらに剣の射出が続いた。もちろんそれらも爆発し、杏子の周りは砂煙で満ちていた。今のあいつには俺がどこにいるのかは分からない。俺は爪を持ち、上空から襲いかかった。
「っ!? 上か!!」
奇襲に気付いた杏子は槍でそれを防ぎ、俺は地上に下りて再び近接戦闘に移った。しかし先ほどの打ち合いと決定的に違うことがあった。それまで一合で一、二発だった攻撃が、ここに来て三、四発と倍増していたのだ。
「あの状況でも手加減してたのか……!?」
「もう我慢ならねえ……お前が消えないのなら、あたしがこの手で消してやる!!」
これこそが杏子の本気の速度なのか。まずい、何とか刃先は見えるけど、身体が思考についていかない。俺はそこから身体のリミッターを外して動くことにした。
……これならなんとか打ち合わせることはできそうだけど、その分リミッターを外したダメージによってさやかの魔法の消費が激しくなる。これがなくなる前に決着をつけないと確実に負ける。
(どこまでもやっかいなやつだよ、お前は……!!)
再び爪と槍がぶつかり合う。火花はいくつも飛び散り、金属同士が奏でる音が断続して教会に響き渡る。打ち合いはどこまでも続く。速度を緩めてはいけない。その瞬間にあの槍は俺を串刺しにしてしまうだろう。どこまでも速く、細かく鋭く……
だけどそれは杏子の思うつぼだった。
突然あいつの槍を繰り出すタイミングが変わったのだ。
(どういうことだ? いつの間にか俺達の距離が変わったのか? ……いや、杏子が意図的に遅くしたのか!!)
攻撃のタイミングをずらされてしまい、爪の一振りが空振りに終わってしまった。その時前のめりになって一瞬体勢を崩してしまった。その瞬間、頭部を目がけて杏子の鋭い蹴りが飛んできた。空振りしている状態だと爪では迎撃が間に合わない。間に合うとしたら……二の腕だ。とっさに俺の二の腕を頭の方へ持っていき、蹴りを受け止めた。
「う……ぐっ……!!」
蹴りを受け止めたとき、腕の骨にひびが入ったことが分かった。俺はあえて足の力を抜くことで杏子の蹴りの勢いに乗って後ろへ飛ばされるようにした。こうして俺は再び砂煙に身を隠し、追撃を防ぐために剣を一本出してそれを投擲した。今の俺では爪はもう作れないから、これは手元に持っていないといけない。剣が弾かれた音が聞こえたが、おかげで追撃は免れた。骨のひびはさやかの魔法で直しておいた。
「
これで準備は完了だ。後は最後の仕上げに入るだけだ。
次で最後にしようぜ、杏子。
(どこまでも……どこまでもどこまでもどこまでも食らいつきやがって……!!)
杏子のいらつきはすでに極限にまで達していた。自分の本気の速度にも裕一は食らいついていった。そして今も彼は砂煙にまぎれて身を潜めている。とっさに辺りを見回してみると、教会は自分達の闘いですでにぼろぼろになっていた。ステンドグラスもさらに粉々になっているし、床も無事な所がほとんどない。
(どうでもいいや……昔のあたしが持っていた大切なものは、もう全部消えちゃったんだから……)
ここには家族と暮らした想い出があった場所だが、今の杏子の心には何も浮かびはしなかった。
(そうだよ……大切なものは自分の手で消しちゃうのがあたしなんだ)
自分が守ろうとした結果、待っていたのは破滅だった。結局自分は今まで何をやっていたのだろうか? 認めてほしかった人には認められず、希望を見出した人は結局自分と違う所を見せつけられてしまった。そして今も自分の大切な場所を壊している。
(もういいさ、全部壊れちゃえ、消えちゃえ。今にも昔にも戻れないあたしも、みーんな消えちゃえ)
だけど、その前に。佐倉杏子には何より消してやりたい存在がいた。
そいつは今もここにいる。そいつは自分はいなくならないと言っていた。
「もう……」
放っておいてほしかった。自分は大切なものなんて持っちゃいけないから。
「消えろ……」
だから全部壊そう。この場所ごと、彼もこの手で消してやろう。それが自分にはふさわしいのだから。
「何もかも全部、消えろおおおおぉぉぉぉーーーーーーーっっっ!!!!!」
その瞬間、数多の槍が周囲の全てを覆い尽くした。
「っ!!」
その時、杏子はここからどうやって彼が攻めるのかを考えた。今の周囲は槍で覆われている。しかしそれでも唯一覆われていない箇所が存在する。それは自分の真上だ。そう考えて上を見上げた時、思った通り裕一が爪を持って上から迫っているのが見えた。その瞬間、杏子は周りの槍を消し、その構成魔力を一本の槍に集めた。そして裕一が爪を振るより先に杏子が槍を突き出した。彼は空中にいるから逃げることはできない。そして杏子の突きだした槍は、
裕一の腹部をやすやすと貫いた。
「……え?」
杏子は目の前の光景が信じられなかった。今自分は槍を突き出している。そしてその刃先に裕一がいた。
「う……そだろ?」
彼は何もしゃべらなかった。その原因は間違いなく自分にあった。そう、たった今自分がこの手で……
「あ、ああああああ…………」
これが彼女の望みであるはずだった。この手で自分の大切なものを全て消してやると……
「ち、違う……こんなの、あたしは望んでなんか……!」
彼女は泣いていた。失ってしまって彼女は初めて気付いた。彼女が本当に望んでいたことは……
「いや……いやだ、裕!!」
しかし今さら気付いても遅かった。消えてしまったものは戻らない。
「いなく、ならないで……」
杏子の目の前は真っ暗になった。この手で大切なものを壊してしまった彼女は、その喪失には耐えられずに悲しみの闇に堕ちていった――――
「残念。それは偽物さ」
その時、声がした。ありえないはずだった。だけどそれは彼女が待ち望んでいた声であり、それが闇を打ち払った。泣きながら振り返った杏子が見たものは……
「チェックメイトだ、杏子」
自分に赤い槍を突きつけている洲道裕一の姿だった。
(なんとか当初の狙い通りに事が進んだな……)
今俺はすでに杏子の後ろを取っている。これから杏子が何をしようと俺の方が圧倒的に速い。だからここまでだ。
「なん……で、お前があたしの槍を……?」
「言っただろ? 俺の能力は魔法少女の力のコピーだってさ。だからこの槍はお前からもらったものさ」
自慢するように言ってやった。杏子はそれに納得できなかったのか、さらに追及してきた。
「う、嘘だ!! お前は触れないとその力を得られないんだろ!? お前にはそんなチャンスはなかったはずだ!!」
目の前の現実が信じられないのか杏子は嘘だと喚き散らしている。チャンスはなかった、か。果たしてそうだったかな?
「お前は大きな勘違いをしているんだよ。……俺が一つの魔法しか使えないっていう勘違いを、な」
「なっ!?」
もう隠す必要はない。俺は全ての種明かしをすることにした。
「そ、そんなわけあるか!! お前はあの勝負のときはさやかの魔法しか使ってなかった!! だから、使える魔法は一つだけだろ!?」
やっぱり杏子は教会での能力の説明と前回の勝負で勘違いしていたようだ。そのおかげで俺はこの勝利を掴むことができたんだ。
「よく観察しているな。確かにあの時の俺はさやかの魔法しか使えなかった。……けど、これでどうだ?」
そう言って俺は杏子の槍を持つ手はそのままに、もう片方の手に、
さやかの剣を取りだした。
「あ……!?」
「そういうこと。今の俺は二つの魔法をこの身に宿せるんだよ。あの時ここで言った進歩っていうのがこれのことだったわけさ」
これが可能になったのは前回の勝負より後のことだった。そして、あの教会での俺の能力の説明の時には俺はそのことは言わなかった。それがこの勝利につながるとはあの時は思っていなかったが。
「始めた時に俺の身に誰の魔法があったのかはもう分かっただろ? あの赤い布の正体に気付かなかったのが失敗だったな。俺が一つの魔法しか使えないっていう思い込みがそうさせたってことか?」
そう、最初に俺の中にあったのはさやかの魔法と、そしてマミさんの魔法だった。あの時爪を作った時の赤い布はマミさんのリボンだったのだ。そして途中での杏子との会話の時にしていたのは、教会の周囲にマミさんのリボンを弓の形にしてさやかの剣を矢の代わりに置くことで、それぞれ設置しておいたのだ。後は俺の意志で弓が放たれたわけだ。
「お前が俺の力を勘違いしていることに気付いた俺は、一つの作戦をたてた。それはお前の幻影の魔法をコピーし、背後を取ることだった。お前が以前それを使っていたっていうのはマミさんから聞いて知っていたからな」
最初の近接戦のときも、足が杏子の二の腕に接触していた。しかし、その時のコピーは失敗だった。
「だけどさすがに三つは無理だったみたいだな。そして一度その力を使い切らないと次の力を入れられないというルールは変わらない」
だから俺は周囲にマミさんのリボンを張り巡らすということをしたのだ。あれは罠を作るためでもあったが、大量にマミさんの魔法を消費して空にすることが本当の目的だったんだ。
「俺がいつお前の魔法を手に入れたのかはもう分かっただろ? けどその代償として受けたお前の蹴りはめちゃくちゃ痛かったよ」
そして二度目の近接戦。俺は杏子の蹴りを受け止めた時にこの身に杏子の魔法を宿した。そして奇襲を成功させるために砂煙と、一度上空から攻めるという布石を打っておいた。
「あの周囲から槍が出てきたやつは驚いたよ。だけど俺はその時は遠くにいたし、それは真上から攻めるしかないっていう状況を作ってくれたから、むしろ好都合だったんだ」
そして俺は自分の分身を作り出し、上空から杏子に奇襲をかけさせた。また頭上から来るかもしれない、そう思って少し上を見るだけでよかったんだ。その時俺の姿が見えれば、もう疑いはしない。向こうは俺が幻影の魔法を使えることを知らなかったのだから。後は幻影を攻撃した杏子の後ろを取ればいい。
ぶっつけ本番だったが、すぐに杏子の魔法を扱うことができたのは助かった。これも神のお導きというやつなのかね? まあ、何でもいいけど。
そして今、俺は杏子の槍を持ってここにこうして立っているんだ。
「そういうわけさ。これで決着だ。今度こそ、俺は完全にお前の上を行ってやったよ、杏子」
そこまで説明したら、杏子は崩れ落ちた。取り落とした槍がカランカランと音を立てて消え去り、それがこの闘いの終わりを告げていた。
もう彼女に闘う気配は感じられない。俺は静かに武器を消した。
「杏子……」
「なんなんだよ、お前は……」
声をかけようとしたら杏子に遮られてしまった。その声は今まで聞いたこともないくらいに弱々しいものだった。
「あたしの大切なものは、全部消えてしまうのに……父さんも、母さんも、モモも皆、あたしのせいなのに……」
杏子はずっと悔いていたんだろう。自分の父親のためという自分の願いによって、家族を失ってしまったことを。だから、自分のためにしか生きないっていう望まない生き方をすることにしたんだろう。自分が失った家族のために、杏子は一人でずっと頑張ってきたんだ。
「あたしが、あたしが全部……あっ……」
俺はいつのまにか杏子を後ろから抱きしめていた。それ以上言ってほしくなかった。もうこれ以上自分を偽ることはしてほしくなかった。なにより杏子自身を許してあげてほしかった。
「……すごいよ、お前は」
「え……?」
「お前は家族のために魔法少女になった。そしてその後も誰かのために闘い続けていた。その後、失敗したとしてもさ……その時の想いまで間違っていたなんてことは絶対にない」
「間違って、ない……?」
「そうだよ。そして一人になった後もお前は頑張った。家族のことを忘れないように、もう二度と同じことを繰り返さないように、お前はずっと頑張ってきたんだよ。だから、さやかを救うことにもあんなに一生懸命になってくれたんだよな」
「それ、は……」
「お前はずっと自分と、そして誰かのためにずっと頑張ってきたんだよ。だからすごいって言ったんだ」
「っ……」
「だからさ、もういいんだよ。お前は十分に頑張ったんだ。もう、自分を偽ることはしなくていいんだ。誰が認めなくても、俺は認めるから。お前と出会えたことを、俺は誇りに思うから」
ふいに、杏子の身体が震えていることに気付いた。そして、前に回している俺の手に何かが滴り落ちてきた。それが涙であることはすぐに分かった。
「う……く……ひっく……」
杏子は泣いていた。さっきよりも大量に涙が出てることは手に伝わる量ですぐに分かった。
――――ああ、また失敗しちゃったのかな。慰めていたつもりだったのに、励ましていたつもりだったのに。
俺、また杏子を泣かせちゃったよ。
「お前のせいだぁ……」
「え?」
突然の言葉と共に杏子の身体がこっちを向いてきた。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたけど、それでも彼女の美しさが損なわれるということはなかった。
「お前があたしと会わなかったらこんな想いはしなかったんだよ……こんなに胸が苦しいなんてことはなかったんだよ……」
「……そう、だよな。この状況を作ったのは俺だもんな」
「そんなんじゃない……」
俺の言葉を杏子が否定した。それならなんだというのだろうか?
「お前と過ごした時間全てが……あたしを……お前が……!」
そこまで言った時、突然杏子は俺の胸を叩き始めた。ぽかぽか、ぽかぽかと。今までの彼女のものとは思えないほど弱い力で叩いていた。だけどそれがなぜだか一番心に響いた。
「お前といた時間は楽しかった!! いつの間にかお前と勝負したり、飯を食ったり、話している時間があたしの大切なものになっていた!! あたしが今の生き方を変えてくれるって言ってくれた時は嬉しかった!! ソウルジェムのことを知った時も真っ先にあたしの所に来てくれて救われた!!」
堰を切ったように言葉が出てきていた。ためこんだものを一気に吐き出すように、俺に感情をぶつけてくる。
「さっきのときも……あたしがこの手でお前を刺した時も、あれが幻であたしは安心していたんだよ!! そうだよ……あたしはお前に消えてほしくなかったんだよ!! そばにいてほしかったんだ!! ずっと、ずっと……!!」
「そっか……」
「やっぱり全部お前が悪いんだよ……お前がいたから、あたしはこんなに弱くなったんだよ……だから、だから……!!」
そして杏子はその頭を俺の胸にうずめて言った。
「責任とれ、ばかぁ…………」
「ごめんな、杏子。どうすればいいかは今は分からないけど、俺はいなくならないから。お前のそばに、ずっといるから」
「う……あ……うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!! ああああぁぁぁぁ…………」
杏子は子供のように泣き続けた。ずっと我慢してきたものがすべて涙になって流れていった。俺は杏子が落ち着くまでずっと杏子の小さな身体を抱きしめていた……
どれだけそうしていたかは分からない。その後俺達はあの時のように階段の所に腰掛けていた。
「教会、ぼろぼろになっちゃったな」
「…………」
「うむむ……もうちょっと上手くお前を止められたらよかったんだけどなぁ……いやぁ、ごめんな杏子」
「…………」
……反応なし、か。いつもの調子で話したら気がまぎれるかとも考えたが、そう上手くはいかないものだな。と言うより、俺自身に重い空気に耐えきれずにその場を濁そうとするくせがあるような気がする。これは直すべきなのだろうか?
「また……壊れちゃった」
「ん?」
膝を抱えた状態で杏子はそんなことを呟いた。それは俺に言ったのか、それとも自分自身に言ったのか、ちょっと判断がつかなかった。
「結局はこうなるんだ。どれだけ大切に思ったところで、いずれは壊れてなくなっちゃうんだよ。父さん達だって、いなくなった……」
いつの間にか呼び名が親父から父さんに変わっていることに気付いた。最初こそ親父と呼んで蔑んでいたけど、やっぱり杏子は今でも親父さんのことが好きなんだろうな。だからこそ、その死を絶対に無駄にしないように生きていたんだ。自分の本当の気持ちを殺してでも。
「また大切なものを手に入れても、結局は壊れてしまう。あたしが、全部……」
「だから自分は大切なものはいらない。再び失うことが怖いから、か?」
「……っ、お前だって、マミ達だって、いつかはいなくなる!! 永遠に生きるなんてことはできないだろ!?」
「確かに、な。どんな生き物だって、いつか必ず死ぬ。出会いがあったら、いつかは別れが来るものだよ」
それはあの男が俺に教えてくれたことだった。俺が大切なものを失った時に、俺に言った言葉だった。どんな存在にも、いつかは死がやってくる。たとえ大切なものを手に入れても、いつかは失ってしまうのだと。
「そうだろ!? 希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望がまき散らされるように!! そうやって差引がゼロになるのがルールなんだよ!!」
そうやってバランスが保たれる。それが変わらないルールであると杏子は言う。
あの時、失われるときは必ず来るとあの男は言っていた。
そして、それを知ったお前はどうする、と男は俺に問うた。その時の答えを口にした。
「……だけど、それでも俺は求めるよ」
「え……?」
「だって、手に入れることの嬉しさは、失ってしまうことの辛さより大切なんだって思うから」
「な……!!」
「全てのプラスとマイナスが同じなんてことはきっとないはずだ。何もしなかったらゼロのままだけど、もしかしたらその先はマイナスなのかもしれないけど、それでも大切なものを持とうとするのは間違いなんかじゃないって思うから。それでもあがき続ければ、もしかしたらほんの少しだけ、プラスで終われるかもしれないから」
これからも俺達は手に入れては失い続けるのだろう。それは変わらないルールなんだ。だけど、最後にプラスになるようにあがこうとするくらい、いいじゃないか。それが生きる意味になるんじゃないか?
「……だけど、あたしにはもう、大切なものも帰る場所も……」
おっと、それ以上は言わせません。俺は立ち上がって携帯をかけた。
「あ、マミさんですか? ……ええ、杏子は見つけました。けどその後魔女の結界を見つけまして……大丈夫ですよ、俺と杏子でしっかり倒しておきましたから。……はい、分かりました。すぐに戻りますから。……ええ、それでは」
携帯を切ってポケットに入れた。そして杏子の方に振り返った。
「今マミさんの家にはまどかも、恭介も、そしてさやかもいるんだ。マミさんもごちそうを作っているんだ。けど俺達がいないからいつまでたってもパーティーができないんだとさ」
「あ……」
茫然とする杏子に手を差し出した。
「だから行こうぜ、杏子。皆が待っているんだ。俺はお前を迎えに来たんだよ」
杏子には分かってもらいたかった。今の彼女には何もないなんてことは違うんだってことを。きっと俺以外の誰かでも同じようにこうやって手を差し伸べようとすることを。もう自分を苦しめる必要はないってことを。
少し迷ったそぶりを見せていたが、やがておずおずと手を伸ばして、
「……うん」
杏子は、この手を掴んでくれた。
握った杏子の手は意外と小さくて柔らかくて、そしてほんの少しだけ冷たかった。
その感触で俺は確信した。
(取り戻したんだな……杏子を、そして俺達の『日常』を)
今まで俺は一人でこの教会を去って行ったけど、今度は杏子も一緒だった。皆が待つ所へ、俺達は帰るんだ――――
杏子をヒロインにするなら、こういう弱さを見せるシーンがやっぱりほしいよなぁ…… そこを魅力的に見せられれば幸いです。
さて、さやかの救済の形を決めていた時点でこの闘いは必至でした。杏子が知らなかったこと、口による心理戦、色々な布石等など、それらを全て駆使して裕一は勝利をもぎ取りました。
裕一が二つの魔法を宿せるというのは、文章にあった通り、以前の教会での裕一の能力の説明で悪戯心で隠していたことでした。この時点で裕一は二つの魔法を使えるようになっていました。
つまり、前回の話の『届かない言葉』の後書きで書いた設定の矛盾というのは、さらにその前の『帰って来た時間』で裕一が言っていた、
「昨日使ったマミさんの魔法の分はちゃんと補給できています」
という言葉に対して、その後さやかとの話の時にはさやかの剣を出していたということでした。一つの魔法しか宿せないという設定のままでは、矛盾しますが、二つの魔法を宿せるという設定であれば矛盾は解決します。
そして、共に修行していたマミさんとさやかは当然そのことについては知っていますが、杏子とは修行していなかったために、彼女だけがそれを知らないままでした。杏子がマミさんといた時は、詳しい説明の前にほむらがやってきてしまったわけですからね。
裕一の作った爪を装備した姿は、型月の黒鍵を持った代行者の姿みたいな感じです。もっとも、剣を束ねた球等は独自の設定ですが。
後、裕一の神への祈りについては、杏子の魔法を使うための伏線のようなものでした。信仰心が幻影の魔法の鍵ですからね。
戦闘描写は難しいですけど、アイデアが出れば書くのが楽しくなりますね。頭の中で曲とかを聞きながら戦闘シーンを描くのは気持ちがいいものです。