(繰り返す。私は何度でも繰り返す)
暁美ほむらは幾度となく時を遡る。全ては自分の友達である鹿目まどかを救うために。
(同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探る。あなたを、絶望の運命から救い出す道を)
その度に彼女は多くの絶望に直面した。それでも崩れることなく立ち上がり続けた。
(あなたの……あなたの為なら、私は永遠の迷路に閉じ込められても、構わない)
それこそが暁美ほむらの原点。その想いを胸に彼女は闘い続けた。
その闘いの途中で自分が何を切り捨ててきたのかに気付かぬまま――――
「それでお前は魔法少女になったわけか……」
暁美は最初に出会った『鹿目まどか』の、ワルプルギスの夜との闘いによる死を変えたいと願って魔法少女となった。そしてこの一カ月を何度も繰り返していた。その過程で魔女化のことを知ったようだ。そして何周目かの『鹿目まどか』に過去の彼女を助けると約束をした。その約束を胸にして暁美は今まで闘い続けた、ということなのか……
今まで闘い続けた、その動機については分かった。だけど俺は、その話の中で引っかかるものを感じていた。
俺自身を暁美の立場に置き変えて考えたみた。以前の世界で友達だったまどかを救おうとして、今度は違う世界にいるまどかを助けようとする。そして、そのまどかは自分のことは知らないのだ。俺はその時のまどかを、自分が知るまどかと同じに見ることができるだろうか?
(……ああ、そういうことなのか)
そこまで考えた時に引っかかっていたことの答えが出てしまった。だけどそれを目の前の少女に突きつけるのは酷なような気がした。傷つけないように言わないべきなのか……
「何度も繰り返してきた……まどかを魔法少女にはさせずに、ワルプルギスの夜を倒すことができる世界を」
こちらの心配を余所に暁美は話を続けてくる。
「だけど何度繰り返しても上手くいかなかった……ワルプルギスの夜に勝てなかった時、まどかが魔法少女になった時に、時間を巻き戻す以外に方法がなくなってしまっていた」
「ワルプルギスの夜に勝てなかったからはまだ分かるけど……まどかが魔法少女になったからって諦めるのはないんじゃないのか? それで全てが終わるなんて大げさすぎるだろ」
「いいえ、全てが終わるのよ。あなたはまどかの魔法少女としての素質のことは知っているわね?」
それはキュゥべえが何度か言っていたことだな。だからこそ、キュゥべえは何度もまどかを魔法少女にしようとしていたんだろうな。まどかの力も借りたいけど、できるなら俺達はまどかを魔法少女にしないでアイツを退けたい。だけどまどかが魔法少女になったら全てが終わるっていうのはどういうことなんだ?
「まどかが魔法少女としての力を使った瞬間、あの子はその膨大な力を制御できずに穢れを一気に発生させ、そして魔女になってしまうのよ。それはワルプルギスの夜を遥かに超える強さを持っているの」
「一気に魔女になる……そんなのありかよ……」
だから暁美はあれだけまどかの契約を避けていたのか。そしてまどかが契約してアイツを倒したところで、それは状況を悪化させることにしかならないということなのか。最強の魔法少女の素質を持つ人間は、そのまま最強の魔女の素質を持つ人間ということなんだな……
「そしてそれ以前に問題がたくさんあった……他の魔法少女達はまともに取り合おうとはしないし、美樹さやかは魔法少女になればほぼ必ず魔女になってしまっていた」
そう言って暁美は苛立ちをあらわにしていた。そしてそれにより魔女化のことが知られてしまい、他の魔法少女達が戦意喪失になってしまうことが多かったようだ。
「そして今まで存在しなかったイレギュラーが現れることもあった……そう」
暁美は真っすぐに、この世界における本当のイレギュラーを見つめてきた。
「今まで私が歩いてきた世界に、あなたはいなかったのよ」
「だから俺のことを疑っていた、と。やれやれ、イレギュラーとされるお前からもイレギュラー扱いされるとはね」
「以前の世界にいたイレギュラーによって滅茶苦茶にされたことがあったから、簡単には信用はできなかったのよ……」
まあ、それは何となくは理解できる。一度失敗したことがあると、疑わざるを得なくなるだろう。暁美も最初は俺が彼女の邪魔をする敵だと思っていた。理解はできるが、疑われるこっちとしてはいい迷惑だった。
「だけどここにきて、それは違うということはよく分かったわ。今まであなたのことを敵視していたことは謝るわ」
暁美の邪魔をするのなら、マミさんやさやかを助けるということは矛盾する。とりあえず、ようやく暁美の信頼を得たというのは喜ばしいことなのだろうな。
「そして感謝するわ、裕一。あなたのおかげでワルプルギスの夜を倒すための『戦力』を、これだけ確保することができた。これならきっと、アイツを倒してまどかを……」
「……なに?」
今、暁美は何て言った? 『戦力』だと? こいつはマミさん達のことをそんな風に言ったのか?
「……その言い方だと、お前はまどか以外はどうなってもいいみたいに聞こえるんだけど、どうなんだ?」
「そうよ。私はまどかを救うために今まで闘ってきた。余計なものにまで気を使っている余裕はないのよ」
……ああ、そうか。こいつはたった一人の友達を救うために何度も繰り返してきた。誰からも信頼されず、理解されずに今まで闘い続けた。
なんて一生懸命だったんだろう。なんて一途だったんだろう。
なんて――――馬鹿馬鹿しいんだろう。
「大した奴だよ、暁美ほむら」
「?」
「自分には関係のない他人のために、そこまで命を張ることができるんだからな」
「……何を言ってるの? あなたは話を聞いていなかったのかしら?」
お前は馬鹿か、というような視線で俺を見つめる暁美。それは自分が間違っていないと思い込んでいるからこそできる態度だ。こいつは本当に気付いていないのか、それとも知ることから逃げているのか?
「だってそうだろ? お前が今まで会ってきた『鹿目まどか』、そしてここにいる『まどか』」
悪いけど傷つくのを覚悟で言わせてもらうからな。お前はそのままだと確実に間違え続ける。その先に希望なんてあるわけがないんだから。それは誰も望まない結末なんだ。俺達にとっても、そして多くの『鹿目まどか』達にとっても。
「……皆、顔と名前が同じだけの他人だろ?」
「なっ……!?」
俺の言葉に暁美は虚を突かれたような顔をした。彼女は今までそのことを考えようとしなかったのだろうか? そうでなければ、この無限と言えるループに耐えることができなかったからだろうか? だけどそれで間違えてしまうようでは全く意味がないじゃないか。
「最初にお前が出会った『鹿目まどか』はお前を守るためにワルプルギスの夜と闘った。少なくとも、お前が自分と同じ魔法少女になることは望んではいなかったはずだ」
守ろうとしていた相手をわざわざ戦場に立たせるなんてことはしないはずだ。闘わずにアイツから逃げて、そのまま平穏に暮らしてほしかった。それが彼女の想いだったんじゃないだろうか。
「そして何周目かでの『鹿目まどか』は、こんな結末を変えてほしいとお前に頼んだ……矛盾してるだろ? 最初の『鹿目まどか』の想いと」
その子を守ろうとしたが、今度はその相手に何度も時を繰り返して助けてほしいとお願いする。まさに180度違う意見だ。まるで、全くの別人のように意見が変わっている。
「もちろんその二つとは状況が全然違う。お前が魔法少女になっているかいないか、とかな。それで考えがガラリと変わるのも当然あり得ることだよ。……そうさ」
実際たった一つのIFで状況がすっかりと変わってしまうのは暁美も見てきたはずだ。そして、その変化でその人の考えも大きく変わることだって普通にある。そんな様々な変化をした人達を同一に見ることなんかできるわけがない。
「たとえ顔や名前が同じでも、進んできた道が違うのなら、それはやっぱり別人なんだよ」
それが答えだ。もしも俺が暁美の魔法をコピーして過去に戻ったとして、違う世界にいるまどかを、自分が知るまどかと同じに見ることができるか、と聞かれたら、答えは明確にNOだ。俺が知る『まどか』は、自分がいた世界にいるのが唯一の存在であり、他の『鹿目まどか』で代わりにするなんてできるわけがないんだ。
「なにが、言いたいの……?」
暁美はまるで信じたくないような顔で聞いてくる。おそらく気付きかけているのだろうな、俺が言いたいことに。自分が、多くの『鹿目まどか』を見捨ててきたことに。
「今のお前は今まで出会った『鹿目まどか』と、ここいる『まどか』を同じ存在として見ているんだよ。本当は皆違うんだってことを認めずにな。お前の、あいつが自分の大切な友達と言ったことがその証明だ。お前のことをほとんど知らない、この世界の『まどか』をな」
「…………」
暁美は俺の言葉に何も反論せずにただ俯いて拳を握りしめるだけだった。こいつはそうだ、とも違う、とも答えられなかった。もしそうだと言ったら、さっきの暁美の魔法の説明と矛盾してしまうし、もし違うと言ったら、自分が友達だった『鹿目まどか』はもうどこにもいないことを認めることになってしまう。
でもそれが現実なんだよ、暁美。
「認めるしかないんだよ、お前は。お前の友達だった『鹿目まどか』は……もう死んでしまって、どこにもいなんだっていうことを」
「……あなたの言う通りだとしても、私のすることは変わらない。ワルプルギスの夜を倒し、まどかを守る。そう、この世界でなら……」
「……へえ、あくまでまどかを救うということで動くと言いたいのか。だったらさ、暁美……」
それを認めても、なおも変わらないと言うのなら、俺が言うことは一つしかない。
「今すぐ力を使って、この世界から出て行ってくれないか?」
「な、何を言って……!?」
「だってお前はいざとなったら俺達すら切り捨てそうだし。いや、俺達のことを戦力としか見ていないお前なら絶対そうするね。そんな奴と一緒には闘えないな」
「わ、私はそんなことはしないわ!!」
「それを証明できんのかよ?」
「っ……」
暁美は押し黙ってしまった。まあ、人の考えを証明する証拠なんてそうそう出せるわけでもないか。だけど今の暁美なら、おそらく必要なら俺達を切り捨てることはするのだろう。今のこいつにはまどかを守ることしか頭にないのだから。
「佐倉杏子と、同じ事を言うのね……」
「誰だってそう言うと思うぜ?」
杏子も暁美のことを信用できないと言って断っていた。今の暁美を見ていればそれも分かる。どんな利害関係があったとしても、相手が仲間も切り捨てるような人間だと思ったらもう信用することなんて無理だ。それが戦場となればなおさらだ。
「それから聞きたいんだけどさ……」
「……何かしら?」
「お前にとって友達だった『鹿目まどか』って自分が助かるなら他の人が犠牲になってもいいと思うような奴だったのか?」
「馬鹿なことを言わないで!! そんなわけがないでしょう!?」
「だったらどうしてマミさん達を簡単に犠牲にするようなことが言えるんだ!?」
今まで溜まっていた怒りが表に出てきていることを自覚せざるを得なかった。だってこいつのしていることは、こいつが嫌っているキュゥべえのやっていることとほとんど同じなんだから。
「仮にお前が他の誰かを犠牲にして、それでアイツを倒したとして、それでまどかが喜ぶと思ってんのか!? お前に頼んだ『鹿目まどか』は自分だけ助けてもらえれば満足してくれるような人間じゃなかったんだろ!?」
会ったことのない俺でも想像はつく。その『鹿目まどか』も、きっと他の誰かも一緒に助けてほしいんだってことを暁美に頼んだんだ。だけど暁美は、その頼みを自分にとって都合のいいように解釈したんだ。
「それだけじゃない。お前は『鹿目まどか』が魔法少女になったり、アイツに負けそうになったらすぐに時を遡ってきたみたいだな。その世界にいる『鹿目まどか』を見捨てて」
「っ!?」
並行世界がいくつもあるのなら、その数だけ『鹿目まどか』が犠牲になったということだ。決して、今の『まどか』と同じ存在になったわけではないんだ。
「お前は今までの『鹿目まどか』と、ここにいる『まどか』を同じ『鹿目まどか』として見ていたんだ。だから失敗してももう一度やり直せばいい。簡単に見捨てることができたのはそういうことなんだろう?」
「ち、違う、見捨てるなんて……」
暁美が動揺していることは目に見えて分かった。今まで信じていたものが根底から崩されかかっているからなのだろう。だけど俺は同情はできない。なぜならその信じていたものによってされていることが、俺達だけでなく、『まどか』の命すら軽んじていることなのだから。
「そんな誰かの命を軽んじるような思考はな、同じなんだよ……お前の大嫌いなインキュベーターの思考とな」
「!!」
そこまで言ったとき、暁美の雰囲気が殺意に変わった。だけど俺はそれが怖ろしく感じられなかった。なぜなら訓練であの男から発せられていた殺気と、そして杏子から発せられた殺気と比べたら、そんなものは微々たるものだったからだ。
「……あなたに何が分かるの?」
「なにが?」
「どれだけ話しても、誰にも理解してもらえない辛さを。繰り返せば繰り返すほど皆と時間がずれていく寂しさを。探しても探してもまどかを助ける道が見つからない悔しさを……!!」
何度とも繰り返してきた時間遡行。そこから先の成長は許されず、一人だけ他の皆との時間がずれていく。それはきっとどんな人間であろうとも狂わせるものなんだろう。俺だって、耐えられるかどうかは分からない。暁美もきっとそれによって価値観や倫理観が狂ってきているんだ。
そしてこうなるきっかけを作った『鹿目まどか』にも原因の一端があると思う。自分ができなかったことを、実質暁美に全て丸投げしているようなものなんだから。
全てお前が悪いとは言わないさ。
……けどな、暁美。
「だから許されるのか?」
「え……?」
「自分はこんなに苦労した。だから何をしてもいいなんてさ……この世界に、お前以上にその台詞を言える人間がどれだけいると思ってんだ?」
自分がそんな人間だとは思わないし、その気持ちが分かるとは絶対に言わない。だけど、だから何も言えないというのも違う。それは魔法少女じゃない云々でずっと俺が思ってきたことと同じだった。だからその言葉で俺を黙らせることはできない。
「そして、どれだけお前が苦労していたとしても、それがマミさん達の命を軽んじていいことには決してなりはしない。『鹿目まどか』だって、そんなことは望んでいなかったんじゃないのか?」
「それは……」
なんであれ、俺は皆の命を軽んじている今のこいつを認めるわけにはいかない。認めてしまったら、マミさんやさやかのことを認めないことと同義になってしまう。そんな俺が杏子の生き方を変えるなんてことができるわけがない。
「お前がその考えを改めないのなら、俺はお前を仲間として見ることはできない。情報提供には感謝するよ。アイツの方は俺達で何とか撃退してみせる。もちろん、まどかを魔法少女にはさせずにな」
俺は最後通告をして立ち上がった。話はここまでだ。俺にとっても十分に実りのある話だったけど、暁美が信用できないという結果だけは残念だった。
「ま、待ちなさい!! あなたは巴マミ達に魔女化のことも話す気なの!?」
「ああ、そのつもりだ。まずはそこを受け入れないと、俺達はこれから先闘えないだろうからな」
「それが明るみに出たら皆は闘えなくなるのよ!? 巴マミだって、他の皆を巻き込んで死のうとしていたのよ……!!」
暁美がまどかの魔法少女化を防ぐためには、魔女化のことを話すのが一番手っ取り早い。それが出来なかったのは、他の魔法少女達がその事実を受け入れられなかったからだった。暁美はその危険性のことを言っているのだ。
だけど……
「それはその世界での『巴マミ』の話だろ? この世界の『マミさん』の話じゃあない」
「何を言って……!」
「お前はさっき自分の何が分かるのかって聞いたよな? 逆に聞くけど……今まであの人達にほとんど接しなかったお前に、あの人達の何が分かるって言うんだ?」
「なんですって……?」
こいつは知らない。知っているとは言わせない。ここまで俺達が歩いてきた道のりを。誰かが絶望に堕ちそうになっても、それでも他の誰かが手を差し伸べて引き上げてきた姿を。俺はそんな姿を見てきたからこそ信じられる。あの人達ならきっと受け止められると。
「並行世界で限りなく似た『巴マミ』達がそうだったとしても、俺はあの人達なら受け止めてくれると信じているんだよ。言っただろ。進んだ道が違うのなら、それは別人なんだって」
「…………」
「お前がそれでも信じられなくて、また別の世界へ行くのならそれでもいい。ただ、俺達の邪魔はしないでくれ」
その言葉を最後に俺は暁美の家を出て行った。
洲道裕一が去った後でも暁美ほむらは動けないままだった。自分が信じていたものの根底を揺さぶられてしまったからだ。
「私が……何人ものまどかを犠牲にしてしまった……」
それは最初は分かっていたことだったはずだった。並行世界の概念を説明したのはほむら自身なのだ。以前の世界と限りなく近い世界、そこに存在する『鹿目まどか』が全く同じ存在になるわけがないのだ。だけどそれを認めたくはなかった。自分が友達だった『鹿目まどか』とはもう二度と会うことができないということを。
「それでも……それでも私は……」
しかしそれで暁美ほむらが屈するわけにはいかなかった。ここで屈してしまったら、自分が何のために闘ってきたのか分からなくなってしまう。自分も絶望に堕ちてしまう。それでは自分の友達である『鹿目まどか』が自分に託してくれた意味がなくなってしまう。
「まどかを救う……それが私の最後に残った道しるべなのよ」
そしてこの世界こそが、それが叶う最大のチャンスなのだ。それを、こんなところで潰させるわけにはいかない。
彼を止めなければならない。場合によっては、ワルプルギスの夜との闘いが終わるまで彼を自分の所に監禁する必要があるだろう。
そう考えて裕一を追いかけようとした時だった。
『やあ、暁美ほむら』
自分の目の前に全ての元凶が立ちふさがった。
「キュゥべえ……!!」
『そんなに怖い目で見ないでくれよ。招かれざる客だというのは理解はしているけれどね。一応手土産は持っては来たんだよ? 情報っていう名のね』
あくまで余裕を崩さずにキュゥべえは語る。こいつだけはどの世界でも変わることはなかった。何も理解することはなかった。多くの魔法少女達が絶望に堕ちて、そして死んでいくのを何度も見てきても変わることなく、ただエネルギーを回収するだけだった。
「私達の話を盗み聞きしていたのね……」
『この町にいる二人のイレギュラーが集まって話をしている。興味を持たないはずがないだろう? 相変わらず彼のことは分からないままだけど、君の話で分かったことがあるよ。時間遡行者、暁美ほむら』
「分かったこと、ですって……?」
『そう、なぜ鹿目まどかが魔法少女として、あれほど破格の素質を備えていたのか』
「っ!?」
それはほむらも疑問に思っていたことだった。最初に出会った『鹿目まどか』は、今のようにそこまで魔法少女としての素質を持っていたわけではなかったのだ。それが繰り返す度に、まどかの素質がどんどん上がっていったのだ。その答えがさっきの話の中にあったというのだろうか?
『魔法少女としての潜在力はね、背負い込んだ因果の量で決まってくる。一国の女王や救世主ならともかく、ごく平凡な人生だけを与えられてきたまどかに、どうしてあれだけの因果の糸が集中してしまったのか不可解だった』
確かに鹿目まどかは特別な所は何もない、ごく平凡な中学生だった。それがなぜだか、今までで最大の因果の糸を背負い込んでしまっている。それは明らかな矛盾だった。
『ねえ、ほむら。ひょっとしてまどかは、君が同じ時間を繰り返すごとに強力な魔法少女になっていったんじゃないのかい?』
「っ……!?」
『やっぱりね、原因は君にあったんだ。正しくは、君の魔法の副作用というべきかな?』
「……どういうことよ」
ほむらは嫌な予感がしていた。だけど聞かないわけにはいかなかった。まどかのことに関しては、知らないで通すわけにはいかないのだ。それが、自分のせいであるのならなおさらだ。
『君が時間を巻き戻してきた理由はただ一つ、『鹿目まどか』の安否だ。同じ理由と目的で何度も時間を遡る内に、君はいくつもの並行世界を螺旋状に束ねてしまったんだろう。鹿目まどかの存在を中心軸にしてね。その結果、決して絡まるはずのなかった並行世界の因果線が、全て今の時間軸の『まどか』に連結されてしまったとしたら、彼女のあの途方もない魔力係数にも納得がいく。君が繰り返してきた時間、その中で循環した因果の全てが巡り巡って鹿目まどかに繋がってしまったんだ。あらゆる出来事の原因としてね』
「そ、そんな……」
相手は敵であるインキュベーターであるが、ほむらはその言葉が嘘であるとも思えなかった。ずっと気になっていたことも、そうであるなら説明がついてしまうからだ。あるいは気付いていたが、それを認めたくなかっただけだったのか。
『君が今まで経験してきた世界にイレギュラーが発生してきたのもそれが原因だったのさ。起こり得る可能性が引き寄せられ、集約される。数多の世界の因果を束ねた鹿目まどかにね』
今まで自分が進んできた道の長さだけ、『まどか』は魔法少女の素質を増やしてしまう。全ての並行世界にいる『まどか』は永遠にインキュベーターに狙われ続けることになる。
ならば暁美ほむらの闘いは――――鹿目まどかを救うことには成り得ない。
『お手柄だよ、ほむら。君がまどかを最強の魔女に育ててくれたんだ』
最後にそう告げてキュゥべえは去って行った。そして後に残されたほむらは絶望に沈みかけていた。自分が何をしてしまったのかを、嫌でも理解してしまったのだ。
(私は……何人ものまどかを犠牲にして、そして今も苦しめ続けている……)
もはやほむらを支えていたものはほとんど無くなってしまっていた。自分はまどかを救うどころか、何度も危機に追いやっていたのだ。ほむらはまどかに対して申し訳ない気持ちで一杯だった。そしてこうも思っていた。
「それなら私は……一体どうすればよかったの……?」
自分はそれでも諦めずに信じ続けるべきだったんだろうか? 以前の彼女達がそうだったから、今回もそうとは限らないと信じて他の皆も救おうと動くべきだったのだろうか? 自分もあの少年のようにいればよかったのだろうか?
「誰か……教えてよ……」
その心の悲鳴は誰かに届くことはなかった。
『暁美ほむらの謎は全て分かった。彼女について考察する必要はもうないだろう』
ほむらの家を去った後、キュゥべえはそう結論付けていた。彼女には感謝しなけれならない。彼女のおかげで、自分達の目的を達成することができる存在と出会えたのだから。
『そして、彼女達にとどめを刺すのが君だよ、裕一』
おそらく明日、彼は他の魔法少女達に全てを話し、彼女達は絶望するのだろう。それを止めようとしたほむらをあの場で防ぐ必要があったが、まさかあそこまでダメージを与えることになるとはキュゥべえ自身も思っていなかった。
『あの様子では、おそらくほむらも明日かそこらで穢れをため込み、魔女となるだろう』
そうなると、最後に闘えるのは裕一と、そしてまどかしかいなくなる。そうなれば彼女を魔法少女とするための強力なカードが得られるだろう。魔女化に関しては、願いを上手く使えばいいと言えばすむ話だ。
『さあ、洲道裕一。君はいくつもの運命を変えてきた。だけど今回も上手くいくとは限らないよ。君にいくら謎があったとして、君は機械仕掛けの神であるわけではないのだからね』
ギリシャの演劇で使われていた、混乱した舞台を納める絶対的な存在、
『僕は見届けさせてもらうよ。君が歩いた末の結末を』
そうしてインキュベーターは町の闇の中に紛れて消えて行った…………
「はぁ……」
家に着いた俺はベッドに腰掛けていた。
一難去ってまた一難だろうか? 今日の目的だったさやかの問題は解決したが、杏子の方は完全に解決したとは言えないし、暁美の協力は現時点では得られないことがはっきりしてしまった。さらに魔女のことも明日マミさん達に話さないといけない。
これって、また一難どころか……
「一難去って三倍返しって、どんだけ鬼畜なんだよ……」
思わず頭を抱えたくなる。どれも早く解決しなければならないが、まずは何より明日マミさん達に話さないといけない。このままでは何かのきっかけで知ることが十分あり得る以上、早急に行わなければならないことなんだ。
それは俺達のためだけじゃない。暁美のためにもなるはずなんだ。
今の暁美の心は何回にも及ぶ時間遡行によって摩耗している。繰り返される事象によってマミさん達のことを信用できなくなっているんだ。そして今までの世界の『鹿目まどか』と同じように、俺以外の人達のことも同一視しているんだ。
それじゃあ駄目なんだよ、暁美。同じ人間なんて一人もいない。
俺達の結末が必ず今までと同じになるなんてことはないんだから。
一度はそう思ったけど、未来は未定なんだと俺達はあの時思えたんだから。
そして暁美の心を開くためには、俺の言葉だけじゃ駄目なんだ。そのためにも俺は……
「乗り越えてみせるさ」
この残酷な現実に打ち勝ってみせる。また俺達はお前の言う『未来』に風穴を開けてやる。
そしてお前に、この手を伸ばす。
長い一日は終わった。だけどそれで全てが終わりなわけがなかった。
明日への決意を胸にして、俺はベッドに横たわってそのまますぐに暗闇に身を委ねたのだった。
実際にほむらは他の人間はどうでもいいと考えているのは、8話でさやかを殺そうとしていたことから明らかです。多分多くの時間遡行の繰り返しで、そういった思考が染みついちゃったんじゃないかなって思うんですよ。その思考のままでは危険なので、突っ込むことになりました。
ただ、このことについては唐揚ちきんさんの『魔法少女まどか?ナノカ』の小説で既に指摘されていることなんですよね…… 言い方や周りの状況に関しては僕自身のオリジナルだと思っていますが、指摘内容の本題についてはやはりかぶってしまいました。
もしもこういった書き方もルール違反になるようでしたら、もう一度構成を練ってみます。