目が覚めた。気分はそれなり。学生というのは平日の疲れを土日で癒して明日への活力を得るものだが、俺達はこの休日で休んだ気には到底なれなかった。
最初はさやかの暴走を止めることから始まった。だけどそれは全員がさやかに手を伸ばし、そしてさやかの願いが本当の意味で叶ったことによって解決することができた。
その結果によって、俺は杏子の過去を知ることに至った。自棄になったあいつを止めることができた。
その後、ほむらの方から俺に接触してきて、魔法少女の残酷な真実やほむらの正体を教えてもらった。
さらにその真実をマミさん達に話し、彼女達はそれを受け入れてくれた。
そして最後にその事実とまどかの言葉によってほむらは俺達の味方になってくれた。
今はアイツと闘うための修行の最中だ。
この二日間の動きは簡単に言うとこんなところだ。こうして見ると全ては上手くいっているように見える。しかしその実は、まさしく綱渡りと言ってもよかった。
さやかの説得の時、結局俺はちゃんと説得することができなかった。
マミさんも下手をすれば死んでいたのかもしれない。
ほむらの時も、あいつの言葉が許せなかった俺は魔法少女の真実を知ってなおあいつを追い詰めた。あいつは俺が言った言葉をずっと気にしていた。下手をすれば、あいつが絶望に堕ちていたのかもしれなかったんだ……
どちらもそれぞれまどか達が救ってくれたことが救いだった。だけどまだ解決していないことがあった。
(杏子……)
俺の配慮が足りなかったせいで、杏子を傷つけてしまった事実は消えていない。あいつの過去の全てを知り、自棄になってしまったあいつをなんとか止めることができたけど、あいつは今も心に傷が残ったままなんだ。
ほむらは長い時間遡行の旅によって、その精神は摩耗していて、まどかを救えれば他はどうなってもいいという考えになってしまっていた。そんな思考で皆を『余計なもの』と呼んで捨て駒として扱おうとしていたあいつを、俺はどうしても許すことができなかった。だから俺は最初は黙っていようと思っていた現実を容赦なくあいつに突きつけた。そしてあいつが見てきた『彼女達』と、ここにいる彼女達は違うことを証明すると決めた。
色々あったけど、マミさん達は俺の願いに答えてくれた。全てを受け入れたマミさん達、そしてまどかの言葉でほむらはようやくその考えを改めてくれた。自分の運命を俺達と共にすると約束してくれた。
それでも杏子だけは……あいつは誰かが救ったと言えるのか?
あいつは自分の救いとしてマミさんとさやかを否定してしまっている。まどかとほむらに対してはそこまで心を許しているわけじゃない。俺はそもそも傷を抉ることしかできていない。
(俺があいつにしてやれることは……何だ?)
きっとこれが最後に俺が乗り越えないといけないことなんだ。いや、乗り越えないといけないじゃなくて、なんとかしてあげたいというのが正直な思いだった。それはきっと、ただ単に俺が彼女を傷つけてしまった責任をとらなければならないということだけじゃない。だけどそれがどういう気持ちなのかが俺には分からなかった。
「とはいえ……今日ずっとこのままってわけにもいかないしな」
今日は学校があり、そして大事なことがあるんだ。絶対に休むわけにはいかない。
悩み続けても駄目なのかもしれない。気分を変えて家を出よう。学校でも考えることはできる。
それでも答えが出なかったら……相談してみるかな。
いつもの通学路を歩いていく。同じ学生達が周りにいる変わらない風景。違うと言えば、今の俺自身だろうか。自分が変われば世界が変わるなんて言葉を昔聞いたような気がする。それは確かにその通りだろう。自分が見ているものは、結局自分というフィルターを通して見ているのだ。それが変われば、見えてくる世界が変わるのも必然だ。
俺が見ていた希望の光景が、杏子には絶望の光景に見えていたように。
彼女と同じ世界を見ることができなかったことが、今の俺にとって何故だか悲しかった。
やがて、俺の前で待っていた友達と会った。
「おはよう、中沢」
「おはよう。……どうしたんだよ、洲道。元気がないぞ?」
いつも通りに挨拶してみたけど失敗だったようだ。中沢はこういう変化には敏感な方だしな。
「うーん、ちょっと悩み事があってさ。今日の放課後に相談してもいいか?」
「へえ、お前の悩みか……」
「ハンバーガーでも何でも好きなものをおごってやるよ。だから頼むよ」
この答えを見つける手伝いをしてくれるのなら、いくらでもおごるつもりだ。俺はどうしても答えを見つけないといけないのだから。
「いや、別にいいさ。お前の悩み事っていうのは珍しいし、初回限定サービスってことでタダにしといてやるよ。もしかして、今お前らがやっている厄介事に関することなのか?」
「……まあ、関係あるといえば関係あるのかな。けどさ、中沢。その相談の前に俺はお前に話しておきたいことがあるんだよ。俺達の厄介事について、お前らに詳しく話したくてな」
今日俺達は中沢と仁美に魔法少女のことを話す。もう、隠す必要はないからだ。
中沢への説明には俺が、仁美への説明にはさやかがすることになっている。
まどかの方はほむらと少しだけ寄り道をすることになっている。ほむらの方でもきっと色々話したいことがあるだろうという、マミさんの配慮だ。
だから今日の魔女退治をするのはマミさんと杏子しかないないわけだ。まあ、ベテランであり互いにコンビを組んでいた二人なら負けることはまずないだろう。
「ああ、分かった。それなら今日の放課後に聞かせてもらうからな。……それから洲道、この前の美樹の件はどうなったんだ?」
「さやかのことならもう大丈夫だよ。あいつのことは恭介がなんとかしてくれたからな」
「上条が? ……ああ、そういうことか」
俺の端的な物言いに疑問を浮かべていた中沢だったが、自分達の前を歩いていた二人の姿を見かけて納得がいったような顔をした。
「上条、美樹、おはよう」
そんな二人に中沢が声をかけた。さやかは少し焦っていたが、反対に恭介はそんな中沢に対して穏やかに話しかけた。
「ああ、おはよう。中沢、裕一」
「今日は仲良さそうに登校か。本当に仲いいよな、お前らは」
「あはは、そうだね。今まで幼なじみだったけど、今では付き合っているからね」
「…………え? や、やっぱりそうだったのか?」
恭介の何気ない一言に中沢は固まってしまった。
そう言えば、まだ中沢と仁美にはそれを話していなかったな。
「お前ら……本当に付き合い始めたのか?」
「うん、一昨日からね。今日皆に話すつもりだったんだよ」
「う……恭介、そんなあっさり言わなくても……」
「あれ、それならもっと溜めておいた方が良かったのかな?」
「そういう意味じゃなくて!? 恥ずかしいの!!」
あまりにもあっけからかんに話す恭介にさやかは顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩く。そんな二人に中沢は一瞬思考が停止していたが、やがて全てを理解したように二人を祝福した。
「そうか、お前らようやく付き合うことにしたのか。――――おめでとう、二人とも」
「……うん、ありがとう、中沢」
中沢の祝福の言葉を恭介がしっかりと受け止めたのを俺は目に焼き付けたのだった。
「まあ、分かっちゃいたけどさ。堂々とされるとこっちが恥ずかしくなるよな」
「そ、そんなにあたし達って分かりやすかったの?」
「お前らというよりは美樹一人だよ。お前が上条のこと好きだっていうのは皆知ってたんだぜ?」
「えーーーーっっ!!!?」
今まで自分の想いは隠せていたと思っていたさやかは中沢の言葉に心底驚いていた。
「そ、そんなわけないでしょ!? なんであんたまでそんなこと知ってるのさ!?」
「お前は本当に隠せていたと思っていたのかよ……」
さやかの追及を中沢はため息まじりに答えていった。
俺はそんな二人を余所に恭介に話しかけた。
「……恭介、昨日さやかから話を聞いたか?」
「……ああ、暁美さんが味方になったこととか、魔女の正体のことについてだよね?」
やっぱりさやかは恭介に全てを話したんだな。いずれさやかも辿ってしまうかもしれない、魔法少女の運命も、余すことなく。恭介はそれを聞いて……どうするんだろうか?
「正直に言うとね、その時僕は他の何よりも自分自身のことを呪ったよ。あの時僕の手が治らないと知った時にさやかに八つ当たりしてしまった、本当に馬鹿な僕をさ」
「それは……」
俺ははっきりと答えることができなかった。確かにそうなるきっかけを作ってしまったのは恭介自身かもしれないけど、そうなるように誘導したキュゥべえだって悪いし、今までの恭介の気持ちを察せられなかった俺達だって悪い。それに、その時は何より好きだったバイオリンが二度と弾けないと知らされた直後なんだ。その時の絶望がどれほどのものなのかは俺達には分かってあげることはできないんだ。
それにきっかけがなんであれ、契約をすると決めたのはさやか自身なんだから。
だけどそう言ったとしても恭介を納得させることなんてできないだろう。恭介の抱える悩みを真に理解できない俺の言葉に一体どれだけの価値があるんだろうか……
そんな思考が顔に出てしまったのか、恭介は苦笑いを浮かべて話しかけてきた。
「大丈夫だよ、裕一。自分を責めるだけじゃ何も変わらないことはちゃんと理解しているからね。
さやかはね、自分は絶望に負けたりはしないって、しっかりと僕に約束してくれたんだよ。僕はそんなさやかを最後まで信じて、そしてずっと支えていこうって決めたんだよ。それが僕のできることなんだって思うからね」
「恭介……」
ああ、そうなんだな。恭介もまた、さやかのように強くなろうとしているんだ。
ずっとさやかを支え続けると決めた。それこそがさやかにとって、きっと何よりの救いになるだろう。
「そっか。それでさやかと付き合っていることをはっきりと言ったわけなんだな」
「え、それは違うよ? それは単に僕が言いたかっただけだよ。隠す意味だってないしね」
「……ああ、そうかい」
恭介は真面目なタイプだから、一度想い始めたら止まらないタイプなんだろうな。
その内こいつらはバカップルとか呼ばれそうだな……
俺はそうはなりたくないものだ。端から見たら恥ずかしいし。
「おはよう、皆!」
「おはようございます、皆さん」
そうこうしている内に、やがてまどかと仁美が待っている所にまでやって来た。
しかし、そこにいたのはまどかと仁美だけではなかった。
意外なことに、そのもう一人に真っ先に反応したのは中沢だった。
「おはよう、暁美。この前の俺の言葉を聞いてくれたみたいだな」
「ええ、あなたの言う通り、これからはまどか達と一緒に登校することにしたわ」
その言葉に俺は驚いた。中沢はいつあいつに会っていたと言うんだ?
気になった俺はほむらを脇に連れ出して事情を聞くことにした。
「おい、ほむら。お前はいつ中沢と会っていたんだ?」
「先週の週末のときよ。巴さんと佐倉さんに会う前に会って、あなた達の味方だと言って情報を引き出そうと思っていたのよ」
「お前な……」
「……少しでも情報がほしかったとはいえ、騙したことは悪かったと思っているわ」
少し窘めようと思ったが、ほむら自身も反省しているようだし、ここは引くことにした。
「けど中沢は俺達の事情は詳しくは知らないんだぜ? そんなあいつからどんな情報を引き出そうとしていたんだよ?」
「確かにそうだけど……彼は私の知らなかった情報を一つ教えてくれたのよ。あなたと佐倉さんの関係についてね」
「ああ、そういうことか」
確かに俺が風見野で杏子と会っていたという話は中沢も知っている。俺をイレギュラーと認識していたほむらにとって、少しでも俺に関する情報がほしかったというところか。
「今までの世界で共闘に応じていた佐倉さんが、どうして今回に限って応じてくれなかったのかが、その話を聞いてようやく分かったわ。きっと、あなたを信用できないと言った私に腹を立てたことが一番の理由だったのね……」
「…………」
……まあ、確かに逆の立場だとしても俺も腹を立てるだろうな。その仮説に確証はないけど、杏子がそういった理由で怒ったとしたなら、俺としては素直に嬉しかった。
(それにしても……俺達のいつもの学校生活に、これからはほむらが加わるってことだよな。いや、学年が違うけどマミさんと一緒になることもあるのか)
俺達の『日常』に新たに誰かが加わることは本当に素晴らしいことだ。そして、彼女達なら俺達からそう簡単にいなくなることだってないはずだ。
だけど……
(それでも、杏子だけはいないんだよな……)
あいつ以外の魔法少女達がこの学校にいるのに、あいつだけはここにいないんだ。あいつだけは今もどこかで一人でいる。その事実が俺にはすごく辛かった。
あいつは親父さんが起こした事件によって、死んだものとして見なされている。この社会であいつが生きていたという証はどこにもないんだ。普通の方法では、この事実を覆すことはできない。
(……いや、そうじゃない)
たった一つだけ、ないものからあるものに変える方法がある。そこに魔法少女の奇跡は必要ないんだ。
そのためにも、まずはやらなければならない。これから先の『日常』を守るためにも、必ずアイツを倒してみせる。
七人で学校へ向かっている時に、俺は決意を新たにするのだった。
クラスメイト達にも恭介は付き合っていることを言おうとしたが、さやかは涙目で止めて止めてと、必死になってそれを止めた。最も、言わずともいつかはばれると思うが。さやかの想いには、あいつのことを知っている人ならほとんどが知っているだろうしな。
だけどそれは言わないことにした。それを言ってしまったら、恥ずかしさのあまりさやかの精神が不安定になってしまうことは間違いない。これから大事な用事があるから、それだけは避けないといけない。
そして、放課後になった。
美樹さやかと志筑仁美は人が立ち寄らない空き教室に移動していた。さやかは仁美への説明は自分がやらないといけないと思っていた。色々と決着をつけないといけないことがあったからだ。
「仁美、ごめんね。わざわざこんな所にまで呼んだりして」
「いえ、お気になさらないで下さい。それで、さやかさん。大事なお話というのは一体何でしょうか?」
話さなければいけないのは魔法少女のことだ。しかしさやかにとってはまず何よりも先に言わなければならないことがあったのだ。
「仁美……ごめんなさい!!」
さやかは頭を限界まで下げた。謝罪の気持ちを表わそうとしていたら、自然とそんな姿勢になってしまっていた。
「あたしは……仁美に嘘をついていた。ハンバーガー屋の時に仁美が自分の想いを打ち明けてくれた時に、あたしだけは自分の想いを打ち明けることができなかった。仁美にも……自分の本当の気持ちにも向き合うことからずっと逃げていたの。それであたしは、ずっと皆にも迷惑をかけていた……」
その言葉の通り、さやかはずっと逃げ続けていた。何度も手を差し伸べられたのに、その手を取ろうとはしなかったのだ。
「そのくせ、恭介が会いに来てくれた時は嬉しく思っていた……あたしを選んでくれた後で、あたしは自分が傷つくことのない安全圏の中で自分の気持ちを打ち明けたんだ。あたしは、卑怯だったよ……」
恭介が自分を好きだと言ってくれた後で、さやかはようやく自分の想いを打ち明けた。その後でなら、さやかは傷つくことはない。その想いはすでに叶えられているのだから。
さやかの言葉を、仁美はやんわりと頭を横に振って答えた。
「違います、さやかさん。謝るべきなのは私なんです」
「え……? ど、どうしてさ!? 仁美が謝ることなんてあるわけないんだよ!?」
仁美の言葉にさやかはどうしても納得ができなかった。逃げ続けて皆に迷惑をかけ続けたのは自分なのだ。さやかには仁美が謝ることがなんであるのか、想像がつかなかった。
「私はあなたが上条君が好きであることを知っていました。そのことでさやかさんが悩んでいたことも知っていました。だけど私は……あの時自分の気持ちだけを打ち明けて、あなたの気持ちを無視していたんです。そして一日だけ待つと言って、あなたを突き放して追い詰めた……」
「ち、違うよ……」
「私はそうすることであなたと上条君の間に横入りすることへの免罪符を得ようとしていたんです。たとえ上手くいかなかったとしても、あなたとの友情を守ったからまだましだと、そんなことを考えていたんです。卑怯だと言うのなら、私こそがそうなんですよ」
「違う、そんなんじゃないっ!!!」
とうとうこらえきれずにさやかは叫んだ。今の仁美はただ自分を傷つけないように自らを悪役としているだけだと分かっていたからだ。だけどそんなことはしてほしくなかった。
「仁美が……仁美がいてくれたから、あたしはこうしていられるの!! あんたがいなかったら、あたしはきっと一歩も前に進めなかった。今のままでいいんだって、いずれは恭介が他の誰かを好きになっていく所を黙って見ているだけだったと思う……仁美があの時自分の想いを教えてくれたから、あたしは後悔せずにいられるんだよ!!」
仁美が卑怯者であるわけがない。そんなことが認められるわけがなかった。
「卑怯なのはあたしなんだよ! 仁美がそんなことを言っちゃいけないんだよ!!」
「いいえ、卑怯なのは私です! さやかさんこそ、そんなことは言ってはいけないんです!!」
「違う、あたしだよ!!」
「違います、私です!!」
「あたしだよ!!」
「私です!!」
いつの間にかどっちが卑怯なのかという、世にも奇妙な言い争いが勃発してしまった。互いを大事に思っている故に、自分を貶めるようなことになってしまっていた。
やがて……
「「…………ふっ」」
二人は同時に吹きだしてしまった。
「あはははは!! あたし達ってなにやってんだろ? ほんとにバカみたいだね!!」
「ふふっ、そうですわね。互いに自分を卑怯だって罵り合って相手がそれを否定するなんて、こんなことはきっとこの先ないでしょうね……」
自分達のあまりにも滑稽な姿に二人は笑わずにはいられなかった。その顔にはさっきのような憂いの感情はなく、どこか晴れ晴れとした笑顔だった。それは二人がいつもの『日常』で見せる笑顔そのものだった。
「あたし達って同じなんだね」
「そうですわね。だからお相子なんでしょうね」
「うん、だからあたしは仁美の卑怯な所を許すよ」
「私も、あなたの卑怯な所を許しますわ」
そう言って二人は互いを許しあった。
やがて仁美は一度深呼吸をして話しかけた。
「さやかさん、私は上条君が好きでした。想いが叶うことはありませんでしたけど、私は幸せだって今でも胸を張って言えるんですの」
「そう……なの?」
「ええ、大切なのは好きになられることよりも、好きになることだって思いますから」
「好きになることが大事……」
「私は誰かを好きになったというこの気持ちだけは忘れません。たとえ報われずとも、この気持ちだけはこれから先の人生で何よりも大切な宝物になる思いますの。私は、そう信じているんです」
「仁美……」
その時のさやかの胸にあった気持ちは憧憬だった。もしも自分が仁美と同じ立場だったら、きっと自分は今の仁美のように強くなることはできなかっただろう。
だからこそ、強くなりたいと願った。いつの日か、目の前にいる親友と肩を並べられるくらいに強くなりたいと、さやかは決意するのだった。
「……そうだ、言うのが遅れていましたね。おめでとうございます、さやかさん」
「あ……」
「上条君とのこれからの時間を大切にしていって下さい。そしてこれから先も、上条君達と、そしてあなたとの親友でいさせて下さい」
「うん……もちろんだよ!!」
こうして仁美の想いに決着がついた。彼女はこれからもさやかの親友であり続ける。
さやかはそんな最高の親友に輝くような笑顔を見せるのだった。
たとえ誰かが新たな一歩を進んだとしても、それでも変わらない大切なものがそこにあった。
「それで……大事なお話というのは、上条君とのことだけなのですか?」
さやかには大事な話があるとだけしか言われていなかった。恭介のことに関してだとは思っていたが、今のさやかの表情はそれだけだとは思えなかった。
「ううん、そうじゃないの。あたし達が今抱えている厄介事に関して、全部仁美に話したくてさ。今頃中沢の方も裕一が話しているはずだよ。だけど恭介のことだけは……この話を抜きにして決着をつけたかったんだ」
「さやかさん達の厄介事……それは暁美さんが転校してきた辺りからの話ですわよね?」
「うん、そうなんだ。それじゃあ、話すね……」
そしてさやかは全てを話した。
人々を襲う魔女の存在。それに対抗する自分達、魔法少女の存在。
もうすぐこの町にやって来る最強最悪の魔女、ワルプルギスの夜。
そして、知ってしまった魔女の正体も……
さやかは自分が知り得る限りの事を全て仁美に話した。
「そ、そんな……さやかさんが、そんな辛い現実を背負っていたなんて……」
「いいんだよ、仁美。確かに色んなことがあったけど、あたしは自分が魔法少女になったことに一片の悔いもないんだ。あたしはこの町を守りたい。恭介達や、そして仁美がいるこの町をね」
「わ、私も……その魔法少女になることは……」
「それは駄目だよ!! 仁美はそんなことをしなくても十分皆を支えてくれているんだよ!! さっきも言ったでしょ!? 仁美がいてくれたから、あたしは後悔しないでいられるんだって!!」
仁美はもう十分すぎるほど自分を支えてくれたのだ。今度は自分が仁美に答える番だとさやかは強く思っていた。
「約束するよ、仁美。あたし達は絶対にアイツからこの町を守って、そして全員無事に生きて帰って来るって。仁美達には、何も失わせはしないから!!」
「さやか、さん……」
「仁美があたしにくれた強さ、それがあればあたしは無敵だからね!!」
親指をぐっと立ててさやかは笑った。その言葉に嘘など一つもなかった。
そのことに気付いた仁美は、さやかのその言葉を信じることにした。
「……分かりました。さやかさん、私達はあなた達が帰って来るのをずっと待っています。約束を、必ず守って下さい。私達を置いて行ったりしたら……絶対に許しませんからね?」
「とーぜん!! あたし達は、絶対に勝つから!!」
どんなことになっても、必ず生きて帰ると。仁美達には何も失わせはしないと。
全てを守りぬくと、この日この場所で美樹さやかは親友に誓いを立てたのだった。
仁美との話を終えて、さやかが学校を出た後だった。
「さやか!!」
「え、恭介!?」
恭介が松葉杖を必死に使って自分に近づいてくるのが見えた。その姿は汗だくで、以前の修行場でのことをさやかは思い出して焦ってしまった。
「ま、間に合った……」
「何やってんのさ、恭介!? 怪我人がそんな無茶しちゃ駄目でしょ!?」
思わずさやかは恭介を叱っていた。そんな無茶をしたら心配する人がどれだけいるかを理解してほしかったからだ。そしてそんな無茶をするきっかけを作った裕一に対しても、さやかは心の中で文句を言っていた。
「……それで? そんなに急いでどうしたのよ?」
「うん、CD屋に行って、これを買ってきたんだよ」
そう言って恭介はかばんから一つのCDプレイヤーと一枚のCDを取り出した。
「あの時、君が持ってきてくれていたCDプレイヤーは僕が壊しちゃったから、そのお詫びとして……それから、このCDにはこの前皆に聴かせた曲や、家で弾いた曲がいろいろ入っているんだ」
「恭介……」
「僕にできることはこれくらいだから……せめて闘いの前にでも聴いて、さやかのことを勇気付けられたらって思ってさ」
「あ、ありがとう……これがあれば、あたしは絶対に負けたりはしないよ……」
それはさながら、さやかの願いが叶った証のようなものだった。さやかの願いによって治った手を使って、恭介がたくさん弾いてくれた曲がこのCDにある。宝物としてずっと持ち続けようと、さやかは心に決めた。
「それじゃあ、行くね。ワルプルギスの夜との決戦に向けて、もっともっと強くならないと!!」
「さやか……」
さやかが去る前に、恭介はおもむろにさやかの身体を抱きしめていた。その力の強さに恭介の想いをさやかは感じ取っていた。
「嫌だからな……さやかがいなくなるなんて、僕は絶対に嫌だからな……」
「恭介……」
「ようやく始めることができたのに……君と過ごしたい時間が一杯あるのに……それなのにいなくなってしまうなんて、僕は……そんなの……」
「大丈夫だよ、恭介」
その言葉に迷いは一切なかった。必ず生きて帰ると、さやかは仁美と約束したのだから。
「恭介とも約束するよ。あたしは恭介を置いていなくなったりはしない。もう、絶望に堕ちることだってないんだ。恭介が、仁美達がいるから、あたしはどこまでも強くなれる。そして皆と一緒に、アイツに必ず勝つからね」
「さやか……」
「だから……あたしは行くね。絶対に、恭介達の所に帰って来るから」
そしてさやかはやんわりと恭介から離れた。恭介は一度目を閉じて、さやかの言葉をゆっくりと理解していった。そして恭介は、そんなさやかの言葉を最後まで信じ続けることにした。
「分かったよ。僕は待っているからね。――――だから、行ってらっしゃい、さやか」
「うん、行ってきます!!」
その言葉を最後にさやかは一度も振り返らずに駈け出して行った。
必ず帰るという約束があるからこそ、さやかは振り返ることはなかった。
(恭介、仁美……ありがとう。あたしは必ず帰るからね。皆のいる所へ……)
恭介がくれたCDと仁美がくれた強さを胸に懐く。そこには絶望があるわけがない。
「さあ、今日の修行では杏子に勝ってみせるぞ!! 二人の強さを手に入れたあたしは無敵なんだ!!」
誓いをこの胸に、魔法少女、美樹さやかは駆け抜けていった――――
仁美の行動には賛否両論ありますけど、僕はどのキャラも相手を想う気持ちがちゃんとあることが感じられるので大好きです。実際仁美自身も相当悩んでいたと思うんですよね。だからこそ、魔女に囚われてしまったのだと思いますし……本編での悲しいすれ違いを、この回でしっかりと変えることができたらと思います。
そんな仁美とさやかの互いの想いにようやく決着がつきました。主要メンバーは全部で九人いますが、さやかと恭介と仁美の話はこれでお終いです。残っているのは裕一と中沢、まどかとほむら、マミさんと杏子です。やっぱり登場人物が少ない方が書きやすいですね……いつか全員の会話を書いてみたいものです。