レゾンデートル、醜い翡翠として。   作:白崎ミュウ

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第一章
#1 これでしか仕事をする手段がないんです


 ガチャリと、重い扉の鍵を開けるような金属音が、こもった室内で反響し、手には強い反動が伝わってくる。

 消音機能を備えた金属製の長い筒からは、狼煙のように煙が上がっていた。

 

「終わりました」

 

 この一言だけを言って、電話の相手に状況を伝える。

 

『相変わらず仕事が早いわねぇ。帰ったらお茶でもどう?』

 

 この場の雰囲気とはあまりにも不釣り合いな声がスピーカーから漏れてくる。

 

「結構です。それより早く調()()をお願いしたいんですけど……」

 

『せっかちねぇ。それだと良い相手が見つかっても逃げられちゃうわよ?』

 

「何の話ですか」

 

『何って、あなたの恋の話に決まってるじゃない?』

 

「……いいから早くお願いします」

 

『はいはい。そうカッカしないでよね? 今からももこを向かわせるわ』

 

 全く、調()()()のみたまさんはいつもこんな感じだ。

 こちとら今さっき人を殺めたばかりだと言うのに、同じ界隈にいる人間がこうまでして呑気に居られると、苦笑するしかない。

 

 要件を伝えるとそそくさと電話を切って、使った銃をレインコートの内側に隠れるようにしまう。

 

 そして早くこの場から撤退したかったが、仕事はこれだけでは終わらなかった。目の前に転がっている死体を調整屋が指定した場所へと移動させなければならない。

 

 正直、死体を運ぶこの作業が一番の骨折りだった。

 七、八十キロの肉の塊を、一人で移動させるのはなかなかの肉体労働だし、何より腰が痛くなってしまう。同じ重量でも、やっぱり生きているのと死んでいるのでは体感重量が全然違う。生きていれば、相手が変に力を入れているのを利用できるが、死んでいれば、ぐったりとした体がまるで地面にへばりついたように重くなってしまう。どうせ運ぶなら、指定場所まで誘導してから殺せばよかったと毎度のことのように反省はしているが、なぜか思った通りにいかない。

 

 少し肥満気味の男の死体を見ては、あなたのせいでこんなに大変なんだよと少々理不尽に詰りつつ、狭い通路を通り死体を担いでいく。

 

 ようやっと運び終わると、解き放たれるたように汗が滲み出てきて、それが溜まった疲労感を物語っているようだった。

 

 汗を拭い、ふうっと一息を吐くと、その場で崩れるようにして座る。

 

 しばらくぼうっと天井を眺めていると、あることを思い出してしまった。

 

「そうだった……」

 

 弾薬を補充しないといけないんだ。

 

 一仕事を終え、ようやく落ち着けたと思ったのに、またこなさないといけない面倒事を思い出し、少し憂鬱になる。

 

 この神浜では、調整改め、死体処理の手配だけでなく武器のメンテナンスも消耗品の補充も調整屋でやっている。

 便利だなとは思いつつも、オーナーがアレだから、あそこへ足を運ぶには少しエネルギーが必要だった。仕事を終えた後は特に面倒くさく感じる。

 

「はあ……」

 

 どうせここに長居できる訳ではないからと自分に言い聞かせて、やっとの思いで重い腰をあげる。

 

 そして、外に出てレインコートのフードを被り、土砂降りの雨に打たれながら早足に調整屋へと歩いていった。

 

 

 調整屋は町外れの廃墟ビルの一角にある。

 

 入り口で他の同業者とすれ違うと、少し目線を感じた。おそらく私が付けているピアスのせいだろう。

 

 薄暗く乾燥していてどこまでも生命を感じない灰色のフロアを、崩れたコンクリート片を避けながら進んでいく。

 しばらくすると青白い光が扉から漏れているのが見えてくる。

 そこが調整屋だった。

 

 扉の前に立ち、仕事をする前の感覚とはまた別の緊張感を覚えながら一息を置く。

 あの人苦手なんだよなと心の中で弱音を吐き、重い扉を開いた。

 

「いらっしゃーい。あら? 夜鷹ちゃんじゃなぁい。私とお茶してくれるのかしら?」

 

「いえ、弾薬の補充に来ただけです」

 

「とか言っちゃって、本当は私とあんなことやこんなこと……」

 

「弾薬の補充に来ただけです」

 

「もう、素直じゃないわねぇ。それで? 今日もいつもの?」

 

「はい、お願いします」

 

「りょ〜かーい。あ、そういえば夜鷹ちゃん」

 

 また面倒くさい絡みが始まるのだろうか。いや、入室早々から始まっていたか。

 

「……何ですか?」

 

「夜鷹ちゃんは銃専門の殺し屋さんでしょ?」

 

「銃専門というか……まあそうです」

 

「それなら、銃にはもっと拘りを持たないのかなぁって前から聞きたかったのよ」

 

「というと?」

 

「ほら、その道を極めてる人って自分なりのやり方を見つけるじゃない? だから夜鷹ちゃんも銃の道を極めてるなら何か銃に対して拘りを持っても良いんじゃないかなって思ったのよ。カスタマイズだってうちにかかればすぐよ? それなのに夜鷹ちゃんはいつも普通の銃だし、消耗品だって安いものばかり買うじゃない」

 

「映画の見過ぎじゃ無いですか。私には必要ありませんよ。自分なりにカスタマイズしたものでしか撃てなくなったら元の子もないじゃ無いですか」

 

「でもグロックなんて普通じゃない? しかもあなたが持ってるのって6発しか撃てないじゃない」

 

「十分です」

 

「でも、あなたほどの殺し屋になると敵がわんさか来るわよ?」

 

「私をジョン・ウィックか何かだと勘違いしてませんか?」

 

「あらぁ、違うのぉ?」

 

「はぁ……とにかく私は何も弄りません。それに……銃に拘っているんじゃなくてこれでしか仕事をする手段がないんです」

 

「ふーん。いろいろあるのね。じゃあ用意してくるわねぇ」

 

 調整屋のオーナーなのにまるで素人みたいな質問をしてくる。本当にこの界隈の人なのだろうかと疑ってしまう。

 

 みたまさんが裏に弾薬を取りに行き、だる絡みの重圧から解放されると、私はレインコートをハンガーラックにかけソファーに腰を降ろした。

 雨粒が壁やガラスを打ち付け、その度にコツコツと音が部屋の中で響く。それが何だか心地いような気がしてきて、ソファーの柔らかさも相俟つといよいよ睡魔が襲ってくるようだった。

 壁にある大きなステンドガラスからは光が差し込み、散らかった丸テーブルを幾何学模様に照らしている。

 私は睡魔を誤魔化すために、そのテーブルに映った模様をなぞるように眺めていると、ある気になるものが目に入った。

 それは、「マギウスの翼」への勧誘が主旨の、チラシのようなものだった。

 

 そのチラシを手に取ってまじまじと見つめる。

 

「またマギウスは人を集めてるんだ。知らなかったな」

 

 もう人員は十分確保できたとか言っていたような気がするのにな。そもそも、こんなバイトの求人みたいに人を集めてたっけ。

 

 自分の知らないところでマギウスが動いていることは別段不思議に思うことは無かったが、殺し屋の調達にちゃちい手段を使うことに少し違和感を覚えた。

 

「マギウスが人を集めているみたいね」

 

 裏から帰ってきたみたまさんが後ろから声をかけてくる。

 私の横へ回り込むと、弾薬の箱をテーブルにドサッと下ろし、そっとチラシを私から取り上げる。

 

「どうやら、あなたへの依頼だけが本命じゃないみたい」

 

「どういうことですか?」

 

「私もよく分からないけど、『桃』の抹殺以外に、しておきたいことがあるんじゃないかしら。それも早急にね。マギウスはこんな下等な人の集め方をするキャラじゃないはずよ」

 

「やっぱりみたまさんもそう思いますか」

 

「夜鷹ちゃんは()()なのに何も知らないの?」

 

「『桃』のこと以外何も……」

 

「まあそうよねぇ。ただでさえ伝説と謳われている殺し屋を相手にしているのに、余計なことは考えて欲しくないもんねぇ」

 

「そんなものでしょうか……ただ、『桃』を消したいのは分かりますが、一体マギウスは人を集めて何をする気なんでしょうか……」

 

「さあねぇ。()()()のメンバーが蘇ったのかしら?」

 

「まさか。生き残りは『桃』だけですよ」

 

「分からないわよぉ? ともかく、マギウスの動きが目立てば夜鷹ちゃんも他人事では済まないわよぉ?」

 

「つまり、ジョン・ウィックのようになると?」

 

「そゆことぉ」

 

 この人の言うことは大体がいい加減だが、今回ばかりはあながち間違ってないかもしれない。

 実際、マギウスの翼に対して反感を持っている同業者は多い。さっきすれ違ったあの人もそうだろう。

 

「いざとなればまたここでお世話になります」

 

「喜んでぇ」

 

「そういえばみたまさん」

 

「なぁにぃ?」

 

「そのチラシを持ってきた人は誰ですか?」

 

「マギウスの翼よ。しかもあなたと同じ白だった気がするわ」

 

「名前を聞いても?」

 

「ごめんなさい。そこまでは分からないの。見ない顔だったからねぇ」

 

 となると私がここに越してきた後に、もう一人()羽根が来たということなのだろうか。

 わざわざ白羽根を派遣したり、人員を増やそうとしたり、マギウスは一体何を企んでいるのだろうか。

 

 まあ、私には関係ないか。

 

「すみません、長居してしまいました。ではこれで」

 

「あらぁ? もう行っちゃうのぉ? まだいてくれても良いのよ?」

 

「いえ、明日も仕事があるので」

 

「ストイックねぇ」

 

 私は荷物を纏めて立ち上がり、みたまさんに代金を渡してから、調整屋を後にした。

 

 外に出ると、いつのまにか雨が止んでいた。

 分厚い雲の隙間から差し込む日光はどこか幻想的で、ついつい見惚れてしまう。

 不穏な話をしたばかりだというのに、私というのはみたまさんに負けじと呑気だなと思ってしまった。

 

 雨上がりの街を歩いていると、髪色の目立つ一人の女性とぶつかってしまった。

 視界が悪い訳ではないのに、何で一般人の気配にも気づかなかったんだと、自分の気の抜けように少し苛立った。

 

「ごめんなさい!」

 

 ぶつかってきた女性は申し訳なさそうに謝ってきた。

 私は彼女の声を聞くと、一瞬にして苛立ちが消えていくような感じがした。

 

「いえ、こちらこそごめんなさい。お怪我はありませんか?」

 

「大丈夫です! すみません、気を使わせてしまって」

 

「いえいえ、お気になさらず。では私はこれで」

 

 そう言って、彼女と会釈をして別れた。

 しばらく歩いたところで、私は彼女のことで少し胸がザワつくのを自覚した。何故だかは分からないが、そのザワつきが毎秒増していく感じがして、それが私の胸中をいっぱいにしたと思うと、とうとう抑えられなくなって彼女の姿をもう一度確認しなくてはならないような気がしてしまった。

 しかし、振り向いて辺りを見渡せど、彼女の姿はどこにも無かった。

 

 全く知らないはずの一般人にどうしてここまで心にしこりを残されるのだろうか。

 不快という訳では無い。しかし、とうの昔に私を救おうとしてくれた恩人と偶然会った時のような、どこか懐かしい気持ちになった。

 そして、彼女とすれ違った後、忘れかけた幸福の欠片をみすみす逃してしまったような、喪失の念からの焦りにも似た感情が、出処もわからず私の中で迷っているのだった。

 

 心のさざ波を落ち着かせるかのように、私は彼女の向かったであろう道を眺め、しばらく立ちすくんだ。

 

 雲が動き、しっかりとしろと言わんばかりに日光が私の目を刺してくる。

 それにはっとし、私はようやく自我を取り戻した。

 

 明日も仕事だ。

 

 緊張感が無いんじゃないかと自分を諌め、さっきのことを忘れるためにも入念に仕込んだプランをもう一度頭の中で復習しながら、私は帰路に着く。




マギレコ同人小説の中編新シリーズを連載します!
今回は記念すべき第1作目です!

笑いあり、涙あり、百合あり(?)のお話にしていきたいと思いますのでぜひお楽しみください!

もしこの作品が同人誌化したら買いたいと思いますか?

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