レゾンデートル、醜い翡翠として。   作:白崎ミュウ

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#2 私はもう仲間なんて作れない

 ある日の夜、同じ日に何件もの仕事をこなしたせいで体は疲労困憊な状態だった。

 こんだけ疲れるのは今日くらいだし、心をいたわるためにもたまにはお酒でも飲むかと、冷蔵庫で眠っている缶ビールを想像しながら半ば浮かれ気味で玄関の前に立った時だった。

 

 ドアノブに手を掛けた途端、急に辺りが冷え込んだ感じがした。

 

 見た目では何も変わらないように見えたが、本能が何か変だぞと私に訴えてくる。

 

 得体の知れない違和感によって、みぞおち辺りに重しが乗っかかったような感覚がする。尿意とまではいかないが、膀胱が少し圧迫されるような気もしてくる。

 

 中学生の頃にやっていた新体操の発表会で、技が完成しきれてないのに自分の番が回ってしまったときの、あの感覚と全く同じだ。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 だいたいこういう感覚に陥った時、私の嫌な予感は十中八九当たる。

 

 中学時代の新体操の苦い思い出が、それを裏付けていた。

 

 まさかとは思ったが、念の為私は腰の辺りでそっと銃を構える。

 

 しかし構えたのはいいが、いくら月8万とちょっとの、少々お高めな一人暮らし用アパートだったとしても、銃を下手に撃ってしまうと流石にフロア中に響き渡ってしまうだろう。

 

 銃を使うにも少し考えなければならないし、そもそもどんな相手が家に潜り込んでいるのか見当もつかない。

 

 どうしたものかと思いつつ、どうか誰も居ないでくれと淡い期待を寄せながら、意を決してドアをノックした。

 

 そっとドアに耳を当てると……やはり物音が聞こえてしまった。

 

「はぁ……」

 

 こういう時に限って、私の予感というのは凄い精度を発揮する。そこら辺の占い師よりよっぽども当たるんじゃ無いかと思ってしまうほどだ。こんな能力があるなら次の転職先は占い師かなと、するはずもない転職のプランを考えて私は体勢を元に戻した。

 

 恐らく、中に入っているのはプロだ。そう簡単には入れないように玄関の鍵は指紋認証式にしているというのに、何も跡を残さず侵入できている。それに、殺し屋の家に入り込もうなんて思うのは、ワケアリのひとしかいない。

 

 何が目的なのかは分からないけど、取り敢えず私のビールを盗んだらただじゃ置かない。あと残り一本なんだ。

 

 そう意気込んで、勢い良くドアを開け銃を突き出した。

 

 案の定、私の部屋には細身で長身の男がソファーで鎮座していたのだった。

 

「遅いじゃねえか。夜鷹……もとい、黒江」

 

 自分の本名が相手の口から出たことに少し驚いたが、()()が部屋に入られた以上は仕方なかった。

 

「探偵が何の用ですか」

 

「本当はお前が来る前に手掛かりを掴んでおきたかったんだが、何も無かったからお前を待つことにしたんだ」

 

「どうやってここが分かったんですか」

 

「GPSだ。この前お前を狙った殺し屋が来ただろ。そいつに発信器をつけてもらったんだ」

 

 やられたと思った。確かに先日同業者がいきなり襲い掛かってきて、無事それを返り討ちにしたと思い安心しきっていたのだが、まさかそれが目的だったとは。

 

「あいつに命を賭して発信器をつけてもらった甲斐があったよ」

 

「でも手掛かりは何もなかったんですよね」

 

「いや? 収穫はあったさ」

 

 どういう収穫だろうかと思い、目だけで周囲を確認すると、ありとあらゆる引き出しが開きっぱで荒らされ放題な惨状が目に映った。しかもご丁寧なことに、衣類を入れていた引き出しが一番酷い状態で、あたりには下着が散在していたのだった。気色悪い。

 

「はあ……収穫というのは何ですか? まさか女性用の下着を堪能できたことですか?」

 

「勘違いしないで欲しいね。俺はそんな色欲に塗れた男じゃないぜ」

 

 嘘だ。周りを見ればわかる。

 

「じゃあ何ですか」

 

「さっきも言っただろ? 俺はお前を待ってたんだ。そして今、ようやく会えたわけさ。いや、でも待てよ……」

 

「……?」

 

「会うだけなら発信器付けてこんな事をしなくても良かったかも知れねえな。だとしたらあいつもバカだよなあ。相手は白羽根だから気をつけろってさんざん釘を刺したっつーのによ。こんな事になるんなら死んだ意味ねえじゃん。ガハハハ」

 

「あんまり死人を貶すのはどうかと思いますよ」

 

「は? お前だって死人に嫌味の一つや二つは言ったことあるだろ」

 

「ありません」

 

「どうだかね」

 

「一緒にしないでください」

 

「じゃあどうだ。殺したやつがデブだったとしても何も言わねえのかよ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「ほら見ろ」

 

「と、とにかく……って、私のビール!」

 

「おお、ウマかったぜ」

 

 何なんだこの人は。人を腹立たせる天才なのだろうか。

 

「無事で帰れるとは思わないで下さい」

 

「たかがビールで?」

 

「されどビールです」

 

「コンビニで買えばいいだろ」

 

「そういう問題じゃありません……というか、無駄口叩いてる場合じゃ無いんですよ。早く要件を言ってください」

 

「そうだな。んじゃあひとつ、率直に聞こう」

 

 探偵はふんぞり返って座っていたのを前屈みになって座り直したと思うと、下から睨みつけるような表情に一変して、こう聞いた。

 

「お前らマギウスの翼は何を企んでる?」

 

「知りません」

 

「シラを切るな。白羽根が知らねえわけねえだろ」

 

「確かに私はマギウス直々の依頼でここに来ましたが、詳しいことは何も知らされていません」

 

「『桃』の抹殺のこともか?」

 

 この探偵はどこまで知っているんだろうか。

 

「その名前が出たということは、依頼人は『桃』ですか」

 

「いや。『桃』とは一切関係ない。そもそも『桃』が俺みたいなやつを雇うわけねえだろ」

 

「自分のこと分かってるじゃないですか」

 

「そりゃどーも。って悪口か?」

 

「自分で言ったんじゃないですか」

 

「まあいい。ともかく、お前は何も知らないんだな?」

 

「答えは変わりませんよ」

 

「ふーん」

 

 探偵がまじまじと私の目を見つめてくる。その様子が何かいやらしいことを考えてるような雰囲気を醸し出していて、その気持ち悪さから思わず目を逸らしてしまった。

 

「……なるほどな。お前が関わってるのは『桃』だけみてえだな」

 

 どうやら、この探偵に隠し事は出来なさそうだ。

 

「……それを知ってどうするんですか。殺しますか」

 

「いいや。俺は殺しが専門じゃねえし、そもそも『桃』になんて興味ねえ。マギウスの翼が何をしてるのか知りたかっただけだ」

 

「そうですか。じゃあ要件が済んだなら早くこの家から出ていってください」

 

「言われなくともそうするよ」

 

 探偵がぬっと立ち上がると、のそのそと歩き始め私の横を通り過ぎた。私はそれを銃口で追いかける。

 

「ああそうだ」

 

 探偵は急に立ち止まり、こちらを振り向く。

 

「お前、1人で『桃』を殺るつもりなのか?」

 

「そうですけど……」

 

「あのなぁ、いくらお前でも1人じゃ無謀だ。どうせ足取りだって掴めてないんだろ?」

 

「……」

 

「1人くらい連れは作っといた方がいい。俺にだって仲間は居る」

 

「……何が言いたいんでしょう」

 

「俺なりの親切心だよ。有難く聞けよ」

 

「余計なお世話です」

 

「頑なだな。まあいい。お前が勝手に死のうと俺には関係ねえしな。んじゃ、失礼するぜ」

 

 そう言って探偵は玄関までへと歩を進めた。

 しかし、なにか様子がおかしい。動きがぎこちないのだ。まるでポケットを庇うように腕が脚と同時に動いている。

 

「待ってください」

 

「ん?」

 

「何を盗ったんですか?」

 

「……いいや? べ、別に何も?」

 

「嘘を見抜くのは得意でも、つくのは苦手みたいですね」

 

 警戒し、私が銃を構え直すと、彼は観念したのかポケットの中に手を突っ込んだ。

 

「えへ、えへへへへ」

 

 そして、気持ち悪い笑みを浮かべながらポケットの中から取り出したのは、

 

「……っ!」

 

----私のパンツだった。

 

「最ッ低……!」

 

 彼が取り出したそれを見た瞬間、まるで毛虫を見た時のように、いやそれ以上に、身体中の毛穴という毛穴が広がり、ゾワゾワとするような不快感が全身を駆け巡った。ジブリに出てくる動物がする、頭から尻尾にかけて毛を波のように逆立たせるあの動作を、今まさにやってのけた感覚だった。

 そして、背筋が冷え込むのを感じると、次に出てくる感情は……殺意だった。

 

「いやあ、つい出来心でね……」

 

「早く……出ていってください……この変態野郎」

 

「ごめんってえ。か、返すよ」

 

「要りませんっ!」

 

 この男が触れたものを身につけるなんて冗談じゃない。想像するだけで虫唾が走る。引き金を引いてしまうのを我慢するにも一苦労だ。

 

「あははは……そ、それじゃあ……」

 

 探偵はしどろもどろになりながら慌てて部屋を出て行った。

 

「……気持ち悪い」

 

 あまりの後味の悪さに、まるで赤い海の浜辺で寝っ転がりなら言ってそうなセリフが、口から漏れてしまった。

 

 緊張の糸が切れると、疲労感がどっと押し寄せてくる。

 それに耐えきれず、体を投げ出すようにソファーに寝転がった。

 

 このままこうして寝てしまいたい気分だったが、そうは出来ない。

 

「はぁ、もうここには居られない……」

 

 探偵に拠点が割れてしまった以上、今すぐにでも引っ越さざるを得なくなってしまった。

 

 悔しいが、私の周りの状況が調整屋の言う通りになりつつある。

 マギウスの動きのせいで飛び火が私のところまで来ているということが、今日でハッキリしてしまった。

 

「銃も新調しないといけないかもな……」

 

 装弾数が多いものにしないといざという時に困る。リロードが速くない私にとって装弾数が多いに越したことはなかった。

 しかし……。

 

「ああ、買いに行ったらしつこく絡まれそうだな……」

 

 みたまさんのニヤニヤした顔が目に浮かぶようだ。ほぉら〜私の言った通りよねとか言うんだろうか。

 

 いやはや、先が慮れることばかりだが、とりあえず今日のところは近くのビジネスホテルに泊まるしかない。

 

 そう決めて、ソファーに体の根が張ってしまう前に状態を起こし、簡単な荷造りを始める。

 

 そして、私は散らかった部屋をそのままにして家を出た。

 

 

 無事ホテルの部屋が確保でき、チェックインを済ませると、若干早歩きで自分の部屋までへと移動する。

 

 部屋は168号室。最初の桁が1となっているが、どうやらここはイギリス式の階数の付け方で、アメリカ式で言うならば2階を意味する。

 そこまで土地が広くないビジネスホテルで1階に部屋があるなんて珍しいなと思ったが、エレベーターに乗ったとき合点した。

 

 少し分かりづらいところにあったが自分の部屋を見つけることができ、早速ドアを開ける。

 

 そして、ホテルの部屋に入ったらまず、恒例の儀をしなくてはならない。

 

 私は荷物をおき、靴を脱いだ。それからベッドの前に立つと、少し体を引く。フォームを整えながら頭の中ではしっかりとイメージをして、準備が完了すると私はベッドに向かって思いっきりジャンプした。

 

 ドサッ。

 

 ベッドの柔らかなクッションと掛け布団が、勢いよく飛び込んだ私の体をしっかりキャッチして優しく沈めていく。

 

「ベッドだぁ……」

 

 きっちりメイキングされたベッドをこうして豪快に乱し、ダイブしたままの大勢でくつろぐこの瞬間は、至福以外何物でもない。

 

 喩えるなら、いくらでも壊していいよと言われ、繊細なガラス細工を思いっきり叩いて壊した時のような爽快さと、人より何倍もあるモフモフな羊の背中に寝ている時のような心地よさとをミックスしたような感覚だ。

 

 そして何より、掛け布団に顔を埋めた時に感じる微かな香りにとても癒される。

 それは柔軟剤のような、花や柑橘系の強い匂いではない。むしろ、匂いはほとんど感じず顔を近づけてはじめて感じれる独特な香り。それは無垢の香りと表現したらいいのか、自然なウールの匂いと言ったらいいのかわからないが、ともかく、自己主張をしないのに何故か体に染み渡るこの匂いが好きなのだ。

 

 この至福は、ホテルの宿泊の初日でしか味わえない。2日3日経ってしまうと、いくらベッドメイキングされたところで同じ快感は得られなくなってしまう。

 

 それにしても、今日の疲れもあるせいか、服も着替えてないし、メイクも落としてないのに、根が張ってしまうのが早い。

 

 しばらくは動けなさそうだった----。

 

「あっ」

 

 そういえば、次の拠点を探さないといけないんだった。

 

 少し体を起こしてスマホを取り出す。

 

 神浜市内で、なるべくセキュリティーの強そうな物件を探そうと思い、検索をかけた。

 

 しかし、トップに出たのは何故か西洋風の古びた下宿屋のような物件だった。

 

 家賃は2万円弱とかなり安いが、トイレ、風呂、キッチンは共同だし、セキュリティー対策もそこまでしていなさそうだった。

 しかも、『住人は全員仲良し』と概要に書かれており、ほぼシェアハウスみたいな感じなんだろうなっと察する。

 

 私が求めてたものとは全く逆の物件が一番初めにヒットし、この不動産会社の検索エンジンはバグってるんじゃないかと思ってしまった。

 

 当然その物件はスルーした。シェアハウスなんて絶対にしたくない。他の住人と深く関わってしまうかもしれないから。

 

 私は、他の物件を探した。

 しかし、多少家賃が高くなってもいいからと、予算上限額を少し高めに設定して検索し直しても、全然めぼしいものが見当たらなかった。

 

 そうこうしていると、何故かあの探偵の言葉が脳裏を掠める。

 

『一人くらい連れは作っといた方がいい……』

 

 あんな変態に上から言われたことを思い出すなんて腹立たしいことだったが、心のどこかでずっと引っ掛かっていた。

 

 でも、私はもう仲間なんて作れない。いや、作らないって決めたんだ。

 

 私は頭の中の探偵の声をかき消そうとした。しかし、新たな声がまた脳をよぎった。

 

『なんだか、死に急いでるように見えるわね……』

 

 神浜に来たばかりの時、みたまさんから言われた言葉だった。

 

 確かに、一人で「桃」に立ち向かうというのはほぼ不可能だと分かっている。

 それでも、仲間を作って、そしてその仲間を失ってしまうよりは、自分がただ一人死んだ方が何倍もマシだった。

 

 もう二度と、あんな経験はしたくない。

 私は、依頼をこなすだけの殺し屋として生きるしかないんだ。

 

 私はそう心の中で、念仏のように何度も唱えた。

 

 ----しかし、スマホの画面には、さっき見たシェアハウスの物件が表示されていたのだった。

 

 自分でも訳が分からなかった。

 何故その家に惹かれ、問い合わせまでしてしまったのか。自分の中で納得がいかなかった。

 

 それでも、私の体は誰かに操られいるかのように、その家へ入居するための手続きを進めようとしていた。

 

 気づけば、一般人と一緒に暮らせばきっと狙われる確率も少なくなるよねと、意味不明な理屈で自分自信を言い聞かせている始末だった。

 

 そして、内覧も無しにとうとうオンライン上で手続きを終え、ついに次の拠点が決まってしまったのだった。

 

 ----その家の名前は、「みかづき荘」というらしかった。




2話目です!
モブキャラとして「探偵」というオリジナルキャラを出しましたが結構長く物語に出てしまいました笑

これから黒江ちゃんがどうなっていくのか是非お楽しみください✨

もしこの作品が同人誌化したら買いたいと思いますか?

  • 買いたい
  • 今後の展開による
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